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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
37/61

継承者戦争≪宣戦布告≫

 左翼の戦況は不利の一言に尽きた。

 ギ・ガー・ラークス率いるアルロデナ軍の左翼は、エジエドの森の中でフェルドゥークの右翼軍と戦っている。大軍の展開できない地形を生かして、遊撃戦に終始し、その行動を縛るのが目的だ。

 しかし、その目算は早々に狂おうとしていた。

 如何に大軍を展開できない森の中とは言え、三千ものゴブリンを防ぎ留めておくのは、ユーシカを始めとした亜人連合には、やはり荷が重かったと言わざるを得ない。

 命令を受けてその日の夜半には、すぐに出発していたユーシカ率いる亜人連合は、森の中に拠点を築いた後、積極的な攻撃を避けて散発的な衝突を繰り返す戦術に出た。

 一つには、大軍を展開しづらい森林の中と言う地形条件、一つには、そもそも亜人同士連携して戦うのが、その特性上どうしても苦手だったからだ。故に彼らの行動は、一貫して少数のゴブリンに対して数の優位を確立させてから、戦力を繰り出すと言う戦法に終始する。

 その眼となったのが、森林を上から見下ろす翼有る者の一族(ハルピュレア)だった。だが、如何に数の優位を確保して、フェルドゥークのゴブリンを襲ったとしても、相手は牙を研ぎ続けて来たベルベナ領のゴブリン。返り討ちに合うことすらあったのだ。

 戦端を開いてしばらくすると、徐々にだがユーシカ率いる亜人側が押し込まれていく。拠点として確保していた地域を少しずつ削られ、エジエドの森の東端へ追い詰められていく。

 森から叩き出されれば、彼らに勝ち目はないと考えられていた。

 この時期、ゴブリンの王の東征は既に伝説となっている。

 兵士たちの間にも一種の信仰として、最強の兵種はゴブリンである、との認識が広がっていた。死を恐れぬ精神性、連携巧みにして、同じ連携巧みな人間側よりもさらに膂力に優れる。

 それを伝説の領域からそのまま維持してきたのが、斧と剣の軍(フェルドゥーク)。東征の大英雄ギ・グー・ベルベナに率いられた軍勢なのだ。

 それとまともに会戦をして、勝てるなど、亜人達はもとより、人間達ですらも考えていなかった。だからこそ、森の中での遊撃戦という手段をとって、彼らの足止めをしようとしたのだが、それですらユーシカ率いる亜人の連合軍では、困難を極めていた。

 彼らが縋るのは、アルロデナ中央軍の速やかな開戦による敵兵力の減退だった。

「戦は引き算じゃないんだから、さっさとなんとかしておくれ!」

 悲鳴に近いユーシカからの伝令に、ギ・ガー・ラークスとヴィランはそろって眉を顰めた。

「どう思う?」

 左翼の戦況を聞いたギ・ガー・ラークスは、副官たるファル・ラムファドと、軍師となったブラディニア女皇国のヴィランに諮った。

「速戦を」

「同じく」

 奇しくも二人の意見は一致する。

「理由は?」

 互いに視線を一瞬だけ交わし、先に口を開いたのはファルだった。

「我らの軍は、機動こそ、その勝利への条件です。左翼不利でこのまま戦況が推移すれば、動かしたくとも動けないことになりかねない」

 騎馬兵としての意見、自軍の特性をよく理解したファルの言葉は、ギ・ガーを大いに頷かせるものだった。

「もう少し広い視野で言えば、アルロデナの事情もあります。内戦は、長引けば長引くほど、深い傷を参加した双方に残します」

 付け足すように言ったヴィランの言葉は、ギ・ガーを再び頷かせた。

「戦略的に言えば、後方を脅かすギ・ギー殿とブイ殿が敵の長城を突破した後、攻め寄せるのが定石でしょうが……」

「守るは、グー・タフ・ドゥエン。易々と抜かせる奴ではないか……」

「御意、だからこそ我らから動く必要があります」

 ヴィランの言葉をしばし考えた後、ギ・ガーは獰猛な笑みを浮かべた。

「……奴らの尻を蹴飛ばす必要がある、と言うわけだな?」

「その通りです」

 肯首するヴィラン。

「右翼の状況は?」

「膠着、と言う評価は少し辛いでしょうか。良く保たせているという状態かと」

 言葉を少しだけ選んだヴィランに、ファルは苦々しく吐き捨てた。

「つまり、優勢ではないのだろう? 劣勢でないだけで!」

「まぁ、そうは言っても相手は、グー・ビグ・ルゥーエの長槍と大盾の軍(ガルルゥーエ)です。ギ・グー・ベルベナ殿の片腕を封じ込めているのですから、これは称賛されるべきでは?」

 頷いたまま、顎をさすったギ・ガー・ラークスの視線は鋭さを増す。

「……あるいは、罠の可能性もありますが」

「そうだな……わざと手を抜いている可能性もあり得るか」

 中央軍が開戦を始まった途端に、アルロデナの右翼を突破して、横殴りに槍を入れられるという最悪の予想を、ギ・ガーもヴィランも思い至っていた。

 だがそこに思い至っても、ギ・ガーは首を振った。

「守りに回られますか?」

「……いや、攻める。我らはアルロデナ総軍、攻めて、攻め勝ってこそ、アルロデナだ」

 断固たる決意のもとに宣言するギ・ガー。

「そうでなくては」

 微笑と共に頷くヴィランは、次なる策を示す。

「そして、そうであればこそ、軍を大きく三軍に分けます」

 前軍に丸楯と長剣の軍(メルフェルン)、血盟諸軍、中軍に虎獣と槍の軍(アランサイン)、後軍にブラディニア女皇国とエルフ諸軍。

 動かされる兵棋と、その前に並べられる敵の兵棋。

「敵軍は、約六万二千 それに対する我が軍は、五万八千」

 三段に構えられた自軍の陣営と、ひとまとまりになった敵軍の陣営。

「攻めに向いた、傾斜陣……」

 配置された兵棋の連なりは、陣形を作る。二列に配置された兵棋の戦列は、アルロデナ陣営に対して斜めに一線を引く様に並ぶ。

「フェルドゥークとすれば、速やかにこちらを撃破し、後方の敵を対処をせねばなりません。それゆえに、攻めざるを得ないかと思います」

「右翼を有利に進め、左翼は硬直……我らを誘い出し、そこで撃滅か」

 戦況を簡単に整理し、じっと見入るギ・ガー。

「そこで我らは前軍により、敵を阻止、中軍により敵を迂回し、後軍により、これを包囲します」

 包囲殲滅の基本に忠実なその作戦に、ギ・ガーは僅かに眉を顰めた。

「フェルドゥークは乗るかな?」

 そのギ・ガーの言葉に、ヴィランは己の考えを示す。

「フェルドゥークは、先ほども言いましたが、時間がありません。相手は分かっていながらも、速戦を選択せざるを得ないのです。そして、速戦を制するためには……」

「我らが包囲するその一瞬に、中央を突破し、打ち破るのが好手か」

 ヴィランの言葉を、ギ・ガーが引き取る。

「であるならば、丸楯と長剣の軍(メルフェルン)の動きは、このようになります」

「後軍は、難しい動きになるが……」

 そのファルの指摘に、ヴィランは薄ら笑みを浮かべて堂々と言う。

「そこは、我が同盟軍の力を信じてもらいたいものです。それに守備であれば、我が軍は負ける気はありませんよ」

 力強いその言葉と眼差しに、ギ・ガーは出陣を決意する。

「全軍を出陣させよ」

「御意」



◆◇◆


 アルロデナ総軍の司令官ギ・ガー・ラークスが、開戦の決意を固めた時から、遡ること七日。

 分断された戦線の片方、グー・タフ・ドゥエンの支える西都戦線は、本隊であるフェルドゥークとアルロデナの総軍が激突するよりも早く、激突の時を迎えていた。

「……抜けぬ。くそっ、小僧めが」

 憎々し気にそう言い放って、一時軍を撤退させたギ・ギー・オルドは、内心あまりにも堅牢な長城の頑強さに手を焼いていた。

 横目で伺えば、オーク達もまた後退をしているようだった。

 西都に駐屯する辺境将軍シュメアの下で、久しぶりに出会ったオークのブイは、横にも縦にも成長し、ギ・ギーをして唖然とさせた。

 ブル・オークを従える貫禄は、流石にオークの王としての威厳に満ちた物であり、かつて見たオークの蛮勇王ゴル・ゴルとそん色ない覇気すら感じられる。

 僅かに敗北感を覚えたギ・ギーは、それでも毅然と胸を張った。

 あるいは自分自身が王亡き後の癒えぬ悲しみに燻ぶっていたころ、オークの王は常に成長を続けていたのかもしれない。だが、それでもとギ・ギーは覚悟を決める。

 ゴブリンが主で、オークが従。

 それは彼の中でゴブリンの王が決めた法であり、それを覆すなら首を差し出すと、覚悟を決めての姿勢に、シュメアは苦笑し、ブイは困ったように眉を顰めた。

「頑固だねぇ、昔はもうちょっと要領の良いゴブリンかと思ったけど」

「それでも僕は、オークの王だ」

「それが気に入らんのだ」

 三者三様に、言いたいことを言い合って、だが決裂させないだけの手腕が辺境将軍シュメアにはある。ゴブリンの王統治下の頃から、同盟者としてあったシュメアの人柄と姿勢は、ゴブリン達をして尊敬に値するものであったし、オーク達をして敵対するには不利益が過ぎると思わせるものがあった。

「まぁ、思うところは多少あるだろうけど、やることは決まってる」

 ヨーシュに主催させた宴会の中で、ギ・ギーとブイ、シュメアは意見の一致を図る。

「目の前にいる敵を撃破する。まぁ、勢力争いがしたけりゃ、その後ですればいいさ」

「別に勢力争いをしたいわけじゃないっ!」

「そうです、シュメアさんは勘違いをしている!」

 二人から同時に入る苦情を一切考慮せずに、酒杯を煽ると、あっけらかんと笑う。

「良いからいいから、それじゃ戦だよ。敵の前で仲違いとか、みっともない真似は、ゴブリンの王も、あたしも、許さないから。そこの所だけ守って、後は功績の奪い合いさ。それともぉ~、誇り高きゴブリンさんと、屈強なオークさんはぁ、あたしら人間に諸手を挙げて降参するぅ?」

「冗談ではないわ! 我らが双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)は、人間や、オークなんぞに引けを取らん」

「そうです。最も功績を上げるのは僕らオークです」

「そうかい、そうかい。それは重畳だ。それじゃ抜け駆けはなしで、戦の開始は、明後日だよ。よろしくね!」

 2人の将軍を上手く丸め込んだシュメアは、上機嫌で更に酒を飲むと、ヨーシュにねちねちと絡みだす。それを見たギ・ギーとブイの二人は、一瞬だけ、呆れた顔をし、そして上手く乗せられたことに気が付いて、しまったという顔を互いに見合わせた。

「……」

「……」

 互いに一言も発せず、だが内心では人間の狡知に舌を巻く思いであった。

「……まだまだ人間には、及びませんね」

「……狡賢さでは、一枚も二枚もあちらが上手だ」

 妙な親近感を覚えた二人は、自軍と味方の配置だけを確認し、互いに酒を酌み交わし、分かれる。

 翌々日から開始された西都連合軍の攻撃は、オークの精鋭と双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)を全面に押し出した物量戦術を以って開始された。

 辺境軍は後方兵站を担当し、必要な物資機材を調達、攻め寄せる彼らの衝撃力が落ちないように細心の注意を払いながら、援護に徹する。

 もっと効率の良い形で連合軍を組織化したシュメアだったが、グー・タフ・ドゥエンの築いた堅牢なる長城に、彼女も計算違いに顔を顰めていた。

「こりゃ、きついわね」

 一日で陥落させることが出来ると楽観していた彼女達の目算は大いに狂い、三日経っても落ちないその粘りの強さは、流石にギ・グー・ベルベナの左右の腕と称される名将であると彼らに思わせた。

「ギ・グーは良い部下を持った」

「感心してばかりもいられません」

「さて、どうするかね。そろそろギ・ガー殿が戦を始めそうだし、決着をつけて向かわないと、いけないんだろうけど」

 僅かに敵の勢力は三千、フェルドゥークの編成から見ても間違いないそれに、五万を超える大軍が足止めされているというのは、彼らをして屈辱以外の何物でもない。

「攻撃場所を離してみますか?」

「敵の兵力分散ってやつだね……」

 長城の中の兵力は、三千しかいないのは確実なのだ。となれば、圧倒的大軍を有するこちらの有利にするためには、その向き合う兵が少なければ少ないほど良い。

「良い手だと思うけれど?」

 そう言ってシュメアはギ・ギーに視線を転じる。

「……分かった、分かった。オークの策に乗るのは業腹だが、仕方あるまい」

 肩を竦めたシュメアは、ブイに向き直ると、ギ・ギーを無理矢理引っ張って、陣形の再編を確認する。

「明日からはこれで行くから、それぞれよろしくね」

「わかりました」

「仕方あるまい」

 そして始まった四日目の戦闘は、思いも寄らぬ激戦とならざるを得なかった。


◆◇◆


 空に浮かぶロドゥの胴体は、未だ中天には程遠い。強く吹く風に流される千切れた雲が、大地に時折影を作り、繰り返される光と影の舞踏となっていた。

 展開される全軍の先頭に、ギ・ガー・ラークスの姿はあった。

 軍師ヴィランの策の通りに、三軍に編成されたアルロデナ総軍。最前線のメルフェルンのゴブリン達と血盟軍の視線の先に広がるのは、伝説の軍勢だった。

 革の鎧に鉄で補強を施した軽鎧を主体に、手には西方大森林産の長鉄槍。剣は、盾を構えやすいように左の胸の近くに括りつけられ、そして腰には斧を引っ提げた三種類の武器を標準とする。盾は木製の物に鉄で補強をしたもので、さらに自身の狩り取った最も屈強な魔物の皮を張り付けて武勇を誇示する。

 遠目に見ても古傷こそ勲と主張するかのように、無傷の者など皆無であった。彼らの進軍するたびに立ち上る土煙さえ切り裂いて、林立する鉄槍の群れは、一寸の狂いもなく揃えられ、その士気は天を衝く。

 三百からなるの大隊(トリア)を基本単位として動く彼らは、無数の大隊(トリア)の集合体であり、大隊を十個束ねて(ガヘナ)、十個の(ガヘナ)をまとめて軍団(フォルス)とし、総括するのがギ・グー・ベルベナその人である。

 十匹からなる軍長たち、その後ろにさらに続く百人からなる大隊長たち。老いも若きも、威風堂々たる歴戦の猛者の風格を備えた戦の申し子達。

 軍長になって初めて持つことが許される軍旗の隣に、必ず斧と剣の軍の紋章旗(フェルドゥーク)を靡かせ、彼らが従うのは唯一匹のゴブリンだけだった。

 あらゆる敵を滅ぼし、あらゆる敵を蹂躙してきた伝説の軍勢の先頭に、黒き鎧身に着け赤き外套を翻しながら、地を歩くただ一匹のギ・グー・ベルベナがいる。

 彼が腕を上げると、それだけでフェルドゥークはよく躾けられた犬のようにぴたりと進軍を止め、軍長たちは、紋章旗を地面に突き立てる。

 軍長たちは、不動の姿勢でただ一人歩を進めるギ・グー・ベルベナの姿を見守る。その姿は、厚い信頼と精強を絵に描いたようなものだった

 騎馬に跨り、ファルをただ一騎のみ従えたギ・ガー・ラークスもまた、進み来るギ・グーと呼応するように駒を進める。黒き鎧は、ギ・グー・ベルベナと同じもの、風に靡く赤い外套もそのままに、隻腕に握りしめた大斧槍(グラン・ハルヴァ)に力を籠める。

 互いの得物が届く距離にまで接近して、一人と一匹は視線を交し合う。

「……友よ」

 ギ・ガー・ラークスは絞り出すように、一言だけ口に出す。

「……応」

 応えるギ・グー・ベルベナも、それは同じ。

 それきり言葉は、しばらく途切れた。

 言いたいことは山ほどあったはずなのに、いざ目の前にしてみると、その姿に、その視線に、言葉は出て来なかった。己の心情を舌に乗せることが出来ない不甲斐なさを恨めしく思いながら、ギ・ガーは昔と変わらぬ友の姿に、熱い思いが胸から溢れていた。

 それはギ・グー・ベルベナもまた同じ。

 万感の思いを胸に、ギ・ガーと向かい合う。

「……なぜ、王などと名乗った?」

「……」

 戻って来いとも、降伏せよとも、ギ・ガーは口に出来なかった。それを拒絶する誇り高さが、未だにギ・グーにはあったからだ。誇り高き戦士、ゴブリンの王の下で艱難辛苦を乗り越え、勝利と栄光を共にしたはずの莫逆の友。

 だからこそ、ギ・ガーは問わずにはいられなかった。

「我が王既に亡く、我が道は、他に無し」

 それは苦渋に満ちたギ・グーの本音。

 誰かが、ゴブリンを導かねばならないのだと、ギ・グーは一匹のゴブリンとして言い切った。

 思わずギ・ガーは天を仰いだ。

 高潔なるギ・グー・ベルベナ。ゴブリンの王の下で最も敵の血に濡れ、最も熾烈な戦場に身を置いた勇猛果敢なゴブリン。その経歴が、築き上げて来た全てが、友をして反逆者への道へ走らせたのか、と。

 だからこそ、ギ・ガーは迷う。

 この目の前にいる高潔なるゴブリンを救わねばならないと思うと同時に、彼の良く知るギ・グーは決してそれを喜ばないだろうとも。

「友よ。今さら、迷う必要はない。我らは魔物、我らは戦士。ならばこそ我らの決着は戦にてつけねばならん。我らの王が示した通り、それがゴブリンだ。それがギ・グー・ベルベナとギ・ガー・ラークスであるはずだ!」

 励ます友の声に、ギ・ガーは今一度天を仰ぎ、そして、頷いた。

虎獣と槍の軍(アランサイン)の疾走は、全てを蹂躙する。それに耐えられるかな? ギ・グー・ベルベナ」

「ほざけ、我が斧と剣の軍(フェルドゥーク)の暴風は、全てを破壊する。貴様らの疾走など、跳ね除けて見せるわ!」

 突き出した大斧槍に、引き抜いた長剣を合わせ、僅かに触れさせる。

「さらばだ。友よ」

「応よ、後は戦場にて、まみえよう!」

 互いに背を向けて歩み去る両雄が、自身の得物を高々と天に向かって掲げると、両陣営から地鳴りのように歓声が上がった。

「フェルドゥーク、フェルドゥーク、フェルドゥーク!」

「アランサイン、アランサイン、アランサイン!」

 地面を踏み鳴らし、盾と剣を叩き合わせて上がる歓声は、やがて彼らの名前を呼ぶ声になり、戦の熱狂となって十万を超える両陣営を包み込んでいった。

「聞け、勇猛なる我がフェルドゥークの子らよ。我らは、今日までいかなる敵をも踏み拉いて来た! 森に妖精族を、砂漠、平原、山地に人間族を、草原に騎馬兵どもを! 今日、目の前にいるのは、それら敗残者の群れと、我らゴブリンの精鋭である」

 普段演説などしないギ・グー・ベルベナの声に、熱狂のままに声を荒げていたフェルドゥークの者達は、一斉に押し黙る。だが、それは先ほどまでの熱狂を胸に宿したままで、聞き入る間にも、彼らの気炎は消えるどころか、一層高まってすらいた。

「かつて我らと肩を並べ、東の果てまで共に駆け抜けた同胞たちだ。だが、敢えて我らはこれを撃破する。我らフェルドゥークの行き先を塞ぐのであれば、我らは暴風となってそれらを打ち砕かねばならん!」

 メルフェルンの同胞たち、アランサインの同胞たちに視線を向けて、僅かな戸惑いを消していく。

「彼らを破れば、もはや敵はない! フェルドゥークの子らよ、今日勝って、ギ・グー・ベルベナの名とフェルドゥークの名を永遠のものとしよう!」

 一方のギ・ガー・ラークスも自軍に戻って士気を挙げる為、声を張りあげた。

「戦友諸君、目の前に敵がいる。伝説を作った軍勢だ! いかなる困難をも打ち砕いて来た軍勢だ! 肩を並べ合った同胞もいるだろう、酒を酌み交わした友人もいるだろう、だが敢えて諸君はこれを撃滅せねばならない!」

 一呼吸だけ、間合いを置いてギ・ガーは裂帛の気迫を込めて声を上げた。

「アレンシアの廟堂での誓いを思い出せ!」

 アルロデナが東征を終えて、アレンシアの廟堂はゴブリン達の聖地となっている。毎年新たに配属される新兵は、そこでゴブリンの王の遺した大剣に、誓いを立てるのだ。

 ──我らこそ、守護者である。我ら、命ある限り、大陸の安寧を守らん!

 戦無き十五年の、それがゴブリンの王亡き後の生き方のだった。

「今日、彼らの伝説は終わる! 我らが終わらせるのだ! 戦友諸君、今日の戦いを終えて、家々に帰り着き、家族に向かって、あるいは友人に向かって堂々と胸を張って、言うが良い! 我らこそ、大陸の安寧の守護者であると! さあ、戦友諸君、過去の伝説を破り、我らが伝説となる明日を迎えよう!」 

「「全軍、前進せよ!」」

 奇しくも、両軍の将軍が同時に発した声によって、後に継承者戦争と呼ばれるアルロデナ最大の叛乱は最終局面を迎えようとしている。

 アルロデナの歴で21年初夏の、死闘の幕は切って落とされた。


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