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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
44/61

継承者戦争≪中央戦線≫

 先遣隊敗北の報せは、グー・ビグ・ルゥーエ率いる長槍と大盾の軍(ガルルゥーエ)に、はっきりと二つの反応をもたらした。

 先遣隊を打ち破った敵に対する賛辞と、その戦に参戦できなかったことの悔恨である。ガルルゥーエの誰もが先遣隊の実力を疑っていなかった。グー・ビグがその目で選び抜いた戦士で構成され、昨日は自分たちの隣で戦功を奪い合っていた戦友が、無能な敵に敗北するなど、彼らは夢にも思わなかった。

 それだけに、ガルルゥーエに所属する三千近い戦士達は、自らを打ち破り得る敵に敬意を抱きつつも、敗北の報告それ自体には、さして動揺しなかった。

 それどころか、急げばその敵と戦うことができるかもしれないと、進軍の足を速めさえした。

「ご苦労だったな」

 報告を受け取ったグー・ビグは、ビグ・ラシャをそういって慰めたが、報告をした当人からは、自害せんばかりの気迫を見て取って、渋い顔を浮かべた。

「なんなりと、処罰を」

 勝敗は兵家の常、負けることも当然あるのは、折り込み済みでのグー・ビグ・ルゥーエに対して、ビグ・ラシャは自身の指揮下で戦い死んだ戦士へのケジメをつけたいと言う。

「ゴブリンの王ですら、敗北を経験しないことは、なかったのだぞ? お前はそれより偉大なゴブリンになったとでもいうのか?」

 グー・ビグからすれば、初戦の敗戦で有能な大隊長を失うのは、兵士三百を失うのよりも、痛い。それゆえの言葉だったが、ビグ・ラシャは引き下がらなかった。

「しかし!」

 火傷でひきつった顔の半分を歪ませるビグ・ラシャの言葉を、グー・ビグ・ルゥーエは敢えて遮った。

「過日の敗北は将来の功績で返せば良い。ただし、どうしても不満ならば、先陣の功績は他の者に譲る。それが貴様自身に対する罰だ」

「……御意」

 自身の前を去るビグ・ラシャの背中を見つめながら、グー・ビグ・ルゥーエは苦笑しつつ、顎を撫でた。

「……やれやれ、こんなことばかりが上手くなってしまったな」

 部下を宥め、その力を十全に発揮させる。

 そのための方便ばかりが上手くなった自身の姿を、十五年前の自分が見たら、なんと言うだろうと、思わず苦笑をこぼす。

「よくやったと、笑って誇るか。あるいは、堕落だと憤るか」

 もう少しで結論はでそうだ。進む先に待つ、岩石丘陵の地形見つめ、グー・ビグ・ルゥーエは、高揚感が支配する部隊の速度が増すのを自覚しながら、あえてそのまま進むに任せた。


◇◆◇


「まずは、重畳」

 冷徹なる指揮官の仮面をかぶり、岩石丘陵の重要拠点を占領できたことを喜ぶ旧王国連合軍の指揮を執るメラン・ル・クード。かつての戦姫の片腕は、今はアルロデナ総軍の右腕として北の戦場を任されている。

 苦み走ったその表情からは、そのことに対する懊悩は伺えない。指揮官としての手腕の確かさは、初手から子飼いの魔導騎兵(マナガード)を投入した決断により、連合軍全体に共有された。

 所謂寄せ集めの彼らをして、アルロデナを実質治める黒衣の宰相プエルが直々に出馬を要請した実績からも、指揮官はメラン・ル・クード以外にありえなかった。

 だが、ありえないという事実と納得できるのかという心の問題は別であった。

 マナガードの損耗は少ないとはいえ、二割に昇る。

 その重要拠点の占拠と損耗の激しさをもって、連合軍はやっとメラン・ル・クードは連合軍全の指揮官として認められたのだ。

 あるいは、流血の成果を示さねば、真の意味で、旧王国連合軍が指揮官としてメラン・ル・クードを信頼することはなかったのかもしれない。

 子飼いとも言えるマナガードの損耗によって、はじめて全軍の信頼を得たメランは、岩石丘陵唯一の拠点である丘陵を、鉄牛騎士団の末裔達に任せることにする。

「ガーランド殿、ルーミア殿、この地の防衛に関しその腕を振るわれたい」

 エルファの生き残り約一千は、鉄牛騎士団の片腕のガーランドを長として、その副官に未だ年若い少女のルーミアが補佐の地位にある。

 最後までエルファの血筋──トラバッド・エルファという少年を守り通した騎士団長ラスディルの血筋は、彼らにとって一種の象徴だった。

 王家を守るためにこそ、騎士団はある。

 それに自戒の意味も兼ねて、副長の地位を与えていた。

 本来鉄牛騎士団は、男のみで構成されるのだが、例外は何ごとにもあるものだ。

「我が主に成り代わり、活躍の場を提供していただけたこと、感謝いたす」

 重々しく感謝を述べる片腕のガーランドは、鉄牛騎士団の重々しい鎧に身を包み、禿頭に鋭い目つき、蓄えた豊かな髭の黒さから、まるで山賊のような面構えだった。

 にやりと笑う様子など、気の弱い婦女子が見れば、目を剥いて倒れてしまっても不思議ではない。

 その後ろで控えているのは、鉄牛騎士団では、普段着としてもいい軽装で、畏まる少女ルーミア。普段鉄牛騎士団では鉄鎧の下に着るものとされる鎖帷子(チェーンメイル)を身に着け、その下に鎧下(ハグトン)のみの姿は、軽装と言って間違いない。腰に長剣を挿した、長身の少女は、長い髪をひとまとめにして束ね、口元にはわずかに紅を差す。

 愛想をどこかに忘れてきたかのように、無表情の仮面をかぶった彼女を、さして気にするでもなく、旧王国連合軍の指揮官たるメラン・ル・クードは、次の方針を示した。

 鉄牛騎士団(エルファ)にて守り、王冠に太陽(アルサス)にて迎え撃ち、三足駿馬(シュシュヌ)でかき乱す。

 ゴブリンの王の東征を苦しめたその得意分野をもって、再びフェルドゥークを打ち破るべく、彼らは岩石丘陵に流血の河を作り出そうとしていた。


◇◆◇


 アルロデナの右翼、北方戦線が激しさを増すにしたがって、左翼エジエドの森方面は、逆に膠着の兆しを見せていた。

 初手こそフェルドゥークに押されまくっていた亜人達であるが、徐々にその本領を発揮しはじめ、生き延びるために、森を利用し始めたために、負けはするが、死にはしないという状況を作り出す。

 そして中央。

 斧と長剣の軍(フェルドゥーク)虎獣と槍の軍(アランサイン)が対峙する戦場も、動き始めていた。

「──仕掛ける!」

 斜線陣。

 右翼から左翼にかけて、敵軍に対して斜めに布陣したその陣形の最も敵に近い場所。

 そこに、グー・ナガ・フェルン率いる長剣と丸盾の軍(メルフェルン)はいた。

 一度だけ、グー・ナガ・フェルンは、後方を振り返った。三弾に構えられた三段陣形の中央に聳え立つ虎獣と槍の軍(アランサイン)の紋章旗を見て、先日のやり取りを思い出す。

「是非とも、先陣を」

 強いて願い出るグー・ナガに、ギ・ガー・ラークスは僅かに眉を顰めただけで、頷いた。

「お前の思いを汲もう」

「ありがたく」

 武装の携行も許可され、ギ・グー・ベルベナがアルロデナに反旗を翻した前となんら変わることのない扱いを受けるグー・ナガは、片膝を突いて偉大な将軍に拱手する。

 丸盾を担ぎなおすと、グー・ナガはギ・ガー・ラークスに背を向けた。

「あ、大将……本当に、戦うのですか?」

 陣幕の外に出るとすぐにグー・ナガの下に、駆け寄ってくるのは不安そうな部下のゴブリンだった。

「ゲルドット、貴様、頭は良いが、肚の据わらん奴だなァ」

 呆れ顔のグー・ナガは、部下の頭を軽く小突いた。

「はぁ……相手はフェルドゥークの本隊なんですよ? 大兄に従うのがフェルドゥークの絶対の条件ですし」

 くどくどと続く言い訳に、だがグー・ナガは怒りはしなかった。

 それは、紛れもなく、自らの血と忠誠を捧げた人と戦わねばならないという現実を飲み下すための、儀式に違いないのだから。

「……逃げても良いんだぞ」

 二人連れだって歩き、メルフェルンの陣営地まで戻っていく途中で、不意にグー・ナガは言い放った。ゲルドットと呼ばれた若いゴブリンからは、グー・ナガの顔は見えなかったが、それでもその背が、どんな決断をしても、許してくれるような大きなものだと感じた。

「俺ァ、グー・タフのように、頭が良いわけでも、グー・ビグのように戦士達に夢を見せてやれるわけでもねえ」

 ギ・グー・ベルベナの三兄弟の中で最も年下で、背の低いグー・ナガは、彼らの中から一番下の弟扱いされていた。不満に思うこともあったが、それはそれで居心地の良いものだったのだ。

「だからこそ、俺ァ最前線で戦う。それしかないからな」

「……」

「真正面から戦って、この俺の手で、大兄に真意を聞き出す。アルロデナに従うにしろ、大兄と一緒に反乱に与するにしろ全てはそこからだ」

「そこまでの、覚悟なら」

 頷くゲルドットに振り返らず、グー・ナガ・フェルンは、獰猛に笑った。

「立ち塞がる者は、誰であろうと斬り捨てる。大兄までの道を塞ぐバカ野郎どもは、皆俺の剣の錆さ」

 陽気に笑うグー・ナガ・フェルンの笑い声に、どこか安心したかのようなゲルドットは、苦笑した。

「心配するまでもねえじゃねえですかい。うちの大将は」

 肩をすくめたゲルドットは、グー・ナガ・フェルンの後に続いて、メルフェルンの宿営地に戻った。


◇◆◇


 ギ・グー・ベルベナは、その自軍を、一個の塊とみて、円形陣を作る。ギ・グー・ベルベナの本陣を中心として、もっとも外側に、自身の子飼いの兵を、中間に人間を中心とする暴徒軍を、そして中央付近には再び己の子飼いの兵たちを。

 その不思議な陣形を見たとき、アルロデナ総軍の軍師ブラディニアのヴィランの目には、大層奇異なものと映った。

 少なくとも攻撃のための陣形ではない。そして何より、今の現状で利点が見いだせない。

「……あれは、どのような意図を持っているのでしょうか?」

「……さて、普通に考えれば防御ですが……」

 ギ・ガー・ラークスの副官であるファル・ラムファドがヴィランに質問するが、言葉を濁すしかない。もっとも内側に自身の手駒を配置するのは、まだわかる。人間からなる暴徒勢をすり潰して、少しでもアルロデナの戦力を削るため──いわば捨て駒。

 だが、もっとも外側にいるのは、彼自身の育て上げた子飼いの兵だ。

 それをわざわざ危険に晒す必要性を、ヴィランは見いだせなかった。また陣形自体も円陣は、防御に向いた陣形ではあっても、攻撃に向いた陣形ではない。全周からの攻撃に対して、万遍なく対応するための陣形が円陣だ。

 フェルドゥークは今、アルロデナ総軍と対峙しているのであって、包囲されているのではない。

 攻撃に移行するにしても、円陣からでは、部隊の移動に多大な時間を要するために、瞬間的な火力に劣る。

 しかし、彼らには時間がないはずなのだ。

 南方で戦っている魔獣王ギ・ギー・オルドと辺境軍そしてオークの連合軍は、数日のうちにグー・タフ・ドゥエンを撃破して、北上してくる。それを考えれば、この一両日中に、アルロデナ総軍を撃破せねばならないはずなのだ。

 顎に指をあて、一心不乱に考え込む軍師ヴィラン。

「わからんものは、仕方ない。攻撃を命ずるが、問題ないな?」

 時間切れかと、嘆息するヴィランは、振り向いて総司令官のギ・ガー・ラークスに頷いた。

「不甲斐ない限りですが、ここは、一度仕掛けてみるべきでしょう」

 時間を浪費するのは、この国にそれだけ深い傷跡を残す。

「全軍、進め!」

 その号令の下、アルロデナ総軍は、覇権国家そのものの足音を響かせて、叛乱軍へ攻撃を開始した。

 一方の、フェルドゥークだが、アルロデナ総軍の攻撃に対して、❝守って良く❞と言われたのが嘘だったかのように、一気に崩れているように見えた。

 実際彼らはアルロデナと交戦しては、すぐに後退を繰り返す。

 天空から見下ろせば、斜線陣形で攻め入ったアルロデナの軍勢が、そのままの陣形を維持しながら円形陣をとるフェルドゥークを侵食し、円を歪ませている。

 そしてアルロデナの圧力に耐えきれないかのように、最も外側にいたフェルドゥークの戦士達が、円陣の外側へと流れていく。アルロデナの総軍がぶつかるのは、中間にいる暴徒軍にアルロデナがぶつかっていた。

「……脆すぎる」

 その危惧を感じ取ったのは、総指揮官たるギ・ガーとともに、ヴィランも同じだった。眉を顰めただけのギ・ガーに対して、口に出したのはヴィラン。

 その違和感の正体を探るとともに、フェルドゥークのとる円陣を再度脳裏に浮かべた瞬間、ヴィランの脳髄は閃きとともに正解を導き出す。

「……くそっ! 罠だ」

 外に弾き出されたフェルドゥークの戦士集団に、乱れがないのを確認し、ヴィランはすぐさま前衛に対し、防御へと移行させようとする。

「いや……このまま、攻める」

 鋭い視線をフェルドゥークへ向けたギ・ガーの言葉に、ヴィランは一瞬絶句する。

「いまだ、戦況は序盤、兵の損耗も……。ですが……ええい! わかりました。ご出陣ですね?」

 迷いを振り切るように、ヴィランは浮かべた軍師特有の考えを振り払う。

 いかに効率よく、味方の損耗を抑えて敵を効率よく殺すか。つまるところ、軍師の思考回路は、そこに集約される。

「わかっているではないか。罠で誘ってくるのなら、敵の腸、暴いて引きずり出すのが、我らの戦い方よ」

「ええ、ええ。わかってますよ。戦に生きる貴方がそんな戦い方が好きだと言うことは!」

 不機嫌に言い募るヴィランは、鼻を鳴らすと、不機嫌さを払い捨てて、冷酷とも言える計算を働かせる。前線で死ぬ兵士の数と、ギ・ガーが出撃することによる利益。

 僅かに傾く天秤に、ギ・ガーに視線を向ける。

「アランサインは、全力の出撃を。全軍はこちらで統制しますが、半刻程度なら、持ちこたえて見せましょう」

「……よろしい。ファル!」

「はっ! いつでも!」

 口元に刻むは獰猛なる笑み。

 戦場に片翼の怪鳥が羽ばたく──。


◇◆◇


 フェルドゥークの円陣を半ばまで侵食したアルロデナ総軍の最前線の兵士達は、脆すぎるフェルドゥークの防御に不審を覚えながらも、現実的に目の前の敵を倒すしかなかった。

 その理由は、明らかに脆すぎるフェルドゥークの戦士達が引いた後には、暴徒軍が待ち構えており、彼らと矛を交えなければいけなかったことがあげられる。

 実に巧妙に退いたフェルドゥークの戦士団は、蹴散らされたように見せかけて、円形陣から外側へと移動し、両翼を広げた鶴翼陣形へと移行していた。

 彼らは、アルロデナの攻撃をいなしながら、己の軍の旗の下に集まり、再び軍としての統制を取り戻していた。

 アルロデナ総軍の兵士達が気付いた時には、両翼に敵軍兵士を抱え、半包囲の態勢にまで至っていた。中央の兵士はまだいい。目の前の敵と必死に戦えば事足りる。

 問題は両翼に配置された兵士達だった。

 アルロデナ総軍は、斜線陣を構えるに際して、一線目の右翼に、最も信頼のおける戦力であるフェルドゥークのメルフェルンを配置した。守備に回してよく守り、攻撃に際して、最もよく攻める。

 良将たるグー・ナガ・フェルンを、その位置に配置したのは、いわば当然と言えば当然の結論だった。だがグー・ナガ率いるメルフェルンは増強したとは言え、あくまで三千を数える一部隊に過ぎない。その指揮が他の部隊に及ぼす影響はほとんどないと言って良い。

 グー・ナガの統率の元、半包囲の態勢に陥ったてもなお、浮足立たなかったのは、メルフェルンくらいであった。

 他の部隊は少なからず、浮足立ったのだ。それは如何に戦場を経験した兵士であろうと変わらない。むしろ、自分の過去の経験と照らし合わせて危機的状況だと悟ることができる兵士の方が、動揺自体は激しかった。

「くそ、いつの間に!?」

「総大将は何をやっているんだ!?」

 吐かれる罵声は、斜線陣一線目の左翼からだった。先ほどまで順調すぎるほど順調に敵陣を食い破っていたところに、突如として鋼の壁に当たったかのように、進撃を止められる。

 暴徒達を軽快に食い破った先に待っていたのは、今度こそ本物のフェルドゥークだった。

 アルロデナ重装歩兵の練度は決して低くない。

 大陸で最も厳しい訓練を潜り抜け、文字通り血反吐を吐くようにして鍛え上げた歩兵達である。

 アルロデナ重装歩兵の一糸乱れぬ槍先を揃えた突撃の隊形は、二度、三度繰り返した程度では崩れさえしない。突出を避けるとともに、隣り合う戦友と呼吸を合わせて一気に突き出す槍の列は、暴徒の体を易々と貫いて、絶命させる。 槍の引きに合わせ、隙を突こうと接近してくる暴徒達の体に大楯を下からかち上げる。

 長槍での槍列と接近戦での盾戦術(シールドバッシュ)、アルロデナの誇る長槍隊の指揮者ギ・ヂー・ユーブが率いる(レギオル)が扱う戦術。

 それが有効であるならば、全軍で共有するのに躊躇うことはないギ・ガー・ラークスによってアルロデナの総軍に取り入れられたその戦術は、暴徒達を効率よく刈り取っていった。

 だが、暴徒達を順調に刈り取り、大楯を以て身を守り、破竹の勢いで進んだアルロデナの兵士の攻撃を、止めようのないと思われたその攻撃を、事も無げに止めたように見えたのは、不揃いな大楯を構え、同じく長槍を装備したゴブリン達の軍勢だった。

 まるで今まで証明されていた槍列と盾戦術の有用性が嘘のように、繰り出す長槍は敵の穂先に弾かれ、構える大楯に逸らされ、かといって接近しての盾戦術はアルロデナ総軍の兵士以上の力で抑え込まれる。それどころか、盾戦術に持ち込んだ隙を突かれ、敵の大楯の裏から引き抜かれた短剣で逆に反撃を受ける始末……。

 今までの快進撃が嘘のように、進撃を止められるアルロデナの軍勢の中で、一人気を吐くのは、やはりグー・ナガ・フェルン率いる長剣と丸盾の軍(メルフェルン)

「大将! 包囲されますぜ!」

「それがどうした!? 押し返せっ!! 根性見せろ!」

「人使いが荒い!? 大将、戦術は!?」

「泣き言抜かすな! 盾をかざせ! いくぞァ!」

 前線でさえ軽口を叩きあう部下に口の端を釣り上げて、メルフェルンの先頭に立つグー・ナガ・フェルンは、真っ先に敵陣に斬り込む。

「嗚呼! くそ! 死にてえのかあの人は!? てめえら、大将に続け!」

 ゲルドットの上げる悲鳴に続いて、大将に続けと、口々に突撃を開始するメルフェルンの戦士達。馬鹿の一つ覚えと侮るなかれ、統率された軍の動きでは、決してあけられぬ僅かな綻びを、グー・ナガは見極めていたのだ。

 繰り出される槍を掻い潜り、敵が振り下ろす盾を蹴り飛ばし、躊躇いなく長剣を突き出して命を刈り取ると、敵の隊列の中に躍り込み、瞬きする間に更に三匹斬って捨てる。

「シャァ! 続け、野郎ども!」

 浴びた血飛沫にぶるりと身を震わせて、獰猛に笑う。

「大将、無茶だ!」

 更に単身斬り込むグー・ナガの背に、部下の声がかかるが、それを全く意に介せず、笑みすら浮かべてグー・ナガは吠える。

「さぁ、さァ! 掛かって来い! てめえらの目指す将軍の首だ! 見事討ち取って名を挙げる者はいねえのか!? 俺ァ、グー・ナガ・フェルンだぞ! ギ・グー・ベルベナが三兄弟の末弟! メルフェルンのグー・ナガ・フェルンだぞ!!」

 声を限りに吠える。

 目の色を変えたのは、敵と味方の両方だった。

 敵は思わぬ武功が目の前にぶら下っていたことに驚き、味方は苦笑か、あるいは悲鳴に近いを声を上げる。そのどちらも、確信していることがあるとすれば、中央線戦線のカギを握っているのは、この獰猛にして勇敢な、一匹のゴブリンなのだということだった。

 

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