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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
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継承者戦争《黒き太陽の旗は倒れた》

 斧と剣の軍(フェルドゥーク)の後背を襲うのは、速足の獣(リゾナジェル)。魔獣軍を率いるギ・ギー・オルドの先遣隊として、フェルドゥークを黒き太陽の王国(アルロデナ)と挟み撃ちにすべく急派された部隊であった。

 何よりも速度を重視し、西都の戦場から駆け付けた彼らの功績は、アルロデナ総軍の本隊をフェルドゥークの攻勢から救い、逆に包囲するという戦術的優位な態勢を構築したことだった。

 ギ・ギー・オルドは、リゾナジェルを派遣するに際し魔獣達の限界を主張する部下に断固として言い切る。

「今できんのなら、この戦は、我ら(ザイルドゥーク)の敗北に終わる! 行かせろ!」

 息子を失い甘さの消えた魔獣王の言葉は、双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)では絶対だった。

 だが、無理を承知で行かせたリゾナジェルは、フェルドゥークを前にした途端、その行動に異変をきたした。もし圧倒的な魔獣を統率する才に溢れたギ・ギー・オルドがいたなら、状況は変わっていただろう。

 しかし、ギ・ギー・オルドは疲労した獣士や傷ついた魔獣を統御して本隊として進軍中であった。魔獣軍を統率できなくば、戦場についてフェルドゥークを打ち倒すことは困難との判断に狂いはない。

 だが、狂いはないからこそ全てを求めるのは酷であった。

「くそっ、制御がきかん! 奴ら何をしやがった!?」

 結果として、限界を超えて使役された魔獣たちは、空腹と疲労で獣士達の制御を離れつつあった。そして止めのようにフェルドゥークの陣営で一夜にして為された血の粛清である。

 濃厚な血の匂いは、とっくに限界を超えたリゾナジェルの肉食獣達を狂わせるのに十分過ぎるものだった。

 交差する大槍(ジェラミア)のグー・ジェラが、背後に迫る魔獣軍に向かって進む。謹厳実直なその性格そのままに、顰め面を貼り付けて一糸乱れぬ槍先を揃える。

 その数、約四千。

「前進」

 猛り声を上げる魔獣を正面に回し、グー・ジェラは部隊に散会を命じ、そのまま前進させた。リゾナジェルは小型の肉食獣を中心として構成されており、その数は彼の率いるジェラミアよりも多い。

 一匹一匹の与える傷は致命傷にはならないが、それが数を揃え、被害を顧みず猛進してくる。その様子は魔獣の洪水だった。終わりのない海の水を抄うような疲労と絶望を、相対する者に与える絶望の波がすぐそこまで迫っている。

 ジェラミアに退くという選択肢はなかった。

 何より彼らの役割は、ギ・グー・ベルベナがアルロデナ総軍を率いる虎獣と槍の軍(アランサイン)のギ・ガー・ラークスを撃破するまでの時間を稼ぐこと。

 見渡す限りの平地に、障害物はなく、守る範囲は広大そのもの。

 その戦の条件において、グー・ジェラは部隊を散開させたまま進む。

「奴ら、散開しているぞ!?」

 リゾナジェルの獣士達は、魔獣を制御しようと四苦八苦しながら遠目に見えるジェラミアの動きに疑問符を浮かべると、遂に魔獣達を解き放つ決心をする。

 獣士達とて、目の前のフェルドゥークの一部隊が、ザイルドゥークの攻勢を止めるために動いているのは気が付いた。オルド領においては、商売にかまけて、ゴブリンらしくないと評価された彼らであったが、東征における軍事の研究は盛んであった。

 東征において活躍した獣士達が引退し、直接東征を知らない世代が中心となっていた獣士達だったが、だからこそ、当時の東征の研究は盛んになった。

 身近にギ・ジー・アルシルという斥候の第一人者が存在し、ギ・ギーの全てを補佐するギ・ブー・ラクタの推薦もあり、東征当時の研究は盛んに行われ彼らの血肉となっていた。それは文字の学習に始まる文化の醸成であり、歴史となる口伝の継承であり、軍事の研究でもあった。

 ほんの20年前まで文字を知らぬ蛮族であった彼らにすれば、格段の文明化と呼べよう。当然ながら先遣隊を任せられるのは、ギ・ブーの推薦を受け、ギ・ジーの審査を受け、ギ・ギーに認められた者だ。

 軍事に明るく、獣士をよく統率し、命令に忠実なゴブリン。

 だからこそ、百戦錬磨のグー・ジェラの戦術は奇異に映る。

 なぜ、数が少ないにもかかわらず散会するのか。魔獣の波が迫る中、適切な対応は密集隊形を作っての防御のはずだった。

「第1陣、放て!」

 リゾナジェルの制御に限界を迎えた獣士達は、集中的に魔獣を解き放つ。

 敵が散会するのなら、目指すは一点突破。散会したジェラミアに楔を打ち込むべく動き出す。

「……」

 遠目に解き放たれた魔獣たちを確認し、グー・ジェラは彼我の距離を測る。

「大隊密集隊形!」

 約四千からなる軍を三百からなる大隊(トリア)ごとに密集隊形を取らせると、正面に盾を並べ動きやすいように天上へ槍先を向けて移動を開始する。

「縦列陣形!」

 そしてそこから更に、針鼠のようにした大隊を一列の縦隊へと並べ替えた陣形だった。だがそれはどちらかといえば、移動のための陣形だった。後続部隊は、前の部隊についていくだけの移動が極めて容易なもの。

 まるでそれらが生き物のように、形を変えていく。まるで蛇が地面を這い進むように、ぐねぐねと蛇行しながら進む陣形は、決して褒められたものではないように見える。

「第二陣、準備だ!」

 リゾナジェルの獣士達は、その様子を見てすぐさま次の魔獣たちを解き放つ準備にかかる。小型の肉食獣の戦い方は、その俊敏な機動力を生かしての一撃離脱。走り抜けるすれ違いざまに、敵の戦力を削り取り、傷を負わせていくものだ。一撃一撃は軽く、敵を倒すことは難しくとも、積み重ねた小さな傷はやがて致命傷となる。

 狂えるリゾナジェルの魔獣は、空腹に正気を失っても、その戦い方が身についていた。だからこそ、ジェラミアの横腹をつくように快速を生かして走り抜ける。血に飢えた魔獣が涎を垂れ流しながら、殺到していく様子はジェラミアの防御が抜かれる未来を容易に想像させた。

 長槍を揃えた大隊は、方向転換が難しい。

 そこを的確に突いたリゾナジェルの攻勢がジェラミアと衝突しようとしたまさにその時、グー・ジェラの号令でまた陣形が変わる。

盤踞(バグー)!」

 その号令がとどろいた直後、蛇行していたジェラミアが突進してくるリゾナジェルの魔獣に向けて一斉に槍を向けた。最高速に達していたため、方向転換の難しいリゾナジェルの魔獣が、正面から槍衾に衝突し串刺しになる。

「前進だ!!」

 大楯を並べたその隙間から突き出される長槍が、正面からリゾナジェルの魔獣の圧力を押し返す。同時に水が広がるように正面から流れてたリゾナジェルの魔獣を、蛇行していた他の大隊(トリア)が突き殺しながら進んでくる。

 槍先に絡みつく魔獣の腸をものともせず、倒れ伏した魔獣を踏み潰し、大隊(トリア)の距離を詰めて圧力を高めてくる。

 いつの間にか、リゾナジェルの魔獣達はジェラミアの包囲の中で全滅していた。退路を断たれ、爪牙の届かぬ距離から突き殺される魔獣の姿に獣士達は、焦りつつも第二陣を送り出す。

 魔獣の第一陣を皆殺しにしたジェラミアの外側から迂回させるように解き放つ。

 だが、獣士達の命令を魔獣は聞かない。まるで吸い込まれるように、ジェラミアの敷いた包囲陣の中へ入り込み、全滅する。

 結果、速足の獣(リゾナジェル)はその戦力のすべてを失い、それどころかジェラミアの攻勢に晒され壊走の憂き目にあう。

「追撃は、無用」

 魔獣軍の先遣隊を追い払ったグー・ジェラは、そう言って追撃を切り上げる。

「このまま行けば、魔獣軍まで追撃できましょうが?」

 地平線の向こう側に僅かに見えた土煙は、およそ1日の距離にいる魔獣軍の本隊だ。部下の進言に、グー・ジェラは首を振って後ろを振り返る。鋭い視線の先には、攻勢を強めるアルロデナ総軍と三本槍に楯(ドゥーヘレヌミア)のルゥー・ヌミアが激しく競り合う様子が映る。

「反転、味方を救う」

 顰め面を不機嫌そうに歪めながら、グー・ジェラは命令をくだす。気に入らんが、見捨てるほどではないと心のうちで呟いて、グー・ジェラは、その矛先を立ち塞がるアルロデナに向けた。


◇◆◇


「さあ、進め!」

 三本槍に楯(ドゥーヘレヌミア)を率いるルゥー・ヌミアは、陽気に笑ってアルロデナ総軍に向かって進む。三本槍に楯(ドゥーヘレヌミア)の紋章旗を掲げる一団は、壊滅した他の軍を吸収し、その陣容を厚くしていた。

 相対するのはアルロデナ総軍の誇る人間種とゴブリンからなる歩兵軍。

 指揮を任されたのは当然ながら、軍師ヴィラン・ド・ズール。ほとんど寝る間もなくアルロデナ総軍の再編を終えた彼は、新しく出てきたフェルドゥークの長槍部隊に、苦々しくも感嘆せざるを得ない。

「あれだけ損耗を与えて、まだこれだけの部隊が存在するのか……」

 アルロデナ総軍の長槍兵と互角以上に戦い、さらに再編された後続部隊が遊撃的にアルロデナ総軍の長槍兵を脅かすのだ。

 大楯で身を守りつつ長槍で敵を突き、叩くのが長槍兵の戦い方だが、その隙間、隙間に後続部隊のゴブリンが長槍兵の間合いの中に這う様に入り込み、陣形を乱してくのだ。

 それをなんとか蛮族エルフの剣士によって退けている現状は、指揮に忍耐を強いる。

「……右翼、重装歩兵を前に! ガルバディン殿に伝令、敵の中に砦を築かれたし!」

「押し込むぞ! 獣士、こじ開けた中央に魔獣を流し込め!」

 遠く鳴り響く角笛を合図として、アルロデナ総軍の右翼三千が一塊となって動き出す。各軍の再編と後方王の座す都(レヴェア・スー)方面から届いた補給物資によってヴィランが編成したのは、ゴブリン達よりも遥かに重装備の一軍だった。

 全身を──鎧に、楯、鎧、兜、小手に、脛当てすら青銀鉄(スリラナ)で覆った人間中心の部隊を長剣を装備させて突撃させた。

 ほぼ同時期、フェルドゥークのドゥーヘレヌミア側からは、敵前で陣形を当たり前のように変形させた。戦列各所をへこませ、魔獣の道を開く。他の部隊でそれをすれば、当然そこに付け込まれる愚行と罵られるだろう。

 現にそれに呼応して、アルロデナ総軍からは、蛮族エルフとそれに呼応した部隊が一部突出した。

 だが、それを容易になしえてしまう練度と突出してきた敵を叩くだけの備えをしたドゥーヘレヌミアの陣形変換は、一種の罠として機能する。

「くはっ! どうなってやがる、フェルドゥークのゴブリンってやつはよォ!」

 陣形変換の隙に乗じて突出した蛮族エルフは、即座に取り囲まれ笑いが止まらない。

 敵前で陣形を変換するなどという馬鹿をしでかしたフェルドゥークの戦線を一挙に崩壊させてやろうとして突出してみれば、それが丸ごと罠であり、蛮族エルフとともに突出した兵は皆殺しの憂き目にあっている。

 そしてその罠の向こうから、フェルドゥークに所属する獣士達が切り札の魔獣を解き放っていた。

「蛮族エルフか。相手にとって不足はないなァ! 魔獣にくれてやるには惜しい相手だ!」

 牙をむいて笑うゴブリン達が殺到し、瞬く間に突出した蛮族エルフ達は被害を出してフェルドゥークの戦線からたたき出された。

「……手ごわいな。戦線の補てんを急げ! 主戦列を抜かせるな!」

「突出した命令違反のエルフ達の処罰はいかがしましょう?」

 櫓の上で指揮を執っていたヴィランは、赤備えの伝令兵に聞かれると苦笑気味に肩をすくめた。

「戦のあとに、だな」

 不満そうに眉をひそめた伝令兵に説明してやるだけの時間を持たないヴィランは、彼を促して更に命令を伝える。

「フェルドゥークの魔獣来ます!」

 アルロデナ総軍の長槍歩兵とフェルドゥークの三本槍に楯(ドゥーヘレヌミア)の長槍兵が激しくつばぜり合いを繰り広げる中央に、土煙をあげて泥牛が猛然と突き進んでくる。

 ベルベナ領に多く存在する泥牛は、彼の領地に住む獣士が使役する一般的な魔獣であり、多くが沼地を住処としている。普段は温厚で草食をもっぱらとするが、腐った肉も食べ、ある一定期間以上水を与えないと途端に狂暴になることから魔獣と呼称される。荷物を運ばせるのによく使役され、この戦役でも多くが連れて来られていた。

 土煙を挙げて突撃してくるフェルドゥークの魔獣に向けて、アルロデナの弓兵隊が射撃を開始する。大陸一の弓兵部隊が、天を覆う矢の雨を一点集中で放つ。

「先頭を射抜け!」

 アルロデナの弓兵隊の射撃は正確無比であり、その矢は鉄すら易々と貫く。巨大な鉞となってアルロデナを襲おうとする魔獣に対して、弓兵は鉞を根元から跳ね飛ばす防御のための剣だった。

 アルロデナの弓兵隊の活躍はすさまじく、戦列を形成する歩兵に届けば、たちまち戦列を崩したであろう魔獣の突撃を、戦列に届く前に払いのける。

 だが同時に、その間はアルロデナの弓兵隊の行動が制限された。援護射撃のない状態のアルロデナ総軍でフェルドゥークの火力を一身に受けることになったのは、軍師ヴィランの肝いりで投入された重装歩兵三千だった。

 戦列をこじ開け、フェルドゥークの攻勢に不均等を生み出す防波堤を作る。その役目を与えられたアルロデナ総軍の将ガルバディンは、忠実にその命令に従った。

 東征の頃からその軍歴を重ね、以来20年、西都出身の彼は、三千の編成を命じられた時、その中心を人間種としながらも、編成に特色としてオークを多く編成した。

「フェルドゥークの戦列をこじ開ける。武勇を奮え!」

 オークは、ゴブリンに比して体格が大きく、防御と攻撃に優れている。持久力に関しては人間やゴブリンに劣るものの、短期的な攻勢に関してはどの種族よりも優れている。

 そして装備するのは青銀鉄(スリラナ)製の武具である。魔法を通しやすく、鉄より軽く壊れにくいその武具は妖精族の納める税の一つともなっている。

 棍棒を青銀鉄で固めた得物を奮ってガルバディン指揮下のオーク達が突撃していく。ドゥーヘレヌミアのゴブリン達が長槍を突き出しながら、徐々に距離を開けた。いかに百戦錬磨のドゥーヘレヌミアのゴブリンといえど、装備に勝るオークを真正面から跳ね返すのは困難だった。

 自軍の左翼にガルバディン率いるアルロデナ側の攻勢を受けたルゥー・ヌミアは、攻勢を受けた正面をそのまま下げた。

「下げて構わんぞ! だが、回り込め! 左翼に広く伸ばしていけ!」

 遠足にでも行くかのような軽い口調で命令を下すルゥー・ヌミアは、にやりと笑って、次なる指示を出す。

「右翼、行くぞ。予備隊を動かせ!」

 長槍兵が戦う後ろで兵が動いていく。その様子を見たヴィランが、アルロデナ総軍の左翼に防御を指示。

「左翼、守りを固めよ! 剛陣!」

「ふふん? 突進だ! 貫け!」

 守りを固めたアルロデナに、ドゥーヘレヌミアの予備兵は構わず突撃を開始した。

「なに!?」

 当然跳ね返せると考えていたヴィランの予想を裏切って、戦線を押し込まれる。

「……」

 予想以上に強い攻勢に晒される左翼を見た後、一瞥すればガルバディン指揮下の三千は、彼の命令通りにフェルドゥーク側に楔を打ち込むことに成功していた。

 一部では敵の隊列を断ち切って、順調すぎる戦果を出している。ドゥーヘレヌミアの紋章旗を掲げる一団の左翼を、オークを揃えた前衛がさらに押し込み前進していくのと合わせて、その後続には人間種を中心にオークの弱点を補う布陣で隙はない。

「……」

 隙はないはず。順調なはず。

 ヴィランは、しかしどうしても不穏な気配を拭い去ることができなかった。目を眇めて戦場を細かく分析する。敵の主攻は、アルロデナ総軍の右翼だ。

 防御を固めた剛陣で敵を跳ね返すはずが、食い込まれてはいる。

 しかし許容範囲内だ。最前線を抜かれても、さらに第二陣、第三陣と分厚い布陣を敷いている。その中には、蛮族エルフやメルフェルンのゴブリン達さえいるのだから簡単に抜かれることはない。

 そしてアルロデナ総軍の主攻はドゥーヘレヌミアの左翼を確実に食い破っている。

 それは間違いない。

 現に、一部の戦列を食い破って──。


◇◆◇


「崩れた場所を狙え、頭上に注意しろよ! 降ってくるぞ!」

 自身最前線に居ながら、ルゥー・ヌミアは、指示を出し続ける。

「左翼、敵勢強し!」

 その報告に笑みすら浮かべて頷く。

「構わんぞ、そのまま行く! 眼前の敵をこそ、撃破せよ!」

 怪訝な顔を浮かべて報告をしたゴブリンは、再度問い返す。

「しかし、一部は戦列を崩されて、遊兵となってますが?」

「なぁに、それはそれで使いようもある」

「はぁ……」

「さぁ、突撃だぞ!」

 要領を得ないルゥー・ヌミアの言葉に、だが即座に意識を切り替える。軍長が言うのなら、そういうものかという、その信頼がゴブリン達にはある。

 直後、頭上に降り注ぐ鋼鉄の矢尻。

「エルフどもの直上射だ! 防御!」

 半ば悲鳴を上げながら、それでも頭上に掲げる楯は、なんとかアルロデナ側の援護射撃を防ぐ。鉄すら貫くアルロデナ弓兵隊の矢を、その降射角度を計算して楯の角度をずらし、貫くのを防いでいた。

「突撃ぃぃい! 進め!!」

「応! 応! 応っ!」

 ルゥー・ヌミアの号令に応えて集まったドゥーヘレヌミアが突撃していく。アルロデナ側の突き出された長槍を掻い潜り、体ごと大楯でもってぶつかり戦列に僅かばかりの穴をあけていく。

 戦列を構成する歩兵にすれば、空いた穴を即座に埋めるのが鉄則である。現に多くの部隊が即座に穴を埋めるため、後列の兵士が前に出る。

 だが、それができない部隊もある。

 そこに容赦なくドゥーヘレヌミアの戦士がなだれ込み、戦列を崩していく。一度穴の開いた場所をふさぐのは容易ではない。なにせ、相手はその穴を拡大させようと戦力を狙いすまして投入してくるのだ。

「崩れた! 三番槍隊! 進めぇ!」

 ルゥー・ヌミアの号令により、彼直属の部隊がアルロデナ側の戦列を食い込む。

「援護するぞ! 突撃だ、続け!」

 ドゥーヘレヌミアの各部隊が続々と自己の判断でアルロデナの戦列に圧力を加え、開いた穴を大きく広げようとしてくる。

 それを的確に防いで、ドゥヘレヌミアの突破を許さないのは流石にアルロデナの精鋭と軍師ヴィラン・ド・ズールの手腕であった。

 崩れそうな戦列の綻びを見落としなく見つける広い視野、補強を遺漏なく行う臨機応変の対応手腕だけをとっても非凡と言える才幹、軍師としての面目躍如であった。

 しかしだからこそ、ルゥー・ヌミアの仕掛けた攻勢に注意を削がれたともいえる。短時間でリゾナジェルを撃破した槍のグー・ジェラ率いる交差する大槍(ジェラミア)が高速反転から急襲を仕掛けてくる一連の動きに反応が遅れた。

 そしてその初動の遅れをこそ、ルゥー・ヌミアは待っていた。

「来てくれると思っていたぞ! グー・ジェラァ!!  勝負時だッ! 続けぇぇえ!!」

 目を血走らせ、口元に凶悪な笑みを浮かべたルゥー・ヌミアは先の見えぬ博打に己の全てを賭けた。

 自身の直属部隊を擂り潰しながらアルロデナの戦列を崩すと、それに呼応したグー・ジェラがアルロデナ側の右翼を包囲するように展開から急襲を仕掛ける。

 同時にアルロデナの攻勢によって遊兵となってしまったドゥーヘレヌミアの一部を取り込み、即座に戦力として繰り出してくるあたり、ジェラミアがフェルドゥークに似つかわしくないほど規律を厳守する部隊であっても、やはり百戦錬磨のフェルドゥークであった。

 如何にアルロデナの精鋭であっても、二方向からのフェルドゥークの攻勢に耐えきるのは不可能だった。

 櫛の歯が抜けるように戦列に穴が開き、そこから侵入を果たしたドゥーヘレヌミアの戦士達の刃が、アルロデナの最前列をまとめ上げる百人隊長達に届いた。

 鉄壁を誇ったアルロデナ総軍の戦列が崩れる。

 軍師ヴィランが万の兵を指揮できるのは、ひとえに最前線の兵士を指揮する百人隊長達を掌握しているからに他ならない。アルロデナ総軍の背骨ともいえる彼らの紋章旗が倒れた瞬間、ゴブリンの王崩御以来一度も揺らぐことのなかった黒き太陽の王国(アルロデナ)の大紋章旗が、倒れた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 決戦の初手はフェルドゥークが獰猛に制しましたな さて、大紋章旗が打倒されて、そこでアルロデナ側がどう反撃にでるか。
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