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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
41/61

継承者戦争≪バードゥエン≫

 生き残った兵を数えて、グー・タフ・ドゥエンは荒く息を吐いた。

「五百か……」

「負傷兵も数えてになりますが……」

 頭を下げる古株の戦士に、グー・タフ・ドゥエンは太い笑みを浮かべる。三千を数えた破城槌と兜の軍(バードゥエン)は、既にそこまでになっていた。

「……良かろうよ」

 既にギ・ベー・スレイは、陣地にいない。王の近衛は、ギ・グー・ベルベナの元へと合流させるべく出発していた。

 闇の女神(ウェルドナ)の翼は世界を覆い、暗闇を見通すゴブリン達の時間であった。

「防備を固めているようだな」

 少ない時間でもしっかりとした防御陣地を作るのは、アルロデナの軍の習性のようなものだった。特に夜はゴブリンの時間だということを知っているため、辺境軍を中心としてしっかりとした防御陣地を築城する。

 乗り越えた長城をすら利用して堅固な陣地を作り上げている。かがり火を焚き、柵を二重、三重に構築する。矢を防ぐ為の矢盾、兵たちが休むための天幕まで最前線でバードゥエンと対峙する兵達の後ろで組み上げられていく。

 長城を占領した際に投石器は既に破壊した。だが破城槌と兜の軍(バードゥエン)ならば、一夜で再び作り上げることも可能だろうとの判断から、警戒の目は厳しく配置されていた。

 夜を友とするゴブリンの中でも、とりわけ索敵の経験豊富なギ・ジー・アルシルによって、警戒と哨戒の警備が敷かれた。

 蟻の這い出す隙間もない、警戒の強さに、アルロデナ側と対陣したグー・タフ・ドゥエンは苦笑を禁じえない。

「ギ・ジー殿の手配か……衰えるどころか冴え渡っているではないか」

 襲撃を企む考えすら沸き起こらない鉄壁の布陣に、グー・タフは震える。

「将軍、敵陣に動きが……翼を伸ばしております」

 斥候に出していたレア級ゴブリンの言葉は、包囲網の形成を報せるもの。

「オークの王ブイ……あるいは、辺境将軍もありえるか?」

 魔獣王ギ・ギー・オルドや、暗殺のギ・ジー・アルシルのやり口ではないと、直感で感じてグー・タフは考え込む。まるでいくつもの頭を持つ巨獣を相手にしているような錯覚に陥るが、それこそが、大陸を制覇した覇権国家アルロデナを敵に回して戦うということだと、思い直す。

「引き続き監視を怠るな。翼をどこまで伸ばすか、確認をせよ。こちらから手を出す必要はない。行け!」

「おう!」

 足早に立ち去り闇紛れる斥候兵の体にも無数の傷跡がある。最低限の血止めだけしたその体からは、濃い血臭が漂っていた。

「さて、いよいよ明日か」

 未だ暗闇の中にある東の彼方を見やって、グー・タフは口元を歪める。

「将軍、人間の斥候多数」

「……捨て置け」

「よろしいので?」

「構わん」

「御意」

 遠く敵陣に焚かれるかがり火を見て、それを背を向ける。

 暗き深淵に、浮かぶそのかがり火は、まるでこの先に待ち受けるこの大陸の未来のように、明るく遠い。

 その足でバードゥエンの戦士達の元に戻ったグー・タフは、一匹、一匹に声をかけて回った。

 傷がない者など一匹もいない。

「……将軍、グー・タフ将軍」

 両目を潰され、四肢にも酷い裂傷を負ったゴブリンの一匹がうわ言のように、グー・タフを呼ぶ。

「おお、ジギググではないか、息災か」

 まもなく死ぬであろうゴブリンに対して、グー・タフは、笑って声をかける。その声音に影はなく、冬の終わりに春咲く花を見つけたように、明るい声だった。

「おかげさまをもちまして」

 対するジギググと呼ばれたゴブリンも、苦しい息の合間から声を上げる。わずかに口元はつりあがり、笑っているのだとわかった。

 グー・タフはその枕元でひざを曲げ、ジギググを抱き起こした。未だに塞がらぬ傷から、滲み出した血がグー・タフの手を汚すのも構わず、彼は顔を近づけた。

「すまんな。最近耳が遠い。こりゃ年かもしれん」

「ははっ……はっは……ご冗談を、将軍なら、まだまだ……若く戦えますとも」

「ははははっ、お前が保障してくれるならそうだろう。ジギググといえば、俺の軍団でも指折りの知恵者だ。お前の組み上げた火炎弾の威力を見たろう?」

「……ええ、良い……ぐっ……良い出来でした。あの魔獣軍を、向こう、に回して……」

「そうともそうとも、誰憚る事なき勲、誉よ!」

 震える手を伸ばしたジギググの手を、グー・タフはしっかりと握り返した。

「……最後まで、お供できない、のが無念では、ありますが……お先に……」

「ああ、そうだな。すぐにまた会える」

 しっかりと頷いたジギググは、うわ言のように再びグー・タフを呼ぶ。

「将軍……将軍、止めを……」

「……良かろう」

「ありが、たき……」

 すらりと腰に挿した短剣を抜く。その刃に血の汚れはなく、すらりとした刀身は鈍色の冷たさに輝いていた。

「魔獣軍、辺境軍、オーク、あ、相手に、戦い抜き……さい、ご……は、グー・タフ・ドゥエンにっ、送って、もらえる。ありが……た、き……」

「しばしの別れだ。ジギググ」

 音もなく瀕死のゴブリン体に吸い込まれた短剣は、瞬く間にその命を奪った。その体を横たえると、グー・タフ・ドゥエンは、しばらくジギググの屍を見下ろしていたが、僅かに瞑目して再び傷病者達を見舞う。

 その夜グー・タフ・ドゥエンがその手で送った戦士は、十五匹にも上った。

 まもなく闇の女神(ウェルドナ)の翼は、ロドゥの胴体によって駆逐されようとしていた。


◇◆◇


 戦をするのが嘘のように晴れた青空が広がっていた。初夏の西域は天空の王ガウェインの座す北嶺山脈から吹き降ろす風が、雲を吹き流し、上空に渦巻く風の強さを思わせる。

 対陣するアルロデナ軍とバードゥエンの間に、アルロデナ側から二騎の騎馬兵が走り出た。手に掲げるのは一流の白旗。先頭で走る一騎が風にはためくそれを掲げて、バードゥエンの陣営に向けて大声で呼ばわる。

「軍使である! 討つなよ!」

「将軍、どういたしますか?」

「ふむ……あれは……。俺が直接出向く。馬曳け」

 それを見たバードゥエン側からは、グー・タフ・ドゥエンが直接馬に跨って進み出た。

 対峙したのは二人と二匹。じろりと、睨むグー・タフ・ドゥエンの眼光の鋭さに、白い軍旗を持った使者は震え上がった。次いで、グー・タフが視線を向けたのは、その後方で控える使い込まれた皮鎧を着込んだ戦士に対してだった。

「……まさか、自ら来られるとは思いませんでしたな。シュメア殿」

「まぁ、あたし程度じゃ不足だろうけどね。どうも、いてもたってもいられなくてさ」

 苦笑とともに被っていた兜を脱ぎ捨てると、シュメアの長い髪が風になびいた。

「で、ご用件は?」

「性急だね。少しは旧交を温めるための挨拶だとか、建前でも正義の主張だとか、してみるもんじゃないのかい?」

「ご冗談を。我等、言葉は不得手」

 ご存知でしょうと、苦笑してみせるグー・タフ・ドゥエンに、シュメアもまた苦笑する。

「そりゃそうだ。どうも最近のゴブリンを相手にしていると、あんた達が懐かしくなって仕方ないね」

 己の正義の在り処を示すに、言葉でなく行動で示す。

 それこそが、フェルドゥーク。それこそが、古き戦士のあり方である。

「いまさら、なぜと言っても詮無い事かねぇ……?」

 叛乱の是非、ギ・グー・ベルベナにもっとも忠実な義兄弟の口から、それを聞いてみたかったシュメアは思わず問いかけていた。

「……我等、大兄を王として押し戴くと決めたときより、一切の迷いは捨てました」

「はぁ……まったく見事だよ。並の男なら、拍手喝采で死に花見事と、送り出してやるんだろうけどね。だがあたしは、生憎と欲深な女でね。そんな見事な、あんたらに死んで欲しくはないんだ」

 言葉を切ると、シュメアは挑むようにグー・タフ・ドゥエンを睨み付けた。

「どうだい。バードゥエンのグー・タフ・ドゥエン。フェルドゥークの一翼としてもう十分アルロデナの誘引は叶ったんじゃないのかい? 東じゃそろそろ決戦だ。この大陸を賭けた大一番。あんたの王と戴くギ・グー・ベルベナと、あたしらの最高の将軍ギ・ガー・ラークスが、この大陸の覇権をかけての一騎打ち」

 不敵に口元に笑みをつくり、シュメアは笑う。

「こいつを見ないで死ぬなんざ、死んでも死に切れないんじゃないかい?」

 シュメアの言葉に、苦笑を深くしてグー・タフも笑った。

「確かに、それは我らの夢に見た一戦ですな」

「だろうよ。だからね……グー・タフ・ドゥエン。ここらで降伏しちゃくれないかね? あたしは、あんたらの首を、ギ・グーの奴に届けるなんて、ごめんだよ」

「相も変わらず、見事な弁舌……ご存知かな? フェルドゥークの中で貴女様は、ただ一人人間の中において尊敬すべき勇気の持ち主と言われております」

 かつて東征において、三国同盟を降伏なさしめたときから、並々ならぬ尊敬をフェルドゥークは辺境将軍シュメアに持っていた。

 だからこそ、西都に槍持つ勝利の戦乙女(セグーリア)が翻ったとき、その侵攻を思いとどまったのだ。

「買い被りだよ」

「ご謙遜を」

「……」

 じっと、その目を覗き込んだまま、無言のシュメアに、グー・タフ・ドゥエンは、腹の底に力を入れねばならなかった。この先の全ては、彼の一言で決まる。

「……ですが、お断りしましょう」

「あ~……だろうねぇ……」

 俯いて、深くため息を吐くと頭をガシガシと掻き毟るシュメア。

「ちなみに、理由を聞いても?」

「我らは大兄の勝利を疑っておりません。この大陸最強であるのは、我らがフェルドゥーク! 大兄はきっとその本懐と遂げられるでしょう」

 朗々と述べられたその言葉の跡で、僅かに気恥ずかしげにグー・タフは付け加えた。

「そして何より……大兄を一人にするわけには、参りませんので」

 その言葉に、シュメアは深く深くため息を吐いた。それこそ、体中の息を吐いてしまうのではないかと思うほどに。 

「こりゃ、参った。あたしの負けだ。なかなかどうして、見事な弁舌じゃないのよ。グー・タフ・ドゥエン」

 むしろ晴れ晴れと笑ってグー・タフは、頭を下げた。

「お褒めに預かり光栄の至り」

「であれば、話は簡単さ。こっちは一刻後、そちらを殲滅する。正面は魔獣軍、側面をオークと辺境軍(うちら)が固める」

「しかと、お相手戴こう。我等フェルドゥーク。振るわれし王の戦斧、暴風の化身。そして我らはその一の軍バードゥエンである」

 それきり、シュメアとグー・タフは互いに背を向けた。


◇◆◇


「どうでした?」

 戻ってきたシュメアに、オークの王ブイが問いかけるが、半ば答えを察しているのかその声に期待の色はない。

「聞くだけ無駄か」

 ギ・ジー・アルシルの言葉に、ギ・ギー・オルドは無言のままに鋭く敵陣を睨み付けていた。

「奴らを殲滅して、ギ・グー・ベルベナの背後を脅かしましょう」

 オークの王ブイの言葉に、ギ・ジー・アルシルは頷いて再びオークの王ブイが口を開くのを待つ。

「……包囲はほぼ完成しています。予定通り、南を薄くその他を厚くしている。彼らを追い込むなら南にだ」

 敵陣を見据えたまま、ギ・ギーはそんなブイの言葉を切って捨てた。

「必要ないだろう。奴らは向かってくる。一匹も残らずな。ならば打って出て、すり潰す様にして殲滅する他ない」

「向かってくる敵を倒すのは、被害が大きすぎる。ただでさえ──」

「オークの王ブイよ」

 ブイの言葉を遮ってギ・ギーは初めてその視線を、ブイに向ける。

「奴らは、俺が──俺の魔獣軍が殺す」

 そのまま、ぷいっと背を向けて自軍の陣営地に戻ると、慌しく動く部下の獣士達を一喝して戦準備を始めた。

「……許してやってくれ。不器用なのだ」

 頑なとすら思えるギ・ギーの態度に、ギ・ジー・アルシルは去っていくギ・ギーの背中を目を細めて見送った。

「後継者と頼んだ息子を失い、今また戦友と恃んだ者を殺さざるを得ない。まことの戦士、まことのゴブリンと認めるがゆえ、自らの軍団で倒さねばと考えているのだろう」

「……感傷には違いないけどねぇ」

 砕けた口調でシュメアが同意する。

「……ですが、それで被害が拡大するのをみすみす見過ごせと? 我等が遅れればそれだけ、ギ・ガー・ラークス殿が不利になるのでは?」

 わかっているはずだと、オークの王ブイは主張する。

「……これは避けては通れぬ道だ。彼らが叛乱を起こした時から、あるいは我らがそれを鎮圧に向かった時から。ギ・ギーも判っているのだ。判っていて、なお拘るのだ」

 忸怩たる思いを抱えて、ブイは引き下がらざるを得なかった。

 最大の被害が見積もられるのは、魔獣軍。それを敢えて引き受けようなどと、理性的なブイからすれば、ありえない選択しだった。敵が攻め寄せてくるなら陣地を堅く守って、疲労を待ち、迎え撃てば良いのだ。

 わざわざ被害が大きくなる戦い方など、言語道断だった。

「ま、準備をしようじゃないか。時間は黄金よりも貴重だよ」

「……判りました」

「支度をさせてもらおう」

 シュメアの言葉に、ブイとギ・ジー・アルシルはそれぞれ頷いて、自軍の陣営地に戻る。

 過ぎ去り日々が輝いて見えるのは、それが失われたものと知ってなお、取り戻したいと願うからなのか。シュメアは、一度だけ対陣する陣営地に掲げられた、破城槌と兜の紋章旗(バードゥエン)を目を細めて見送った。


◇◆◇


 グー・タフ・ドゥエンは、己の軍団を振り返った。

「見事なり、我が軍団よ。見事な戦士達、我等こそが、まことの戦士、まことのゴブリンである!」

 汚泥と血に汚れ、輝きは当の昔に失われた装備に身を包んだ彼らは、同じ格好のグー・タフの言葉に耳を傾ける。傷付いた鎧に、装飾品の剥がれた兜を被り、欠けた脛当てを戦友の物で補い、篭手はありあわせの物での間に合わせ、盾は幾度もの戦を経て、今にも壊れそうだ。不揃いな装備に、身体は負傷をしていない者を探すほうが難しい。

 武器など幾度取り替えたかわからない。

「攻め寄せるアルロデナを防ぎとめて七日七晩。よくも戦い抜いた。これが最後の一戦である!」

 一匹一匹を見返して、グー・タフは言葉を続ける。

「今まさに、我らが大兄ギ・グー・ベルベナは、東の地で本懐を遂げられるため、大戦の真っ最中であろう! ならば、我らとて、この一戦、轡を並べずして、どうして戦の誉れを叫ぶことができようか!!」

 なぜなら、と言い置いてグー・タフは一層腹の底に力を込めて、戦士達に叫ぶ。

「我らこそは、フェルドゥーク! かつてゴブリンの王の旗下で勇名をほしいままにし、大陸を制覇した、我らこそがフェルドゥークであるからだ!」

 上がる歓声に負けず、更にグー・タフは声を張り上げる。

「我らは何者であるか知らしめよう! あの天の向こうまで、あの冥府の果て(・・・・・)に至るまで、胸を張って、あのお方に……我らが王に会い(まみ)えるために!!」

 グー・タフは魔獣軍に向き直おった。

「角笛を鳴らせ! 高らかに、堂々と! 我らの出陣をあまねく知らせるのだ!!」

 鳴り響く角笛の音は、開戦の刻を告げる。

 バードゥエンは、走り出した。

 前方を見れば見渡す限りの魔獣軍。それが津波のように押し寄せてくる。

「将軍、お先に!」

 一隊を率いて先行するのは、片目を失ったゴブリン。長槍を手に、バードゥエンの進路を確保するため、五十匹のゴブリンを率いて、先行する。

「おお、グリノッド! 我らが先駆け! 露払いはお前の役目だ。存分に奮え!」

 グー・タフの言葉を受けて、満身相違の彼らは勇躍して迫り来る津波のような魔獣軍に楔を打ち込むべく広く横隊に展開する。

 たった五十匹。

 されど、走りながら彼らは二列横隊に展開した。

「ガルルゥーエの真似のようで癪に障るがな! 分かっているな、お前たち!」

 最前列中央で叫ぶグリノッドの声に、喚声を上げて従う二列の長槍兵。彼らはバードゥエンの前を全速力で駆け抜ける。通常、の戦術であれば余裕を持って走り、突撃の瞬間に最高の威力を叩き込むようにして調整するのだが、彼らは既にそれを捨てていた。

 盾を背負い、槍を両手で構えた彼らは、そのまま一列目が一切の躊躇なく魔獣軍と衝突した。足の速い小型から中型の魔獣が、槍に貫かれて血を流す。

 だが同時に、激突した一列目の勢いがとまる。止まった一列目の背を蹴って、二列目が跳躍。敵の只中に、二列目のゴブリン達は飛び込んでいく。

「押せぇぇ!」

 血を吐くような声を振り絞り、グリノッドが叫ぶ。

 二列目は、敵の勢いを削ぐために敢えて敵中に飛び込んで行ったのだ。全ては一列目の長槍兵が、役目を果たすため。敢えて二列目を犠牲の羊として捧げたのだ。

 一列目の長槍兵達に突撃しようとしていた魔獣達の勢いを乱し、楔を打ち込むために。

「将軍。我が隊も!」

「このガラグの活躍をご覧あれ!」

 グー・タフの横をそれぞれ一隊を率いて追い抜いて行く者達がいる。

「うむ、二刀流のバラグノ! 戦斧のガラグ! お前達の活躍、確かに我が眼に焼き付けるぞ!」

 バラグノ、ガラグに率いられたゴブリン達は、再び前方で楔を打ち込んだグリノッドの隊を、足場にして跳躍する。

「飛ぶぞ、グリノッド! しっかりと支えろよ!」

「誰にもの言ってやがる! さっさと行け! ガラグ!」

 魔獣の角に腹を貫かれ、鋭い牙で足を噛み砕かれながら、グリノッドは倒れない。口元から流れる血と腹部から流れる血は既に致死量だった。

 それを踏み台にして跳躍したガラグは、気合一閃、着地と同時に周囲にいた魔獣をなぎ払う。

「ははははっ! 進め、進め! 将軍の道を切り開け!」

 笑いながら近寄る魔獣を叩き潰す戦斧のガラグが、視線を周囲に向ければ、二刀流のバラグノもまた、魔獣を蹴散らしながら、周囲を制圧しつつある。

 だがいかにも、相手が悪い。

 無限に湧き出るかと思わしき、魔獣による波状攻撃こそ、魔獣軍の本領なのだ。一時的に制圧できたとしても、長くは続かない。

 だがそれこそ、彼らは承知の上だった。

「将軍、前衛を務めさせて頂きます!」

「若き勇士よ! お前の名を高らかに敵に聞かせてやれ!」

「ジギググの息子、ググジェ!」

「亡き父に恥じぬ戦いをせよ!」

「承知!」

 短いやり取りに万感に思いを込めて、若いゴブリンが先頭に立つ。二刀流のバラグノ、戦斧のガラグが制圧したその間をすり抜けるように魔獣軍に突撃し、食い破る。

「将軍、後方よりオークどもが!」

「囲んできたか。我が陣営にオークを蹴散らす勇士はいるか!?」

「将軍、我こそ!」

「おお、鉄斬りのグザか。許す、行け!」

 走るバードゥエンから一隊がきびすを返す。長剣を装備した彼らは、後背を突いたオークに向かって突撃し、そのまま乱戦に移行する。

「死に損ないどもめ!」

 繰り出されるオークの鉄槍を潜り抜け、その腕を鉄製の防具ごと斬り飛ばす。

「我らが、死出の旅路というのなら、精々付き合ってもらおうか! 華々しき死出の旅路こそ我らに相応しい」

 本体に追いつこうとするオークを積極的に狩る鉄斬りのグザ率いる一隊に、オーク達は勢いを殺される。いかに頑健な体を鉄製武具で固めても、防具の隙間というものは必ずできる。

 そこを正確に狙ってくる手腕は、並みの技量ではなかった。

「くっ……後方部隊が、なぜこうも精鋭揃いなのだ」

 オーク兵士の恨み節に、鉄斬りのグザは嗤った。

「貴様ら、我らが工兵だと侮ったな? 我らは、フェルドゥーク。大陸を制覇し、人間国家の悉くを打ち破ったフェルドゥークの一員なるぞ!」

 腕を切り飛ばしたオークを蹴り飛ばし、鉄斬りグザは、更に次の獲物を探して走り出した。

「道を、開け! 突けぇぇ!!」

 若きググジェの声とともに、グー・タフ本体は、魔獣軍の半ばまで食い破っていた。


◇◆◇


 バードゥエンの猛烈な突進を真正面から受け止める魔獣軍にあって、戦況を見守るギ・ギー・オルドの元に、あわてた様子で駆け込んで来たのは息子達だった。

 次男ギールは、あわてた様子でギ・ギーに後退を進言する。

「奴らの勢いは猛烈で、今にも戦線が食い破られそうです。このままでは、本陣も危険。ここは、一旦退いて──」

 その言葉を半ばで遮り、ギ・ギーは息子を睨み付けた。

「俺に、あの若造相手に逃げろだと?」

 向けられるギ・ギーからの圧力に、体を固くしながらもギールは、尚も自らの主張を曲げない。

「万が一、万が一にも親父殿が亡くなったとしたら、誰がオルドの領土をまとめるのですか!?」

 睨まれたギールは一歩も退かぬとばかりに、ギ・ギーを睨み付けるが、それを遮ったのは、五男ガングだった。

「親父殿! 俺に、俺に向かわせてくれ!」

 失った片腕にきつく包帯を巻いただけのその姿は、鬼気迫るものがある。

 だが、ギ・ギーは腕を組んだまま一瞥もくれず、見据えるのは迫り来るグー・タフ・ドゥエンのバードゥエン。

「お前には荷が重い」

「だけどよ!」

「ギール! ガング! よく見て置け。我らがザイルドゥークがどのようにして戦い、東征を成し遂げたかを!」

 鋭い視線の向かう先には、親友ギ・ジー・アルシルの姿。

 頷きを返すギ・ジーを確認して、ギ・ギーは、獣士の一人に指示を飛ばす。

「奴らをすり潰す。三つ首蛇馬(ガルダ)をこれへ!」

「親父殿! 自ら出るつもりか!?」

 自身で跨った三つ首蛇馬の手綱を取り、ギ・ギーは周囲に大型の魔獣を侍らせる。

「横入りは、ギ・ジー任せていいか?」

「分かった」

「ギ・ジーに黒銀狼(ジェナウォルフ)を」

 走り出すギ・ジーに続いて、ジェナウォルフの群れは、戦塵の中を軽々と飛び跳ねる。

「四将軍、ギ・ギー・オルドが出るぞ!」

 高々と戦斧を掲げ、ギ・ギーもまた走り出す。


◇◆◇


 魔獣軍を半ばまで食い破ったバードゥエン。

「あと、半分!」

 敵本陣に林立する双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)の紋章旗を確認して、若きググジェは、声を張り上げた。若さに任せた荒削りな戦い方だが、その分少しの傷などは物ともしない勇敢さを持ち合わせる彼は、味方を鼓舞しつつ、グー・タフの前を進む。

 襲い来るのは、もう何波目になるかわからない魔獣の群れ。それを長剣でなぎ払い、叩き潰し、足を止めないように、魔獣軍の本陣目掛けて突き進む。

 左右を固める二刀流のバラグノ、戦斧のガラグらも、数多くの脱落者を出しながら、本陣に向かって進んでいる。

 このままなら、あるいは本当にバードゥエンが、魔獣軍の喉元を食い破ることがあるかもしれないと、若きググジェは考えた。

 だが、ちょうどそのとき、二刀流のバラグノの率いる一隊の勢いが、急に落ちた。

「横入りだ!」

 聞こえた悲鳴に、振り返ったバラグノが見たのは、短剣を手に精鋭たるバラグノ隊の戦士を、瞬く間に三匹斬って捨て、それを誇るでもなくすぐさま本体の後ろに食い付こうとしている、ゴブリンと狼の群れだった。

「──暗殺のギ・ジー・アルシルっ!」

 思わず呟いたその名は、バラグノの足を止めざるを得なかった。

 このままでは、突進している陣に穴をあけられ、そこから狼達によって、穴を押し広げられてしまう。

 止めねばならないと思うのと、動き出すのは同時だった。部下には引き続き敵本陣への突進を命じ、自らは流れに逆らってギ・ジー・アルシルに向かって突き進む。

「ギ・ジー・アルシルっ!! 覚悟ォ!!」

 左の剣を突き出すと同時に、振りかぶった右の剣。一撃目が防がれた時の為の、二段構え。戦場における必殺の構えだった。

 突き出した一撃目が、避けられる。

 予想の範囲内と切り捨て、左に逃れたその体に向かって、唐竹割りに引き絞った右の剣を振り下ろす。かみ合う剣と短剣の間に火花が散る。バラグノの剣の威力に、僅かに目を見開いたギ・ジー。

 沈み込むギ・ジーの姿に、勝利を確信してバラグノは一歩踏み込み、突き出し、引き戻した左の剣でトドメの追撃。

「──見事。流石フェルドゥーク」

 だが気づけば、沈んだと見えたギ・ジーは、そこから更に踏み込み、通り抜けざまに、一閃。バラグノの首を断ち切り、それには目もくれず、更にバードゥエンに横入りを続けて行く。

 明らかに落ちたバードゥエンの速度に、若きググジェは、焦りを覚えていた。

 このままでは、届かない。

 それと分かるほどに、足の鈍った原因はやはり、ギ・ジー・アルシルの横入りだった。後続から続いて来るはずの戦士が途切れ、グー・タフを含めた前方集団のみで魔獣軍の中を突っ切らねばならない状態となっているためだった。

「ん? なに!?」

 そして目を見開くググジェは、先ほどまで不動の山のように泰然と林立していたザイルドゥークの紋章旗が動いているのを認める。

 しかも恐れをなして後方へ下がるのではなく、バードゥエンの進む方向へ向かってきている。

 そしてそれに伴って鳴り響く地響きは、今までの比ではなく、濛々たる砂埃を巻き上げ、近づいてきていた。

「あれが……あれが、魔獣王」

 砂煙は海をなし、その海が分かれるように、魔獣達が道を空けていく。その道を悠然と、だが周囲を圧する威を以って、駒を進めるのは、魔獣王ギ・ギー・オルド。

 後ろに従えるのは、長城の城壁すら叩き壊した巨躯の魔獣達。

 それを見て、若きググジェは、畏怖に打ち震えた。

「あれこそギ・ギー・オルドだ! 進めィ!」

 背を打つグー・タフ・ドゥエンの声に、ググジェは自らの頬を張り飛ばした。

「……参るッ!」

 畏怖に震えたのも一瞬のこと。畏怖を飲み込むと、魔獣王に向かって駆け出す。

「ググジェに遅れるな! 進め!」

 後ろから聞こえる仲間の声に背を押され、バードゥエンの前衛が魔獣王に向かって殺到する。右翼を駆ける戦斧のガラグも、その中に加わる。

 ギ・ギー・オルドを守る兵はいない。

 振るわれる魔獣王の戦斧。

「ギ・ギー・オルド、覚悟!」

 向かって行った戦斧のガラグの声に続いて、打ち鳴らされる戦斧と戦斧。次第に到着する戦士の数も増え、このままならギ・ギー・オルドを倒せると若きググジェが考えたとき──。 

「──え?」

 見上げた視線の先、戦士の一人が宙を舞っていた。

 続いて地響きが近づいたと思った瞬間、若きググジェ自体も恐ろしい衝撃とともに宙を舞う。

 それは全てを蹂躙する巨獣達の突進だった。いつの間にか左右に展開していた巨躯の魔獣たちが、一斉にバードゥエンを抱き込むように突進してきていた。

 ギ・ギー・オルドの前に立ちふさがる者を、踏み潰し、轢き殺し、跳ね飛ばす。中央に堂々と出てきたギ・ギー・オルドは誘いのための罠だった。

 巨人の腕のように振るわれる、長牙象(ガローン)の長い鼻。沼角大牛(エルドル)の固い表皮は並みの武器を寄せ付けず、その突進と大角でもって並み居る戦士を轢き殺す。

 そうして、巨獣の蹂躙があげる土煙の後に残ったのは、死屍累々としたバードゥエンの戦士の亡骸だった。

「お、おのれ……」

 若きググジェは、はね飛ばされた中にあって奇跡的に立ち上がり、這うような速度で歩いて、ギ・ギーの前に立つ。両腕が折れ、折れた骨が皮膚を突き破ったその腕で、かろうじてひっかかっていた槍を突き出すが、ギ・ギーは、避けることもせず、鎧に当たって僅かな傷をつけたのみだった。

 そこまでが、ググジェの限界だつだ。その場に崩れ落ちると、意識を失う。ギ・ギーは、黙ってそれを見送った。

 ギ・ギーが視線を上げた先、土煙が晴れた中に、立ち塞がるのは、グー・タフ。未だ衰えぬ戦意を持って巨躯の魔獣達の突進を躱した男は、ただ一人、魔獣王に挑もうとしていた。

「……十分に戦ったか? グー・タフ・ドゥエン」

 鋭い声は三つ首蛇馬(ガルダ)に跨った、ギ・ギー・オルド。血塗れた戦斧を肩に担ぎ、グー・タフ・ドゥエンに声をかける。

「……否、まだこの俺自身が残っているッ!」

 獰猛に笑うグー・タフは、一気にギ・ギーとの距離をつめる。

 手にした槍を突き出すグー・タフ。その鋭さは、流石にフェルドゥークで一の軍を任せられるだけの力量を感じさせるものだ。

 繰り出した槍の引き戻しも速い。ほとんど隙をみせぬ突きを、三連続。そしてギ・ギーをして、その槍を跳ね除けること三度。

 なぎ払い、斬りつけ、遠心力を利用し打撃、そして再び目にも留まらぬ連続突きへと繋がる攻撃は、変幻自在であり、繰り出す一撃一撃は必殺の間合いと威力を持っていた。

 繰り出し続ける槍を、ギ・ギー・オルドは防ぎ続け、グー・タフは攻め続ける。それが五十を数えたところで、ついにバードゥエンの後方でオークを防ぎ止めていた鉄斬りグザが討ち取られる。

 体中に槍を突き刺され、地面に縫い付けられた鉄斬りグザだが、それでも彼は立ったまま死んだ。一気に攻め寄せるオークの軍勢に、包囲の輪は縮まって行く。

 ギ・ギー・オルドとの打ち合いは、五十を超え八十に届こうかとしていた。

 意気が上がり、肩で息をするグー・タフ。

 だが、ギ・ギー・オルドは自らは攻め手にまわることはしなかった。

「……十分だ」

 もはや彼の他に、バードゥエンで立っている者は誰も居ない。打ち合いの中でも、周囲の状況を敏感に感じ取ったグー・タフは、走り始めたバードゥエンが、自分一人になってしまったことを悟った。

「……そうか」

 座り込むグー・タフ・ドゥエンに対して、ギ・ギーは、戦斧を担ぎなおす。座り込んだグー・タフの身体から、地面に血溜まりが広がる。

 七日七晩に渡る防衛戦は、将軍であるグー・タフですらも深い傷を負わねば成し遂げられなかった。開いた傷は、最早手当てをしても生き残る見込みのない程深い。

 全身全霊を持って戦ったギ・ギーとの一騎打ちで、回復不可能なほど悪化していた。

「言い残すことは?」

「……」

 グー・タフは東の方をみる。

 今は既に、精根は尽き果て、手にした槍さえ刃毀れに朽ち果てた。後ろに続く軍団も、その身を屍として野に晒すばかり。

 誉れを胸に、彼の軍団は死に絶えたのだ。

「……大兄、お先に」

 振り切られた戦斧は、グー・タフ・ドゥエンの首を落とし、長城の戦いと呼ばれたアルロデナ軍とフェルドゥークの一翼破城槌と兜の軍(バードゥエン)との戦いは、ここに終結を見る。

 バードゥエン側で生き残ったもは僅かに二十を数えるばかりの、激戦であった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感動をありがとうございます。 かつての大戦を戦い抜いた英傑同士の戦いは胸が熱くなりました。 [気になる点] また一人英傑が散ってしまった…… [一言] 更新ありがとうございます!
[良い点] てんかいが胸熱!!!!!! ッ大兄!! [気になる点] おうさま [一言] 更新感謝します!!!
[良い点] グー・タフの重傷兵の看取り方がアツイ!各々、本編からの成長が著しくて時の流れを感じますね。このまま終幕に向けて加速して欲しいけど無理は言いません、ひたすら完走を待ってます。
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