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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
39/61

継承者戦争≪群島諸国の戦雲≫

 西都戦線がギ・ベー・スレイの一撃によって一時的な膠着を迎えた頃、西方大森林へ進んだラ・ギルミ・フィシガ率いる弓と矢の軍(ファンズエル)は、その広大な森の中に混沌の状況を思い知らされる。

 熱砂の神(アシュナサン)の砂漠に位置する十八の都市を次々と攻略し、そのまま南方から斧と剣の軍(フェルドゥーク)の補給線を断ち切ろうと西方大森林へと入った彼らであったが、そこは昼なお暗い森の中であった。

 否、正確に言えばゴブリンの王に制覇され、文明の明るさを知ったゴブリン四氏族やギ・ギー・オルドの魔獣領などと比較してもその暗さは際立っていた。

 原初の森、ゴブリンが森の主になるにしたがってその数を減らしていったはずの巨大な魔獣が跋扈し、敵対的な魔獣達が徒党を組んで存在するそんな場所に、ファンズエルの軍勢は入り込んでしまった。

 それはまるで、ゴブリンなど存在しないかのように圧倒的な森の懐の深さを示すものであったとともに、ギ・グー・ベルベナの統治の一つの方針だった。

 強き己の種族の為に、何が必要か。

 それを、ゴブリンの王の直属の配下達は、考えながら己の領地を統治していた。氏族は変化を受け入れ、ギ・ギー・オルドは友と言える他の種族との共存を考え、ギ・ズー・ルオは選び抜いた戦士による孤高を旨とした。

 そして、西方大森林──否、暗黒の森と呼ばれていた当時から変わらぬ広大な領地を治めるギ・グー・ベルベナの領土は、原初のままの森こそが、彼らの強さを生み出すと考えて作られていた。

 襲い来る魔獣の襲撃に、軍としてのファンズエルの進行は遅々として進まず、暗黒の森の奥深くにあるフェルドゥークの本拠地ベルベナ領に足を踏み入れてすらいなかった。

「外苑部でこれか……先が思いやられるな」

 遅々として進まぬ攻略に、頭を抱えているのは何もファンズエルを率いるラ・ギルミ・フィシガだけではない。副長である髭のボルクを始め、各級幹部達は額を寄せあって会議をしても、結局はこの森を踏破しないことには、フェルドゥークの補給線を切ることができないのは変わらないのだ。

 植民都市ミドルド側から入れば、ガンラ氏族の拠点アーノンフォレストへとつながる太い幹線道路が森にも走っている。そこから各氏族へと延びる街道は、軍勢を移動させるのに十分な余裕を持っていた。

 しかし、深淵の砦からすら細い道が伸びるだけのベルベナ領である。

 元々獣道程度しかないベルベナ領の中で、軍勢が移動できるほどの幹線道路などあるはずがなかったのだ。そこを失念していたのは、万事にそつがないラ・ギルミ・フィシガにしては、大きな失点だった。

 だがそれも、仕方ないと言えば仕方ない。

 ギルミの知る暗黒の森は、年々発展していくガンラの領地であり、道は広がり昼なお暗い森は、徐々に光を受け入れていく過程にあった。だからこそ、まるで時間から取り残されたような原初の森が延々と続くベルベナ領は、彼の想像の埒外にあったと言って良い。

 そのため、迂闊にも熱砂の神の大砂漠方面からベルベナ進入をを試みたのだ。

 だが、入ったが最後、退くに退けないのは半ばまで進攻してしまったがゆえにだ。下手に引き返そうものなら、ギ・グー・ベルベナの叛乱それ自体が終わってしまう可能性すらある。

 それでは、折角暗黒の森にまで軍を進めた意味がない。

 だからこそ、彼らは可能な限りの速さで森を進む。

 遅々としてしか進まないその速度でも、ファンズエルの全力であったのだ。

 また、ファンズエルが南方の叛乱を鎮め、森へとその進路をとってから、ギ・グー・ベルベナの叛乱に際して、集落を追われた氏族達もその活動を活発化させていた。

 どこからともなく現れたパラドゥア氏族は、森の中を神出鬼没に現れてフェルドゥークの戦士達を襲撃し、そして去っていく。無視できる程度の損害しか与えられないために、彼らが本気になって追うことはないものの、稀に補給品を奪われると言う程度の被害では、軍を大規模に動かすには小さすぎた。

 ガンラの氏族にしても、その遊撃活動は、小さなものだった。

 フェルドゥークの戦士が稀に襲撃を受ける程度の小さな被害。

 フェルドゥークの後背を守るギ・ビーにしても、この程度の被害で本拠地を離れて討伐をすることはできなかった。

 魔獣に敗北して出す犠牲と同程度の被害、と言えばその被害の程度が知れよう。

ファンズエルの焦りとは裏腹に、暗黒の森は一応の平穏が保たれていた。


◆◇◆


 だがそれとは裏腹に、牽制の為の派兵として戦端を開いたはずの群島諸国との戦いは、激化の一途を辿っていた。黒き太陽の王国(アルロデナ)側の指揮官はギ・ヂー・ユーブであり、その率いる兵は精強を以って鳴る(レギオル)である。

 一方群島諸島側で海上での戦いの主役になったのは、英雄ロズレイリー。こちらもまたアルロデナと言う大国相手に十年以上も海賊として戦い続けて来た歴戦の強者である。

 魔都シャルディを中心に広がる経済圏は、こと海賊の被害との戦いであったと言って良い。物資を輸送するのに、陸上で輸送をするよりも海上で船を使った方が格段に楽なのが現実だった。費用も掛からず、沿岸部に存在する各都市と交易とするのに、これ以上のものはない。

 しかし、その交易路に存在する悪魔が群島諸国の英雄ロズレイリーだった。

 シャルディの支配者、ガノン・ラトッシュなどは、海賊を“寄生虫”どもと言って憚らない。海賊を捕縛した場合は、即座に縛り首を言い渡すほど、彼らを毛嫌いしていた。

 そこへ満を持してのアルロデナの群島諸国への進攻である。

 ガノンは半ば強制的にだが、身銭を切って軍船を用意した。 

 彼が凡人であったならば、そこで泣き寝入りをしていただろう。しかし、大陸国家アルロデナの経済圏の一角を任されるだけの才覚を有した傑物は、この機会を好機と読んだ。

 ──ガノン・ラトッシュは海賊を退治をするため、全財産を投資した! 我と思わんものは、彼に続け!

 大々的な布告によって、シャルディ中にそのことを告知すると、彼自身大声を張り上げて、総督府中に言いふらした。

 人の噂ほど、他人を愉しませるものはない。特にそれが、誰でも知っている有名人であれば、だ。

 馬鹿な男だ、と陰口を叩く者もいたが、中には奇特な者達もいる。

 それは海賊相手に散々に煮え湯を飲まされた海の男達である。

 海賊の被害にあった水夫であったり、漁村を襲撃された漁師であったり、あるいは海賊の襲撃で大打撃を蒙った商人であったりだ。

 そうでなくとも、街道の敷設に資金を提供すれば、名誉として街道の一部に名を刻まれると言うことが一般的に行われていた頃である。

 人は容易く死に、歴史は始まったばかりの時代である。

 歴史に名を遺す、と言う行為は、一般人に至るまで大なり小なり憧れの的であった。無理をして手を伸ばせば届く様な、希望としてその行為はあったのだ。

 だからこそ、ガノンの告知は効いた。

 群島諸国の牽制と言うアルロデナの戦略は、ここにきて群島諸国の征服と言う公共事業へと変貌していた。その公共事業を取り仕切るのは、無論シャルディの主ガノン・ラトッシュであり、現場監督はレギオル三千の猛者を従えるギ・ヂー・ユーブである。

 日々集まって来る人と物を、ガノンはその名声に違わぬ辣腕を以って捌き切った。

 気づけば、三千のレギオルを運ぶ船団。護衛の船団合わせて五百にも及ぶ大船団を形成し、一気に群島諸国へ押し渡ったのだ。

 マーマンと呼ばれた護衛を、港に張り付け、海賊船の襲撃に警戒しつつ、大船団はハノンナキアへと一気に足を延ばし、そして恐れていた海賊の襲撃を受けることもなく三千のレギオルは、群島諸国の地を踏む。

 そしてそこからは、陸戦の専門家であるギ・ヂー・ユーブの腕の見せ所であった。

 ギ・ヂーは群島諸国攻略の主力をあくまで自身の最も信頼するレギオル三千の兵とした上で、更に現地兵と志願兵を補助兵と言う括りにして採用した。

 宰相プエルからすれば、明らかにやりすぎと叱責を受けるところだが、生憎と群島諸国に彼の行動を掣肘するものはいない。

 宰相プエルは、ゴブリンからなるアルロデナの軍事力を外征の為の軍から治安維持の為の軍へと効率化を進めていた。そのモデルケースがレギオルやファンズエルだったのだが、ギ・ヂーは、それと知っていて補助兵を使うことを決断した。

 船団から逐次降りてくる補助兵達を見回して、ギ・ヂーは苦笑を浮かべる。

「まったく以って練度の不足した兵達だ」

 分かっていて敢えて使う自分の判断に、自虐的な笑みを浮かべていたのだ。

 実際、レギオルの軍に彼らを入れるか、それとも三分の1の一千の兵で戦うかを選ばされたなら、間違いなく後者を選ぶと、ギ・ヂーは考えていた。

 だが、相反することだが群島諸国と言う戦場に如何に精鋭とはいえ、三千の兵力は少なすぎた。

 例えば村を一つ占拠して、それを維持するために兵を置かねばならないと言うのが、群島諸国の現状なのだ。

 見つけた傍から焼き払うと言うのも一つの選択肢ではあるが、それをやれば、後々の統治に差し障る。なにせ、彼らが戦を始める地は、元ハノンナキアの土地なのだ。

 今は占領されているとはいえ、元々は同盟国の所有地となれば、むやみやたらに焼き払うと言う行為を行うのが最良とは言えない。

 それに、アルロデナの持つ軍事力の中でもレギオルは、特に“お行儀の良い”軍隊であった。鉄の軍律と言われる厳しい規律と、ギ・ヂーの意志通りに動く練度。それがレギオルをして、たった三千で他の軍団から一目置かれる存在へとなさしめていた。

 ゴブリンの王健在の頃から、略奪と言う行為からは無縁のところにいた彼らは、その行為を野蛮で規律の欠片もなく、唾棄すべき悪徳とまで思っていた。

 だからこそ、敵国とは言え略奪をして焼き払うなどと言う行為をしないでも良い方向へ、自然と思考を移していったのだ。

 それが皮肉にも兵力の増強と、宰相プエルの進める効率化と真逆の方向に動いたのは、何ともに皮肉なことであった。

 これが、フェルドゥークであったなら、そんな些事など構いもせずに全てを破壊して邁進していったであろう。彼らの前に立ち塞がる者は、国であろうと、都市であろうと、それこそ村であろうと全てを薙ぎ払う。それが、彼らの誇りであるからだ。それが、彼らの存在する理由であるからだ。

 戦場で振るわれる恐怖の斧。それこそがフェルドゥークであった。

 その意味では、群島諸国へ幸運であった。

 アルロデナの真の恐ろしさを知らずに、戦いに臨めたのは、彼らの民にとって幸運以外の何者でもなかった。

 だが、その幸運は必ずしも彼らの軍の上には降り注がない。

 ギ・ヂー・ユーブは、誰よりも先にプエルの軍師としての才能に惹かれ、教えを受けていた。ゴブリンの中でも戦術への理解度は群を抜き、同数での戦いならば、ギ・ガー・ラークスにすら比肩する戦術的手腕は、誰もが認めるところである。

 ゆえに、ハノンナキアから始まったその戦いは、当初一方的な展開で推移した。

 上陸を果たしたレギオル三千と補助兵七千は、すぐさま南下を開始し、ハノンナキアを包囲するように建設された砦を焼き払った。ほとんど抵抗らしい抵抗も受けなかったのは、アルガシャールが兵力を集中させるのを優先させたためである。

 アルガシャールは、群島諸国に動員をかけ、予備兵までも投入して陸戦兵力の増強を急いだ。

 大陸の戦いで、何年も戦い続け磨かれたレギオルの実力を、彼らは過小評価していなかったのだ。限界までの動員を行ったアルガシャールの兵数は、群島諸国のほぼ全軍2万もの数に上った。

 藤蔦(ログナ)の鎧に、鉄の武器。

 鉄製品が貴重な群島諸国では、武器への優先配当がなされ、その他の装備は代用品が用いられていた。だが、何事も悪い面だけではない。水に浮くログナの鎧は、軽量でしかも固いため、充分に鉄製武具の打撃にも耐えられるものだった。

 2万ものアルガシャール軍とギ・ヂー・ユーブ率いるアルロデナの軍が対峙したのは、ガラゴナの山地だった。4年前──アルロデナ歴11年にアルガシャールの群島諸国統一の野望を打ち破ったナジュラ平原からは、さらに南の地域にあたる。

 決して急峻ではない山地に、両軍合わせて3万もの軍勢が対峙したのはギ・ヂー・ユーの手腕ゆえだった。

 アルロデナにとっては牽制の為の戦。その意義を十分理解しつつも、実質この方面でフリーハンドを与えられたギ・ヂーは牽制で終わらすつもりは毛頭ない。

 叩けるうちに叩く、という軍人としては至極当然の思考を辿ったギ・ヂーは、速度をこそ重視した。速やかな砦群の破壊は、アルガシャールに拠点を与える事を嫌ったためだった。

 ハノンナキアから南へ進軍したアルロデナ軍は、途上の村を占領すると、姿を隠すでもなく最低限の守備兵を置いただけで、すぐさまその進軍を再開する。

 当然アルガシャールもこれを察知し、急きょ編成された軍を北上させたのだった。

 本来大軍を有する軍は、その力を有機的に発揮するため広い地積を必要とする。そうでなければ、折角の大軍の意味が失われてしまうからだ。狭い通路で少人数を相手にするだけなら、敵が100人であろうと、1000人であろうと大差はないのだ。

 ハノンナキアの領土を侵略し、砦を建造するところまで攻略しつつあったアルガシャールは、当然のことながら、精密な地図を作製していた。そのため、用意した2万もの大軍を展開できる地積を有する場所が、群島諸国内ではごくごく限られた場所しかないことを知っていた。

 逆にアルロデナ側は、約1万の兵力を展開できる地積さえあれば良い。

 敵発見の報を受けたギ・ヂーはすぐさま軍を南下させたのは言うまでもない。ハノンナキアは、群島諸国の中では、比較的平野部が多い国であった。

 島から島を渡ったアルガシャールの兵が、ハノンナキア島の港から上陸したときには、アルロデナの軍勢は次々と砦を焼き払い、南下の途上にあった。

 アルガシャール軍とすれば、折角攻略したハノンナキア失陥の危機である。

 慎重案がなかったとは言わない。

 だが、常に戦果を上げ続けるロズレイリー率いる海軍に比して、アルガシャールの陸軍は、成果と言う点ではほとんどないと言って良い。

 少なくとも対アルロデナにおいては、4年前に辛くも引き分けに持ち込んだ成果しかない。それも、あの時はユアン・エル・ファーランの力を借りてだった。

 そこから少しずつハノンナキアの土地を攻略し、もう少しで王都を攻略できるところで、兵棋盤をひっくり返すように、再来したアルロデナ軍。

 アルガシャールの陸軍が、攻勢に偏るのは仕方ないことでもあった。

 そして上陸してすぐさま北上するアルガシャールは、全軍の集結を待たずに先行部隊を派遣する。約三千のそれは、アルロデナと雌雄を決する決戦場を定め、味方部隊の到着を援護するための先遣隊だった。

 一万七千の本軍に先遣した三千人隊は、決戦の地をナジュラ平原と定めていた。

 彼らにとっては、アルロデナと引き分け、ハノンナキア攻略が遅れた因縁の地であり、2万の大軍が問題なく展開できる広さを持った地積を持ち合わせていた。

 ナジュラ平原を決戦の地とするためには、速やかに前進し、ナジュラ平原から北側か、あるいはナジュラ平原において、アルロデナを迎え撃ち、味方の本隊の到着を待たねばならなかった。

 その日数は約二日。

 防御に徹すれば、防げない日数ではない。何より、その為の資材も用意している。ともすれば全滅もあり得るその任務のために、兵は士気高い精鋭で固められ、指揮官は有能なものが当てられた。

 だが、あろうことかレギオルはその戦を回避する。

 アルガシャールの用意した戦場を選ばず、山地を移動したレギオルと補助兵達は、さらに南下を続けてガラゴナ山地に入り込むと、そこでようやく南下を止めた。

 取り残されたアルガシャール先遣隊は、自らを迂回したレギオルを追うか、それとも一気に北上してハノンナキアを攻略するかの二択を迫られた。

 戦果を何よりも求める彼らには、背を向けて南下するレギオルはこれ以上ない獲物に見える。無防備なハノンナキアよりも、大陸を制覇した軍勢を打ち破ったという栄光の色どりは、優秀な彼らの目を曇らせるほどに魅力的だった。

 そして彼らは、背を見せるアルロデナの軍勢の後を追った。

 無論、勝算はある。

 敵の後背を突き、包囲するのは、用兵の鉄則に叶うし、何よりも地の利はアルガシャールにこそある。どこでどの程度の敵が展開でき、抜け道の有無までアルガシャールは研究しつくしていた。

 だからこそ、レギオルが陣営地を張った位置は、彼らの眉をしかめさせる。 

 ガラゴナ山地は、ちょうど両軍ともに一万程度の兵力が展開できる地積しかない。絶妙と言うしかない地形の選定、緩やかな山地と丘陵になっている部分はまだら模様を形成し、とても会戦に向いた地とはいいがたい。

 ましてやアルロデナが陣取るのは、山地の中腹。山頂までの道を上ることを許すはずがないため、攻め上がるようにして、攻撃をしなければならない。

 アルガシャールは、敵将ギ・ヂー・ユーブの思惑が見えず、不吉な予感に囚われた。

 あるいは、何らかの彼らには見えていない勝機が、アルロデナの将には見えているのではないか。その不吉な思考が脳裏を掠めながらも、アルガシャールは会戦の準備を決して怠ろうとはしなかった。

 兵士達の食事から、武器の手入れ、部隊が崩壊したときの対処など、考えられる限りのことをやりつくして、彼らは戦場に到着した。

 アルガシャール先遣隊は、アルロデナの軍勢から距離を取りながら、決定的な交戦に陥らず、その動静を探る。先遣隊からもたらされた情報をもとに、本隊は選抜した七千の軍勢をガラゴナ山地に侵入させ、先遣隊とアルロデナの軍勢の前後を包囲する態勢をとると、開戦の旗を掲げた。


◆◇◆


 相手陣営に挙がる開戦の旗に、ギ・ヂー・ユーブはにこりともせず、淡々と号令を降す。

「縦横陣、左右に、中央にレギオル」

 練度が低く、レギオルから見れば二軍以下の補助兵達をギ・ヂー・ユーブは左右へと配置する。七千の補助兵のうち、それでも体力がある者を中央よりにし戦力の集中を図ったギ・ヂーの企図は、中央突破に他ならない。

 それを、だがアルガシャール側も見抜いていた。

「舐めやがって……」

 それが偽らざるアルガシャールの本音だった。部隊の配置の際の、動き、旗の揺れ具合、ありとあらゆる情報が、アルロデナが中央突破を狙っていることを示唆していた。

「中央を厚く、左右は最小限で良い。彼我のぶつかった段階で後背を突け!」

 中央さえ耐え凌げば、先遣隊として派遣した三千の軍勢で包囲を完成させる。

 ギ・ヂーの策を見抜き、それに対して的確に対処したアルガシャールは、万全の備えを以って待ち構えていた。山地の中腹にいるアルロデナの軍勢を無理に攻めれば、逆落としに勢いに呑まれる可能性もある。それであれば、アルロデナの軍勢が干上がるまで包囲を続けても良い。

 補給の万全は確認済みであり、待ち受けの利はアルガシャール側にこそある。

 遠目に見える敵の準備状況にギ・ヂーは、初めて獰猛に笑みを見せる。

「開戦の旗を掲げよ。角笛を鳴らせ、全軍、全速前進!」

 山地の中腹から緩やかな下りを、ゆっくりと加速していくアルロデナの軍勢は、その練度の差が顕著に見え始める。一糸乱れぬ速度を維持するレギオル。そしてそれ以外の補助兵達は、足並みをそろえる為に徐々に遅れ始める。

「……プエル殿直伝の、戦術の精髄を今こそ見せる時」

 走りながら、その態勢を変えていくアルロデナの軍勢。

 アルガシャール側の軍勢はそれを最初無様な失策と見て取った。

「ギ・ヂー・ユーブの策も尽きたか! 今こそ我らの悲願を成し遂げる時だ!」

 突出するレギオルとその後方で速度を落とす補助兵達。

 だが、アルガシャール側の司令部はアルロデナの動きを見守っているうちに、徐々に青くなっていった。

「……奴ら……まさかっ!?」

 突出したレギオルはそのまま、単独の三千の軍勢をひとまとめにして、進路を変更すると、厚くした中央ではなく、薄くした左翼へと進路を取った。

「右翼を、右翼に予備兵力を!」

 その進路を見て取ったアルガシャールは、予備兵力をレギオルの向かった方向へと充てる。アルガシャール側の右翼、アルロデナからみて左翼へと予備兵力を動かしたのだ。

「旗をっ!」

 慌ただしく動く敵の旗を認めたギ・ヂーは、再び旗を振る。

 降り下りる勢いをそのままに、再び進路を変更したレギオルは、乱れたアルガシャールの陣形へと穂先を揃えて突撃した。

「押し出せ!」

 突き出された穂先は、ログナの鎧に突き立つと、そのまま装甲を貫いて命を奪う。そしてさらに、その長槍の長さに任せて、その後ろの歩兵までも貫いた。

「グルウルゥウォオオアァ!!」

 人間二人分の突き刺さった鉄製の槍を捨て置いて、レギオルの兵士達は盾をかざしてそのまま突撃を継続する。貫いた敵の横を強引に盾をかざして割り込み、力任せに敵を押し込む。

 できた空間にすぐさま後続の兵士が入り込み、陣形に出来た傷を広げていく。更に傷がまだない場所では、前で戦う味方の背中を踏み台にした、後続のレギオルの兵士が飛び上がりながら長槍を投げる。

 自身の身長の二倍を超える長槍を、短槍のように扱うレギオルの兵士の膂力はゴブリンならではのものだった。投げられた長槍は易々と兵士の身体を貫き、地面に縫いとめる。

 陣形の崩壊を加速度的に速めていく。

 まるで溶けるように、陣形を崩されたアルガシャールは、それでも、崩れずレギオルの突撃を受け止める。

「たかが、三千の軍勢などに、七千の軍勢が負けるものか! 耐えろ!」

 突撃の勢いをそのまま受け止めたアルガシャールの勝ち目は、敵後方に回り込んだ先遣隊の存在だった。強引に押し入って来るレギオルの兵士を、盾をかざして何とか受け止める。

 盾をかざした最前列の兵士の背を、後続の兵士が支えるようにしてなんとか力の拮抗を図ると、後は力比べだった。

「翼を伸ばせ! アルガシャールをたった三千で倒そうとした報いをくれてやれ! 敵を包囲するのだ!」

 眼前にいるのは、大陸を制覇したアルロデナの最精鋭。

 掲げる紋章旗からそれを読み取ったアルガシャールは、真っ先に突撃した部隊こそが、敵の主力だと看破する。

「第二陣!」

 息を吐いたのも束の間、レギオルとの衝突を待っていたかのように、補助兵達の突撃が、アルガシャールを襲った。

 移動をしかけた軍勢は態勢が整わず、喚声を挙げて突撃してくる補助兵の突撃を真正面から受け止めてしまう。

 レギオルの突進に耐えきったアルガシャール七千の縦横陣は、レギオルの対処にかかりきりになっている間に補助兵七千もの突撃を受けて、崩壊した。

 アルガシャール七千対アルロデナ一万の激突である。元々レギオルの突撃によって手一杯になっていたアルガシャールの対処能力を超えたそれは、一気に形勢を傾けた。

 先遣隊はすぐさまアルロデナの軍勢の後を追って包囲の態勢を取ったものの、その時には既に大勢は決し、アルガシャールの本隊を敗走に追いやったアルロデナの軍勢に、反転迎撃されるに至る。

 そしてその勢いそのままに、南下を続けるのだった。

 だが、アルガシャールも士気高く敗残の兵を集めて、ゲリラ戦へと移行していく。

 群島諸国を覆う戦乱は、未だ晴れることはなかった。


 

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