継承者戦争≪申し子達の帰還≫
植民都市ミドルドの失陥から矢継ぎ早に黒衣の宰相プエルに齎される報せは、戦況の悪化の一途をたどるものばかりだった。ギ・グー・ベルベナの本隊が、西方大森林から東進を開始。同時に反アルロデナで立ち上がった兵力を糾合し、その数は七万にまで膨れ上がっている。
シーラドを併合したにも関わらず、隣国を根城とする海賊の跋扈は止まず、喉の奥に刺さった小骨のようにアルロデナの後方を脅かす。
頼みとするはずの四将軍ギ・ギー・オルドは静観を決め込み、同盟者たるオークの大族長ブイは不気味な沈黙を保っている。
西都からは矢のような救援の催促。
手足となるべき文官達に対する暗殺の魔の手は、アルロデナの宰相府の動きを確実に鈍らせていた。暗殺の魔の手は避け得たもののシュナリア・フォルニは重傷を負って動きが取れない。
今まで彼女が自由気ままに動いていたのは、彼女自身の意志を押し通してきたからだったが、負傷と共に風の妖精族の一部からは自重を求める声が高まっている。
風の妖精族にとっての最も尊い血筋の彼女は、未だに伴侶を得ていないため、それが途絶えることを懸念する声が高かまってしまったのだ。
西都から逃げ出した民は、一気に他の都市に流れ込み、不穏の種となっている。
自由への飛翔からもたらされた情報と文官経由で正規に上がって来た情報の、どちらもアルロデナの脆さを露呈しているように思えた。
「ギ・グー・ベルベナと和睦を介し、その不満をやわらげては?」
怯えと恐怖の入り混じった声が、宰相府の中ですら聞こえる有様である。そのような中、彼女が下した命令は果断かつ苛烈であった。
「ギ・ジー・アルシル殿を以って、群島諸国に派兵を! ラ・ギルミ・フィシガ殿を以って西都の援軍に充て、ギ・ガー・ラークス殿を主力としてギ・グー・ベルベナに相対します」
宰相府に集まった文官達に向かって言い放つプエルは、鋭い視線もそのままに一方的に命じると、すぐさま次の命令を下す。
「同時に、アルロデナの軍の総指揮をギ・ガー殿に一時委任します。グー・ナガ・フェルンの剣兵軍、ギ・ギー・オルド殿のザイルドゥーク、ギ・ズー・ルオ殿を始めとした、全ての指揮権をギ・ガー殿に」
その命令に、国の中枢たる宰相府の文官達をして、ざわめきを抑えることが出来なかった。
つい先ほど、四将軍たるギ・グー・ベルベナに反乱を起こされたばかりなのだ。それなのに、全軍の指揮を同じゴブリンに任せるなど、という不安がゴブリン以外の誰の頭の中にも一瞬過ぎった。
だが、プエルは断固として言い切る。
「ここで、ギ・ガー殿を疑えばアルロデナの根幹そのものが崩れる。私はギ・ガー殿を信じます」
ゴブリンの王はかつて力と信義を以って他の種族を結び付け国を興したのだ。それを変質させては国そのものが崩れる。プエル・シンフォルアはともすれば甘いと評されるが、その甘さに殉じてしまえるだけの信念も持ち合わせていたからこそ、ゴブリンの王亡き後のアルロデナを統治しえたのだろう。
味方は当然として、敵ですらも彼女の公平さは認めざるを得なかった。
そして彼女の発言は、そのままギ・ガー及び態度を保留にしていた同盟者達へと伝わった。
「承知した」
伝令から伝えられたギ・ガーの答えは簡潔であったが、全幅の信頼を寄せているプエルに対して、もう少し何かあっても良いのではないかと副官のファルでさえも、やり取りを聞いていた者は思った。
「あの、何かもう少し……」
思わず口を挟んだファルの言葉に、しばらく迷うようにしてからギ・ガーは口を開く。
「……武人の本懐である」
そう言ったきり、再び馬上の人となったギ・ガーは、そのまま軍を南へ向けた。しばらく先頭を進むアルロデナで最も偉大な将軍となった男の背を眺めていたファルだったが、ギ・ガーがずっと上を向いたまま駒を進めていることに気が付いて、彼女は納得した。
ギ・ガー・ラークスは、決して嬉しくないわけではないらしい。
それを外に現す術が稚拙なのだとろう、と。
そう思えば、この大陸で最も高い地位に就いた将軍と雖も、可愛げがあるというものだった。まるで小さな子供が、喜びを必死に噛み締めているような錯覚を覚えて、ファルは口元が緩むのを抑えようがなかった。
きっと、ギ・グー・ベルベナに同調して国を奪ってしまうなど考えもしないのだろう。
寄せられた信頼に対して、ひたむきに応えることしか考えていないギ・ガーに対して、ファルはどうしようもない温かさを感じた。
それは、かつて忠誠と共に見上げた戦姫の幼い背中に抱いた思いと似通っていたが、激しさを伴わない分、あたたかいものだったのかもしれない。
とはいえ、そんな感傷に浸ってばかりもいられなかった。
「将軍、傘下に加わる軍に使者を出そうと思いますが」
鉄面皮を被りなおすと、彼女は未だ空を見上げるギ・ガーに駒を寄せた。
「……全軍を西都へ集める」
「それまで西都は持つと?」
救援に失敗した西都の命運は、今や風前の灯としか思えない。
「辺境軍に支援させる。将はシュメア殿、副将にリィリィ・オルレーア殿だな」
「シュメア殿は引退されておりますが……」
「復帰させれば良かろう?」
「そうですね。最前線で槍を振うわけでもないですし」
続いていくつかの指示を出すと、もはやギ・ガーの後ろ姿は、堂々たる将軍のものだった。
◆◇◆
──ギ・ガー・ラークス、アルロデナ全軍の指揮官に就任。
大陸全土に向けて発せられたその布告は、東征を戦い抜いたゴブリン達には当然のことと受け止められたが、その他の種族にとってはやはり驚きで迎えられた。
プエルの決断の果断さと、受けたギ・ガーの大胆さにおいてその人事は大陸中を駆け巡った。
そして東部、魔都シャルディにおいてもプエルから全権を委ねられたギ・ガーの命令た届いていた。
その命令が書面で届けられた時、沈着冷静なギ・ヂー・ユーブは、らしくもなく喝采を上げ、魔都の主ガノン・ラトッシュは、反対に悲鳴を上げた。
──群島諸国に攻め入り、その動きを掣肘せよ! 我らは常に攻めて勝利を得て来た。覇者たる者こそ常に攻めよ!
今まで築き上げて来た外交成果も、商売も、何もかも全てギ・ガーの頭の中にはない。
ただ純粋に戦術的な側面のみ追究した結果が、その命令であった。
そしてそれは、的確に相手の急所を抉るものだった。
「くそ、くそっ! あの野郎!」
歯軋りして椅子を蹴飛ばし、頭を掻きむしったガノンの心情は推して知るべしだったが、ギ・ヂーは鼻歌でも歌いだしそうに陽気だった。
「では、兵の編成をせねばな」
「てめぇっ……」
恨みがましく見上げるガノンの視線を意に介せず、ギ・ヂーは続ける。
「船も必要だ。うむ、楽しくなってきた」
「金がねえだろうがよぉぉぉ!!」
血を吐く様なガノンの叫びを受けても、ギ・ヂーはうす笑みすら浮かべて、縋りついて来たガノンの肩を叩く。
「あるだろう? お前の個人財産を叩けばまだいくらでも」
強請たかりでも、もう少し言い方がある。だが、ギ・ヂーは何でもないことのように言った。金はあるところにいはある。それを持ってくればいいだけ、という商人達には悪夢のような思考を何の痛痒も感じることなくギ・ヂーは並べた。
「なに、後で全て宰相府に要求すればいいだろう? どうせ経費はあちらが出す」
「……」
唖然として口を開けたまま固まるガノンを残し、ギ・ヂーは部屋を後にする。
後の話だが、本当にギ・ヂーはガノンの個人資産を吐き出させ、軍を編成する。無一文になった彼だが、幸いにしてか不幸にしてか生活に必要なものは、魔都の執務室に揃っていた。
ギ・ヂーが軍の必要経費として、ガノンの個人資産を請求するまで、ガノンは世界で最も貧しい総督として、有名になった。
続々と集まる軍艦はすぐさま海賊たちの情報網を通じて海の英雄ロズレイリーの知るところとなる。群島を半ばまで制圧したアルガシャールは、その対応に迫られることになるが、その動きは鈍かった。
自由への飛翔の工作が、遅効性の毒のようにアルガシャールの内部を蝕み始めていたのだ。大陸での不穏分子の一斉蜂起を許したことで、謀略において後れを取ったソフィアは、報復の念も新たに、アルガシャールに次々と罠を仕掛けた。
「……海峡の戦いから10年」
元々統一の過程で、アルロデナの干渉を跳ね除ける為、相当に無理をして群島を半統一したアルガシャールである。そこに10年もの時間をかけ、大陸最大の諜報機関が謀略戦を仕掛けたのだ。
「我らの無念、思い知れ」
平和の守護者たるを最も自認してきた組織の長として、ソフィアの無念の思いはアルガシャールに致命的な初動の遅さを齎した。
大陸に広がった動乱の気配はもはや止めようがない。
ギ・グー・ベルベナの動きは、如何にソフィアをしても止められない。だからこそ、半ば八つ当たりに等しい思いが、ソフィアの謀略の冴えを加速させた。
アルガシャールの行政組織の汚職に始まり、統一された群島の一つに分離独立工作、要人の誘拐、商人を使った穀物の価格操作までありとあらゆる手段を用いて、政情不安を巻き起こす。
それらの策謀を一気に芽吹かせたのだ。
アルガシャールの行政機関は一気に機能不全を起こし、民衆による暴動が頻発した。そのような中で、アルロデナ軍が軍艦を集中させているという知らせは、民衆の混乱に最後の止めを刺すようなものだった。
だが、そこまでして尚“海の英雄”と呼ばれる男の足は止まらなかった。
「集結中の軍艦を襲うぞ」
彼の号令一つで、海の男たちが集う。
軍艦にしてニ十隻、快速船三十隻、輸送船五隻。兵数にして三千程度であろう。アルロデナからすれば一つの軍以下の数である。だがロズレイリーの下に集まったのは、これまで散々アルロデナの手を焼かせた歴戦の海賊たち。
真っ暗な炭を落としたような新月の夜を選び、夜の海をロズレイリーの船が奔る。
港湾都市シャルディの港湾にロズレイリーの船が入った瞬間、それは起きた。息をひそめたまま、その侵入を待っていた港湾警備隊が、一気に火を灯したのだ。
ランプに、たいまつ、打ち上げられた光源魔法の明かりに照らされて、真昼のように明るくなった港湾内部に、走る海の英雄の船。
「なんだ、どうしたことだ!?」
ざわめく海賊たちに向かって、返答代わりに放たれたのは、火矢の群れだった。
「そう、何度も奇襲など食らうものかよ」
待ち構えていたのは、レギオルを率いるギ・ヂー・ユーブ。夜は彼らの領域にして、歴戦の将たる彼をして、ロズレイリーの戦術はまだ青い。
「尻に火がついた奴の奇襲など、読みやすくて助かるな」
ギ・ヂー・ユーブの罠にかかったロズレイリー海賊団に、雨霰の如く降り注ぐ火矢の放ち手は、風の妖精族だった。シュナリア・フォルニを害されて、憤懣やるかたない彼らに、射手を任せたのはギ・ヂーの編成の妙である。
「反転、我に続け!」
先頭を走っていたロズレイリーは、内心忸怩たる思いを抱えながら、船団を即座に反転させ、離脱にかかる。
「焦っちまったな。この俺も焼きが回ったか? だがな……火船前へ!!」
反転する船団とは別に、港の中へ突っ込んで来る輸送船五隻。
降り注ぐ火矢にものともせず、港に押し寄せてくるその船を光源の中に見て、ギ・ヂーは火矢をその船に集中させる。
「群島諸国特製の、ラグプタの火を食らえ!」
「……まずいな、火計か」
ギ・ヂーは次々と輸送船から漕ぎ手が飛び降り、炎に巻かれながら突っ込んで来る輸送船を見て、避難を指示する。三隻までを停泊中の船に突っ込むまでに爆発させることに成功するが、残った二隻は停泊中の軍艦を巻き込んで、爆発を起こす。
「消火は最後で良い。火矢を逃げる船団に集中だ!」
真正面から殴り合えば、勝つのはアルロデナだ。
大国の利を最大限に生かす戦いをすれば、勝利は間違いない。それを理解するからこそ、ギ・ヂーは敵の被害を優先させた。
ロズレイリー船団は、港湾の戦いで戦艦五隻、快速船七隻、輸送船の全てを失うことになった。同じくアルロデナ側の被害も甚大で、戦船として用意した五十隻の軍艦のうち三十隻が使用不能となった。
しかし、ギ・ヂーは半ば強引に、軍船を建造させる。商船用に作っていた船までも徴用して、すぐさま船団を用意させる。
「海さえ渡れればそれで良い」
大小さまざまな船を抑えて軍三千を率いて、ギ・ヂーは再び群島諸国に降り立った。ギ・ヂーにとっては十年ぶりの、群島諸国での戦いだった。
◆◇◆
辺境軍──ゴブリンの王が東征を始める以前にあって、その躍進を支えた部隊である。主な任務は治安の維持であり、最初期のものはラ・ギルミ・フィシガのファンズエルに吸収合併された。
しかし制度としては残っており、アルロデナの命令によって、組織される民兵組織と言った方が良い。ゴブリンと言う常備兵を抱えるアルロデナにあって、あくまでも補助兵科に過ぎず、正面切っての戦いには力不足だが、それでもその組織が残されたのは、プエルの慧眼というよりも、感傷に近かった。
現に、辺境軍を率いる辺境将軍の地位に就任したのは、後にも先にもただ一人だけであったのだから、どちらかといえば、個人が軍隊を持つことを国として承認したと言う方が正確かもしれない。
それほどの絶大な信頼を、アルロデナの上層部から寄せられた彼女は、ギ・ガーからの書簡とプエルからの書簡を同時に読み比べると、ため息をついて頭を掻いた。
「どうやら、大変なことになっているみたいだね。そしてまぁ、予想通りと言うかヨーシュからはなしのつぶて、と」
しばらく宙を睨み、唸った後に彼女はいつものようにすっぱりと決断を下す。
「ん~、良し。ウーネさん子供らをお願いね」
「はいはい、奥様。お戻りはいつ頃で?」
乳母の女性に微笑んで、彼女は笑う。
「ダメな弟をちょっくら叱って来るから、まぁ半年ぐらいだね」
「シャリア様とローミリア様が忘れないうちにお戻りくださいね」
「そりゃもちろん、おなかを痛めて生んだアタシの大事な娘と息子だ」
「はいはい。お待ちしておりますよ」
昔使っていた短槍を担ぎ、旅装を手早く整えると、鼻歌交じりに彼女は家を出た。そして僅かに十日後彼女は人が逃げ出し、閑散とした西都に足を踏み入れる。
ほとんど咎められることもせず、総督府を歩き回ると、その最奥に辿り着くなり、勢いよく扉を開けた。
「や、来ちゃった!」
「……ね、姉さんっ!?」
悲鳴じみた声を上げたヨーシュを意に介さず、旅装すら解かずに執務机の上に腰かけると、驚く文官達の見ている前で、泡を食うヨーシュの額を強かに指先で弾く。
「軍権もらうからね?」
「いや、何の権限で!?」
「ほれ、これ辺境将軍再任のお知らせ」
引っ掴むようにその書簡を読んだヨーシュは、記された文言に呪詛を吐く。
「くそっ! あの野郎!」
奇しくもガノンと同じ罵声を発したヨーシュは、次いで視線を上げて縋るように彼女を見た。
「頼むよ、姉さん、僕がなんとかして見せるから、だからこんなところに居ちゃいけない」
「ん~?」
彼女は視線を周囲に回すと、気をまわしたメリシアが固まっていた文官達を部屋の外に追い出し、丁寧に一礼して扉を閉める。それを確かめると、彼女は口笛を吹きたいほど満足そうに頷いた。
「なんとか出来るのかい? あんたが、丹精込めた西都は崩壊寸前だ。経済は寸断され、軍隊は食い破られた。人は逃げ出し、まともに使えるのはほんの少し──」
「──それでも、なんとかする! だから頼むよ、もう姉さんが前線で戦う必要なんて……」
奴隷だった頃からの夢だったのだ。
誰よりも優しく、いつだって貧乏くじを引いてしまうこの優しい人を、戦いの戦禍から遠くに逃がすことが、ほんの小さなヨーシュの夢だったのだ。
そんな弟の頭を、幼い頃からそうしたように、彼女は優しく撫でた。
「よく頑張ったね」
千の言い訳も、万の説得の言葉も、ヨーシュの口からそれ以上出ることはなかった。
「ヨーシュ、私の愛しい家族」
その代わり、ヨーシュの双眸からは滂沱と涙が流れ出る。
「よく頑張った。あとは、お姉ちゃんが何とかしてあげる」
まるで幼い時に、そうされたように優しく頭を抱きかかえられると、ヨーシュは声をあげて泣いた。抑えて来たものが決壊した後は、普段は容易にできるはずの感情さえ、ヨーシュの意志を無視して暴走していた。
積み上げてきたものが崩れた時も、泣くことが許されなかったヨーシュの初めての涙だった。
悔しかった。
ただ一人の、たった一人の愛しい人が安心して暮らせる世界を作る。
それがこれほどまでに、難しい。
「今は泣いて良い。だけど泣いたら、また頑張らなきゃね」
執務室の扉の外で、メリシアは悔しさに唇を噛み締めてその声を聴いていた。その内泣き声が聞こえなくなると、扉が開く。
「……ありがとうございます」
「なに、弟の面倒をみてもらっているんだ。お礼はこっちから言いたいぐらいさ」
僅かに覗いた執務室の机の上で、ヨーシュは眠りこけているようだった。
「泣き疲れて眠ってるよ。あーいうところは子供の頃のままなんだから」
クスリと笑う彼女にメリシアは嫉妬を禁じ得なかった。肌の色艶、年齢、女としての色気を比較すれば、世の男達は皆メリシアに軍配を上げることだろう。だが、それでもメリシアが愛して已まない彼の心を占めるのは、目の前の肉親以上に濃い絆で結ばれた姉なのだ。
「さて、それじゃ受け入れ準備を頼むよ」
「はい、部屋の手配はお任せを。最高級の部屋を用意いたします」
「いやいや、そうじゃないよ」
笑って手を振る彼女の真意を測りかねて、メリシアは首を傾げる。
「これから辺境軍が集まって来るからね」
「お連れになった五百では……?」
その時初めて、獰猛にシュメアが笑った。
「あれはこっちに向かって来る時に偶々付いて来た道連れ共さ、辺境軍はおいおい到着するよ」
「は、はぁ……」
要領を得ない彼女の言葉に、メリシアは首を傾げる。
「分かってないねえ。アタシは、誰だい?」
「それは、シュメア様……」
「ちょいと違う。辺境将軍シュメア様、さ」
ウィンクして見せるシュメアに呆気に取られていると、文官が慌てて駆け込んで来る。
「メリシア様、外に、援軍が!」
「援軍、馬鹿な……」
「思ったより早かったね」
一度だけヨーシュを振り返ったメリシアは慌てて総督府のバルコニーに出て広場を見下ろすと、そこに集まっていたのは熱気渦巻く兵士の群れだった。
手にした軍旗は槍持つ勝利の戦乙女。辺境将軍にのみ与えられたその紋章旗を掲げる彼らは、メリシアに続いて現れた自らの指揮官を目ざとく見つけると、歓声を挙げた。
「姐さん、やって来ましたぜ!」
「シュメア様!」
溢れる熱気に応えるように、彼女はバルコニーの先に立って、短槍を掲げた。
「野郎ども、準備は出来てるか!?」
「応! 応!」
「相手はあのフェルドゥークだ! それでもやるのかい!?」
声を張り上げるシュメアに応えて辺境軍の兵士達も声を上げる。
「フェルドゥークが、なんぼのもんじゃー!」
「やったるでー!」
「俺達にゃシュメア様がいるからなぁ!」
あくまで陽気に笑う辺境軍に、満足そうに頷いて、シュメアは良く通る声で檄を飛ばす。
「良し、良い意気だ! それじゃ戦だ! 負けんじゃないよ!」
「応さ!」
メリシアは呆気に取られ固まっていた。
「フェルドゥークに立ち向かう馬鹿も、人間には、これぐらいはいるさ」
メリシアの胸を軽くたたき、シュメアは笑った。
──辺境将軍シュメア西都において防備を固める。
電撃的なその報せは、各地にいた旧辺境軍の兵士達に伝わり、各地から続々と彼女を慕って兵士達が集まって来た。その数およそ二万。
西都に高々と翻る槍持つ勝利の戦乙女の紋章旗。
それは、言葉よりも雄弁にフェルドゥークへと告げていた。
辺境将軍、再起せり。
遠目に気炎立ち上る西都を目撃したグー・タフ・ドゥエンは、厄介な奴が出て来たと愚痴をこぼした。




