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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
34/61

継承者戦争≪オークの参戦≫

 黒き太陽の王国(アルロデナ)側の反撃が火を噴いたのは、南方に進出した弓と矢の軍(ファンズエル)の戦線からだった。十七を数える反乱勢力の都市のうち、速やかに七都市を抜いてその補給を寸断すると、残る十の都市を攻略にかかったのだ。

 主力をギ・グー・ベルベナ率いる斧と剣の軍(フェルドゥーク)に合流させたために、最低限の守備人数しかいなかった諸都市は、ファンズエルの猛攻に成す術なく陥落し、黒き太陽の王国(アルロデナ)側へとその支配権を移す。

 フェルドゥークの主力が、ゲルミオン州区の支配権を固めているうちに、ファンズエルは南方地域の暴徒側の諸都市を次々と攻略し、結局、その支配権を取り戻すのに20日をかけず十七都市を攻略することになる。

 今まで治安維持に当たり、攻略戦にはほとんどその実績を見せなかったファンズエルが、見事なまでの手際の良さで攻城戦を繰り返すのは、フェルドゥークに合流した暴徒達にとっては完全に予想外だったと言って良い。

 ただ、ゴブリンの四将軍達の中では決して驚かれることではなく、東征においても植民都市ミドルドを攻略したファンズエルの実力を、再確認しただけに終わった。

 大陸各地に駐屯するファンズエルの≪砦≫で、攻城兵器を組み立てるとともに、主力がいる戦場の一番近い≪砦≫から必要な兵器を調達し、次々と都市を攻略していく。

 それは、もしファンズエルが東征において治安維持ではなく、攻勢に参加していたならば、どれほどの国と都市を落としていたのかと、後々まで語り草になるほど鮮やかな手並みだった。

 20日をかけず、反乱に組した諸都市を攻略し終えたファンズエルは、そのまま進路を西にとる。

 その先にあるのは、西方大森林。

 昼なお暗いゴブリン達の故郷であり、フェルドゥークの本拠地と言える地域である。4氏族の英雄たるラ・ギルミ・フィシガは、徹底してフェルドゥークの補給線を叩き潰すべく、進路を取った。


◆◇◆


 黒き太陽の王国(アルロデナ)の反撃の情報はすぐさま大陸各地に響き渡った。それは諜報組織自由への飛翔(エルクス)の情報網を使って各地の敵と味方への喧伝の結果である。味方には士気を上げる為、敵には追い詰められたと錯覚させるため、それぞれの効果を狙った情報戦である。

 特にアルロデナの民衆に対しては、彼らの軍勢が優位に進めていることを印象付けねばならなかった。西都が寸断された今となっては、消費は落ち込み、経済活動は低調にならざるを得ない。だがその傷を最小限にとどめる為にも、アルロデナは勝利しつつあると喧伝し続けねばならなかった。

 ファンズエル勝利と言うエルクスの情報に、最も過敏に反応したのは、意外にも敵ではなくオーク達であった。それは、彼らの独自の情報網が並び立つ勢力の中で最も脆弱だったためと言える。

 オルド領と西都に挟まれた彼らの領地には、情報が入ってくるのが遅く、また少ない。少なくとも、敵対的なオルド領からは入ってくることはほぼないために、どうしても西都のヨーシュを経由した情報に頼らざるを得ないのが、オークの情報網の脆さだった。

 大族長ブイはアルロデナの総司令官ギ・ガー・ラークスからの書簡を受け取り、目の前の使者に剣呑な視線を向けざるを得ない。

 フェルドゥークの領域を突破して、オークの領域に辿り着いたのは、少年と言って良い年齢の使者だった。

 ブイが目を通した書簡に、違和感を感じて瞬きする。ギ・グー・ベルベナの叛乱に際して直ちに出兵しないことへの叱責、国境警備の厳守、反乱軍を匿うことがないようにとの、注意喚起、たが、当たり前にあるはずの出兵要請が欠落していることに気が付く。

「……」

 沈黙を以って考えを巡らせる。

 最低限の要請をしている、と考えれば良いのか。それともそこまでの期待をオークに持っていないのか、あるいは、ギ・グー・ベルベナの叛乱を皮切りにオークを含めた不穏分子を一掃する腹積もりなのか。

 オークの戦力として考えられるのは、一万五千程度の兵力だった。

 全ての戦士に、鉄製の鎧と十分な武器を与えて、指揮官級のオークも十分育ってきた。この戦力が、あるいはギ・グー・ベルベナとギ・ガー・ラークスの決戦に際して味方するかどうかは、大きな分かれ目であろうと、ブイ自身考えていたのだが、書簡を見る限りギ・ガー・ラークスはそれを当てにしてないように感じた。

 それはそれで、どこか釈然としないものがある。

 オークには、いやブイには大望がある。いつの日か、ゴブリン達の天下を覆し、オークの天下を作り上げるのだ。

 ゴブリンの王が死んだ日から、それはブイの中での野望になっていた。

 それが、今かと問われると彼は否と考えざるを得ない。

 確かにギ・グー・ベルベナは強い。戦場で最も戦いたくないのは、ゴブリンの中でギ・グー・ベルベナの斧と剣の軍(フェルドゥーク)に違いない。彼らから来ていた勧誘の使者は、最近ぴたりと止んだ。

 それはギ・グー・ベルベナがゲルミオン州区へと進出した時期と重なる。

 ギ・グー・ベルベナの性格から考えて、必要がなくなったと考えるのが妥当だった。

「返事が聞きたいんだが」

 目の前の使者の言葉に、思わず深い谷を刻んでいた眉間を僅かに開く。

 使者、と名乗る割に、ゴブリン臭い人間だった。しかも年若く、少年とすら言える年齢。詐術を疑いもしたが、使者を名乗る青年が要求したのは、返事のみ。

「……」

 考えを中断させられたブイが睨むように視線を向ければ、それを察した手下が怒鳴る。

「黙って待っていろ! 食っちまうぞ、若造が!」

 その怒声に悪びれることなく肩を竦めてため息を吐く年若い使者。

 胆力あるその様子に、ブイは返答を一時保留にして、若者から情報を手に入れられないかと口を開く。

「使者殿、お役目ご苦労……返答はしばし待ってもらいたい」

「どの程度?」

「三日で結論は出る」

「分かった」

 ぶっきらぼうなその言葉に、会話の糸口を探るブイだったが、取り付く島もなく使者の青年は会話を打ち切った。

「……返答までの間使者殿には、我が館に宿泊してもらいたいと思うが、いかがか?」

「それで構わない」

 怒りに牙を剥きそうな配下達上級オークの怒りの視線を受けても、尚平然としている使者自身に、ブイは初めて興味を持った。

「良かろう。使者殿を案内せよ」

 黙って案内される使者の背を見送って、ブイは独りオークの行く末を考えねばならなかった。


◆◇◆


 オークの勢力は、東を西都、西には魔獣の楽園オルド領を抱えており、北西には狂獣の君臨するルオ領が存在する。ゴブリンの王から人間勢力への壁として領地を与えられたブイは、その勢力を南北に拡大していくしかなかった。

 それ以前のオークの王に比してブイが傑出していたのは、その統率だった。

 それまでは単独から多くても五匹以下の少数での狩りを専らとしていたオーク達は、ブイの出現と彼の統率による大規模な集団での狩りを覚えていく。

 それは集落の形成にも多大な影響を及ぼしていた。数ある集落は、全て歩いて半日程度の距離に作られている。いざと言うときの防衛網として複数の集落を繋いだ防衛線の構築は、人間勢力と日々敵対せざるを得ないブイの生存戦略だったと言って良い。

 そしてそれは、西側のオルド領に対しても向けられている。

 魔獣を食料とするオークと、魔獣を育てるゴブリンの獣士では、敵対理由は明白だった。

 オークの王ブイは、西都の進める商圏の拡大にも積極的だった。彼の高い知性は、人間であろうとゴブリンであろうと、そしてその他の亜人であろうとも、もたらされる利益と不利益を図ることに、曇り生じさせることはない。

 傭兵としてのオークの輸出に始まり、狩った魔獣の牙や、皮の加工、ゴブリンよりも元々力のあるオークを西都を中心とする土木工事の人員として差し出すこともあった。

 そうして貯めた金で彼は軍備を整える。

 オークの鋼のような体を、さらに鉄製防具で覆い、切れ味は鋭くなくても、折れず曲がらず、蛮用に耐える鉄製の武器。力と体力のあるオークの利点をさらに拡大させるべく備えて来たブイは、オークの勢力をかつてないほどに強めていた。

 あるいは、王を失ったゴブリン達よりも、明確な指針を示され弛みなく歩み続けるオーク達は、勢力を逆転させる日も遠くはないのではないかと思わせるほどに、その勢いは力強かった。

 ゴブリンの王亡き後、人間勢力は敵対勢力ではなく友好になったが、それでもブイは自らの路線を変えようとはしなかった。

 オークの領域内には、引き続き防衛の拠点として集落を形成し、鉄製武具で装備を整えていく。そして気づけば、ブイの下には、一万五千の精強たるオークの軍団が出来上がっていた。

 牙、拳、爪と名付けられた三つの軍は、それぞれに四千の編成からなる。

 そしてさらにオークの王ブイを守るための親衛隊が三千。

 上級オークとして指揮官たるべきブル・オーク、その下に下級指揮官としてオーク・リーダーがそれぞれ存在し、強固な団結の下でブイの号令を今や遅しと、待っているのだ。

 それを意のままに動かし、かつて組み敷かれたゴブリン達を想うさま蹂躙したい、との誘惑はブイの中にも確かに存在した。

 今はもう、恐れるべきゴブリンの王は居ないのだ。

 賢明なる王、畏怖すべき王、大陸踏破の覇王、偉大なるゴブリンの王……。

 ブイの中で、恐れるべき唯一の、敬意を表すべき無二の王。

 だがその誘惑は、破滅の罠だとブイ自身は思っている。そう思うからこそ、決断に迷うのだ。

 如何に精強なるオークの集団を備えていると言っても、無傷で勝ちを収めることは不可能だった。戦術では、宰相プエル・シンフォルア、技の巧緻ではゴブリンに一枚か二枚は劣る。

 それに、戦奴隷を使って野戦築城までやってのけるフェルドゥークは、集落を多数保有するオークだからこそ分かる技術の高さは、オーク達をして瞠目させるものだ。

 まともに攻めては、決して抜けない。

 だからこそ、アルロデナにもフェルドゥークにも与しなかったのだが、ここにきてアルロデナの総司令官についたギ・ガー・ラークスの書簡である。

 それをブイは、オークの力を今後アルロデナは必要としない、と読まざるを得なかった。さらに穿った見方をすれば、必要としない者に、容赦はしないとも。

 かといって、フェルドゥーク側に付けば、これ幸いに、隣の魔獣王ギ・ギー・オルドはオーク領へ攻め込んで来るだろう。同じ大戦の英雄とはいっても、あちらは生え抜きのゴブリンに対して、一度敗北し従属を誓ったオークの扱いは、差があって当然だった。

 深いため息が、思わず漏れる。

「どうしたどうした!? まだ悩んでるのか!?」

 声をかけて来たのは、旗揚げ以来ブイを常に支えてくれたオークのグーイだった。

 今は一つの軍団を任せるブル・オークになっていた彼も、ブイと二人の時は形式ばった言葉遣いを敢えて止めていた。

「そりゃ、悩むよ。オークの将来に関わる問題だよ……」

 気弱なブイと言われていた頃を思い出させる情けない声を出すブイは、また溜息を吐いた。普段は燦然と輝き、オーク達に王の存在を印象付ける王冠までが、心なしか重そうだった。

「軍団の調子はどう? どっちで戦いたいって?」

「奴らの話なんか、聞くだけ無駄だよ。偉大なる王ブイの命ずるままにっ! だとよ。まぁ訓練はビシビシやってるから、調子はいいけどなぁ」

 地面に座り込んで胡坐をかくと、グーイは鼻を鳴らす。

「しかしなぁ、別にどっちについても良いんじゃないか?」

 豊かな髭を摩りながら、グーイは眉間に皺を寄せた。

「いや、どっちでもってことはないと思うよ。今のままじゃフェルドゥークは負けるだろうし、アルロデナにつけば、僕らは使い潰されると思うし」

「フェルドゥークに味方すれば、敗北を塗り替えられる。アルロデナに味方するならかつてないほどの恩賞を奪い取るぐらいの、強気で良いと思うけどなぁ」

 獰猛に笑って、グーイは鋼のような腕を叩いた。

「なんでそこまでグーイは楽天的なのさ」

 羨ましいよ、と情けなく愚痴るブイに、一瞬だけきょとんと目を見開いたグーイは、前にもまして獰猛な笑みを浮かべて笑った。

「なんでってそりゃ、お前が王様だからだよ」

 今度はブイが目を見開いて驚く番だった。

「え?」

「若い奴らの言葉じゃないが、精鋭鬼豚兵(オーク)一万五千、牙と爪を研ぐのは、ただ一戦のためだぜ」

 如何にブイが心を砕いてオークの兵を育て上げたかを、オーク達は皆知っている。やり方もわからない商売を軌道に乗せ、死傷者を減らす為に高価な鉄製武具を揃えた苦心を、オーク兵達は皆知っている。

「老いも若きも、男も女も、みんな言ってるぜ。我が王の為ならば、ってよ」

 下げたくもない頭を、自分達の為に下げ続けて来た王の優しさを、オーク達は皆知っている。

 それを、グーイは言葉にした。

「だからよ、お前の好きなように決めちまえよ。戦わなくたって別に構いやしねえさ。文句を言う奴らは俺達が力の限り打ち払ってやる。戦うなら、大陸中に響くぐらいの戦果を挙げてやる」

 ──我らの優しき王よ。偉大なるオークの王よ。

 グーイの言葉に、ブイは不覚にも目頭が熱くなるのを感じた。

「……ちょっと夜風に当たって来るよ」

「ああ、分かった。まぁ早く寝ろよ」

 ブイは、夜風に当たりながら巨木の傍に膝を突く。

 ──優しいブイ、どうしたの?

 久方ぶりに聞いたその声に、ブイは眼を閉じたまま返事をした。

「……ちょっと嬉しいことがあったんだ」

 ──そう、とても嬉しいわね。

「うん、そうなんだ」

 巨木の魔物(ドラリア)の声に、ブイは頷いた。

 翌日、オーク王ブイはアルロデナに味方することを通達。

 始まりの街(グラ・カナル)と言われたオーク領最大の集落に近衛三千、各軍団選抜の六千が集められた。その時にはもう、オークの王に相応しき威厳をもって、一万にも及ぶ兵を前にブイは、堂々と声を張り上げた。

「──時は来た! 我らの力を見せる時が!」

 しわぶき一つなく、近衛、牙、拳、爪のブル・オークを筆頭としたオークの戦士達は、王の言葉を待つ。

(つわもの)どもよ! 精鋭に相応しき我がオークの、牙よ、拳よ、爪よ! そして我が近衛よ!」

 気弱なブイと呼ばれていたころの面影など、微塵も感じさせないそれは、王の演説だった。

「矮小なゴブリンどもに、強者たる者の力を見せよ!」

 張り上げた声に応え、立ち上がるオーク達に、ブイは拳を掲げる。

「力をっ!!」

「「「力をっ!!」」」

 唱和する雄叫びは、森を大地を空を震わせる。

 蛮勇を信奉するオークは優しき王を頭上に戴き、大陸の行く末を決めるの戦いに名乗りを上げた。



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