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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
45/61

継承者戦争≪悪辣なる円陣≫

 黒き太陽の王国(アルロデナ)側からみて、左翼エジエドの森は徐々に膠着していく戦況。対して右翼たるグリムロック丘陵とアクティエム平原は、その戦の激しさを増していた。

 岩石丘陵(グリムロック)に陣取った旧王国連合軍は、得意分野をそれぞれ発揮した連携の巧さと、メラン・ル・クードの統率の賜物だった。

 怒涛の如く攻め寄せる長槍と大盾の軍(ガルルゥーエ)相手に一歩も引かぬ戦いを繰り広げると、中央線戦では、それを好機と判断したギ・ガー・ラークスが攻勢に移行する。

 斜傾陣の先頭に同じ斧と長剣の軍(フェルドゥーク)長剣と円盾の軍(メルフェルン)を押し立て、その攻撃力を梃子に、一気に戦場の流れをアルロデナ側に引き寄せようとしていた。

 アルロデナの熟練歩兵の攻撃力を支えに、一気にフェルドゥークの陣形を突き崩して行った斜傾陣だったが、巨大な円陣を組んだフェルドゥーク側の中央部に食い込んだ所で、その陣形に乱れが生じる。

 切れ味の鋭い刃のように、一直線にフェルドゥークの防御を切り裂いていくメルフェルンの攻撃に、熟練のアルロデナ歩兵がついていけなくなってきていたのだ。

 守備に定評のあるフェルドゥークの堅い守りに阻まれ、結果としてメルフェルンだけが突出する形になっていく。文字通りその先頭を進むのが、グー・ナガ・フェルン。

 フェルドゥークを率いるギ・グー・ベルベナの最も古い部下である。その絆の深さは、義兄弟としてつとに有名であり、本人たちもギ・グーを大兄として慕っていた。

 ギ・グー・ベルベナの叛乱において、そんな二人は袂を分かった。

 それは二人の置かれた状況であり、彼らを分ける距離であり、生き方と死に方の問題であった。あるいは、戦友であるギ・ガー・ラークスや、プエル・シンフォルアよりも、グー・ナガ・フェルンの受けた衝撃は大きかったかもしれない。

 何も知らされず、最も信頼していた兄と慕う者が、反逆者の地位に立つというのだ。この国で最も血を流し、国に対して貢献してきたはずの大英雄がだ。

 否定の言葉を頭に浮かべ、即座にそれ自体を否定する。

 どんな無茶でも、無謀でも、ギ・グー・ベルベナがやるとなれば徹底的にやる。

 それでこそ、彼が慕う大兄ギ・グー・ベルベナなのだ。

 だから説得は最初からあきらめた。

 叛乱が起きるなら、かつてないほど巨大な、この国を作った大英雄に相応しい規模のものになるだろう、と。黒衣の宰相として、国を取り仕切るプエル・シンフォルアには悪いと思うが、グー・ナガ・フェルンは、そこまで考えが至ったとき、魂の震えを感じざるを得なかった。

 ──あの、ギ・グー・ベルベナと今ならば、戦うことができる。

 迷いが無いとは決して言い切ることはできない。それでもなお、ギ・グー・ベルベナの起こす叛乱を、遠くから眺めるだけなどという、つまらない結末だけは避けなければならなかった。

 そのためなら、同胞と頼んだ他のゴブリンと斬り合うことなど、さしたる問題ではなかった。

「シャァ! どうした!? それでも暴風と恐れられるフェルドゥークの一員か!」

 長腕から繰り出される斬撃が、鉄製の兜ごと叩き割って敵を頭のてっぺんから股の間まで両断する。吐き出す息は熱風の如く、吠える声は風に乗り、畏怖とともに聞く者の耳に届く。

 戦の熱狂そのままに、斬り進むグー・ナガ・フェルンの後に続くのは、彼を親と慕うメルフェルンのゴブリン達凡そ三千。

 暴徒たちの壁からフェルドゥークの内壁へとその陣容が変化しても、その勢いは全く衰えず、むしろグー・ナガ・フェルンは更に猛々しさを増しさえした。

 このまま、ギ・グー・ベルベナの本陣まで切り込んで行きそうなメルフェルンの進撃は、フェルドゥークの内壁を半ばまで削ったところで止まった。

 否、止められた。

 掲げる旗は、鉄鎖巻き付く大楯(チェルダノム)──。

「ッチ、こいつァ──」

 舌打ちしてグー・ナガ・フェルンは、フェルドゥークの中でも特に重装備な彼らを見た。

「よォ、グー・ナガの兄貴ィ」

 じゃらりと、鉄鎖を引き摺って現れたのは、フェルドゥークの誇る軍長が一匹。

「マグナ・チェルダ」

 グー・ナガの前に立ちふさがるのは、当然ながら旧知のゴブリンだった。


◇◆◇


 「戦闘開始から、約2刻……」

 その焦りに似た感情は、自然とヴィランの口から声を漏らした。まるで、大海に素手で立ち向かうかのような手応えのなさ。罠にかかりつつ、それを引き剥がそうともがいてみたが、海中で網に絡まった魚のように、アルロデナ総軍に絡み付く罠は、容易に外れなかった。

 徐々に軍全体の体力を奪うその罠に、何ら有効な手段が取れないもどかしさに、ヴィランは臍をかむ思いだった。

 円陣に攻め掛かってから、落としこまれた半包囲の状態は、斜傾陣を受け止め、中央戦線を膠着状態へと移行させていた。

 斜傾陣は元々攻撃力の高い部隊を起点として、攻撃力を集中し、敵の陣形を崩すのが目的の陣形だった。それが、メルフェルンを受け止め得る部隊の存在に、全てが狂っていた。

 遊撃隊として動かしたアランサインの攻勢により、包囲殲滅されそうな部隊の救援は間に合った。

 だが、全面攻勢に移れるかと言われればやはり苦しい。

 ヴィランの考えるところ、まだその機が熟していない。無理に攻勢に移った所で、堅い円陣を崩す前に衝撃力が尽き、包囲殲滅される。

 だからこそ、敵の隙を突き、陣形を崩壊させ、敵が力を発揮できない状態にしてから攻勢に移るべきなのだ。

だからこそ、敵の隙を突き、陣形を崩壊させ、敵が力を発揮できない状態にしてから攻勢に移るべきなのだ。

「やはり、一筋縄ではいかないか……」

 騎乗の人となったギ・ガー・ラークスの呟きは、戦場の砂煙に混じって消えた。だが、同時に、そうでなくては面白くないとも、内心で呟く。

 全て思うがまま、戦況が推移するなどありえないし、予想の範囲内で進むことも稀なのだ。予想の範囲外からの突き付けられた戦況に対して、適切に状況判断を繰り返し、さらにこちらから難題を突き返す。

 敵将たるギ・グー・ベルベナと、互いに麾下数万の兵卒の命を握り合って繰り返すこの問答こそが、武人たる者の本懐であった。

 だからこそ、ギ・ガー・ラークスの口元には、不敵な笑みが浮かぶ。

「次だ。ギ・グー・ベルベナ!」

 片腕で頭上に掲げられた大斧槍を、敵陣後方に向ける。

「ギ・ガー殿!?」

 副官ファルの焦った声に、僅かに笑みを覗かせ、頷く。決して無謀な判断ではないと、勝算がある、安心せよと、力強く頷いた。

「──全軍、敵後方を扼する!」

 副官ファルの号令に、声にならないざわめきが、率いられたアランサインの間を駆け抜ける。

「各々、一心不乱に駆けよ。アランサインの旗を見失うな!」

 続く副官ファルの言葉に、アランサインのざわめきは収まった。

 横目で見れば、斜傾陣に絡みつく円陣は混戦状態を作り出していた。組織的な衝撃力を潰されてしまった形だ。まるで繰り出された拳に絡みつく植物の蔦のように、柔軟に形を変える円陣。

 アルロデナの攻撃を跳ね返すのではなく、その深い懐を使って受け流す防御に、アルロデナ総軍は、その足を止められていた。

 なればこそ、その蔦を断ち切る大鉈の一撃が必要だった。

 走り出すその進路を変えたアランサインの動きに合わせて、総軍の指揮を一時的に預かった軍師ヴィランもまた、それを待っていた。

「攻勢を挫かれ、衝撃力は尽き、泥沼にはまり込む……」

 前線指揮官からは、矢のような催促が届く。それはとりもなおさず、前線兵士達の声の代弁だった。

「だが、だからこそ、フェルドゥークは、この一撃を防ぎえない!」

 投機的な一撃、と見る事もできるが、軍師ヴィランの計算は、勝率が高いと判断した。鉄脚のアランサイン、揃えた重装の歩兵の練度、そして罠を張ったフェルドゥークの思惑、消費される物資の量から、アルロデナ総軍の前衛は、凌ぎ切ると確信をもって、ヴィランはアランサインを送り出したのだ。

 攻勢の断念も、泥沼の消耗戦も全て事実なのだ。

 自ら作り出した戦況を疑うことなど、通常あり得ない。人は見たいものをこそ、見る。戦場でも、政治でも、それは同じだった。フェルドゥークの作り出した戦況だからこそ、飛矢のように鋭い一撃は埒外のはずだった。

「──軍師殿! 敵軍、突出攻勢! あれは、王の、アルロデナの旗が掲げられております!」

「っ! なんだって!?」

 伝令からの言葉に、一瞬言葉を失い、ヴィランは再び戦場を注視するため、設置した望楼の上に挙がる。アルロデナ総軍から見て中央戦線の左翼方面から、猛烈な勢いで駆けあがって来る一団がある。

 ちょうど、ギ・ガー・ラークスが中央戦線の右翼を駆けあがるのと、対を為すように、騎馬隊の姿が、血飛沫とともに薄く視界に入り、同時に掲げる紋章旗に、ヴィランは一瞬だけだが、頭が真っ白になった。

「アルロデナの大紋章旗……」

 脳裏に浮かぶのは、偉大なるゴブリンの王の戦場での姿。無意識にそれを探して、歯を噛み締める。

「ありえない」

 王は死んだのだ。偉大なる王は死んだ。でなければ、この戦いは、起こりえなかった。だとすれば、と考えて、ヴィランは噛み締めた歯を、軋らせた。

「ああ、僕としたことが忘れていたよ。王の騎馬隊の残党どもか!」

 ギ・ベー・スレイ率いる反逆者約100騎が、押し立てるアルロデナの大紋章旗は、意識、無意識の区別なくゴブリンの王の雄姿を、想起させる。

「──悪辣な手だ。怒りを誘ってか、それとも正統は、自らだと主張か? しかも、それが有効に作用している。少なくてもこの僕にも、そんな感情があったと自覚させるぐらいには……」

 古参兵ほど、持ち出されたモノに対する信仰が強いため、一瞬だけだが戦意を忘れる。そして次の瞬間には、激しい怒りに我を忘れた。

 軍師を自認し、自ら極力冷静であろうとしたヴィランでさえ、そうだったのだから、最前線にいる兵士達の心情や推して知るべきだった。

「いかんな……」

 王の騎馬隊が突っ込んだ場所のゴブリン達の動きが明らかに鈍くなった。ゴブリンの王を連想させるものに対して、心情的に刃を向けづらいのに加えて、それを見逃すギ・ベー・スレイではなかった。

 僅かに浮き出た綻びに、槍先を突き刺して道を切り開き、そこを騎馬隊の力でこじ開け、続くフェルドゥークの本隊が傷口を広げていく。プエルが考え、ゴブリンの王が実践し、大陸を制覇した騎馬突撃の手本のような鮮やかな手並みだった。

 見惚れるほどの手並みに、だがヴィランは手を打ち対処をせねばならなかった。

「エルフ諸兄に連絡! 突出してくる戦力の後方を狙え!」

 弓兵として類稀な腕を持つエルフ達に、特に指示を与える。心情的なものは仕方ない。ゴブリンの王を連想させるそれを覆せるのは、軍師ではなく総指揮官であるギ・ガー・ラークスだけだ。

 だから、軍師に出来ることをする。

 王の騎馬隊は仕方ない。対処のしようがないなら、それは保留するしかない。だから、それを脅威足らしめている後続を狙うだけだった。

「……こんなことなら、フェルビー殿を伴っておくべきだった」

 今は後方を固めている本人が聞けば噴飯ものの愚痴をこぼし、眉を顰める。

「あの人なら、嬉々として大紋章旗だろうが、なんだろうが狙い撃つだろうが……」

 蛮族エルフの見本のような男の活き活きした顔を思い浮かべ、頭を振って無いものねだりを戒める。

 横目で確認すれば、降り注ぐ矢の雨が方向を変えているところだった。今まで前線を支援することに特化し、戦場全体に降り注いでいた矢の雨が、一点へと収束していく。晴れ渡る空を覆い隠すほどの密度で集中したその向かう先は、王の騎馬隊に続くフェルドゥークの兵士達だった。

 突出した王の騎馬隊は、前衛を尚も食い破り続けている。それを見て熱に内心を炙られるような錯覚を起こしながら、ヴィランは戦場を駆け抜けるギ・ガー・ラークスの姿を一瞬だけ探した。既に土煙によって見えなくなっていたが、その先に、彼の縋る一本の綱があるはずだった。

「頼みますよ」

 対処はした。だが完全ではなく、所詮時間稼ぎの域を出ない。それを回避できるのは、アルロデナ総軍を率い、最前線にいるギ・ガー・ラークスその人しかいないのだ。

 自身が持たせると言った“半刻”それがやけに長く感じるヴィランであった。


◆◇◆


 戦場となったアクティエム平原全体を見渡せる都市グランハウゼの見張り塔の上で、男は腕を組んでいた。朝靄に煙る戦場の様子は、靄のために低い気温と合わさって、張りつめた空気を感じさせるものだった。

 腰に差したる二本の曲刀。背に負うたる長大な大曲刀。

 都合三本の刀を以って、戦場に挑まんとする男の服装は、鎧すらつけていない。布の服に足元は革のブーツ。薄手の服は、その中に鍛え上げた筋肉を隠し、手には指貫のグローブを嵌めている。血糊で手が滑るのを防止するために、幾重にも巻いた包帯は、腕から手にかけてを覆い、その肌の色を隠す。

 蓬髪の髪から覗く一本の角、額を守るように鉢金を巻き、鋭い視線は鷹の目のように、燃える内心を映していた。

「ギ・グー・ベルベナ……」

 ゴブリンの王が死して後の敗北を、ここで清算せねばならなかった。

 夜が明ける。

 それを確認してギ・ゴー・アマツキは、階段を下りる。その途上、ここに来るまでに彼の往く道を遮ったフェルドゥーク配下のゴブリン達が屍を晒しているが、ギ・ゴーはその表情を寸毫も動かさず、淡々と足を進めていた。

 流れ出た血は河となり、積み上げた屍は山を為す。たった一人でそれを成し遂げる男が、階段を下り切ると、そこには遠巻きに彼を取り囲むフェルドゥークの兵士達がいた。

「あれが、剣王……」

 誰かから洩れた呟きが、異常なほど大きくその場に響いた。

 剣王ギ・ゴー・アマツキ。

 大陸広しと雖も、最強と呼び声高いゴブリンへの畏怖は、視線を向けられただけで歴戦のフェルドゥークの戦士達が思わず尻込みするほどだった。

 絶対の死がそこに、ゴブリンの形をして立っている。

 彼らにはそうとしか思えなかった。

 「退け、二度は言わぬ」

  決して大きくはないギ・ゴーの声に、思わず囲みを形成していた兵士達が一歩下がる。ギ・ゴーが足を進める度、包囲は崩れ、そこに道が出来ていく。

 そうしてギ・ゴーは門を出ていく。

 踏み込むのは、二匹のゴブリンが、大陸の覇権を賭けて争う戦場。目指すはフェルドゥークの本陣、ギ・グー・ベルベナの首。

 踏みしめる一歩に、鬼神を切り伏せる意志を宿し、剣王が戦場へ舞い戻って行った。


◆◇◆


 順調に推移しているように見えるフェルドゥーク側だったが、その本陣では俄かに問題が発生していた。暴徒側の指揮を執るべきユアンは表に出ず、その指揮をフェルドゥークに任せていた。

 それはこの争乱に油を注ぎ続けたジョシュア・アーシュレイドが自身の身辺を守る人員を確保するためでもあったし、ユアン自身も暴徒側の指揮を執るのを拒んだ経緯があった。だがここにきて、フェルドゥークのギ・グー・ベルベナの戦術は、彼の権力基盤たる暴徒達を使い潰す方向に大きく舵を切っている。

 それを、納得のいかないジョシュアは、不機嫌そうに爪を噛みながら考え込んでいた。

「円陣中央まで敵軍突破できない模様、混戦へと移行!」

「……ッチ」

 本来なら喜ぶべきその報告に、ジョシュアは舌打ちのみで返す。小国なりとは言え、一国の宰相を手玉に取り、操って来た彼からすれば、思い通りにいかない今の状況は、不機嫌になるのも仕方ないものだった。

 それもこれも、護衛として雇った二人の子供らの逃亡に端を発したものだ。考えれば考えるほど、意のままに動く、実働戦力を大幅に失ったのが痛い。

 まさか差し向けた刺客二十人が全滅するなど、彼の予想を超えていた。

「分かった。下がってよい」

 苛立たし気に伝令に言い放つが、伝令は眉を顰めるばかりであった。その視線の先には、ジョシュアではなく、傍らにいるユアンに向けられていた。

「ご苦労」

「はっ!」

 ユアンの言葉で初めて伝令が動き出すことが、更に彼の苛立ちを加速させる。

「……味方は優位なようだが、このままでは我らの戦力がすり減らされるばかり!」

 ジョシュアに媚びを売るだけしか能のない暴徒の一人が、そう言って声を上げる。黙って腕を組んでいるユアンは、視線すら向けはしない。

「ユアン殿、ここは、ジョシュア様の為にギ・グー殿に進言なさっては?」

 その言葉に対して、ユアンは無視を決め込む。否、そもそも言葉を発した男に応える必要をすら認めていなかった。

「必要なら自ら行けば良い」

 ユアンが視線を向けたのは、ジョシュアに対してだけだった。その視線を受けて、ジョシュアは苦り切った表情で再び舌打ちをする。

 暴徒に対して、ジョシュアは当初最悪全滅しても構わないとすら思っていた。暴徒達など、所詮は時代の荒波を乗りこなせなかった落後者の群れに過ぎない。だが、予想以上に上手く行ったこの争乱の結果、10の内2か3程度は、ギ・グー・ベルベナの勝利もあり得ると踏んだ彼の計算では、もしギ・グー・ベルベナがアルロデナに打ち勝った結果があるとするならば、戦後に影響力を及ぼす為、ある程度暴徒側にも残ってもらわねばいけなかった。

 だが、それでも自身が表舞台に立ってギ・グー・ベルベナと直接交渉をするのはいただけない。

「ギ・グー・ベルベナ殿より、伝令! 円陣を崩し、全軍を以って右翼より敵を打ち崩すとのことです」

 防御を捨て、一挙に全面攻勢。これほどの急転直下の命令の大変更に、暴徒側へは事後通達のみ、その事実が彼らの置かれた立場の弱さを如実に物語っていた。

 ジョシュアは、糸を操る者だ。

 策謀と謀略を以って時代を泳ぎ切ると自称する彼にとって、戦場で争う愚者達の片方と直接接触するなど、自ら墓穴を掘る様なもの。なにより、危険が大きすぎる。

 だがこのままでは、例え勝利を収めたとしても必要最低限の影響力さえ維持できなくなりつつある。ジョシュアが予想していたよりも、ギ・グー・ベルベナの将軍としての能力は高く、ほぼ単独で十万近い軍勢を動かすとは、予想できなかったのだ。

 何か手はないかと、視線を周囲に向けた時、ジョシュアは彼らの瞳の中に明らかに侮蔑の色を見て、瞬間的に感情が沸騰した。

「き、貴様らっ!」

「じょ、ジョシュア殿!?」

 今まで阿諛追従の言葉しか吐いたことのない愚鈍な者達から向けられる嘲りの感情に、人一倍敏感に反応したのは、ジョシュア自身の被害妄想だったのか。それとも、崩れつつある自らの謀略を認められないがゆえの、反発だったのか。

 突如として怒りを露にしたジョシュアに対して、周囲の者はユアンを除いてオロオロと対応することすら出来ない始末だった。

「ユアン殿、同行していただけるかな?」

 精一杯の虚勢を張り、声が怒りで震えないように気を使いながら、ジョシュアは歩き出す。

ユアンは、一言も発することなくそれに従って行くのだった。


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