継承者戦争《虎獣来たりて》
約一年ぶりの更新です。
フェルドゥークの円陣がギ・グー・ベルベナの企図通りに機能していた頃、その本陣に暴徒側の代表が訪ねて来ていた。
ジョシュア・アーシュレイドと名乗った、ギ・グーからすれば青二才とするしかない人間は暴徒側の被害の多さに、戦術の変更を要求した。
「……つまり、俺に貴様ら人間の被害が多いために、戦術を変えろと、そう言いたいのか?」
静かなギ・グーの怒りに、ジョシュアと名乗った男は顔を引きつらせ、尚も言い訳を繰り返す。
「そうではありません。閣下ならば、味方の被害を減らし、より効率的に敵を殺戮できるのではないかと、愚行する次第です」
「……血を流すことを恐れ、叛乱が起こせると思っているのか? それが、貴様ら人間の総意なのだな?」
ジョシュアからすれば最後通牒にも聞こえるその言葉に、彼は心底震えあがった。
「……いいえ、失言でした。お許しを」
震える声で、顔を青ざめさせ、引き下がるジョシュアは屈辱に塗れて、頭を下げる。
「失せろ、貴様らは、俺の指示に従い、戦の役に立てばいい」
ギ・グーの鋭い視線から逃れるように、ジョシュアは退出していく。無言を貫く、ユアン・エル・ファーランの姿を見て、ギ・グーは挑発とも言える言葉をかけた。
「……落ちぶれたものだな。貴様の今の主は、あれか?」
ジョシュアが完全にいなくなったのを気配で確認し、ユアンは憎むべきゴブリンに始めて口を開いた。
「……俺は貴様らと違って、目的の為に泥水を啜ることには慣れている。今も昔も、俺が真の忠誠を捧げる御方は、唯一人」
「はっ! ほざくわ!」
踵を返すユアンに苦笑して、ギ・グーはその姿を見送った。
「物申したいなら、相応の結果をもたらせ」
ギ・グーの言葉を背に受けて、ユアンは本陣から立ち去る。
本陣へ戻ったユアンの下に、暴徒側の代表者達が、慌てて駆け寄って来る。
「ユアン殿、どうでしたでしょう?」
ユアンの視線の先には、ジョシュアの姿はなく、締め切られた部屋に固く閉ざされた扉があるだけだった。
「……意見が言いたいなら、結果を示せ。とのことだ」
「そんな!」
悲鳴に紛れた絶望の声が暴徒の代表から漏れる。俯いた彼らが、数瞬の迷いの後に、縋ったのはユアン・エル・ファーランと言う反抗の英雄の名声だった。
「……どうか、どうか我らを生き残らせてください。ユアン殿、もうこの期に及んでは、貴方様しか頼れる方はおりません」
そんな彼らの様子を、ユアンは無表情に見つめる。
「急報!」
ユアンが口を開こうとした瞬間、伝令の声にその口は閉じられた。
「円陣の左翼より、騎馬隊約三千! 紋章旗は、虎獣に槍、アランサインですッ!」
その場にいた者達は、誰もが息を呑んだ。
──アランサイン来たる!
フェルドゥークが大陸最強を自負するなら、アランサインは大陸最高の騎馬隊だ。降した敵は数知れず、戦場に舞い降りる怪鳥の如く、神速を以って急所を貫くその機動力と突破力は、相対する者達からすれば、悪夢以外の何ものでもない。
ユアンは覚えている。
箱舟から大地に降り注ぐ弾丸飛雨の中を、その隙間を駆け抜けて己に十倍する敵を翻弄する曲芸じみた騎行戦術──。
僅かに走った腕の震えを、手を握り締めることで抑え込むと、狼狽える暴徒の代表達に視線を向ける。
「俺に指揮を任せると言ったな?」
「は……? はい!」
「ならば、命は捨てよ。生きようとすれば死に、死なんとすれば生きる。それこそ戦場の心構えだ」
細めたユアンの視線の先には、土煙を上げて迫る鉄脚の騎馬兵。脳裏に描くのは細部に至るまでの彼らの戦い方。静かな言葉に、戦場の指揮官たる威厳を備えて、ユアンは言い切った。
「は、ははっ!」
拱手して頭を下げる暴徒の代表達に、ユアンは視線を戻す。
「……ゴブリンどもに、少し意地を見せつけてやる。各陣から、各々が弓兵二百及び槍兵二百を抽出し、本陣の後方に待機させよ。あとは、魔法士がいれば知らせろ。急げ!」
慌てて駆けだす彼らを見送って、ユアンは誰もいなくなった暴徒側の本陣で床几に腰かけ、地図を見下ろす。
「……」
騎馬兵に対する対処は実際多くない。その要訣は、近づく前に潰すこと。
──本陣まで一挙に迫ると見受けられるアランサインの企図は、十中に六、七は本陣への突入だろう。だが、残りの四から三は、あるいは……? それを仄めかすことにより、絡みつく円陣を引き離すことか。
いずれにしても、最終的な狙いは本陣。
しかし、そこに至るまでに、どのような手段をとるか。一見鉄壁に見える円陣のその中枢へ、アランサインを率いるギ・ガー・ラークスはどのように、戦を組み立てるのか。
アランサインの突進を許すギ・グー・ベルベナか?
ユアンは、己の直観を信じるように目を一度きつく閉じる。それは、これから自身の指揮で死ぬ者達への懺悔のようであった。
だが、そうであるなら、やりようはあると、ユアンは見開いた目で地図を睨む。
地図上に書き込まれた地形と、歩兵の配置を組み合わせ、騎馬兵を潰すのに最適な場所を選び抜く。そして騎馬兵の最適な経路、迎え撃つだろうフェルドゥークの防御の予想位置、ユアンはそれらをほぼ正確に描き出せる自信がある。
それはかねてより、ゴブリンの戦術と言うものを研究して、戦ってきたユアンだからこそできる芸当だった。おそらく今大陸で最もゴブリンとの戦いに精通しているのは、ユアン・エル・ファーランと言う男。
「こんなものか……」
考えをまとめたユアンは、集まって来る暴徒側の代表達に指示を下し、簡易な陣を組ませると、フェルドゥークの本陣から離れ、後方兵站基地に近い場所に布陣する。
「しかし、これでは全面攻勢に移るとのギ・グー殿の命令に反するのでは?」
「今、我が軍は右翼、少数の騎馬隊の力を以って、敵の陣形に風穴を開けようとしている。そこを軸に右翼から切り込もうとしているのだ。しかし、この戦場、混戦を演じている前衛部隊がいる以上、全ての軍が一斉に右翼に回る余裕はない」
「順番待ちが生じると?」
「その通り、ゆえに、我らは、その順番を待っているだけであり、命令に反しているわけではない。そして布陣するなら、この場所だ」
本陣を援護するには離れすぎている場所だった。円陣の中央から外れ、更に後方グランハウゼ側となれば、敵が来る可能性など万が一にもない。あるのは、物資を集積するための兵站基地が精々──だが、ユアンは断固としてその場所を譲らなかった。
ギ・グー・ベルベナに部隊の位置を知らせると、ユアンはその指揮官として複数人を指名する。
「私が、全軍の指揮官?」
いぶかし気に、指揮を任された人間が口にする当然の疑問を、ユアンは無表情に受け止める。
「その通り」
「ですが、彼らは将軍の名前で集まったようなもので……」
ユアンの指名にも関わらず、指名された側の反応は芳しくない。それも当然で、彼らは皆、ユアン・エル・ファーランと言う人間の名声に縋って集まった者達だ。他の誰が指揮官でも、部下を従えられる自身がない。
「無論、実際に指揮は私が執る。しかし、ギ・グー以外のゴブリンに名が知れるのは、困る」
あくまで、裏方に徹するとのユアンの言葉に、暴徒側の代表たる彼らは渋い顔ながらも頷く。自らの声かけで集めた者達への説明をどうしようとかと、今から思い悩む。しかし、自らがその名声に縋ろうとする相手の申し出は、断り辛かった。
結局、ユアンの意見が尊重される形をとり、急きょ編成された一軍の指揮系統は定まり、彼らの練度からすれば、出来る限り迅速に、移動を開始した。
◆◇◆
アランサインを率いたギ・ガー・ラークスが鉄脚の三千騎を率いて、円陣の外側を駆け抜けた時、徐々にその姿が彼らの眼前に見えて来た。
本来であれば、円陣の真ん中に位置し、最も強固な防壁に囲まれたフェルドゥークの本陣。それが、アルロデナの斜傾陣を追いかけることにより、透けて見える。
本陣に掲げられるフェルドゥークの紋章旗。その前にずらりと盾を並べるゴブリン達は、今まで前線で戦っているゴブリンと比較しても、さらに上位のゴブリン達だった。北側から迂回し、本陣を狙う構えを見せるアランサインを、戦士集団は、本陣を背にして防御の姿勢をとる。
「来るぞ、者ども!」
ギ・グー・ベルベナの姿は見えないが、高位のゴブリンが指揮する戦士の集団は、まるで生き物のように柔軟に動く。
両翼を広げるように陣形が広がったのを見た、ギ・ガー・ラークスは口元を歪めた。
「我らを突破させぬだけの策がある、か? あるいはそれと見せかけた欺瞞か?」
揺れる馬上から目を凝らすと、僅かに動揺の色が慌ただしく動く紋章旗に見て取れる。
「ファル。二千を率いて右に迂回せよ。残る一千は我に続け!」
「御意! 第1大隊から第4大隊まではギ・ガー殿に続け! 残りは私に着いて来い!」
副官ファルから伝令が各大隊長の下へとすぐさま走る。まるで生き物のように、形を変えると、騎馬隊は速やかに大隊長を先頭にギ・ガーに続く者達と、ファルに続く者達に分かれて集団を形成する。
「奴らに、騎行戦術と言うものを教えてやる! できるな、ファル?」
「御懸念、速やかに晴らして見せましょう」
くすりと笑う余裕すら見せて、ファルは分かれた二千を率いて先行する。大きく右に迂回をしながら、フェルドゥークの陣形の翼を狙うかのように、徐々に速度を上げていく。
対してギ・ガー・ラークス率いる本隊は、進路を変えることなく、目の前に敷かれた陣の中央に対して、速度を上げずに迫っていく。
「──軍を、分けた?」
一方、フェルドゥークの本陣前に防御の為の陣形を敷いた指揮官は、この動きに決断を強いられた。どちらかが囮、あるいは両方とも本命──。どちらも十分考えられるその可能性を考慮しつつ、砂煙上げて迫って来る大陸最強の騎馬隊を睨む。
──戦力が多い方に守備を片寄せるべきか、それともやはり指揮官たるギ・ガー・ラークスの方こそ本命か。どちらの部隊が突撃をしてくる場所に両方対処したら防御陣は薄くなる。
──突撃の際の衝撃力の高さは、三千がまとまっていた方が有利なはず。それを敢えて分ける意味は何なのか。
無数の可能性と、選択肢が彼の脳裏を駆け巡り、流れる汗が顎を伝って地面に落ちる。
「ええい、迷っている暇などない!」
恐れるべきは、突破を許し、ギ・グー・ベルベナの本陣まで突破されること。それさえ防ぎえるのならば、最悪ではない。
そこまで考え、取る陣形は二列陣の鶴翼。まるで鳥が翼を広げたかのように薄く伸ばした陣形を、二つ重ねた陣形に、指揮官の苦心が伺えた。
一陣で受け止め、第二陣でその足を完全に止める。そして、捕まえた敵は、鶴翼を閉じることによって、討ち取る。
防御に偏ったその陣の組み立てに、だがギ・グー麾下のゴブリンは良く応えた。
速やかに陣形を整える整えるとともに、不揃いの武器を手に構えをとる。第一陣には、重装備のゴブリンを配置、盾を地面に突き立て、その隙間からは長槍を突き出し、投石と投げ槍の準備も万全。
騎馬隊の先頭に狙いを定めて、待ち伏せさせた。
だが、それも全て急速な反転による騎馬隊の動きで、放たれることはなかった。
「なに? どういうことだ?」
指揮官が目を凝らしてみれば、アランサインが反転して向かう先は、円陣の更に後方──兵站物資が貯蔵している地域だった。
「まさか、奴ら……」
本陣を狙うのは欺瞞。そして後方兵站を狙うその有効性を、高位のゴブリンならば誰でも分かっていた。
「伝令を!」
すぐさまギ・グー・ベルベナの下に伝令が走らされる。
──アランサインの狙いは、後方兵站基地と認む。
本陣の前に展開させた部隊からの伝令は、ギ・グーに余さず状況を伝えた。上手く戦意をいなされたことを知ったギ・グーは、深追い無用と伝えて地図を睨む。
虚仮にされたと、怒り狂って追えば、それこそギ・ガー・ラークスの掌の上で踊る様なものだ。
「ふん、騎行戦術の神髄か。まぁ、確かに戦いもせぬのに、破れてしまってはな」
遥か昔ギ・グーはギ・ガー・ラークスに歩兵に対する騎馬隊の戦いの最も有利な点を聞いたことがある。互いに酒を酌み交わしながらの雑談のようなものだったが、それでもギ・ガーは、はっきりと言い切っていた。
──その機動力を以って、戦場を動かすことこそ、大いなる強み。騎馬兵の突撃は、おまけに過ぎない。
すぐさま伝えられたアランサインの進行方向に、ギ・グー・ベルベナは鼻を鳴らし、全軍を後退させるべく命令を下し それと同時に、兵站物資の貯蔵施設を守るため、後方の部隊を動かす命令をそうとして、ある一転に視線が止まる。
「……ほう?」
だが、広げられた地図を見たとき、乗せられている盤上の駒が、絶妙な位置にいることに気が付いた。数は僅かに二千にも満たぬ少数。1個軍団以下の定数にも関わらず、アランサインから見て実に嫌な位置に配置されている。
「暴徒軍……ユアンとか言ったか? 挑発一つでこの動きなら、安い買い物だな」
予想外に自身の下に有能な将がいた事を幸運として、それを活用すべく策を巡らせる。
「黒蛇馬の部隊を、後方に当たらせよ。全軍でだ。急げ!」
軽装、迅速、そして短時間であればフェルドゥークでも屈指の攻撃力を誇る部隊をアランサインの追撃に充て、後退してくる全軍の様子を窺う。
「さて、どう出るギ・ガー!」
口元に獰猛な笑みを浮かべ、ギ・グーは笑った。
◆◇◆
本陣を狙うと見せかけて後方兵站基地へ進路を取ったアランサイン。ファルに率いさせ、二千に分かれた別動隊は、進路を後方兵站に取ると同時に合流していた。
アランサインに呼応して動いたのは、フェルドゥークの円陣の後方部隊であった。短槍を装備し、身に着けた装備は盾すら無い軽装のゴブリン達は、その見た目を裏切ることなく、軽快であった。
「敵の一軍追撃来ます。徒士ですが、速い」
ギ・ガーの下に再び集結地した副官ファルの声に、視線を向ければ、確かに俊足の部隊がアランサインを追いかけている。
しかし、その数は決して多くない。三千を数えるアランサインと同等か、それ以下の数しかないのだ。考えられるのは、敵の先遣部隊か、足止めの専門と考えて間違いない。
「食い止めますか?」
睨むように敵を見ていたファルが、その視線を切ってギ・ガーに問いかける。
「ギ・グーの戦い方に合わす必要はない。こちらは、当初目的通り、兵站を叩……」
途中で途切れたその言葉に、ファルはギ・ガーの視線の先を追う。
「……やられたな。読まれていたか?」
「まさか」
視線の先に翻る敵の紋章旗。
「──しかし、フェルドゥークのゴブリンではありませんね」
丘を駆け上り、見えて来たその旗は、副官たるファルが知るフェルドゥークのゴブリン達の誰もが当てはまらないもの。
「南方から加わった暴徒が旗を掲げたのでしょうか?」
「……いや、あれは──聖騎士の国だ」
西方大森林から抜け出たゴブリン達が、ぶつかった平原の強国ゲルミオン王国。七名からなる聖騎士を擁し、近隣に武威を鳴り響かせた西方の大国。
鉄腕の騎士ゴーウェン、嵐の騎士ガランド、両断の騎士シーヴァラ、雷迅の騎士ジェネ、隻眼の騎士ジゼ、双剣の騎士ヴァルドー、破壊の騎士ツェルコフ。いずれ劣らぬ武勇と実力を持った騎士達だったが、その中で最もゴブリン達の前に大きな壁として立ちはだかったのは、鉄腕の騎士ゴーウェンと嵐の騎士ガランドだった。
領主としての才腕を振う鉄腕のゴーウェンと、不屈の英雄として幾度もゴブリンの王の前に立ち塞がったガランド。この二人は、ギ・ガー・ラークスとて見知っている。
その生き残りが掲げる旗を見ようとは、思ってもみなかった。
ギ・ガーはその旗を覚えている。
軍勢として西方大森林まで攻め込まれたのは、あれが最初で最後であったのだから。忘れようもない。
「鉄腕のゴーウェン・ラニード」
ギ・ガーの呟きに応える者はなく、吹き付ける風と共にそれは消えた。
「ファル!」
「はっ!」
「あれが、本物なのか確認する。そのあとは速やかに撤退する」
ギ・ガー・ラークスの視線の先には、ゲルミオンの旗。滅びてなお立つ聖騎士の国の旗が風に靡いていた。
「一当てするぞ!」
「御意!」
応えたファルが槍を掲げて頭上で大きく円を描く。
「──突撃態勢!」
次々と後続の大隊長、小隊長達が復命復唱し、三千からなるアランサインの突撃態勢が整えられる。ギ・ガー・ラークスを先頭に、鏃の形に陣形を再編。
魔導騎兵がするすると先頭付近に固まりその両脇と前衛を突撃槍を持った重装備騎兵が守る。後続に続くのは、両手を手綱から離してなお、アランサインの快速に追随できる練達の士たる弓騎兵。手にした強弓を頭上に向けて致死の雨を降らせる彼らのさらに後方を、攻撃力に優れたパラドゥア氏族出身の騎獣兵が追う。
どのような足場だろうと乗り越えるパラドゥア騎獣兵は、敵の屍の上を踏み越えて、蹂躙のための戦力だった。
幾多の国の主力兵団を壊滅させ、数多の国を攻め滅ぼしたアランサインの突撃が始まった。舞い上がる土煙、響く馬蹄の連なりが大地を揺らし、大気を震わせ、神代の軍勢とすら互角に渡り合った伝説の軍勢が蘇る。
向かう先には、滅びた聖騎士の国の旗を掲げる一団。だが、中身は暴徒達であり、士気はどん底、練度はお世辞にも高いとは言い難い。
それでもなお、彼らが逃げずにそれを迎え撃つという判断を下したのは、彼らを率いるのがユアン・エル・ファーランだからだ。
生存している中で最もゴブリンを殺した男。
「魔法士、前へ」
冷静極まりない声音で、命令を下すその姿に、ユアンに生きる望みを託した兵士達は、僅かながの安堵を得る。
「負けはせぬ! 生き残りたくば、命令に従え! ゴブリンどもに、一撃食らわせて、我らの意地を見せてやれ!」
腰に差した剣すら抜く様子はなく、指揮杖を振りかぶったユアンは、アランサインとの距離を測る。
「──放て!」
「──やれ!」
奇しくも、副官ファルの声と、ユアンの声は同時に発せられ、双方からの魔法弾が同時に放たれた。




