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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
32/61

継承者戦争≪亡霊≫

 その姿を例えるなら、二つの牙を持った敏捷な獣だった。

 疾走から抜剣の動きは、流れるような淀みの無さ。技術的には、決して褒められたものではなく、牙剥く獣同然の荒々しさがある。しかし、まるで本能がそれを求めているかのような、躊躇いの無さは、常人離れした剣速を彼女の剣に生み出していた。

 吐き出す呼吸すらも追い越す速度で、間合いを詰めての二連撃。踏み込む速度からさらに加速をしたその剣閃は、目にも止まらぬ速度で空気を斬る。

 敵の喉笛に寸分違わぬ円弧の軌道を描き、吸い込まれるように奔る銀光。凡庸な者であれば、見送るだけで終わってしまうそれを、ユーゴ・アマツキは当然の如く避ける。

 瞬き一つせずに銀光を見送ると、返す刀に戻って来る二本目の牙を見る事さえなく、その軌道から身を逸らす。二つ目の牙が通り過ぎると同時、低く疾走して来た獣の胴体が、さらに深く沈む。

 振り切った力に逆らわず、地面に当たる直前まで加速した力をそのままに、地面に拳を叩きつけるようにして次に襲い来るのは、足技。

 体の回転を利用して、間合いを詰めると同時にユーゴの顎を狙った足技が繰り出される。まるで曲芸じみた搦め手に、僅かにユーゴは面食らう。

 スリットの入ったスカートから覗く蜂蜜色の足が、確かな威力を伴って蹴りだされてきたのだ。空気すら切り裂くその蹴撃の威力は、間近に避けたユーゴの頬に傷を作った。

 蹴り脚の引き戻しも恐ろしく速い。

 逆立ちになった状態からの蹴りの威力がそこまで高いのは、天性の平衡感覚の為せる業だった。まるで鞭のように引き戻しの勢いを利用して、一度切り込んだ位置から距離を取るその間際には、既に二つの牙が鞘に収まっているという手際の良さである。

「おい! 本気でやるつもりなのか!?」

「……」

 後ろで悲鳴じみた叫び声を上げるヴェリンに、カーリアンは答えない。口からは唸り声を上げるのみで、眼前の敵のみ睨みつけている。

 彼女にとっての旅の目的。

 大陸最強の剣士の称号へ続く、鍵がそこにあるのだ。

 後のことなど知ったことではなかった。

 未だ涼しい顔を崩しさえしないユーゴ・アマツキの顔を引っ叩き、引き摺ってでもギ・ゴー・アマツキの目の前に引き出してやるのだ。

 そうすれば、カーリアンの挑戦を受けざるを得ないはずだった。

 去来する、悲しそうに笑う母の面影が、カーリアンの胸の奥を掻き毟る。彼女はより強く奥歯を噛み締めて、幻影の母に少しだけ待ってくれるように頼む。

「行きたきゃ、勝手に行け! アタシはこいつを倒す!」

 吐き捨てるように言ってから、剣を握る手が僅かに震える。

 母の死を看取ってから、ベルク・アルセンに手を引かれて歩き始めてからの、それは当然の帰結だった。

 母を殺した叔父を恨めるはずもない。

 病と闘い日々痩せ細りながらも、自分を育ててくれた母の遺言を裏切ることになるからだ。

 自分を鍛えてくれたヴィネを恨めるはずもない。

 生き抜く全てを与えてくれたのは、第二の母とも呼べる剣の師匠。

 自分にとっての全て、何よりも強い彼らが、誰にも顧みられることなく埋もれていくなんてことが、彼女には許せない。

「アマツキ流が、ギ・ゴー・アマツキがっ! 一体どれほどのものだってのよっ!」

 剥き出しの感情が彼女の口を突いて出る。

 母の語ってくれた理想に燃えた若かりし頃の物語は、彼女の奥底にひっそりと息づく誇りとなっていた。

 逆恨みだと笑わば笑えと、カーリアンは内心で吐き捨てる。

 他人に理解される理由ではないと、彼女自身もわかっている。

 だが、それでも譲れないのだ。

 父も母もいなくなった彼女の寂しさを埋めてくれた、その誇りの為に、他の誰でもなく彼女はただ独り孤独に戦わねばならなかった。

 再び前に出るのは、先ほどと同じ速度。疾風の如き踏み込みと、若さに任せたバネの強さは、往年のヴィネ・アーシュレイの速度すらも超える。

 ただ単純に速い。

 そしてその速さを全く損なわず繰り出される剣閃の速度は、切り裂いた風すら置き去りにしてユーゴに襲い掛かる。

 だがその斬撃の悉くがアマツキ流の最も色濃い血を受け継いだユーゴ・アマツキには、届かない。

 技の繰り出し、斬撃の速度だけならば僅かに、だが確実にカーリアンの方が速い。だがそれでいて、ユーゴはカーリアンの繰り出す全てを躱して見せた。

 額に汗を浮かべるカーリアンに対し、ユーゴは氷のような表情を崩しすらしない。呼吸の乱れさえなく彼は見切っていた。

 地を走る風のように飛び込んで来る踏み込みも、風すら切り裂き置き去りにする斬撃も、その起りから切り返しまでを視界に収めていた。

「ちっ」

 舌打ち交じりに、荒い息を一つ吐き出したカーリアン。ユーゴは、先ほどと距離を保つように、研究者じみた温度を感じさせない視線で彼女の出方を窺う。

 ユーゴとカーリアンの間に横たわる実力の差は、すなわち経験の差であった。こればかりは、如何に才能があったとしても機会に恵まれなければどうしようもない。

 カーリアンは、強敵を探し求め、勝負を挑まねばならぬのに対し、ユーゴ・アマツキの育った環境は、こと剣を生業とする者達の内、強者と呼ばれる者達が自然と集まるものであった。

 アマツキ流宗家と大陸最強の剣士ギ・ゴー・アマツキの雷名は、それらを自然に成立させるほどに鳴り響いていた。

 ユーゴは生まれた時から目で見て、あるいは実体験を交えて、経験を積み重ねていた。特筆すべきはユーゴの目だった。

 剣を学ぶ上で何よりも重要な要素を、ユーゴもまた父母より受け継いでいたのだ。

 再び飛び込もうとするカーリアンに、ユーゴは口を開く。

「……まだやるのか? 実力差はわかったはずだ」

 僅かに半歩、カーリアンの間合いから下がったユーゴの声は、余裕を感じさせるものだった。

「うるさいっ!」

「──っかは!?」

 再び剣を交えようとした二人の剣士の耳に入って来たのは、第三者の上げる悲鳴だった。二人が対峙している路地の奥で壁に叩きつけられた血塗れの見知らぬ男と、荒い息を吐き出しながらそれを見下ろすヴェリン。

 そしてヴェリンの手は既に血に濡れていた。

 慌てたのはむしろカーリアンの方だった。ヴェリンはこれまでなるべくことを荒立てないようにしていたのを知っていたし、何よりもカーリアンが危惧したのは、ヴェリンの立ち位置がちょうどユーゴを彼女とヴェリンで挟む形になっていることだった。

 路地は狭く、他に入り込むような横道もない。

 これではまるで、カーリアンとヴェリンがユーゴを挟み撃ちしようとしているかのようではないか。

 そして、それはつまり、今までユーゴが歯牙にも掛けていなかったヴェリンが敵と認識されてしまうということだった。

「ヴェリンっ! そこをどいて!」

「……」

 無言のままに背後の気配を探るユーゴの視線は、先ほどよりもさらに温度を感じさせない。冷徹に、力関係と自身の置かれた状況を分析していた。

「カーリアン、さっさと切り抜けるぞ」

 濡れた血を払うと、ヴェリンは構えを取る。

 ヴェリンが倒したのは、ジョシュア・アーシュレイドからつけられた尾行の男だった。それをカーリアンとユーゴが戦っている最中に、一人ずつ始末していたのだ。

 帰って来ない密偵の存在は、ジョシュアにヴェリンの裏切りを知らせることになる。

 だがそれよりも、ヴェリンはカーリアンがユーゴを倒した時のことを危惧した。そうなれば、まず間違いなくアマツキ流宗家を敵に回す。

 そうなれば、いくら剣技が優れて居ようと関係ない。寝る暇もなく、心を休める時間すらなくひたすらに追撃されるだけの日々が待っているのだ。

 それは、ジョシュアを敵に回すよりもなお危険な選択肢だった。

 だからこそ、ヴェリンはジョシュアを敵に回す覚悟を固めたのだが、彼はユーゴの実力を見誤っていた。

 ユーゴとの距離は歩数にして十五歩。

 逃げるにしても、戦うにしても十分に余裕をもって対処できる距離をヴェリンは取ったはずだった。しかし、ユーゴが僅かに振り返ったとヴェリンが認識した瞬間、既に彼我の距離はあと五歩にまで迫っていた。

「ヴェリンっ!」

 そして、それですらもカーリアンの悲鳴じみた声によって気付かされた。

 恐るべきはアマツキ流歩行の術。それを高い精度で修めたユーゴの動きは、ヴェリンが今まで渡り合ってきた強者と呼べる物達と比較しても、頭抜けていた。

 目の前に迫る刃の軌道から身を逸らせたのは、偶然とユーゴの背後から投擲によるカーリアンの援護のおかげだった。

 後ろに倒れるように、ユーゴの刃を避けると、カーリアンの怒声が聞こえるのは同時だった。

「お前の相手はあたしだろうがっ!」

 態勢の崩れたヴェリンを見下ろし、その横を通り過ぎ様に返す刀でヴェリンの剣を弾き飛ばすと、すぐさま地面から跳躍。路地裏の壁を蹴って、上空へ駆け上がる。

「っち!」

 舌打ち一つ、落下してくるユーゴの勢いを確かめて、カーリアンが再び加速。ヴェリンの無事を一瞥して確かめると、両手に握った双刀に力を籠める。

「ん、な……」

 落下予想位置に目星をつけて、狙いを定めるカーリアン。その目の前で、ユーゴは再び壁を蹴って、さらに上に登っていく。

「降りて来い!」

 路地裏の上空に、赤い月を背にしてユーゴは屋上まで駆け上がる。

 屋上にまで駆け上がったユーゴは、既に一瞥すらくれる価値がないと言わんばかりに、彼らに背を向けて走り去った。

「くそっ」

 その背を追おうとするカーリアンを、ヴェリンが呼び止める。

「やめろ、無駄だ!」

 気配すらも消え去ったユーゴの影に、カーリアンは罵声を浴びせることしかできなかった。


◆◇◆


 まるで巨人がその足音を響かせるように、ゆっくりとギ・ガー・ラークスが南下の途上にある時、ブラディニア女教皇軍もまた、その進路を南に取った。

 赤備えと呼ばれた親衛隊を率いるヴィラン・ド・バーネンは、自身の祖国と周辺の暴徒を苛烈な手段で鎮圧しつつ、シーラド王国の滅亡に携わり、その後、軍を南下させていた。

 一切の投降を許さず、暴徒の首謀者は全て処刑する彼のやり方は苛烈な抵抗を呼んだ。しかしその一方で、小規模な暴動であれば、彼の軍が到着したと知れるや否や、霧散するという事態も引き起こし、進軍速度としてはむしろ早い方だった。

 熱砂の神(アシュナサン)の信徒で構成された赤備えは、クシャイン教徒の統治する国において少数派であったが、だからこそ彼らは精強な軍として存在した。

 少なからず存在する差別を打ち破るには、彼らは自らの存在を認めてくれる主人に権力を握ってもらうしかない。

 そしてそれまでの間、彼らは誰にも付け入らせる隙を与えるわけにはいかないのだ。

 統一された軍装、背に担いだ大楯、砂漠を往く為のフードを被った彼らの表情は、一様にうかがい知れない。その彼らの後方を、これまた一つの軍が進んでいた。

 使い古された大楯に長槍、長剣はまだ良い。鎧などは破損した部分を応急的に補修したものばかりが目立つ。何よりも古参兵ばかりの彼らの行軍の足は、赤備えが相当にゆっくりと歩いてすら、僅かに遅れる。

 だが、それらを率いる一人の男は、馬上で鋭い視線を前方に向けていた。

 まだ見ぬ戦場に思いを馳せたその視線の鋭さは、危うさすら感じさせるもの。

「……良いのですか? 将軍」

 ヴィランに耳打ちするのは、年若い副官だった。

 視線の先には、古参兵ばかりで構成されたシュシュヌ教国からの援軍だと言う一軍。

「……どうみても厄介払いだと?」

 副官の言葉を先回りし、ヴィランは敢えて言葉にして聞く。

「まぁ、ありていに言えば……」

 歯切れの悪い副官に苦笑を返しながら、ヴィランは答える。

「あれが、シュシュヌ教国の最精鋭です」

 ヴィランの視線の先には、シュシュヌ教国軍を率いる一人の偉丈夫の姿があった。

「あれが、ですか」

 軽蔑の意味を含ませた副官の言葉に、ヴィランは視線を副官に戻す。

「声に侮蔑の色が出ている。気を付けることだ」

 副官から視線を前方に戻すと、噛んで言い含めるように副官に言い渡す。

「彼は、メラン・ルクード、かの戦姫に仕えた草原の覇者。そして小さいとはいえ、一国の武を代表する人物だ。粗相があってはならないからね」

 戦場で雌雄を決めるのがギ・ガー・ラークスの役割ならば、その戦場での条件を決めるのが、プエル・シンフォルアの役割であった。

 彼女は、ギ・グー・ベルベナとギ・ガー・ラークスにまともな勝負などさせるつもりはなかった。

 使える手札は徹底的に使う、と割り切った彼女はかつての恩讐を越え、優秀な指揮官を大陸中から集めに集めて、ギ・グー・ベルベナにぶつけるべく、あらゆる伝手を使っていた。

 メラン・ルクードを始めとする元敵側の人間が、あらゆる恩讐を越えて彼女に協力したのは、一つにはやはり彼女の十五年にわたる統治が公平であったことが挙げられる。

 勝利者の権利として略奪が当たり前とされていた時代から脱却し、平和な時代を築いた彼女の功績は、時代を切り開いた覇王が次代の統治者と見込んだだけのことはあったのだ。

 敵ですら彼女を憎悪だけをもって見つめることはできない。

 能力があれば、かつての敵であろうと抜擢して見せた彼女の公平さは、広く大陸中に張り巡らされた情報網を以って意図的に流され、絡めとるように必要な人材を大陸中から集めて行った。

 一度は敵として、ゴブリン達の前に立ちはだかった彼らにとって、十五年の平和と言う時間は、自分自身の戦いの意義を考える時間であったと言って良い。

 ──ゴブリンの王の前に立ちはだかった自分達の、その戦いは間違いであったのか。

 否、と声を大にしては言えない。

 平和を満喫する周囲を見渡せばすぐにわかった。自らの故郷は滅びたが、そのおかげで今の平穏が訪れているのだと。

 だが、灰に埋もれた熾火のように心の奥底では、その疑問に対する答えを探し求める声がしていた。

 なぜなのか、と。

 なぜ、自分達は負けたのか。なぜ、我らの故郷は滅びねばならなかったのか。

 折り合いをつけれないまま、彼らは年月を重ね、そうして伸ばされたアルロデナからの戦場への帰還の誘い。

 今度は、大陸の安寧を守る守護者として、これ以上ない大義の御旗を背負って、彼らに再び戦場へ立てと、かつて彼らを破り、敗者の地位に貶めた者達が言うのだ。

 ──諾、と即座に頷ける者は多くなかった。

 だが、それでも彼らはそれを受けた。

 終わらぬ自身の戦を終わらせるため、敗北の傷を癒す為、それぞれの理由を以って、彼らは再び戦場へと戻って来たのだ。

「十五年前、君は何をしていた?」

 ヴィランに問われた年若い副官は、予想外の質問に目を丸くしながら応える。

「未だ子供で、鼻たれの小僧でしたが……」

「十五年……一口で言うなら簡単だけど、それだけの時間を経て尚も、彼らは帰って来たわけだ」

 ヴィランの視線の先には、古い鎧を着た兵士達が、口も開かず黙々と歩を進めている。ヴィランの視線の先を追いかけて、副官は急に怖気が奔るのを感じた。

「……まるで過去からの亡霊ですね」

 過去からの亡霊と呼ばれた彼らの、先頭を進むメラン・ルクードの視線は、馬上にあってなお暗い。

 表情すらもほとんど動かさずに、それでもその暗い視線の先には、揺るがしようのない仄暗い炎が燃えている。

 大陸中の耳目を集めるアルロデナの四将軍同士の戦いは、王暦21年の晩春にかけて始まろうとしていた。


◆◇◆


 ギ・ゴー・アマツキは、王が亡くなってから夢を見る事が多くなった。

 勇ましい夢を見る。

 隣に並ぶのは頼りになる戦友たち、背に続くのは勇猛なる剣士達。そして前を進むのは、見上げるばかりの大きな背中。

 敬愛してやまない、ゴブリンの王の変わらぬ背中がそこにある。

 楽しい夢を見る。

 狩猟をしてとった獲物を塩も振らずに、火で炙って食らうだけ。炎を囲むのは、ギ・グー・ベルベナ、ギ・ガー・ラークス、離れてギ・ザー・ザークエンドは、常にゴブリンの王の傍らにあって、周囲に鋭い視線を向けていた。

 昼なお暗い森の中の、それは泡沫の楽しい夢だった。

 胸躍る夢を見る。

 眼前に立ち塞がるのは、鉄腕の騎士。構える剣先は、必殺の一撃が込められた鋭さを備えた物。立ち向かう自分自身の握りを確かめ、じりじりと距離を詰めていく。

 糸を張ったような緊張感の中、確かに感じる高揚感。

 それは胸躍る夢だった。

 悲しい夢を見る。

 道半ばで倒れた戦士達。力及ばず王の覇道の中で、傷つき倒れて行った戦士達の姿が、蘇っては消えていく。それは悲しい夢だった。

 だが、どの夢も、最後は決まっている。

 ──墓標だ。

 ギ・ガー・ラークスが泣いている。

 疵モノと呼ばれた王の近衛達が、大地に突き立った一本の大剣を囲んで泣いている。いや、そればかりではない。その戦場に集まった全てのゴブリンが泣いていた。

 暗褐色の空。

 色の抜け落ちた灰色の風景に、彼らは色をなくして風景と同化していた。

 それは墓標だった。

 ひび割れ、所々は欠け落ちた墓標。最後まで戦い抜いた王の、それは墓標だった。

 ギ・グー・ベルベナが泣いている。

 傷ついた肩から血を流し、天を仰いで泣いている。

「なぜだ、なぜ……」

 割れた額から零れた血は、涙と混じってギ・グーの頬を濡らしていた。

「王よ! 王よ! 我らの王よ!」

 勝鬨だ。

 幾度となく王の下で上げた勝鬨が、響いて来る。

 ギ・ガー・ラークスが声を限りに叫んでいた。そんな中でも、ギ・グー・ベルベナは、天を仰いでいた。

「なぜだ、なぜなんだ……」

 猛将と呼ぶに相応しい、頼りになる戦友の声とはとても思われない途方に暮れた声が、ギ・グーの口から洩れていた。

 そうして、ギ・ゴー・アマツキの夢はいつもそこで途切れる。

 続きを見たいと望んでも、望まなくてもそこで途切れるのだ。

 それは悪夢か、あるいは過去への憧憬か。

 あるいは、既に自分が亡霊へとなり果て、現世を彷徨っているだけなのかとも考える。ギ・ゴー・アマツキはどうしても、その勝鬨を上げることが出来なかった。

「我らは、負けたのではないか……?」

 常に頭にこびりついて離れないその事実を、言葉に出してみて、口の端を歪める。

「今度こそ、勝鬨を上げなくてはな……」

 抜刀、そして納刀までが、鍔鳴りの音が消える前に仕舞う。

 振り抜いた刃の切っ先が斬ったのは、夢の残照。

 ギ・グー・ベルベナとギ・ガー・ラークスの闘う戦場へ、大陸最強の戦士は踊りこもうとしていた。

 狙うのは、ギ・グー・ベルベナの首。

 王の墓標に捧げる獲物を求めて、男は歩き出した。



お久しぶりでございます。仕事環境の引き続く激化と家庭環境の変化により全く執筆できておりませんでしたが、時間を作って執筆させていただきました。完結まで長くかかると思いますが、どうぞご容赦ください。

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