継承者戦争≪巨獣動く≫
黒犬のラロスがフェルドゥークの先駆けとして、北辺のギ・ズー・ルオ領に接触した頃、フェルドゥークの勢力は、ガンラの氏族を襲った勢いそのままに、更に東へ進出していた。
先駆ける暴風の速さそのままに、ギ・グー・ベルベナの直参グー・ビグ・ルゥーエとグー・タフ・ドゥエンは進軍を開始した。
東征の頃よりさらに磨かれた彼らの指揮は、立ち塞がる者などいないようにその速度を緩めることなく長槍と大楯の軍、戦奴隷と攻城兵器を主に運用する破城槌と兜の軍の進撃は網の目のように広がった街道沿いに進む。
「順調だな」
グー・ビグ・ルゥーエとグー・タフ・ドゥエンは、西方大森林の東の端まで進み、そこで一旦にしても軍を止めた。
「ここまでは、当然だろう」
獰猛な笑みを浮かべるグー・ビグは、隣に並ぶグー・タフと共に広げた地図を眺めた。コボルトの住み暮らすこの場所は、決して安心して休める場所ではない。
速やかな進軍か、あるいは腰を据えて境界を定めるか。
「目の前には……」
遠目に見えるのは、聳える城壁。かつてゴブリンの王の進撃の前に立ち塞がった聖騎士ゴーウェン・ラニードの築いた植民都市。
それは今や、空前の繁栄を遂げて築かれた時の三倍もの広さを持った城壁都市へとなっていた。
「かつて、それを相手取ったのは、ラ・ギルミ・フィシガ殿、オークの大族長ブイ殿、亜人達……」
グー・ビグ・ルゥーエの言葉に、タフは頷く。
「彼らに出来て、我らに出来ぬことなぞ無い」
頷き合った彼らは、情報を整理する。
見下ろす地図に記されたのは、ここより北に位置するオーク領。未だ使者に対して明確な返事をよこさない大族長ブイは、動員だけは既に万端整えて領地の境を守っていた。
ブル・オークまでも従えて、多くの戦士を擁するブイの動向は、彼らにとって目下の最大の関心事だった。これから植民都市ミドルドを攻めるにあたって、後背に不安定な勢力を抱えるのは、戦術上の禁忌に他ならない。
「返事は来ないか」
「当然だな。奴らは静観してさえいれば、どちらに転んでも今より良い地位に就ける」
今頃、ブイの下にはアルロデナとギ・グー・ベルベナ双方からの勧誘の手が伸びているはずだった。それを知っていてなお、その打算と苦悩を二人のゴブリンは嘲笑う。
「……だが、それこそ我らが勝機!」
グー・タフ・ドゥエンは、溢れんばかりの気炎を吐いて地図から視線を上げた。爛々と輝く瞳に、戦意の火を灯し、睨み付けるはかつて彼らの王が攻略を果たした植民ミドルド。
「やるか」
問いかけるグー・ビグも答えは既に分かり切っている。
「応、野戦は任せるぞ」
「誰に物を言っている」
腕を上げるグー・タフ達の後ろで、木々の葉を跳ね除け姿を現す攻城兵器の数々。林立する攻城櫓、押し出される破城槌、正確無比な投石機。
「進軍せよ! 破城槌と兜の軍! 我らの王の……我らの王の道を開くのだ!」
自分自身を鼓舞するように声を張り上げたグー・タフに応えて、喚声を上げてゴブリン達が攻城兵器を押し出していく。交通の便をよくするために整えられた街道は、今やフェルドゥークの進撃を助けるための滑走路となっていた。
「来た、来たぞ! フェルドゥークだ!」
悲鳴にも似た城壁の上の兵士の声が、ミドルドに響く。
「翼を広げて押し包め」
街道から広がったバードゥエンは、城壁付近の畑を踏み潰しながらその翼を広げていく。
グー・タフの声に一糸乱れぬバードゥエン。それに対応して、城壁の上でも慌ただしく紋章旗が動く。ミドルドの掲げる紋章旗は、天秤の描かれた盾。百万の命を握る男と呼ばれるヨーシュ・ファガルミアの影響かにあることを示すものだった。
「動揺はしても、対応は速いな」
城壁を囲むバードゥエンと並行して、部隊を動かすグー・ビグ・ルゥーエは、城壁の反対側から駆けていく伝令兵の姿を遠目に望み、獰猛に笑う。
「兵を前に!」
城壁都市ミドルドの外苑に沿うように、ゆっくりと軍を動かすと、西都と植民都市を遮るように布陣し、宿営の準備を整え始めた。
それを城壁の上から見た兵士達は呻いた。
「なんという、大胆さだ」
未だ日は高く、日没までには時間がある。
グー・ビグ・ルゥーエは、部下に椅子を差し出させるとそこに座って城壁のミドルドを睨む。長期戦の構えを見せるグー・ビグ・ルゥーエとは対称的に、バードゥエンを率いるグー・タフ・ドゥエンは、展開させた部隊にすぐさま攻撃を命じた。
降伏勧告も何もない。
拙速とも呼べるその攻撃は、ミドルド守備兵達の動揺を誘わずにはいられなかった。
「投石器ィ!」
響いた指揮官の号令に、バードゥエンは機敏に応える。すぐさま人力で動力機が巻き上げられ、岩が設置された。
「放てぇ!」
振り下ろされるグー・タフ・ドゥエンの腕とともに、一斉に空を駆ける破壊者達の群れ。風切り音を伴って、巨大質量が城壁に衝突する。
突如始まった攻撃に、ミドルドの中の動揺は激しかった。
それは城壁の上の兵士達よりも、城内で暮らす住民達の方が猶更である。城壁を守る兵士達は、自分達が日ごろから接している城壁の頑丈さを信頼しているが、住民達は攻撃されたというそれだけで、動揺が広がってしまうものだ。
城壁は二重の構造になっている。二重城壁の間には、水堀が広がっており、内側の城壁は外側のものよりも七メートルは高い。城壁の所々にある尖塔からは、攻城櫓を破壊するための防御装置が取り付けられていた。
一見して堅固な城塞となっているミドルドは、発展する中でも尚武の気風を忘れぬアルロデナの色を濃く残した都市だった。
二重の城壁で守られた城内には、広い農地を内包し自給自足を考えられたそこは、都市というよりは一個の城塞とした方が正確である。住民達も、人間を中心として亜人、ゴブリン、オーク等様々な種族が暮らし、武器と食料の貯蔵も豊富である。
だが、如何せん彼らの準備する間もなく攻撃は始まった。
そして何よりミドルドの統治を担うのは、武張ったゴブリンなどではなく、平和になれた文官であった。ミドルド統治府の動揺は、すぐさま守備軍の精彩を欠くという形で現れる。
「まず、使者を立て口上を述べるべきではないのか!?」
「そんな悠長なことを! 現に敵は攻撃してきてます!」
ミドルドの領主の言葉に、守備隊長が真っ向から反論する。
「敵、敵だと!? このミドルドに、アルロデナに刃を向ける敵だと!?」
「そうです。目の前にいるのは、明確な敵、斧と剣の軍のバードゥエン!」
「そ、そんな、か、勝てるはずがない! あのフェルドゥークだぞ!」
東征以降に育った人々には、もはや常識と言っても良い。偉大なる王の覇業を支えたギ・グー・ベルベナとその麾下で猛威を振るったゴブリン達の物語は、既にして伝説であった。
「それでも、攻撃を仕掛けられたからには戦わねばなりません」
「む、無理だ……か、勝てっこない」
蒼白になって首を振る領主の声に、守備隊長は怒鳴り返す。
「では、このまま座して死を待ちますか!?」
「そ、それは……どうすれば良い?」
縋る様な領主の言葉に、守備隊長は一拍だけ間を置いた。
自分達が立ち向かわねばならないのは、伝説のフェルドゥーク。大陸を蹂躙し、東の果てへと攻め上ったあのフェルドゥークであるという認識が、彼に緊張を強いる。
「……まずは、住民の動揺を抑えます」
一撃加えられて動揺を抑えられないまま、ミドルド統治府は守備を固めることを選択。亀のように城門を閉ざし、反撃を最低限にして住民の被害と動揺を抑える方を先決させた。
「敵の射程が遠いか!」
民の動揺を抑えるのを優先させたのは、バードゥエンの投石器の射程の長さと正確さ故だった。反撃の為の装置がなくはないが、それでも射程距離にして二倍近い射程の差があっては、勝ち目はない。
「くそっ! 防御に徹するしかない」
統治府はすぐさま広場に広報官を派遣して、集まった民衆に事情を説明、協力を求めるとともに昼夜問わぬ警戒態勢を取る。
余りと言えばあまりの消極的な防御だったが、それでもその日は大きな被害を出すことなくバードゥエンの攻撃を凌ぐ。
日中を通じた投石器の攻撃は、夜になると鳴りを潜めたからだ。また投石器以外の攻城兵器をグー・タフが投入しようとしなかったのもある。フェルドゥーク側は堂々と篝火を焚いて、城壁を囲む。
まずは小手調べ、とでも言うかのようなバードゥエンの攻撃は余裕すら感じさせながら初日の攻防を終えた。
◆◇◆
「ミドルドが攻撃を受けた!?」
「なにとぞ、援軍を!」
息も絶え絶えに駆けて来た伝令兵に、ヨーシュ・ファガルミアはらしくもなく怒鳴り声を上げた。
「敵はフェルドゥーク! 一の大将グー・タフ・ドゥエン率いるバードゥエン。さらに包囲に加わるのは、二の大将グー・ビグ・ルゥーエ率いる長槍と大楯の軍総勢七千!」
来るべき時が来た、そうきつく結んだ瞼の裏で繰り返してみても、ヨーシュは慙愧の思いがぬぐえなかった。
「……分かった」
「ありがたき……」
そこまで言って伝令兵は気絶する。
「誰か、彼を医療室へ」
西都には、確かに兵がいる。守りを固めるだけなら、十分すぎるほどだ。亜人、人間、ゴブリンやオーク、妖精族などその種族は数多に上る。だが、率いる将がいなかった。
アルロデナにいる将星の中でも、万の単位で兵を率いられるのは限られる。ギ・ガー・ラークスを筆頭として、あの戦役を戦い抜いた者以外で、となればそれはほんの少数である。
そしてその少数の中で、フェルドゥークと戦って勝てるのか、ということであれば、それはほぼ一人に絞られてしまう。
だがそれでも、ヨーシュに援軍を出さないと言う選択肢はない。味方を見捨ててどうして士気が保てるのかと言う問題もあるし、何より彼自身がそれをしたくなかった。
急遽呼び出したのは、ヨーシュの下に集まった人間達の中で最も地位の高いグラム・ベラニーという壮年の男だった。
「やれと言われればやりますが、期待はせんでください」
お世辞にも見た目が良いとは言えないグラムは、ヨーシュからの命令をそう言って受け取った。
「それでも、やらねば西域の支配権はフェルドゥークに持って行かれる」
「存じております。だからこそ、受けるのです」
「よろしく頼むよ」
「ええ、それと……私が死んだ時は家族のことはどうぞよろしく」
「ああ、娘さんと息子さんだったね」
「生活に困らぬようしてやってくだされば結構です」
「……生きて戻ってもらいたいものだが」
「……兵士だけを死なせて、それは都合が良すぎるでしょう」
「もっともだ。君の献身と忠誠に期待する」
「では、再編に取り掛かります」
フェルドゥークが最終的に狙うとすれば、西域の中枢である西都に相違ない。それが彼我の共通した認識であった。だからこそ、守備を固めたヨーシュだったが、その編成を崩して援軍を派遣せねばならなくなった。
それをグラムに一任すると、彼は別のことに頭を悩ませる。
「これで、西域の流通網は麻痺した……」
西方大森林を含んだ流通網の整備は、この十五年彼が手掛けて来た大事業であった。道路網の整備を始めとして宿場町の常設、人と魔物と亜人の交流による共存共栄。
ギ・ゴー・アマツキと出会って以来築き上げて来た人間とゴブリンの共存する世界の構築は、大きく足踏みをすることになってしまった。
深く椅子に腰かけると、背もたれに体重をかけた。
「……約束を破ってしまいましたね」
誰にでもなく記憶の中の友に語り掛けた彼の耳朶を打つのは、扉を開く音と同時に聞こえた。
「いいや、そんなことはないぞ」
目を見開くヨーシュの眼前に、剣技だけを以って伝説にまでなった男がいた。
「……貴方はいつも唐突ですね」
「そうかな? 変わらぬつもりだが、迷惑だったか?」
「いいえ、とんでもない。遠方より友来たる豈嬉しからずや、ですよ。お変わりなく。ギ・ゴー・アマツキ殿」
「お前の言葉は、いつも含蓄があるな」
「それで、今回はどんな御用で?」
問いかけるヨーシュに、ギ・ゴーは笑った。
「友の窮地に駆けつけぬ男がいるのかね?」
ギ・ゴーの精一杯の気安さを、ヨーシュは瞼を手で覆って笑った。
「く、くくは、はははは! し、失礼」
涙すら浮かべるヨーシュに、ギ・ゴーは肩を竦めた。
「ふむ、良く俺は面白みがないと言われるが、今度ばかりは成功したようだな」
「嬉しくて泣いたのは、久しぶりですね。ですが……」
「いや、言うな。友よ……我が同胞の責は、我が責」
腰に差した曲剣の鍔元を握って、一度それを引き抜く。視線をそれに落として、ギ・ゴーは刃の輝きを確かめた。そして一気に鞘に戻すと、鍔鳴りの音だけが二人の間を駆け抜ける。
「我が剣に、斬れぬ者なし。ギ・グー・ベルベナの首、このギ・ゴー・アマツキがもらい受ける」
覇道の行く先を決める戦場に、剣王が参戦した瞬間だった。
◆◇◆
相対する軍勢の威容に、援軍を率いたグラムは息を呑む。
装備は一見するとボロボロにも見えるが、それは使い込まれた長さを示しているように思えた。揃えられた穂先の輝きだけは、何もましてその軍の士気の高さを物語る。
「伝説の軍勢か」
呟いた言葉は、グラム自身意外なほど落ち着いていた。
一通りの指示を出すと、自身の紋章旗を掲げる。共に掲げるのは盾に天秤のヨーシュ・ファガルミアの紋章旗。馬上から自身の軍勢を見下ろせば、緊張に固くなっているのが良くわかる。
遠目に見えるミドルドは、まだ持ち堪えているようだった。黒煙たなびくミドルドの城壁は、未だその威容を誇示している。
グラム率いる援軍を確認したフェルドゥークのガルルゥーエは、既に臨戦態勢。そしてバードゥエンの一部も包囲を解いて援軍に対して向かってきている。
連携されれば、数の差は縮まる。
「……ならば、行かねばなるまい」
同胞を見捨てて、何が軍人か──。
「ガルルゥーエ動きます!」
副官の言葉に、グラムは声を張り上げた。
「聞け! 兵士諸君、我らは軍人だ!」
普段は声など張り上げないグラムの、その声に、一兵卒までが眼前の敵を忘れて彼らの将軍を見上げた。
「我らは何のためにここにいる! 同胞を救い出す為だ! 例え敵が強大で、己の命が危機にさらされようと、諦めることは許されん!」
地響きが、轟き始める。
「来援を待ち望む味方を思え! 我らは勝たねばならん!」
「応!」
応える声も勇ましく、グラム率いる西都軍九千は、鶴翼陣を取る。ゴブリンの王麾下で知勇を揮ったプエル・シンフォルアは、戦後に統治と合わせてその戦いの詳細を書き記していた。
それはアルロデナ全軍の教本となり、将軍となるべき者の必読書となっていた。大きな戦役のなくなった彼女の統治下では、それこそが彼らの頼るべき一つの勝機。
グラムの脳裏にあったのは、戦力の有機的な活用だった。それは言い換えれば遊兵を出さないことに尽きる。
「押し包め!」
数が多いのなら相手を押し包み、全方位から敵を攻撃すれば、遊兵を作りだすことはない。敵の衝撃を直接引き受ける中央は大楯に長槍のオーク兵。
中央の後列には、援護射撃の為に待機させる妖精族と人馬族。左右から翼を閉じるための機動力が必要な部分には、狂猛なゴブリン達と最も数の多い人間族。
まっすぐ進んで来る敵の長槍兵は、一糸乱れぬ統率を見せる。
「弓箭兵! 距離を測れ! 射撃用意!」
グラムの指示に従って、敵との距離を測る弓兵達。
「ガルルゥーエ、突っ込んできますっ!」
悲鳴じみた伝令の声に、グラムは頷いて泰然とした態度を崩さない。だが、内心では、動揺を抑えきれなかった。
なぜだ、と悲鳴を上げる心に蓋をして、握りしめた手綱から意識して力を抜く。
奢っているのか、それともそれほどまでの力量差を有しているのか、とグラムは自分の判断に迷う。鶴翼に広げた翼を閉じる機会を誤れば、中央が食い破られるのは必定。
「だが、誤ると思うのか!」
伝令兵を怒鳴るように呼びつけ、鶴翼を閉じよと命じる。
敵は既に射程内。間合いを測り間違えることなど、若い指揮官でもあるまいし、ありえないと判断しグラムは叫んだ。
「包囲殲滅の好機だぞ! 奢るガルルゥーエに、西都軍の力を見せてやれ!」
◆◇◆
昼なお暗い森の中から、一斉に鳥達が飛び立つ。それはたった一人の男の発した裂帛の気迫の為せる業。隠しきれない体中の傷は、全身に及ぶ。その傷を、かつて王から拝領した鎧で隠し、反逆の道を歩み出した男は、岩の上から眼下を鋭く睨んだ。
岩山の上を睨みあげるのは、かつて王の騎馬隊と呼ばれた内の古参兵百二十名。有象無象とは一線を画す彼らを率いるのは、片腕のギ・ベー・スレイ。
燃え滾る炎を傍らに、その炎よりもなお赤い髪と、豊かに蓄えた赤髭は彼が確かに鬼の系譜に連なる者である証。奇跡によって、亜人となってからも、その身を鍛え上げてきたのは、彼が消えぬ炎を胸に抱いたからに他ならない。
──いつか夢見た、その背中に並ぶ時が来たのだ。
男そう誓って、その場所に立つ。
「王を名乗るか、ギ・グー・ベルベナ!」
挑みかかる様な言葉の強さは、唯一無二の王を信奉するが故。
「……もはや王は戻らない。ならば、俺がその地位を受け継ぐ!」
一気に殺気立つ王の近衛達。ノーブル級であったギ・ベー・スレイを筆頭に、レア級以上の疵モノ達で構成された、彼らもまた伝説の一端を担ってきた者達だ。
「何を以って、王を名乗るのか!?」
返答次第ではこの場で殺し合いになるのを覚悟して、ギ・ベー・スレイは吠えた。
手にするのは、歴戦を勝ち抜いてきた精霊級蛇咬槍。二股に捻じれた槍先が交差するそれは、傷口を抉り敵に死をもたらす必殺の槍だった。
「──貴様らが我が王と見た夢を、今一度、この俺と!」
そういうとギ・グーは傍らの燃える炎を握り締めた。
赤々と燃える炎を掌の上に、ギ・グーは暗闇を照らす光を手にしてギ・ベー・スレイ達を見下ろした。
「……」
無言のままに、ギ・ベー・スレイは手にした槍を地面に突き立てた。
「──後悔はないのだな?」
「是非も無し、今一度、我らに生きる場所を!!」
吠えるギ・ベーの言葉に、ギ・グーは大きく頷いた。
掌の上にあった炎を握りつぶし、引き抜いた長剣の切っ先を遥か東に向けた。
「いざ、熱狂的再征服の始まりを謳い上げよ!」
西方大森林──否、暗黒の森の奥底から再び巨獣は動き出した。
彼らの王と見た、東征を再びやり遂げる為に。
──王暦21年晩春、ギ・グー・ベルベナ王を僭す。




