表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
33/61

継承者戦争≪分断する戦線≫

 ギ・グー・ベルベナ率いる反乱軍は、植民都市ミドルドをその掌中に収めた後、軍を二つに分けた。それはギ・グーの意志と言うよりは、状況に迫られてと言った方が正しい。

 ギ・ガー・ラークスの仕掛けた策略は、魔獣王ギ・ギー・オルドの魔獣達と、オークの大族長ブイの兵をその自治区の境に張り付けることに成功していた。未だ旗幟を鮮明にしない彼らをして、ギ・グー・ベルベナの兵を割かざるを得ない状況を作り出したのだ。

 また、兵の数をしても続々と集まる兵士は時間と共にギ・ガー・ラークスの軍に合流していた。それを支える兵站も、後方に控えたプエルの手腕を遺憾なく発揮し万全に整える。

 大陸を貫く大動脈“宝石街道(ジュエルロード)”を通じて、南下するギ・ガー・ラークスの下には、情報と兵站を常に最新のものとして届けられ、さながら眼前にギ・グー・ベルベナの軍勢が見えているかのようであった。

 西都を拠点として防衛線を張った辺境軍に相対するのは、ギ・グー・ベルベナの右腕と目されるグー・タフ・ドゥエン。己の率いる破城槌と兜の軍(バードゥエン)及び歴戦の戦奴隷を率いて、西都から更に魔獣王とオークの領域を割り当てられた。

 その数4000。

 もし、魔獣軍とオークの進撃が始まった場合、とてもではないが、耐えうる数ではない。

 それでもギ・グー・ベルベナが己の右腕と頼む者を派遣したのは、そこに勝算を見出すからだった。

「堀、柵、そして投石機……我らが培い得たものは、数の差に負けることなどない!」

 配下のゴブリンを叱咤し、グー・タフ・ドゥエンが相対する辺境軍と日和見を決め込んだ東征の英雄たちの前に作り上げたのは、長大な砦だった。

 三重の堀と柵、逆茂木、その後ろには投石機が控え、罠に足を止めた者達に容赦なく降り注ぐ準備は万端であった。

「気前よく使えよ。なにせ資材はミドルドから取り放題だからな!」

 家々を壊しさえして、必要なところから必要な分だけ、破城槌と兜の軍(バードゥエン)は資材を調達し、十日という短い期間で長大な砦を作り上げ、そして補強を常に続けていた。

「シュメアの姐さん、ありゃぁ……ちょっとまずいですぜ」

 西都の城壁の上から、額に手をかざしてそれを眺める辺境軍。その中にいた建築士の男は、酷く不機嫌そうに辺境将軍シュメアに告げた。

「ん? 普通の砦に見えるけどね?」

「いやいや、並みじゃないですよ。ほら、あそことあそこ、柵の間隔が短くなったり、広くなったりしているでしょう?」

 男の指さす先には、確かに等間隔に置かれていた柵と堀の幅が不揃いの場所がある。

「ああ、そうだね」

「ありゃ、罠ですよ。大規模な城を作る時によく使われる誘導路だ。あそこに入ったら身動きが取れなくなって殺されるのを待つだけです」

 僅かに高低差のある丘陵を利用し、正面から見えにくくするという工夫も忘れない。そのような仕掛けが随所にあるのが、眼前で出来上がりつつあるバードゥエンの砦だった。

「野戦築城って段階を踏み越えてるね……攻められるかい?」

「気が進みませんなぁ……万単位の損害を出しても良いなら、やれることはやれるでしょうけどね」

「それがやれそうなのは、隣の魔獣王さんか」

「あそこの獣、今は高値が付きますからねぇ……やりますかね?」

「やらないだろうねぇ……聞いた話じゃ随分商売にも熱心らしいし」

 ため息を一つ、シュメアは眉を顰めて攻めるという方針を放棄する。

「攻めるのは止めておこうか」

「賢明ですぜ」

 だが、そこで終わらないのが辺境将軍シュメアという女傑だった。

「けどまぁ嫌がらせぐらいはしようか」

 弓兵と工兵を動員して、投石機とともに隊列を組ませた弓兵を準備すると、自身がそれらを率いて砦の間近まで行き、弓を射かけ、投石をして悠々と引き返す。

 危ないからと、止める辺境軍の他の兵士に笑って大丈夫だと言い聞かせ、自身が先頭で進み、時には自ら弓を手にして矢を射かける。

「出てこないのかい? 国に逆らった逆賊と言っても、暴風の斧と剣の軍(フェルドゥーク)の兵士だろうに! その名が泣くってもんだよっ!」

 それにとどまらず、時には罵声すら浴びせてして砦にこもるゴブリン達を挑発する。

「相手にするなよ……あからさま過ぎる挑発だ」

 対するグー・タフ・ドゥエンは冷静そのものだった。

 苦虫を噛み潰したかのように、口を真一文字に引き結び、眉間に皺を寄せてシュメア率いる辺境軍の挑発を受け流すのみ。

「投石器で、脅してやりますか?」

「無駄なことだ。止めておけ。こちらには足がないからな……流石に見抜かれているか」

 不機嫌そうに鼻を鳴らすグー・タフの手元にいるのは、歩兵と工兵のみで騎馬兵はいないのだ。如何にバードゥエンの投擲が正確だと言っても、弓兵を精密に狙えるほどではない。

 また狙って撃ったとしても、彼らは何もしないまま見ているはずがなく、当然の如く回避行動をとるはずだ。先の西都軍との戦いでは、長槍と大楯の軍(ガルルゥーエ)が、突撃態勢であったために、散会して回避行動を取れば、そのままガルルゥーエの獲物になる。

 だからこそ、効果的に使えたのだ。

 ギ・グー・ベルベナにも、黒き太陽の王国(アルロデナ)全軍の指揮兼をギ・ガー・ラークスが握ったという情報は既に入っている。そしてその軍が、数を増やしながらも南下中とも。

 であれば、ギ・グーの取り得る戦術的には、北進してこれを叩くか、待ち構えて迎え撃つか、部隊を分けて動くのかという三択しかない。

 黒き太陽の王国(アルロデナ)を震撼させたギ・グー・ベルベナの反乱だが、プエル・シンフォルア率いるアルロデナの統治機構が倒れると言うところまでは当然ながら行かなかった。

 西都を中心とした地域を占領されはしたが、レヴェア・スーを中心とした大陸中央部から、大陸南方熱砂の神(アシュナサン)の大砂漠地帯、復興の進む大陸東部、銀嶺たる山々に囲まれた大陸北部は健在であり、アルロデナに対する各地の蜂起も鎮圧されつつある。

 さらに西都ですら、辺境軍の再集結により抵抗を続けている状態、西方大森林では撃破されたゴブリン各氏族が遊撃活動を活発化させている。

 フェルドゥークとしては、どこかでアルロデナの正規軍を撃破し、その武威を示さねばならなかった。それなくして反乱の成功はなく、またそれなくして、彼らの悲願も果たされはしないのだ。

「さて、一仕事終えたし、後は見張りをしっかり頼むよ」

「へい」

 シュメアはグー・タフ・ドゥエンへの挑発を終えると一兵も損じずに、西都に帰還する。

「それにしても、随分ゆっくりしてるんだね。虎獣と槍の軍(アランサイン)は……」

 かつて東征の際には、西方大森林から最前線であった旧エルファ領まで再編まで含めて2ヶ月でやってのけたアルロデナである。

 それと比較するのは流石に無茶であろうが、ギ・グー・ベルベナの反乱が起きてから時間は随分経っている。

「兵の数が足りないってわけでもないだろうに。ぐずぐずしてると……」

 彼女が懸念するのは、さらに西都からさらに東の地域。そこには、かつて騎士の王国ゲルミオンが存在した地域が広がる。臨東(ガルム・スー)、オルレーア領自治都市を始めとした、西都と王の座す都(レヴェア・スー)を繋ぐ大動脈。

 眉を顰めて一人歩きながら考えるシュメアの苦悩をよそに、西都を中心とした戦況は膠着の様相を呈していた。


◆◇◆


 一方、兵数が足りないのは反乱を起こしたギ・グー・ベルベナ側にこそだった。

 兵の数は勝利の為の絶対的条件ではないが、重要な要素であることは否定できるはずもない。あくまでアルロデナの主力はギ・ガー・ラークス率いる軍である。

 グー・タフ・ドゥエン率いるバードゥエンは、必要最低限の兵数で、蠢動するオークと魔獣王を迎撃せざるを得ない。

 一方、人間勢力を中心としてギ・グーの反乱に合流した勢力は、その指揮下に入ると同時に、直面した課題の解決のために、その進路を南に採ろうとしていた。

 その問題とは、兵站である。

 大陸全土から十全な兵糧・武器・情報・その他の装備品・医療品・補充兵を含めた兵站物資を、宰相プエルの才腕でかき集め、ギ・ガー・ラークスの下に送り続けるアルロデナと違って、ギ・グー側にそこまで整った兵站機能は存在しない。

 だからと言って、略奪に頼ってばかりでは決して長続きしないことは、反乱首脳部たるギ・グーを始めとした諸将は共通の認識であった。

 最悪現地で魔獣を狩ればいいと高を括れるゴブリンはともかくも、人間はその限りではない。温かい食事、快適な睡眠は、彼らの士気を保つ上でも必要不可欠なものだった。

 支配下に置いた植民都市ミドルドは、あまりにも最前線に近いため、荒廃の一途辿り、それ以外の衛星都市に後方兵站基地を設けねばならなかった。

 西都の戦況が膠着状態に陥ったことを確認して、フェルドゥークは軍議を開いていた。

「却下だな」

「なぜです?」

 暴徒軍から提案のあった大陸南部の都市の名前を聞いて、ギ・グー・ベルベナは一顧だにせず却下する。

「規模、距離、糧食の備蓄からしても、ここしかないのでは?」

 暴徒軍の代表は、恐る恐るギ・グーに意見を具申するが、それが受け入られることはない。動揺し、お互いの顔を見合わせる暴徒軍の代表達だったが、ギ・グーは丁寧に説明するつもりなどないらしく沈黙を守る。

 そうなると、暴徒軍の代表達の視線は自然とユアン・エル・ファーランへと向かう。彼らの後ろで黙って佇んでいることの多いユアンは、積極的に発言をするつもりはなく、意見を求められた時にのみ発言していた。

「……一つ、主力との連携が困難だ。そこでは遠すぎる」

 低いが良く響くユアンの声に、目の前の地図に視線を落とす暴徒軍の代表者達。確かに現在の主力たるフェルドゥークとガルルゥーエの位置からは少し離れているが、そこまで離れているようには見えない。

「この軍は、北上する」

 暴徒軍の代表者達は、驚いたようにユアンの言葉に目を見開き、ギ・グーの隣に座っていたグー・ビグ・ルゥーエは、鋭い視線をユアンに向けた。

「な、なぜ? 南下してくる敵軍を迎え討った方が準備が容易だろうに」

 暴徒軍の代表者の一人の言葉を受けて、ユアンは視線をギ・グーとグー・ビグに向けるが彼らは口を挟むことはしないようだった。

「確かに、待てば準備の時間は多く確保できる。だが、敵がそこにわざわざ来てくれる保証はない。彼らにしてみれば、我らを抑えつつ、西方大森林や南方地域の回復、さらに包囲して兵糧攻めすら可能だ」

 時間は、決してフェルドゥークの味方ではない。

 そして時間が経てば経つほど有利になるのは、アルロデナの方だった。

 西都を奪取し、経済基盤と兵站基盤を奪ってしまえばまた違った選択肢もあっただろうが、辺境軍が決起し、守りを固める西都を攻め落とすのは困難極まりない。

 それよりは、さらに北上し手薄な場所を攻め、さらにそこを兵站拠点としてアルロデナに決戦を挑む方が、まだ勝機がある。

「な、なるほど……」

 フェルドゥークからすれば不穏分子の一斉蜂起で足元がぐらついている今こそ、好機だった。逆にアルロデナからすれば、各地の鎮圧さえ終わってしまえば、反乱勢力の戦力はそれ以上増えることはないのだから、消耗戦でも良い。

 ギ・グー・ベルベナにギ・ガー・ラークスを当てつつ、別動隊を以って西方大森林を回復してしまえば、反乱は立ち枯れるしかない。

 ゆえに、フェルドゥークは立ち止まる間もなく進むしかない。未だ足元のおぼつかないアルロデナの首都に向かって進むしかないのだ。

 ユアンの発言を黙って聞いていたギ・グーとグー・ビグは、僅かに視線を交わしただけで、目標のみを告げる。

「これから進むのは、ゲルミオン州区、目標はグラウハウゼ」

 南にクシャイン教徒達の国ブラディニア女皇国の首都クルディティアン、北には臨東(ガルム・スー)、東には南方第一の大穀倉地帯を有するファティナ、そして西には堅牢なる西都。

 北西に眼を向ければ、かつてユアンがゴーウェンの意志を継ぎ、ゴブリン達を必死に防ぎとめた旧西方八砦跡が存在し、北東には、両断の騎士シーヴァラが領した土地が広がる。

 その先にあるのは、王都レヴェア・スー。ゴブリンの王が都と定めた大陸の中心だ。

 グラウハウゼから南へ視線を動かせば、実質ゲルミオン王国軍が壊滅したクロムシュトックの会戦跡地は、一日半の距離にある。聖騎士ヴァルドー、王太子イシュタールの死した地に、ユアンは一度だけ目を閉じた。

 目を閉じればすぐにでも目に浮かぶ懐かしい顔と無念の思いに、ユアン・エル・ファーランは、目を見開く。フェルドゥークの行き先を聞いても、表情は無表情のままだった。

「グラウハウゼ一帯であれば、容易に収用は可能だ」

 付け足したユアンの言葉は有無を言わせぬ力がある。

「だ、だがこれでは……敵の包囲の中に進んでいくようなものではないか」

 弱気な暴徒側の代表の言葉は確かに、的を得ていた。西には辺境軍。北にはアルロデナ側の諸都市、東からはアルロデナ主力、南東はクシャイン教徒達。

 唯一南側は、フェルドゥークの勢力圏だが、グー・タフ・ドゥエンのバードウェンは西の抑えで手一杯だった。進んで死地に入る様な形成に、暴徒側が怖気づいたとしても不思議ではない。

「……」

 だがそれに対して、盟主たるギ・グーもその右腕たるグー・ビグも一言も発しない。ユアンは更に言葉を重ねざるを得なかった。

「それでこそ、だ。ここで一戦し、アルロデナ主力を破れば主導権は完全に握ることが出来る。レヴェア・スー、西都、クルディティアン、大陸主要都市の三つを射程に収めるのは、ここしかない」

 ユアンの力強い言葉に、暴徒側は納得するほかなかった。

 本来なら、暴徒達の支配下の都市をもって後方兵站に充てるところ、ギ・グーはそれを却下し、さらに前進を選択する。

 ギ・グー・ベルベナ率いる主力は、その進路を西域からゲルミオン州区へと取った。西都を中心とした防衛線はあくまで必要最低限の戦力で抑えつつ、主力を以って北上し、ゲルミオン州区を侵略する。

 最大の都市は臨東(ガルム・スー)ではあるが、その領域面積は大きくない。自由都市とアルロデナの直轄領が複雑に入り組み、大きな勢力の無いのがゲルミオン州区の特徴だった。

 そこに、初戦の勢いそのままにガルルゥーエと暴徒軍が雪崩れ込む。暴徒軍の指揮を執るのは、南方で蜂起した彼らの代表者達。ユアンは決して表に出ようとしない。それは、ユアンを雇ったジョシュア・アーシュレイドも変わらず、暴徒達はガルルゥーエの降伏勧告の後、力攻めによる攻城戦を実施する。

 降伏を許されたのは、勧告に素直に従った比較的小さな都市のみだった。

 城壁のある中規模以上の都市は、残らず糧秣と税収の徴発に合い、降伏を拒否した都市は、焼き討ち同然に破壊された。

 アルロデナ直轄領及び自治都市の衛士達など、鎧袖一触に蹴散らしてフェルドゥークの暴風は吹き荒れる。

 グラウハウゼまでの中・小都市を攻略し、瞬く間にフェルドゥークはゲルミオン州区南部を中心とした領域を掌中にしたのだった。


◆◇◆


 ──フェルドゥーク、ゲルミオン州区に侵攻。

 この一報は、西都に衝撃を以って迎えられた。最も動揺したのはリィリィ・オルレーア。自身の領地がゲルミオン州区の北部にあるばかりでなく、北部と臨東(ガルム・スー)護民官(トゥリブヌス)の役職を兼務する彼女には、ゲルミオン州区の街道の治安を預かる責任がある。

 来援要請により、彼女は西都に手勢1000とともに来ていたのだが、その報が届くやすぐさま指揮官のシュメアに直談判して帰還を願い出る。

「申訳ありませんが、帰還をお許し頂きたく!」

 ゴブリン、オーク、人間などの混成部隊を率いて西都の来援に来たが、自身の領地が攻められているとなれば、彼女はその肩書においても自身の心情からも戻るのが筋だと思われた。

「今戻っても、無駄になると思うがね……」

「それでも、です」

 頑ななその態度にシュメアは頭を掻いた。

「戻りたいってんなら私は良いけど……」

 彼女が視線を向けるのは、ヨーシュ・ファガルミア。西都防衛の指揮はシュメアが執ることになっているが、西都の最高責任者はヨーシュなのだ。

「姉さんがそれで良いなら、構わない。ただし西都防衛の副指揮官の地位は返上してもらう」

 アルロデナ全軍の指揮兼を持つギ・ガー・ラークスから届いた書簡の内容を思い出して、ヨーシュは付け加える。

「無論の事です」

 頷くリィリィを確認して、ヨーシュはシュメアに了承を伝える。

「一人、同行を頼みたい」

 彼らの会話の中に入って来たのは、ゴブリンの偉丈夫だった。

 蓬髪から覗く角は、天に反逆する一本角。鍛え抜かれた身体を動きやすい衣服に包み、腰に差したるは二本の曲刀、背に負ったのは一本の直刀。

 ギ・ゴー・アマツキは、鋭い視線そのままに、彼らに提案していた。


◆◇◆


 アルロデナ全軍の中で、最も早く旧エルレーン王国地域へと到着したのは、ラ・ギルミ・フィシガ率いる弓と矢の軍(ファンズエル)だった。治安維持を主任務とする彼らの本隊は、各地に配置した≪砦≫から情報を収集し、シーラド王国軍と虎獣と槍の軍(アランサイン)の衝突を見極めた後、すぐさまその進路を南にとった。

 フェルドゥークがゲルミオン州区に入ったという情報を得ても、その進路は変わらず、その軍との直接対決を避けるように、彼らは南へ急行した。

 フェルドゥークの軍議でユアン・エル・ファーランが指摘した通り、ファンズエルはフェルドゥークとの直接対決をギ・ガー・ラークスに任せ、反乱地域の鎮圧に急行していたのだ。

 十七もの都市が反乱勢力の手に墜ちたというのは、治安を預かる彼らからすれば、何をおいても解決させねばならない問題であると感じたし、暴徒が合流したフェルドゥークは七万を号している。

 全軍でも八千しかいないファンズエルが、容易に勝てる相手とは考えられなかった。烏合の衆であればともかく、それを指揮するのがギ・グー・ベルベナであれば、烏合の衆でもそれなり以上の脅威であった。

「よろしいのですか?」

 髭のボルクの問いかけに、ギルミは頷いて肯定を返す。

「南部の反乱勢力を制圧し、奴らの補給を切る。なにも正面切って戦うだけが、戦いではない」

「ギ・ガー・ラークス殿はなんと?」

「現任務を続行せよ、だ」

「ふむ……気を使わせましたかな?」

 髭のボルクの言葉に、僅かにギルミは眼を見開き、次いで口の端を歪めた。

「ふっ……ならば期待に応えねばな」

 ラ・ギルミ・フィシガの妻であるラ・ナーサは西方大森林でガンラ氏族の族長であり、その維持と運営に責任を負う立場であった。幸いなことに、襲撃当時、ラ・ナーサはレヴェア・スーにいて、その難を逃れたが、だからこそ余計にガンラ氏族の根拠地アーノンフォレストを取り返す必要があった。

「将軍、前方に反乱都市メルマリドです!」

 エルクスに出向していた牙の一族の戦士ユーサラは、非常時ということもあり、ファンズエルに復帰していた。

「城壁に敵兵、数は100」

 続いて報告に来たのは妖精族の女戦士。

「確かか?」

 髭のボルクの問い返しに、頬を膨らませて彼女は反発する。

「ボクの目に狂いはないさ。鷹の目のクリスさんの目を信じなさいっての」

「一揉みに、潰せますな」

 ガンラの若き弓兵が、ギルミに確認すると、寡黙なオークの戦士が首を鳴らす。多種多様な軍勢を率いるのは、ファンズエルの特色だった。

「砦から投石機と破城槌は届いております。閣下……号令を」

 副官のボルクの言葉に、ギルミは頷く。

 折りしも時刻は、中天にはロドゥの胴体が昇る前だ。

「踏み潰せ」

 ギルミの号令と共に、ファンズエルによる南方攻略が開始された。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ