継承者戦争≪希望を探して≫
ゲルミオン州南部の都市グランハウゼ。
その東に広がるアクティエム平原は、東西三十キロ、南北に四十五キロほどになる。平原の北側には岩石丘陵地帯が広がり、南には黒羽梟の森が広がる。
東西に走る大陸の大動脈宝石街道は、平原のやや南側を東西に横切る道路であり、かつてゴブリンの王が、大軍の通行にも便利なように整えた軍用道路である。主要幹線道路として大軍を迅速にグランハウゼあるいは、王都レヴェア・スーへ向かわせることが可能である。
また、ジュエルロードから支線として、南の黒羽梟の森方面へ延びる道路は、クシャイン教徒の建てたブラディニア女皇国の首都クルディティアンへと通じる道であり、支線とは言っても、その規模はジュエルロードとそん色ない。
さらにジュエルロードの西側ではグランハウゼの衛星都市へと延びる支線が数多く存在し、道路網が発達により、一大経済圏をなしている。
岩石丘陵方面へと至る経路は、細い経路があるばかりであり、ゲルミオン州区北部の自由都市への交易の細さが伺い知れる。
岩石丘陵と黒羽梟の森の双方は、足場が悪く大軍の迅速な機動には不向きであった。
エジエトの森は、木が密集しているため大軍が通過するのも困難であるが、斧と剣の軍と黒き太陽の王国両軍にとって、敵の視界から身を隠しながら行動するの地域としては、非常に都合が良かった。
双方合わせて十万を超える大軍の決戦する地域として、アクティエム平原ほど都合の良い地域は存在しない。両者がここで戦うのは必然であった。
◆◇◆
アクティエム平原から東へ1日の距離に、黒き太陽の王国総軍を率いることになったギ・ガー・ラークスは、宿営地を構えていた。
軍における意思決定は、ギ・ガー・ラークスの領分である。
しかし、東征を成し遂げたゴブリンの王の背中を見て育ったギ・ガーは戦の前には会議を開くのを専らとしていた。
アルロデナ総軍の指揮官達を集め、百人は入ろうかと言う巨大な天幕の中で、ギ・ガー主催の作戦会議が始まっていた。
ギ・ガーの目の前にあるのは、アクティエム平原とその周辺地域を切り取った模型である。砂に牙百足の体液を混ぜて粘土状になったそれを、丁寧に捏ねて作ったそれは、自由への飛翔の協力のもとに作成されたものだった。
「……平原での正面切った決戦ですか。被害が多くなりそうですね」
ブラディニア女皇国の軍師ヴィラン・ド・ズールの言葉に、集まった面々が皆頷く。
「しかし、この地形では致し方ないのでは?」
常識的な意見を敢えて言うのは、アランサインの副長ファル・ラムファド。
他に決戦を挑むべき地形は存在しない以上、戦場の決定はここしかない。
「宰相殿からもせっつかれているしな」
軽口を言ってから肩を竦めるのは、火の妖精族の代表バエルド・エファン。火の妖精族の族長の家系に属する若者だった。
「南の森を通じて斥候を潜り込ませましょう。彼らの動きを知るのに、情報はいくらあっても良い」
「ああ、それならすでに私達から出しているわ」
亜人の連合を率いて来たのは、翼有る者の一番翼ユーシカ。未だにゴブリンの王の勃興時代から亜人の中の有力種族を率いる彼女は、レヴェア・スーに偶々寄っていた処にギ・グーの叛乱が起きた為、西方大森林に帰れなくなってしまったところを、亜人の連合軍の旗頭に据えられてしまっていた。
やる気をあまり見せない彼女が、ため息交じりに視線を後ろにやると、彼女とは対照的にやる気に満ち溢れた若者がいきり立って声を上げる。
「応よ。人馬族の勇士十組、牙の一族から十組、翼有る者の中から四十だ!」
人馬族の若者の声に、ユーシカは今度は本当に溜息をつくと、若者の足りない言葉を補う。
「ケンタウロスとウェア・ウォルフの斥候にそれぞれ我が一族をつけてあるわ。ギ・ジー・アルシル殿の斥候隊程ではないけれど、ある程度の範囲は覆えるはずよ」
ギ・ジー・アルシルの率いた斥候隊は、ゴブリンの王亡き後その部隊を解散させていた。部隊を率いるべきギ・ジー・アルシル自体が、将軍職を辞し流れる雲のように、各地を放浪する生活を選んだからだった。
それに伴って戦場での情報収集組織は、格段に落ちた。
敵の居ないアルロデナの状況ならそれでも良かった。あっても精々群島諸国程度なら、自由への飛翔が時間をかけて、情報を精査していけばいいのだ。
しかし、ギ・グーの叛乱以降は、乱世に戻ったかのように、斥候部隊の所要は高まった。
独自の斥候部隊を持っていなかった四将軍は、自らの部隊に斥候部隊を設けるか、あるいは他所の部隊からの情報をもとに、作戦を組み立てねばならなかった。
「それで、情報は届いているのかい?」
水の妖精族の部隊を率いるフィーニーは、ゴブリンの王の東征以前から“弓王”の異名をとる歴戦猛者だった。未だ若々しいその美貌は、妖精族特有の精悍なものだった。実質的な妖精族の代表の言葉に、ユーシカは僅かばかり姿勢を正す。
「約五千が北部グリムロックへ前進中。一方南エジエトの森へは三千程に分かれているみたいですけれど……そのどちらもがゴブリンを主力としています」
それ以上の情報はないと彼女は切り上げる。
「別動隊って奴だろう!」
「ナジュタ、それが何のための別動隊なのか分かった上で発言しなさいな……」
人馬族の若者の言葉を、ユーシカ自身が嗜める。
「まぁ、何にせよ、対処は必要だろうね」
フィーニーの言葉に、頷くのは誰もが一緒だった。
「……南部の敵に対しては、ユーシカ殿達を、北部の敵には、メラン・ルクード殿に任せた方がよろしいと思いますが、いかがでしょう?」
鋭い視線を向けたのは、未だ男盛りと言って良いメラン・ルクード。彼は、シュシュヌ教国リリノイエ家の家宰でしかない。その彼が、小さいとはいえ国を代表する武人として参加しているのは、その歴戦の軍歴にこそある。
「南部は言わずもがな、大軍での運用が難しい地形ですので、少数での遊撃戦に長けた八旗の方々にお任せした方が良いかと」
ヴィランの言葉に、満足そうに頷くナジュタを始めとした亜人達と、舌打ちせんばかりに眉を顰めたユーシカ。だが結局は彼女も、頷く他なかった。
「今一つは、独立した敵の数です。独立的に動いて敵を制するのに、敵の五千は難しい数字ですしね」
ヴィランの言葉に、メラン・ルクードは眉間に皺を寄せて頷いた。
「難敵、だな。よろしい。ただ一つ、引き受けるにあたって頼みがある」
「なんでしょう?」
「旧アルサス王家の、助力を」
視線を向ける先には、少女とそれを守る女性が佇む姿。少女の方は、見るからに緊張し顔面蒼白になっている。着ている服は太陽に王冠の文様を模したかつての大国アルサスのもの。そしてその傍らに、寄り添うように立っている儚げな女性こそが、かつて大陸最大宗教“教会”の聖騎士団三番隊隊長アリエノール・デド・ガーディナ。
ユアンが失踪した後、彼女は運命の糸に絡めとられ再び戦場を踏むことになっていた。
「……だがそれでも、数は四千程度だろう? 我らも同道したいと思うが、いかが?」
横から口を挟んだのは、壮年の男と少年だった。
彼らの衣装は、四つ連なる鉄の盾、旧エルファ王国の生き残りだった。かつて鉄牛騎士団を率いて最後までゴブリンと死闘を演じたラスディルが守り通したエルファ王国の血筋。
それが、再起をかけて参戦していたのだ。
壮年の男はかつての騎士団の生き残りである。右腕を肘から先がないのは、先の大戦における戦傷の証だった。ガイドガ氏族の偉大なる族長ラーシュカと相打ちになったラスディルが見れば、皮肉気に口元を歪めていたかもしれない。
かつての敵の言葉に、ヴィランは一度総司令官たるギ・ガーを振り返り、確認を取ると、微笑を浮かべて頷く。
「よろしくお願いいたします」
「承った」
言葉少なく言うメランの視線は、小揺るぎもせず、眼下に模型の地図を見下ろす。
「主力は、ギ・ガー・ラークス殿の虎と槍の軍、円楯と長剣の軍、そしてブラディニア女皇国、妖精族の諸兄らが中心となります」
動かされる兵棋に、全員の視線が集まる。
南北を抑えとして、正面切ってギ・グー・ベルベナと戦う。
その構えはまさに、覇王の国の威厳をかけた布陣であった。
◆◇◆
布陣が決まれば、あとは簡単な段取りを決めるだけだった。どのように戦を始め、どのように戦を終わらせるか。
予定は組むが、それはかなり大雑把なものだった。
南北の別動隊を、亜人連合と、旧王家の者達に抑えさせ、ギ・ガー・ラークス率いる主力を以ってギ・グー・ベルベナの主力を叩く。
両翼に配置された部隊は独立性を維持しつつ、ギ・ガー・ラークスとギ・グー・ベルベナの決戦に邪魔を入れないことを要求された。役割が決まった者から、準備の為に自軍の陣幕に帰るところを、呼び止める者がいる。
「メラン・ルクード殿! どうか、お待ちを!」
呼びかけた声は少女のものであり、振り返ったメランは、眉間に深い皺を刻んでいた。
「あっ……」
その眼光の鋭さに、少女は呼びかけたものの、恐れが先に立つ。
若い頃の優し気な風貌は、今はその戦歴の数だけ重ねた苦悩を刻み、厳しいものへと変わっている。それでもそれが決して、虎狼のように厳しさだけにならないのは、生来の気品の賜物だった。
苦み走った俳優のような顔つきは、鍛え上げた身体と相まって、部下に安心感を与えるが、時と場合によっては、威圧感も与える。
「……失礼、先ほどの軍議の際に、聞けなかったことがあり、こうして追って来たのです」
少女の言葉を引き取って続けたのは、彼女を守護するアリエノール。
「聞けなかったこととは?」
あくまでも表情を崩さず、視線を少女からアリエノールに移したメランは問う。
「何ゆえに、我らを指名されたのです?」
わずかに、少女を気遣う視線を注ぎ、すぐにアリエノールはメランと向き合う。
「遣り辛いであろう?」
聖王国アルサスは、勇者の改革によってアーティガンドになる前身の国だった。人間の建てた最も伝統ある、古い国。その系譜を辿れば、王家の傍系などそれこそ無数に存在する。
その一人を担ぎ上げ、国を復興しようとする一派に、アリエノールが与したのは、目の前の少女のひたむきな思いに打たれたからだった。
「……それはっ」
滅ぼした国と滅ぼされた国。直接的ではないものの、その国土を奪い取り、大陸を統一した国の最後の大敵となった国であれば、やはり理屈だけでは片付かない問題もある。
少女は口を開こうとして、続くメランの言葉に、その言葉を発することが出来なかった。
「戦は効率的にすべきだ。感情のしこりを残したままでは、不安があるゆえに」
「……私は、アルロデナを憎んでなどいません」
「貴方はそうかもしれん。だがそれは、一兵に足るまで? 失礼ながら、戦に参加した者達の信望は、貴方ではなく、アリエノール殿にこそあると、愚行いたしますが」
メランの言葉に続いて、向けられる視線の鋭さは、内面すら見通すように強い。僅かにたじろぐアリエノールだったが、彼女が口を開くよりも、少女が言葉を発するのが先だった。
「人の心は覗けません。ですが、今回の戦いに参加した人たちは、私に忠誠を誓っているのではないと言うのは、多分正しいと思います。うまく、言えないのですけれど……区切りをつけたい人達なのだと、私は考えています」
ぎくり、としたのはアリエノールの方だった。
冷たいメランの視線は、少女の柔肌をすら切り裂くほどに鋭い。
「自身の言葉を、理解しておいでか? それは自身が、王の器に非ず、と宣言しているにも等しい。自身は飾りと、それを受け入れると?」
鋭い視線を受けて、彼女はそれを真っ向から見返した。
「私は、幼少より教えられてきました。大いなる血筋には、責任が伴う、と。私の国は、かつてこのアルロデナを敵に回して壊滅した国です。で、あるならば、やはり私はその旗の下で戦った者達に対する責任があるのだと思います」
その痛々しいほどの決意の言葉に、メランは眼を細め、アリエノールは視線を伏せた。
「その責任から逃げることだけはしたくありません。私は、自分自身に流れる血を、誇って生きる為にも、決して……」
「……無礼をお詫びせねばならないでしょうな。改めて御名をお聞かせ願えますか?」
今まで少女を見下ろしていたメランは、片膝を突くと優雅に貴族の礼をとって彼女に名を訪ねる。
「……私は、メイディア・デオ・アルサス。今や朽ち果てた王冠に太陽を戴く者です」
「メラン・ルクードと申します。かつては草原の覇者の走狗、今はその成れの果て、とでも申しましょうか」
自嘲気味に口元を歪ませたメランの視線は、今ではない過去を追っていた。
「名残は惜しいですが、軍議がありますのでこれで失礼いたします。若き姫」
あくまでも優雅にそう言って立ち去るメランに、メイディアは感嘆の吐息を漏らす。
「凄いものですね。戦姫と言う人は、あんな人を従えていたのですから……」
「姫様、夜風がありますゆえ、陣幕に戻りましょう」
「そうですね……ねえ、アリエノール」
「はい」
「私を恨んでいますか? 無理矢理、こんなところに連れて来た私を」
メランの背中を見送ったままの、メイディアの視線は自然と下を向く。
「……いいえ、私もやはり区切りをつけねばならないのでしょう。恩讐と言うものに、これから先を生きるためにも」
そう言ってアリエノールは右の目を覆った。
かつて勇者に与えられたその力。それは未だに彼女に宿っている。
「もし、全部上手く行って、一つの街でも統治を任せてもらえたなら……そこで、花を売って暮らしたい。花を人々が買ってくれるまで、豊かな街を作ってみたい」
「それが、貴方の言う責任ですか?」
「私は少し、歴史の勉強をしました。敗者には、歴史は残酷なものです。忘れ去られ、消し去られ、勝者だけが紡いでいくのが歴史だと言わんばかり。でも……そうですね、一つぐらい、破れた者達も幸せになりましたという物語があってもいいのではないでしょうか」
未だ小さいその手を、彼女は握り合わせる。神が去った世界に少女の祈りを聞き届ける者がいるのかどうかはわからない。だが、アリエノールはその願いを尊いものだと思ったし、その為に力を使うことを受け入れ始めている自分に気が付いていた。
「……もし、叶うなら、私はお菓子屋さんをしたいですね」
陣幕に戻る途中小さな声で囁くアリエノール。その声を聴いたメイディアは、花の咲いたような笑顔を彼女に向けた。
「その時には、私の要望に応えて、たっぷりと甘い焼き菓子をお願いします」
未だアリエノールの肩ほどしかないメイディアが上目遣いでお願いしてくる様子に、ふとアリエノールは、かつての自分を重ねた。ユーディットを見上げる自分は、こんな風に見えていたのかと。
狂信者と呼ばれたユーディットは、彼女の前では妹に甘い優しい姉だった。無論血の繋がりはないけれど、彼女は確かにユーディットを姉と慕っていた。
気障なセリフを吐いて、それが妙に似合うジェラルドが居り、物調面をしながらも何かと世話を焼いてくれるユアンがいる。それは、間違いなく彼女の青春の記憶だった。
胸を締め付けるほどに懐かしい、そして決して戻らぬ在りし日の記憶。
かつてそれは、呪縛のように彼女を縛り、触れれば切れるほどの切なさを持っていた。それが、見上げてくる彼女との出会いで徐々に真綿に包まったように、優しいものになっていく。
その変化を、戸惑いと感謝とともに彼女は受け入れていた。
「そうですね。貴方の嫌いな緑茄子を食べれるようになったら、ご要望に応えましょう。このお姉さんが、腕によりをかけて飛び切りの焼き菓子を進呈いたします」
「ず、ずるいわ……そんなの、そんなの無理よー!」
泣き真似をしながら、アリエノールの腕にしがみ付くメイディア。
「あら、好き嫌いは感心しませんね。姫殿下、いいえ、太陽を戴く王冠の保持者たるものが、たかが野菜相手に降参とは情けないですよ?」
「だって、苦いし!」
「だってもなにもありません、体に良いものは苦いと相場が決まっているのですよ」
「その言い回し、婆やにそっくりだわ! 分かった! アリエノールは小姑だったのね! お姉さんだと思っていたのに、お母さんになってしまったわ!」
「まだ、私は二十代です!」
「でも、アリエノールの年頃の人はみんな結婚しているわ、そー言うのを嫁ぎおく……ひぃ」
「姫様、姫様でも言って良い事と悪いことがあるのを、ご存知かしら?」
メイディアの頬を引っ張りながら、凄むアリエノール。
「ごめんなひゃい、ごめんなひゃいってば!」
「わかればよろしいのです……ふふ」
「ふふふっ」
やがてどちらともなく噴き出した彼女の達は眼に涙を浮かべて、笑い合う。そうしているうちに、メイディアは、アリエノールの胸に抱き着いた。
「姫様?」
「アリエノール……私、怖いの」
それは戦場に初めて臨む少女の本音だった。
「ずるいわよね。後ろで座っているだけの私が、こんなことじゃいけないって分かっている。何が責任から逃げない、よ。自分の言葉に、私自身が、不相応だって、思っている。だけどね」
驚いたアリエノールだったが、メイディアの言葉を遮ることはしない。その独白を聞くことが、彼女の役割であろうと思ったからだ。
「だけどね、アリエノール。私は、叶えて上げたいの、教えてあげたいの。貴方達は、また立ち上がれるって……だから、だからね。アリエノール」
そこでようやくメイディアは顔を上げた。
涙にぬれた顔は、はっとするほど若々しく美しい。
「私は彼らの希望になりたい。アリエノール、私の剣と盾になって、私の望みを叶えて」
「……ええ、喜んで」
「ごめんなさい。ごめんなさい……アリエノール」
「私の姫、大丈夫です。貴方の望みはきっと叶う。私が叶えて見せます」
それが、責任の取り方だと、アリエノールは決意した。
◆◇◆
「来るんじゃなかった……」
ため息と共にそう漏らしたユーシカの言葉は、後ろの若者には聞こえていなかったようだった。
「はっ!? 何か!?」
元気の良すぎる若者の相手は、ユーシカには気が重い。
「いいや、何でもないよ。それより、準備は出来ているんだろうね?」
「勿論でさ」
ナジュタだけではない。牙の一族のミドも、最近は引退を決め込んで、面倒事を若者にやらせている。アルロデナでは、昔よりはマシだが、それでもある程度の力がなければ相手に舐められるのが常識だった。
乱暴なようだが、如何な財産を持ち合わせていても、最後は暴力、と言うのは亜人達の共通した認識である。八旗を中心とした亜人の連合は、前大戦で活躍した者達の世代交代の時期と重なり、古参の兵が集まらないという苦しい状況を抱えている。
もともと寿命もばらつきのある亜人達である。特に、最前線で活躍して来たミドのような大将級の参加が見送られたのは、如何にも痛い。
そんな状況が分かっているからこそ、ユーシカが気が重かった。
精々が足止め、それが分かっているからこそギ・ガー・ラークスも彼らにこの任務を割り当てたのだろう。
「斥候の報告によれば、そろそろ見えてくるはずだけどね」
本来命令を受けてすぐに動くのは不可能な軍隊において、それを可能としたのは、亜人達の連携の緩さと、戦に対する無知をユーシカが利用したにすぎない。
「準備が出来た奴からすぐに出発! ぐずぐずするんじゃないよ!」
自身先頭に立ってすぐに出発した彼らは、隊列などあってなきがごとしの有様で、てんでバラバラにユシカの先導に従って、エジエトの森へ向かっていく。
せめて地の利ぐらいは得なくては、まともに戦うことすら出来はしない。
「全く、どこかに明るい材料は落ちてないもんかね……」
彼女のため息は、誰に聞かれることもなく、吹き抜ける風に消えて行った。




