継承者戦争≪戦場へ≫
──オーク動く。オークの王ブイを筆頭に、総勢一万。
その飛報に、激烈かつ迅速に反応したのが、隣り合う魔獣の楽園を治めるギ・ギー・オルドだった。
その一報を耳にするや、膝を打って立ち上がる。
「──よし、戦争だ。オークの馬鹿どもを、食らい尽くしてやる!」
「いや、それでは、アルロデナに対しての反逆者になってしまいます! お考え直しをっ!」
必死に止めるギ・ブー・ラクタが腰に縋りついて止めるのを、牙を剥いて威嚇する。
「分かっている、あぁ、全く分かっているぞ。くそめ! ええいっ、忌々しい! なぜ奴らは、フェルドゥークにつかなかったんだ!」
苛立たし気に再び座りなおすと、鼻息荒く愚痴を言う。
「しかし、動かないとばかり思っていたオークは思い切った手を打ちました。これで東の境は手薄にはなっているでしょうが……」
ギ・ブーの言葉にも、無言を貫いてギ・ギーは不穏に吐き出す息は、荒いままだった。
「公然とオークを討伐出来る機会は逃した。この戦は、フェルドゥークが勝つことはない。ましてや、オークはアルロデナについたのだ。だが、おのれぇ……」
ギ・グー・ベルベナの花道に、余計な邪魔が入ったとギ・ギーは苛立つ。
最終的にアルロデナに味方をすることを決めていたギ・ギーにしてみれば、オークに先手を打たれたと言ったところだ。
ならば、己はどうすると考えて、ギ・ギーは臍を噛む。
「……南下せねばなるまい。配下に召集を掛けろ」
「東ではないのですね?」
念のため、確認を取るギ・ブーに舌打ちとともにギ・ギーは言い放つ。
「オークとはやれん。味方の足を引っ張る様な勝手は、例え宰相殿が許したとて、この俺自身が許せんわ!」
「……では、ただちに」
苛立たし気に地平を睨むギ・ギーの下に、ギ・ジー・アルシルが一人の人間を連れてやって来た。
「どうした。随分と気が立っているようだが?」
「なに、上手く行かんものだと思ってな」
いくらか落ち着きを取り戻し、ため息を漏らしたギ・ギーは視線をギ・ジーの後ろに控える青年に移す。
「で?」
「アルロデナからの使者だ」
肩越しに振り返ったギ・ジーの視線を受け、ユーゴは挨拶と共にギ・ガー・ラークスからの書簡を渡す。
「……ふん、何もかもお見通し、か」
乱暴に頭を掻くと、書簡をギ・ジーに投げ渡す。顰め面をしながら、そっぽを向いたギ・ギーはどこか子供っぽくすらあった。
「なるほど……さすが四将軍筆頭というわけか……」
──南へ下り、ギ・グーの退路を絶て。
簡潔にして明瞭、そして今の事態を予測していたかのような、時期を得た命令に、ギ・ジーは頷いた。
「使者殿、戻ってギ・ガー・ラークス殿に伝えられよ。ギ・ギー・オルドは確かに命令を承ったとな」
「ああ、わかった」
そう言って踵を返す使者を見送って、ギ・ジーは、親友とも呼べるゴブリンに問い質す。
「本気で、ギ・グー殿を討つつもりか?」
「……仕方あるまい。先ほどオークどもが動き出したと連絡があった。無粋なオークにギ・グー殿の首を挙げられるわけにはいかん。ならば、いっそのこと……」
我が手で、と口に出さない本音は、ギ・ギーがギ・グーを畏敬するが故だった。
「やる以上手は抜かん。正面にいるのは、グー・タフ・ドゥエンの小僧だろう? 捻り潰してくれるわ」
わざと声を荒げて、自身を奮い立たせるギ・ギーの姿に、ギ・ジーは肩を竦めた。
「それよりもさっきの使者、気が付いたか?」
「ん、なにが? お前が連れて来たのだから、気に入ったのだろうと思ったが……」
「あれは、ギ・ゴー・アマツキ殿の息子らしい」
「なにっ!? 人間だろう?」
先ほどまでの怒りはどこかに吹き飛んだように、素っ頓狂な声を上げるギ・ギーに、ギ・ジーは笑う。
「雪鬼のユースティア殿と婚礼をあげだろうが!」
「いや、だからといって……うむむ。ギ・ゴー殿の息子にしては、少し軟弱ではないか?」
長身痩躯なれども、まるで岩から削り出したような強靭な筋肉と、睨んだだけで敵を殺しそうな視線。蓬髪とそこから延びた一本角。相対する者に死を運ぶ恐怖の塊。それがギ・ギーの中のギ・ゴー・アマツキの印象だった。
一対一で相対して逃げ切れる自信は、きっぱりとない。
剣に狂い、人を斬ることに生きがいを感じるようなあの、ギ・ゴー・アマツキが子供を作るなどと、しかも如何に剣の一族と言っても、人間相手にするなど、ギ・ギーは、半信半疑ですらあったのだ。
「そうかな? 新しい時代の、新しいゴブリンだろう?」
「古き者は滅びるのみか?」
立ち去った使者の姿を追いかけた視線の先には、背丈ほどもある剣を背負った背中だけが見える。それをギ・ギーは見送って、鼻を鳴らした。
「何にしても、俺も出る。どうする?」
「付き合おう。せめてそれぐらいはせねばな」
オークとゴブリンの共存を願う義理堅きギ・ジー・アルシルは、反オークの急先鋒たるギ・ギー・オルドの傍にあってなお、その願いを諦めてはいない。
ただ、自分の願いを強制をするほど押しつけがましくもなれないだけだった。
◆◇◆
オークに続いて、双頭獣と斧の軍も動く事態は、今まであった斧と剣の軍の優位性を根本から突き崩すものであった。
突貫工事で続けられる西都の戦線の砦の増改築は、破城槌と兜の軍の全力を挙げて繰り返されていた。昼も夜もなく続けられる工事に、慣れているはずのゴブリン達ですら悲鳴を上げたが、それを押し切ってグー・タフ・ドゥエンは強行する。
一刻いや、半刻でも、この砦で時間を稼ぐことが、彼に与えられた役割だった。
それだけフェルドゥークの本隊は、アルロデナの軍と対等の立場で戦える。だからこそ、自分自身と己の指揮下の四千の命全てを捧げてでも、砦の先へアルロデナの軍勢を通すわけにはいかなかった。
砦に籠ってばかりいるだけではなく、少数ながらも斥候を出し、昼夜の別なく監視の態勢を整えたグー・タフ・ドゥエンだったが、その斥候からもたらされた情報は、最悪を更に下回る報告だった。
「……来るべきものが来たか」
にやりと、口の端を吊り上げて笑ったのは、精一杯の強がりとしても、部下達の動揺に一定の歯止めをかけることには成功した。
「敵は、オークに、ザイルドゥーク。東征の大戦を生き延びた本物の英雄が相手だ」
居並ぶ部下に、グー・タフ・ドゥエンは笑い声を上げた。
「胸が躍るわ! そうだろう貴様らっ!」
不敵な笑みを浮かべてそれに応えた部下に、満足そうに頷くと、手早く指示を下す。
「大兄に連絡だ。我の正面に敵影あり、見える旗は、大樹に円盾に双頭獣と斧の紋章旗! 総勢は、約四万五千」
拳を胸の前で打ち鳴らし、部下達に防備を固める指示を出す。
「本隊との連絡を密にせよ。奴らが仕掛けてくるとすれば、アルロデナの本軍と連携するはずだ。部下他達には休憩を取らせつつ、工事を進めさせろ。まだ時間はあるぞ!」
活き活きと指示を告げるグー・タフ・ドゥエンに触発されたかのように、部下達も機敏に動く。
西都に相対する敵は、今なお意気軒高だった。
◆◇◆
ギ・グー・ベルベナ率いる本隊は、グラウハウゼを占領し、その一帯の支配権を確立していた。立て続けに送られて来る南方諸都市の陥落の報と、西都正面にオークとザイルドゥークの軍勢が加わったことに対しても、動揺の欠片も見せず、着実にその支配領域を広げていった。
グー・ビグ・ルゥーエの長槍と大楯の軍、暴徒軍そしてフェルドゥークの本隊の力は無人の野を進むが如く、諸都市を陥落させ、その支配下に置く。
北は、臨東に隣接し、西は西方八砦までをその支配下に置いた。南はクシャイン教徒の都クルディティアンの圏内まで勢力を伸ばし、東はファティナ近郊まで。
恐ろしく順調なその侵略速度は、暴徒軍の戦力化が、思った以上に迅速に成り立ったからだった。
少数の戦いから、大規模な会戦まで、そのほとんどで暴徒軍が勝利を収めたのは、ひとえに、参謀役として適切な助言をしたユアン・エル・ファーランとその助言に従った暴徒側の代表者達の判断の結果であった。
地理に精通したユアンの助言は、戦略戦術からさらには謀略の類にまで及ぶ。
「……本当に、家族に害は加えないのだな?」
「ああ、無論だ」
フェルドゥークの侵略に対し、抵抗空しく陥落した都市は略奪の対象とされたが、それは財産だけに留まった。その頃になると、暴徒軍の中心は、誰がどう見てもユアンとなっていき、彼の意見が採用された結果だった。
捕虜になった者を最前線で戦わせ、自軍の損耗を少しでも減らす。
当然家族を人質にとって、という戦略を躊躇いなくできるほど、暴徒軍は恥も外聞も既に無い。冷ややかな目でそれを眺めつつ、ユアンは招待された屋敷に足を向ける。
暴徒軍の代表は十七都市の代表者となっているが、それを裏で操るのはジョシュア・アーシュレイドだった。元シーラド王国官吏のこの男は、今日の事態を引き起こした策謀家として、得意絶頂にいる。だがそれも、先ほど届いた一報により、僅かずつではあるが狂いだしていた。
「あの少年が出奔したと連絡がありました」
部屋に入るなり、本題を切り出すジョシュアに、ユアンを無言のまま続きを促す。
「泳がせて情報を得ようと思っていたのですが、手を咬まれてしまいましたよ」
黒檀の机に、棚には古今東西の書籍が並び、座った椅子は紫檀が使われている。宝石などで飾り立てる必要もなく重厚な雰囲気を醸し出すその部屋は、かつてその自由都市の領主が執務室で使っていた部屋だった。
「で?」
問いかけるユアンの言葉は常に少ない。まるでそうしていなければ、本心が口を突いて爆発してしまうかのように、必要最小限の言葉で、返答を求める。
「殺してください」
「居場所が分からん」
「……知らないとでも思っているのですか? あなたが飼っている“犬達”のことを」
振り向いたジョシュアの目は血走り、笑おうとして失敗した口元は歪んでいる。
「何のことだか、わからんな。それに、俺はお前に護衛として雇われたはずだ。暗手になった覚えはない」
「ほぅ、私が、貴方の懇意にしている相手を知らないとでも?」
「……」
無言のままに目を細めたユアンに、ジョシュアは、笑う。
「話にならないな」
その笑みを、まるでつまらないものでも見るように一瞥したあと、ユアンは背を向ける。
「待ちなさい。ユアン、お前はっ!」
それ以上の言葉は、閉めた扉に遮られてユアンの下に届くことなく消えた。一人で歩むユアンの耳元に声が届く。占領下の街の喧騒に紛れた声の主は、指向性を定めて声だけを飛ばす術を心得た“犬”と呼ばれた者達だった。
「あの者消しても?」
「必要ない。舞台は整っている。これ以上あの小才子が何をしようと、結末は変わらんし、興味もない」
「では?」
ユアンもまた、行きかう人の群れの中で、小さく返答する。
「お前達に頼むのは人探しだけだ。その約束だろう」
喧騒を抜け、宿に辿り着いたユアンは外套を脱ぎ、帯剣を外した。その前に音もなく膝を突く、黒尽くめの女の姿。
「……我らあの者に使い捨てられるところを、拾って頂いた恩義があります」
寝台に腰かけたユアンは、何らそれに感情を動かされることもなく、口を開く。
「いらぬ感傷だ。俺などに入れ込めば、滅びるだけだと最初に言ったろう」
「我らも最初に、言いました。恩義を果たすまでは、お傍を離れません」
無表情の仮面を張り付けるユアンの口元が僅かに緩む。
「……その頑固さは、嫌いではないがな」
「ではっ!」
「俺が死んだ後、アリエノール様を守れ。俺が言えるのは、それだけだ」
「……はい」
何度も繰り返したそのやり取りは、未だに黒衣の女は納得できないのだろう。死を想い定めたような、目の前の男が、どうにかして生きる術を見つけてくれないかと、忸怩たる思いを抱かずにはいられない。
貴方が命を賭して成し遂げなければならないことなど、きっとないのだと、平穏な暮らしに戻っても誰も責めはしないのだと、女は叶わぬ思いと知りながら、思わずにはいられなかった。
血塗られた己の一族の宿業ゆえに、口が裂けても女はそれ以上は言えない。
平穏など、まやかしの中のものでしかないと、女は知り過ぎるほど知っているのだから。
「ザフィーユ」
呼ばれて女は初めて顔を上げてた。
「配下に振舞ってやれ」
そう言って渡される袋一杯の銀貨に、彼女は眼を見張る。
「……これは、受け取れませぬ。未だ何事も……」
「これから忙しくなる。前払いだ」
「ですが……」
強引に渡された袋の重みがザフィーユと呼ばれた女には、分かり過ぎるほど分かっていた。この金で一族の子供らは飢えずに済む。
「もう行け」
「はっ……では、失礼いたします。我が主」
迷惑そうに眉を顰めただけで、無言を守ったユアンの前からザフィーユは消えた。
「もう少し、もう少しだ……」
震える手で鞘に入った長剣を握り締める。
復讐の炎に身を焦がす男は、待ち続けている。いつ訪れるとも知れない、その時を。
◆◇◆
情報組織自由への飛翔の盟主ソフィアは、目の前の青年が無事に戻って来たのことに、深い安堵を覚えていた。
ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、彼の成果は十分以上に果たされたとしても良いのだ。
「対価がもらいたい」
「ええ、分かったわ」
案内した部屋の中で、終始ソワソワと視線を彷徨わせる様子は慣れていないのか、それとも早く対価の支払いを受けたいのか、と考えてソフィアは後者だろうと当たりをつけた。
「まずは、ごくろうさまでした」
前置きを省略し、そう言って彼女が置いたのは、金貨の詰まった袋に、便箋が一通。
「……金は、もらう約束じゃない」
「こういうのは、心づけというものよ。覚えておきなさい」
「……」
眉をしかめる青年を確認して、ソフィアは更に言葉を継ぐ。
「あって困ることはないんだから」
「……ああ、分かった。その……ありがとう、ございます」
少し頬を染めてから袋に手を出した青年──ユーゴ・アマツキに、ソフィアは満面の笑みで頷いた。
「よろしい。少年はそれぐらい素直な方がね」
「子供扱いは──」
「そこでそういうことを口に出してしまうのが、お子様というものよ。雄弁は銀、沈黙は金なりというでしょう」
口を閉じたユーゴに、ソフィアは一通の便箋を差し出す。
「これが、本命」
差し出された便箋に、ユーゴの視線が鋭くなる。
「差し出がましいようだけど、彼の居る場所は危険よ」
「……それでも、俺には目的がありますから」
「貴方の剣の腕は卓越したものよ。それは知っている。だけど、それだけで生き残れるかは……」
心配をする彼女の視線に耐えかねて、ユーゴは視線を泳がせる。
「……ご助言ありがとうございます。それでも、変わることはありませんから」
ユーゴの視線はソフィアの差し出した便箋に注がれている。
「……もし、何かあればエルクスを頼りなさい。見分け方は教えたわね?」
「わかりました。もし、その時があれば、お願いします」
頷いた青年の目をしっかりと見返して、ソフィアは便箋を引き渡す。
「……北部自由都市、ここに?」
「情報では、西都から護民官リィリィ・オルレーアと共に北に向かったそうよ」
「オルレーアって確か……」
「緋色の乙女、魔剣空を斬る者の騎士、白銀と緋色の剣士、まぁ呼び名は様々だけどね」
肩を竦めたソフィアに、ユーゴは考え込む。
だがそれもすぐに考えをまとめると、礼を述べてソフィアの前から退出する。
「子供を放っておけないっての言うのは、年を取った証拠なのかしら……?」
特大の問題児はとりあえず片付いたのを確認し、ソフィアは、もう一人の問題児が少女を連れて、赫月から逃げ回っている現状にため息を吐いた。
泣きついて来るのが先か、それともレッドムーンに掴まるのが先か、どちらにしても一度渡りはつけておかねばならない。
「……ダメな子ほど、可愛いっていうけど」
それからしばらく身支度を整えたソフィアは、馴染みと言って良いレッドムーンの本部へと足を向けた。
◆◇◆
「斥候からの報告です。距離は約三日、総数約六万七千、先頭を進む紋章旗は、虎獣に槍、続いて赤き太陽と黒月、三足駿馬、その他にも国として参加しているのは、四つに連なる鉄の盾、王冠に太陽」
鉄の国エルファ、聖王国アルサス東征により滅んだ国の旗を掲げるのは、生き残りを担いだ者達の軍勢であろうと、ギ・グーは報告から推察する。
「続いて血盟では戦乙女の短剣、偉大なる血族」
東征を終えて後、戦争をできる規模の血盟を維持しているのは、この二つだ。赫月も規模だけなら拡大しているが、戦争をできるほどの血盟ではない。
「地方勢力からは、火蜥蜴に円楯、水長蛇、四枚羽の蜂、砂鯨、それに太陽に八旗」
妖精族の各氏族からの参戦、そして亜人の連合軍。
「そして……我がフェルドゥークの長剣に円楯」
ざわりと、その場に集まった者達にざわめきが奔る。
「……メルフェルンは、向こうについたのか」
暴徒側の代表者の小さな声が重なり、会議の場は騒然となったが、ギ・グー・ベルベナの高笑いによってそれは打ち消された。
「相手にとって不足はないな」
ギ・グーの言葉に、グー・ビグ・ルゥーエは笑って答えた。
「どれもこれも、我らの力の前に捻じ伏せた者どもばかりですな」
戦わずして軍門に降ったエルフ達、ブラディニア、戦って捻じ伏せた亜人、壊滅にまで追い込んだエルファとアルサス。傭兵同然の血盟など、恐れるに足りない。
「問題はアランサインですが、彼らもシーラドと戦ったとは言え、長い間戦を経験しておりません。鍛え続けた我らとは、一線を画します。問題ありませんな」
敢えて、グー・ビグ・ルゥーエは、メルフェルンに触れなかったが、それに気づいたのは、ユアンだけだった。その他の者達は景気の良いグー・ビグの言葉に、勝利を確信して意気上がる。
「決戦の場所は、アクティエム平原」
西方には山地、南には森林地帯が広がり、東西を走る宝石街道を中心として広がる平原だった。
「早速情報を集めます」
頷いたギ・グーを確認して、暴徒の代表者達は一斉に退出していく。
未だ地図を睨むギ・グーにグー・ビグ・ルゥーエは声をかけた。
「西方は、ギ・ギー・オルド殿とオークどもの四万五千、グー・タフ・ドゥエンはどこまで持ちますか……。既に敵は陣前に布陣を終えているようです」
「ふむ……辺境将軍が指揮を執れば、あの二人もまとまるか」
「御意」
ギ・グー・ベルベナも、以前の三国同盟との戦いを忘れてはいない。我の強いゴブリン達を説得してまとめた辺境将軍シュメアの手腕は、健在と考えて良いだろう。
「ギ・ズー・ルオは、やはり来ないようだな。それにギ・ヂー・ユーブは間に合いそうにないか……」
どこか惜しむような声に、グー・ビグは話題を変える。
「兵は、東方の小さな島国を攻略中とのことです。そしてもう一つ、後方の補給線を侵す弓と矢の軍……」
「暗黒の森の守りは、ギ・ビーに任せている」
「はっ……」
広がる地図に置かれた兵棋を、愛おしそうに見下ろすギ・グーは、口元に笑みすら浮かべてその盤面を読み解く。
「プエル・シンフォルアは前線にきているという情報はあるか?」
「いいえ、王都にて後方支援に徹しているとのことです。偽情報の可能性もありますが……」
情報戦では一歩も二歩も後れを取っていることを自覚しているグー・ビグは、言葉を濁すが、ギ・グーは笑ってそれを否定した。
「やはり、甘いな宰相……戦にとことん向き合わずして、どうして国が治まるものか」
戦は勝たねば意味がない。
自分自身の居るべき場所を見誤っているのは、プエルの甘さであるとギ・グーは嘲笑った。
「ギ・ゴー・アマツキも不在か……」
目を細めたギ・グーは考え込むように、その視線を地図に走らせる。
「紋章旗は確認されておりません。かの御方の影響力は大きいため、軍に参加しているなら必ず喧伝するものと思いますが……」
「ふむ……ありえるか?」
小さな声で自問自答するギ・グーは、視線を上げて佇む一匹のゴブリンに視線を向ける。傷だらけの身体を誇るように、黙ってギ・グーとグー・ビグの話を聞いていたゴブリンは、自身に視線を向けられたのを感じて目を見開く。
「ギ・ベー・スレイ」
無言の内に進み出るゴブリンの視線は、睨むように鋭い。
「グー・タフ・ドゥエンの戦場を助けて来い」
「……狙う首は?」
「魔獣王ギ・ギー・オルド。あ奴にも少し、昔の熱を思い出せてやろう」
片腕のゴブリンが、槍を背負い直すのと、獰猛に笑ったギ・グーが、地図に向かって拳を振り下ろすのはほとんど同時だった。
「さあ、戦だ。我らの、我らだけの戦だ!」
吠えたギ・グーの声に、控えていた上級から下級の指揮官級ゴブリン達が立ち上がる。
血塗られた戦場へ、暴風吹き荒れる戦場へ、彼らの追い求めた戦場へ。
目の前には、この大陸で最も偉大な男が築いた国がそびえたつ。
ならばこそ、相手にとって不足はない。
かつて追いかけたその背中とともに、その王国を倒し切る。
それでこそ、ギ・グー・ベルベナだ。それでこそ、稀代の反逆者だ。
内に燃える炎を吐き出すように、猛るギ・グーはフェルドゥークを率いて戦場へと向かおうとしていた。




