継承者戦争《狂獣が見下ろす戦場で》
アルロデナ総軍の総指揮官たるギ・ガー・ラークスが、自身の直属戦力たるアランサインを率いて、敵の後方を扼し、剣王ギ・ゴー・アマツキがフェルドゥークの後方兵站基地グランハウゼの方面から斬り込みをかけていた時、その様子を静かに見守る一匹の獣が居た。
「……」
体中に刻まれた無数の古傷は、彼が歴戦を経て生き延びて来たことの証左であり、恵まれた肉体は、古傷を残して尚、強靭にして剛健。細い鋼をより集めたかのような分厚い腕の筋肉は、自身よりも大きな獲物を殴り殺し、日々の糧として生きているためだった。
かつてゴブリンの王の下、自身に従う千匹の鬼達を率いた狂獣は、十万余の軍勢が戦う戦場をただ、見下ろしていた。
「……ギ・グー様」
その横に、焦燥に身を焦がす一匹の子鬼がいる。
かつて無謀にも狂獣に挑み、返り討ちにあった黒犬は、命を取られず、さりとて服従を強要されるわけでもなく、不思議な共生関係の末に、狂獣に従って戦場を見ていた。
その視線は忙しなく、叛乱の主たるギ・グー・ベルベナの描いた円陣の様子を追っている。
今や、円陣はその姿を変え、アルロデナ総軍の仕掛けた傾斜陣を逆手にとり、次々と新手を繰り出す車掛かりのように、一点突破を狙う形に姿を変えつつある。
自身と比肩する四将軍筆頭ギ・ガー・ラークス、軍師ヴィラン・ド・ズールを向こうに回して、繰り出される戦術の冴えは、守ってよく、攻めて良くのフェルドゥークの真価を遺憾なく発揮したものだった。
自身の義兄弟、四将軍の悉く、さらには大陸最強とも名高い剣王を──いや、もっと言えば、この世界を敵に回して、堂々たる優勢を勝ち取っている今の現状こそが、ギ・グー・ベルベナの力であった。
紙一重の差であったが、その分だけ、フェルドゥーク単独の力は、相対するアルロデナ総軍よりも勝っている。綱渡りの優勢は、今確実にアルロデナ総軍の陣形を崩しつつあるのだ。
◇◆◇
傾斜陣を崩され、柔らかい側面をまるで抉るように突いて来るギ・グー・ベルベナの戦術に、アルロデナ総軍の指揮を代行する軍師ヴィラン・ド・ズールは、決断を迫られていた。
ギ・ガー・ラークスに、保たせると約束した半刻は、もう間もなくだった。そこに至って、傾斜陣に絡みつく様に乱戦に持ち込んでいたギ・グー・ベルベナの円陣は、確かに形を変えていたが、それはアルロデナ総軍にとって、より悪い方向へと変化していたのだ。
一挙に後方兵站を叩き、継戦能力を奪おうとしたギ・ガーとヴィランの策は、その途上でユアン・エル・ファーランという伏兵の為、頓挫していた。
胸の内を焦燥に焼かれ、それでもヴィランは表面上は平静を保つ。
──ギ・グー・ベルベナの戦術能力を見くびっていた、わけではないはず……。
ヴィランは、この戦場に至るまで、少ない時間ながらもギ・グー・ベルベナの戦績を全て見返していた。アルロデナが国として形を成す前から、ゴブリンの王が戦死した天冥会戦まで、手に入るだけ全てだ。
そのうえで、ギ・グー・ベルベナの戦術能力を過不足なく評価したはずだった。
「だが、まだ……見くびっていたと言うわけか」
ぎりり、と奥歯を噛み締め、前面に広がりつつある劣勢を睨む。この時点でユアンの存在を、ヴィランは知らない。圧倒的劣勢の中ですら、戦果を挙げる勇将の存在を、要素として組み込めと言うのは、酷な話であった。
それはまるで竜巻のように圧倒的な攻勢だった。その陣形を組むにあたって、どこかで気勢を上げるわけでもなく、気が付けばアルロデナ総軍の左翼が、ギ・グー・ベルベナの車輪の陣形に飲み込まれつつある。
守勢と感じた円陣は、一皮剥けば、攻撃的な陣形に変化している。その攻勢に押され、傾斜陣の前衛は既に食い破られている。二段に構えたその二段目も既に崩壊寸前。
その先に残るのは、ギ・グー・ベルベナの本陣を叩くための、予備兵力だ。
いや、すでに“だった”と過去形で表現した方が良い状況であった。
ヴィランの計算では、傾斜陣で円陣をはぎ取り、予備戦力を以ってギ・グーの本陣を叩くと言う絵を描いていたのだが、それが脆くも崩された。
遠く、視界を遮る砂煙は、頼るべきアルロデナ総軍の指揮官の姿を隠したままだった。
「……半刻は、過ぎてしまったか」
ヴィランは、一度強く目をつむると、戦況を見渡す為の望楼の手すりを強く握りしめて、俯いた。
「……ギ・ガーさん、ここからは、ヴィラン・ド・ズールの戦いをさせてもらいますよ?」
力任せに手すりを叩くと、ヴィランは麾下の“赤備え”に指示を出す。
「陣形を変える! 伝令!」
すぐさま駆け寄って来る伝令に、ヴィランは望楼の上から指示を下す。
「重装歩兵の第5軍を南1キロルに後退、軍を再編し、指示を待てと! 続いて第4軍を北側に後退、軍を再編後、敵の遅滞に努めよ」
伝令が走り去ると、続けざまに次の伝令を呼びつける。
「予備兵力を投入する。妖精族の諸兄らに戦況を伝え、戦乙女の短剣と偉大なる血族に出撃の命令を。任せる、と伝えればよい。続いて、グー・ナガ・フェルン殿に、南へ転身、妖精族に襲い掛かる敵を討て!」
ここにきて、ヴィランは、円陣から距離を取る策を採用する。
ギ・グー・ベルベナのフェルドゥークとまともにぶつかる戦法は、ギ・ガー・ラークスが本陣で指揮を執ってこそ機能をするものであった。
後ろにギ・ガー・ラークスと言う存在があってこそ、歩兵達の士気は保たれるのだ。だが、ヴィランが指揮を執り始めて、既に一刻。ギ・ガー・ラークスは未だ戻らない。
目に見えて崩れつつある傾斜陣に、これ以上こだわるのは、全軍の崩壊を招きかねなかった。ならばいっそのこと、円陣から距離を取り、逆撃してこそ、活路が見いだせると、ヴィランは決断する。
しかしそれは、ギ・ガー・ラークスが望んだ短期決戦とは別の、泥沼の消耗戦への道だった。
「……全ては、勝利の上にしか築かれない」
一人呟くと、ヴィランは望楼の上で指揮杖を振り上げた。
「赤備え! 前に出る! 死線だ! 敵は戦斧に楯の軍!」
「応!」
盾を構え、小剣を構えた“赤備え”が鬨の声をあげる。
熱砂の神を信仰する彼らは、幼いころから戦闘訓練に明け暮れる。クシャイン教徒達の中の少数しかいない彼らは、ブラディニア女皇国の最精鋭だった。
異なる信仰を抱く不利を抱えてでも、ブラディニアで生きざるを得ない彼らの家族が、その引き換えに差し出すのが、幼き我が子だった。
例え信仰は違えど、国に対する献身は、劣るものではないことの証明の為に、彼らは精鋭とならざるを得なかった。庇護者ヴィランの命令であるならば、彼ら“赤備え”は、文字通り命を懸ける。
三千を数えるだけの彼らは、傾斜陣を食い破って迫って来るフェルドゥークの一軍とまともにぶつかると、ヴィランを中心として、その攻勢を引き受けながら、徐々に後退する。
ギ・グー・ベルベナの下にいる十人の軍団長。
そのうちの一匹であるドゥーラノアのバッハベルは、決して無能なゴブリンではない。東征までを一兵卒として過ごし、それ以後に徐々に頭角を現してきたゴブリンではあったが、その実力は折り紙付きだった。
長柄の戦斧を縦横に振るい、仕留めた魔獣の皮を幾重にも重ね張りした盾を翳して戦う姿は、狂戦士のそれだった。そんな軍団長に率いられたドゥーラノアは、全体的に攻勢に強く、その爆発力は、フェルドゥークの中でも一目置かれる。伊達に、ギ・グー・ベルベナから先陣を任せられるわけではなかった。
しかし、それと相対する“赤備え”も精鋭だった。
幼いころから徹底した集団行動と、戦闘技術を教え込まれた青年達で形成された“赤備え”は、ヴィランの指示に従って、ドゥーラノアの攻勢を僅かな間であったが、凌いで見せた。
ヴィランの指示が的確で、最前線近くにおいて、命令に対するタイムラグがない状態で、その指揮が冴えわたるために、かろうじて勢いに乗るドゥーラノアを抑え込む。“赤備え”の中心にいるはずのヴィランの下に、魔法弾や投石が届くまでの激戦が続く。
だが、ヴィラン率いる“赤備え”が作り出した僅かな時間こそ、ヴィランが最も欲したものだった。
ドゥーラノアの攻勢を凌ぐことにより、今まで勢いに乗り攻勢を仕掛けていたフェルドゥーク全体に、僅かながら、停滞が生じる。
まるで今まで硝子の壁を棒で叩いて割っていたのが、いきなり鉄製の分厚い壁を叩いたような感触の変化が、フェルドゥーク全体の攻勢に対する不協和音となって、その足を鈍らせ、“赤備え”がフェルドゥークの攻勢を受け止めることができていた。
からくも、フェルドゥークの攻勢を受け止める“赤備え”の右翼から、妖精族が間髪入れずにフェルドゥークにまともにぶつかる。
風の妖精族を中心とした撃剣隊──かつてのフェルビーのような、蛮族エルフと呼ばれる獰猛で好戦的な若者を中心とした者達と、剣舞士と呼ばれる土の妖精族の剣士達が、フェルドゥークのゴブリン達と、血で血を洗う闘争を繰り広げる。
長寿を誇る妖精族達からすれば、ゴブリンの王と宰相プエルがもたらした15年の平穏などは、瞬きの間の出来事でしかない。刹那に生きる人間やゴブリン達と違い、彼らはそこまで急激に変化することはなかった。
ゆえに、ゴブリンの王が森で出会った頃のような……いや、ともすれば東征と言う伝説を知るからこそ、より過激な一団としてフェルドゥークに斬り込みをかけていた。
「ヴィランさま、左翼から!」
「──さすが、仕事が早い。ザウローシュ殿か」
“赤備え”が稼ぎ出した僅かなフェルドゥークの停滞と後退による敵の誘因を、歴戦の血盟が見逃さない。戦乙女の短剣と偉大なる血族の騎馬兵が、一気にフェルドゥークとの距離を詰めると、赤き太陽と黒月の紋章旗の脇をすり抜け、傾きかける紋章旗を支えるように、一撃離脱をもって、フェルドゥークの足を止める。
先頭に立つのは、鎌槍を縦横無尽に振るう歴戦の猛者だった。
「レオンハートの名を高めよ! 我らの力存分に振るって、遥か雲の上にまでレオンハートここにありと、示すのだ!」
一撃離脱の直後に、ドゥーラノアのゴブリン達に突き刺さるのは、冒険者達の魔法攻撃だった。魔窟を探索することによって力を得た者達の遠距離攻撃は、戦局を変えるに充分な威力と精度を誇る。降り注ぐ魔法弾の援護下に、集団戦術も個人技能も際立った実力者達が、魔法弾の攻撃に怯むフェルドゥークの中に突撃する。
だが、そこで一気に崩れないのは、流石に歴戦を戦い抜いて来たドゥーラノアだった。数多迫る冒険者に対して、常に数の優位を保ちながら交戦する。
「敵、後方より、援軍!」
叫ぶ副官の言葉に、レオンハートのザウローシュが視線を向ける先で、蛇門に剣の紋章旗を掲げたゴブリンの一団が、戦斧に楯を守るように、展開していく。
二対一、あるいは三対一での戦いを繰り広げ、決して一気に組織が崩壊することはない。それどころか、ヴァルキュリアとレオンハートの突撃を受けて尚、乱戦で持ち応え、さらに攻勢に出る気配がある。
「更に、後退。そして、第四軍に伝令、後続を断て! 目標は、交戦中のフェルドゥーク後続部隊! 蛇門に剣の紋章旗」
ヴィランの指示が飛ぶ。
乱戦を繰り広げるフェルドゥークの攻勢の先頭で、ドゥーラノアを率いるバッハベルは、目の前に立ち塞がる赤備えの戦士を葬りながら、攻勢の限界を見極めようとしていた。
ギ・グー・ベルベナの仕掛けた車輪の陣形は、傾斜陣を仕掛けるアルロデナ側に効果的に機能しているが、それも徐々に対応されつつあるのを認識していた。
「未だ、攻勢の限界は先にあるぞ! 進め、進め!」
部下を叱咤激励し、先頭に立つ姿は、猛将と呼ぶに相応しい。
ドゥーラノアの後ろからは同輩であるゲイルフォルトが、その攻勢を支える為、左右を固めてくれている。ドゥーラノアが攻めやすいように、注意をひきつけ、左右から入る陽動を、その身を以って受け止めているのだ。
「ググナの奴には、世話をかけるが……」
衝撃力を殺さぬためとはいえ、つらい役割ばかりを押し付ける形になっているゲイルフォルトを率いる同輩に感謝の言葉を呟き、バッハベルが視線を戻して戦場を見渡した時──それは来た。
◇◆◇
「良く粘るじゃねェか」
「……兄貴こそ、息が上がってるんじゃねえですかい?」
グー・ナガ・フェルン率いる長剣に丸楯の軍の攻勢を受け止めた鉄鎖巻き付く大楯を率いるマグナ・チェルダとその配下の者達だったが、その被害は甚大と言って差し支えない。
元々は同じフェルドゥークの中にあって、攻撃に特化した部隊と防御に特化した部隊であったのだ。お互いに実力は知り過ぎるほど知っている。
なればこそ、ぶつかり合えば当然、結果は見えていた。
フェルドゥークにおいても、メルフェルンの実力は屈指のものだ。それに対して、チェルダノムの実力は、十匹の軍団長の内下から数えた方が早い。
だが、そんな相手だからこそ、グー・ナガ・フェルンは油断を出来ないと感じていた。
実際に刃を交わして、マグナ・チェルダの覚悟は本物だと悟ったからだ。死兵となってでも、チェルダノムは、メルフェルンを止めに来る。
だから、グー・ナガ・フェルンは全力で、マグナ・チェルダに対して剣撃を見舞うのだ。
それが例え、自身を兄と慕う同輩であったとしても──。
しかし、それでも時間はかかる。
アルロデナ総軍の敷いた傾斜陣の先駆けたるメルフェルン──ひいては、グー・ナガ・フェルンが、手間取っているだけ、全体の戦局が不利になるのは、自明に過ぎた。
血濡れた長剣を握る手で、握りを確かめ、勝負を決めるべく再度の攻勢に出ようとしたグー・ナガに、伝令旗を掲げた騎馬兵が追いついたのは、ちょうどそのときだった。
「伝令! 総軍指揮代行ヴィラン・ド・ズール殿より!」
「うるせぇ、今片付けるから、黙ってやがれ!」
同輩をその手にかける命の取り合いに水を差されたグー・ナガの怒声。だがそれに怯まず、赤備えの伝令は、一瞬だけ躊躇した後、堂々と命令を読み上げた。
「っ! 総軍指揮代行ヴィラン・ド・ズールより、南へ転進せよ! 妖精族と相対する敵を討て!」
「……」
息も絶え絶えのマグナ・チェルダを見据えるグー・ナガ。
「──くそが! 転進!!」
地団太を踏んだグー・ナガは、怒りの眼差しで伝令を睨むと、次いで敵将マグナを睨みつけた。
「……命を拾ったな」
「そのようで」
「……無駄にすんなよ」
舌打ちをすると、グー・ナガは進路を南に取る。
「なんとも、まぁ……敵にかける言葉じゃねえでしょうに。まぁそれが、兄貴の良いところなんだけどなぁ」
かつてフェルドゥークにあって、戦い方に悩むマグナに指導を施したのは、グー・ナガであった。数奇な運命の末に戦った、兄と慕うゴブリンとの激闘を生き延び、マグナは満身創痍の身体を地面に横たえた。
「伝令じゃ、マグナは役目を果たした。あのメルフェルン防ぎ切ったど!」
密かな勝鬨を上げるチェルダノムは、ギ・グー・ベルベナに伝令を走らせた。
◇◆◇
それを例えるなら、濁流だった。
「斬り進め!」
先頭を進むグー・ナガ・フェルンの号令の下、全身を血に濡らして、長剣と丸楯を携えた悪鬼の群れが、血に飢えた魔獣のような速さで、相対する者を飲み込んでいく。
メルフェルンに所属する誰もが、目を血走らせ、握りしめた長剣の血糊を振るい落とす。
「大将! 先方に妖精族ですが!?」
怒鳴る部下のゲルドットの声に、口の端だけを歪ませて笑みを作り、牙をむいて笑った。
「それがどうした!?」
僅かに後ろを振り返ったグー・ナガは、部下を見て、そして視線を転じて、前方を睨む。
「そんなことを気にしてンじゃァねえ! 突っ込むぞ! 鬨を挙げやがれェ!」
「しかしっ!」
「ゲルドット! てめえ、本気でそんなことを気にしてやがるわけじゃねえだろうが!」
部下の制止の声を鼻で笑ってグー・ナガは、長剣を翳す。
「斬り刻む旗は、戦斧に楯! 遮る奴らは、誰だろうと構うか! 最短距離で行くぞ!」
上がる鬨の声に背を押されるように、グー・ナガは戦列を飛び出す。
もはや制止の声をかける者はおらず、副官のゲルドットすら、狂奔の中で、鬨の声を上げていた。
鯨波のように打ち寄せる鬨の声に、最初に気が付いたのは、耳の良い妖精族達であった。
「本気か、メルフェルンの戦闘狂ども!?」
戦場を俯瞰するように見ていた妖精族の射手達の呟きは、ざわめきとなって、アルロデナの動揺を誘ったが、特に動揺が激しかったのは、風の妖精族からなる撃剣隊と土の妖精族からなる剣舞士だった。
フェルドゥークの攻撃の鏃の先端たるドゥーラノアのゴブリン達と、血で血を洗う激戦を繰り広げていた蛮族エルフ達は、一切の躊躇なく突撃してくるメルフェルンの姿に肝を冷やした。
逃げ遅れた蛮族エルフの一部が、グー・ナガに殴り飛ばされるのを見て、彼らの中でそれは確信へと変わった。
「正気か!? 味方ごと、飲み込むつもりだぞ! メルフェルンの奴ら!」
「進めェ! 邪魔する者は斬れ!」
「横撃だと!? 隊列! 二重、いや、三重防壁! 退路を確保だ!」
口々に罵声を飛ばし、逃げる蛮族エルフと、速度を緩めないメルフェルン。そしてその時点でメルフェルンの接近に気が付いたフェルドゥークのゴブリン達。
メルフェルンの横撃に気づき、すぐさま最適の行動をとった蛇門に剣と戦斧に楯。
しかし、気づくのが遅すぎた。ゲイフォルトとドゥーラノアの反応の遅れは、彼らから完璧な陣形を組み上げる余裕を奪い、無数の綻びを生み出す。さらに致命的だったのが、直前まで血で血を洗う闘争をしていた蛮族エルフ達だった。
逃げる手土産とばかりに、その経路上のゴブリンに斬り付け、蹴り、殴り、石を投げて、手近なフェルドゥークのゴブリンを狩っていく。
「ハッハー! 死んで行け、おらァ!」
背後から迫るメルフェルンを忘れたわけでは、もちろんない。むしろ、背後から迫るメルフェルンの存在があるからこそ、嬉々としてフェルドゥークを狩りに来る。
危険を愉悦と感じる生粋の戦闘狂達こそが、蛮族エルフと呼ばれる妖精族の剣士隊だった。
メルフェルンの速度と、蛮族エルフの跳梁跋扈により、満足に陣形を組みあげられなかったゲイフォルトとドゥーラノアに、グー・ナガ率いるメルフェルンの横撃が衝突する。
決壊する堤防に似た防御陣の崩壊が、やがて抗えぬ流れとなって蛇門に剣と戦斧に楯の紋章旗を押し流した。




