継承者戦争≪残火≫
アルロデナにおいて、その常備兵となって最も活躍していたのはギ・ヂーユーブ率いるレギオルである。少数精鋭を旨として、一糸乱れぬ集団戦術は東征からの国力回復を目指すプエルの要望に最も叶うものであった。
東征とその最終局面たる天冥会戦は、文字通りアルロデナとアーティガンドの総力を結集した戦いになった。そして勝利した結果、東部の住民の大半を失うという極大の被害をもたらしていたのだ。
これを回復させるために、東部を切り捨ててしまうのか、あるいは膨大な資源を投入して復活させるかの二択を迫られた時、宰相プエルは後者を選択する。
ゴブリンの王が命を懸けて制覇した大陸と、それを支配するアルロデナの存在に、彼女は執着していた。文官における三巨頭の一角を投入し、国庫からも少なくない援助を行いながら、東部を復興させることに尽力したのは、間違いなく彼女の功績である。
実際に投入されたガノン・ラトッシュなどは、その判断をロマンチストだと言って僅かに批難を滲ませたが、おかげでランシッドの平和と呼ばれる十五年の間に、東部の人口は爆発的に増え、同時にアルロデナ全体の国力は徐々に回復していった。
力は結集させ発揮させてこそ、効果が得られる。
それは軍事にも、また経済にも当てはまることだった。東部の復興を優先させるために、国外遠征などは最低限にものにせねばならなかったし、未踏破区域の開発なども、成功する見積もりが極めて高い物しか採用されなかった。
その隙をついて、アルガシャールは群島諸国の統一を図ったが、半ば成功したそれはアルロデナの介入で頓挫することになる。敵対的な隣国が出来ることを、アルロデナは望んでいなかったし、救援を求められた相手を見捨てるのは、覇王の国たる矜持が許さなかったためだ。
たとえて言うなら、アルロデナは片腕と両足を縄でしばられたまま戦いに臨んだに等しい。その力は専ら治安維持に割かれ、外征の能力は抑えられていた。
常備軍として活躍したレギオルと比較して、対称的な運用をされたのがアルロデナ全域に配置された四将軍の一つ弓と矢の軍である。彼らも、治安を担うという面では、東征以前から変わらぬ運用をされていたが、外征を行わないという選択肢を経て、その運用は大きく変わっていた。
ファンズエルを率いるのは、ラ・ギルミ・フィシガ。
ガンラ氏族の英雄にして、族長ナーサの配偶者である彼は、治安維持の任務を主なものとして軍の活動を柔軟に変化させていた。多種族にわたる混成軍を率いる彼らは、本拠をレヴェア・スーに置きながら、四周へと繰り出すことによって、人々に安心と平和を約束することになった。
混成軍の編成は、アルロデナに所属する全ての種族からなり、数こそ違えどそれぞれに一つの部隊を任されていた。同盟を結ぶとは、ファンズエルに一つの部隊を差し出し、運用を任せることを意味していた。それが出来ない国力の低い国々は、属国扱いとされ、アルロデナの庇護下に置かれることになった。
また治安を預かるという関係上、大陸各地に駐屯する可能性から、ファンズエル専用の≪砦≫と呼ばれる駐屯地を持つことになった。
大陸全土を支配し荒れ果てた東部復興を掲げるアルロデナは、治安の維持を図るとともに経済の活性化によってそれを成し遂げようとしていた。
宰相プエルは、それこそが王の遺した国をさらに発展させることだと信じたし、彼女に従う文官達も経済の発展は、幸福な未来を約束するものとプエルの政策に賛成していた。
軍部は、四将軍を筆頭に懐疑的ではあるものの、戦友である宰相プエルの意見を大筋で認めていた。何より彼らは、王亡き後の指針を示せるものがいなかったために、軍の展望と何よりも自分自身の心に、王亡き後の世界を思い描くことが出来なかった。
故に軍部は、宰相プエルの政策に従うというよりは、自らの権益に絡まない限り無関心と言っても良いほどに意見を言わなかった。
そんな軍部の中でも比較的積極的に宰相プエルに協力したのは、ファンズエルとレギオルだった。治安の維持を最優先に掲げるプエルの政策においては、彼らこそが主役であり、下手をすれば王の存命の頃よりも彼らの軍が重視されていることが、はっきりとわかったからだった。
例えば、街の中を守るのは衛士の仕事であり、街の外を守るのはファンズエルの仕事である。さらに、それらでは対処が難しくなると、レギオルの出番となる。
ギ・ヂー・ユーブのレギオル、ラ・ギルミ・フィシガのファンズエルなどが最もプエルに重宝されたのは、当然の結果と言って良い。外征を担当していた他の将軍らの軍は、その規模故に十五年来ほとんど出番がなかった。
唯一活躍の場面であるアルガシャールは、宰相プエルの方針のもと、内治を優先──しかも大陸横断公路たる宝石の街道の整備拡張を優先させたたために、後回しにせざるを得なかった。
ファンズエルの≪砦≫も、ジュエルロードに沿うように建設され、南は熱砂の大砂漠から東は魔都シャルディまで大陸各地に設けられた。
その始発点たる旧エルレーン王国地域にて、暴徒が発生したという情報が入ったのは、パラドゥア氏族の集落が陥落したとの報告が入ってからしばらくしてだった。
「どうやら、ギ・グー・ベルベナ殿は本気らしい」
ラ・ギルミ・フィシガの鋭い視線は、獲物を狙う狩人の頃のまま集まった幕僚らを見渡した。
戦乱が遠のき十余年、常に実戦の中に身を晒し続けて来たのは、自分達だという自負があるからこそ、彼の幕下に集った面々は、ほとんど動揺なくその事実を受け止めた。
「狙いは、なんでしょうな?」
豊かな髭を蓄えた古参の幕僚が集まった面々に問いかける。引退したシュメアに変わって、人間の部隊をまとめる元剣闘士奴隷の男は、ファンズエルが今の形にまとまった頃からの十年以上の付き合いである。名をボルク・ゴーゲンと言った。
ざわりと、互いに顔を見合わせる幕僚達から情報が上がってこないことを確認すると、髭のボルクは禿げ上がった自身の頭皮を撫でで、ため息を吐いた。
「参りましたな。エルクスはなんと?」
彼の視線の先に一人だけ際立って若い細身の亜人の姿がある。牙の一族出身の彼女は普段ならエルクスに出向している存在である。軍の方針を決める会議の為に、ボルクは彼女をエルクスから呼び戻していた。
「……すいません。動機については何も」
自身の犯した失敗でもあるかのように、彼女は身を竦めるが、ボルクは頷き、視線をラ・ギルミ・フィシガに向けた。
「情報は、ありませんな。ただし、パラドゥア氏族の集落が落ちたのは確実のようです」
「……パラドゥアが落ちたのなら、次はアーノンフォレストを狙うのか? 我らの英雄がなぜ?」
ガンラの氏族出身の幕僚が、声を落として隣のオークに問いかける。
「今さらになって野心を起こしたのか、あるいは現状に我慢がならなくなったのか?」
首を捻るオークは太い首をさすりながら、ゴブリンに問いかける。
「ボクが聞いている限りでは、充分な恩賞は受けているんだと思ったけど?」
その話に交じって来たのは、妖精族の女。
「大陸を制覇したのに、一辺境に押し込められているっと感じても不思議ではないが……?」
妖精族の問いかけにオークは隣のガンラ氏族のゴブリンに視線を流す。
「馬鹿な、自分達であの領地をもらったはずだ! それを今になって不満と言うのは、身勝手が過ぎる。それに、商売の機会は彼ら自身が遠ざけて来たんだ。ありえん!」
首を振りながら否定する彼の言葉は、それなりに説得力があった。西都総督ヨーシュ・ファガルミアの影響力は、西域全土に留まらず、西方大森林の中にまで広がっていた。商工の発達による行商人達の往来は、遠く妖精族の森にまで広がりを見せていた。
それにうまく乗ったのがアーノンフォレストであり、それを嫌って商人達の出入りを制限したのが南方ゴブリン達のベルベナ領だった。
「利益、ではないでしょうな」
髭のボルクの言葉に、今まで意見を交換していた三者三様に首を傾げる。貨幣経済の進展は、妖精族やゴブリン、オークに至るまで価値観の激変をもたらしていた。
身を捨てた献身を、≪古き名誉≫などと呼ぶその風潮はじわりじわりと浸透しつつあったのだ。恩賞の為に働き、その恩賞は多くの場合貨幣で贖うことが出来る。その考え自体が、ゴブリンの王の為に戦い、ゴブリンの王の為に死ぬことこそ名誉と考えられた十五年前とは、隔絶した差がある。
堕落と呼ぶか、それとも平穏の代価と呼ぶかは人それぞれであったが、彼らの会話と浮かべた表情から、ふとラ・ギルミ・フィシガは寂しさを感じた。
「……いずれ、我らも時の神の呪いの中に埋没する存在か」
小さく呟かれた声に、ボルクが視線だけを向けるがギルミは首を振って、なんでもないと否定する。
彼らの信じた理想も、彼らの誓った忠誠も、為し得た功績さえも、あるいは歴史と言う降り積もる雪の中に埋没する物なのかもしれないと考えて、ギルミは口の端を笑みの形に歪めた。
「いずれにせよ、動かねばならん」
ギルミの声に、今まで意見を交し合っていた幕僚達が背筋を伸ばす。
若く優秀な彼らは、野盗の討伐ならまだしも軍と軍との真正面からの戦など無論経験していない。やっていやれないことはないだろう、というのがギルミの考えであったが、勝てると豪語できないのが現状であった。
東征の頃より、後方の治安を担うのを主任務として与えられてきたファンズエルは、大規模な戦いと言えば、戦姫ブランシェの手腕による後方攪乱の戦までさかのぼる必要がある。
今になって、ギ・グー・ベルベナのフェルドゥークと真正面からぶつかり合うのは、かなりの危険と覚悟を擁する。時代遅れのフェルドゥークと呼ぶには、フェルドゥークの為し得て来た戦績と、精鋭三千騎と謳われたパラドゥア氏族の集落を攻め落とした結果は、無視できない。
とするならば、やはり本来与えられるべき任務をまっさにこなすべきだろうと、ギルミは口を開こうとし、直後扉を蹴破るようにして伝令が飛び込んできた。
「何事か!」
声を荒げて問い質すボルクに、伝令が息も絶え絶えに報告を上げる。
「旧、エルレーン、王国地域にて暴徒発生! なお、シーラド王国、シュシュヌ王国、さらには、ブラディニア女皇国とも兵を動員、一触即発です!」
悲鳴じみたその報告に、ギルミは出しかけた言葉を飲み込んで、腕を組んだ。
「旧エルレーン王国地域に、シーラド、シュシュヌ、ブラディニアだと!? ジュエルロードが寸断されるぞ!」
怒鳴り返したゴブリンの声に、その場にいる誰もが事態の深刻さを悟った。
「ユーサラ」
「はい!」
名前を呼ばれた牙の一族出身の女は、背中に鉄の棒でも入れているのかと思われるほどに背筋を伸ばし、ギルミを見る。
「シーラド、シュシュヌ、ブラディニア……どこが最も信頼できる?」
「それは……ブラディニア女皇国かと」
半ば予想した答えに、ギルミは頷き、即座に命令を下す。
「宰相プエル殿に進言、ファンズエルはシーラドとシュシュヌを抑える、と」
「はいっ!」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったユーサラは、敬礼も忘れて会議室から駆け出る。
「東は、我らが抑えるとして西は?」
シーラド、シュシュヌは彼らの駐屯するレヴェア・スーから見て東、ブラディニア及び暴徒の発生している旧エルレーン王国地域は、西にあった。そして争乱の発生原因たるギ・グー・ベルベナの反乱もまた西で発生しているのだ。
「ブラディニアに抑えさせる」
「可能でしょうか?」
言葉に出すのは確認作業の意味合いを込めている。髭のボルクが敢えて問いかけることによって、若い他の幕僚達に、ギルミの考えを浸透させるのだ。
「可能かどうかではない。させるのだ。それに、それは我らの仕事ではなく、あの宰相殿の仕事だ」
「……なるほど、些か意地の悪い話ですな」
「なに、八つ当たりの対象がいた方が、かえって気が紛れるだろう」
口元に笑みを張り付け、ギルミは冗談を返したが、鋭すぎる視線の為に、それは冗談とは受け取られなかったようだった。老練なボルクはともかく、若い幕僚達は己の指揮官の豪胆さを改めて思い知ったかのように引き攣った表情をするだけであった。
「各人、部隊を編成し、東門にて待機。宰相プエル殿の指示があり次第、東へ向かう。急げ!」
「ははっ!」
規律正しく若い幕僚らを見送って、残ったボルクはギルミに問いかけた。
「本当に、東でよろしいので?」
「……私情を交えるつもりはない」
彼の故郷が危険に晒されている。それだけでどれだけの焦燥が彼の胸を焼いているのか、ボルクは上官の胸中を慮った。
「もはや、王の家臣と言う立場だけではないのだ」
十五年の月日はギルミをガンラの英雄から、アルロデナの英雄へとその立場を変えていた。
その寂寥の言葉に、ボルクは眼をしばたいた。まるで、いつもは仰ぎ見るしかできないような上官が、独り悄然と黄昏の河岸で佇んでいるような錯覚を覚えたのだ。
「それにエルレーン王国地域の暴徒はそれほど、心配しなくて良かろう」
「はて? それほど兵力は駐屯させていないはずですが」
強引に話題を変えた上官に、ボルクは禿げ上がった頭を撫でた。
「エルレーン王国地域には、フェルビーがいるからな」
「ああ……あの、フェルビー殿ですか」
ひどく納得したような、それでいてどこか苦笑を含んだボルクの気配に、ギルミもまた笑った。
◆◇◆
旧エルレーン王国地域は、北から東にかけてブラディニア女皇国、北西方向には西都を有する。南に眼を向ければ迷宮都市、西に眼を向ければ悲劇の都市プエナと熱砂の大砂漠が広がっている。
迷宮都市や砂漠で算出される宝石が、この地域を通ってかつてのシュシュヌ教国、そして東の聖王国アルサスへと続いて行ったのが、アルロデナの大陸制覇に伴ってそのまま経済の大動脈とされたのは、自然ンな成り行きだった。
一からそれを作るよりも、元からあった物を活用した方が速いのは自明の理である。
本来なら、そこについて回るはずの利権にまつわるしがらみは、暴風のフェルドゥークにより根こそぎ吹き飛ばされていたのも、事態を好転させていた。
ランシッドの平和を作り出したプエルにより、その大陸横断公路は、整備拡張されていった。ジュエルロードから外れた小さな村々にまで道路網を広げた。行商人達に便宜を図るとともに、その経路を軍が移動することにより、治安の維持を図る。
国の力を注いで復興に努めたと東部のみならず、その恩恵は様々なところにまで行き渡っていた。そしてそれは、旧エルレーン地域においても同様である。
エルレーンの王都を中心として平和の傘の中で発展した商業は、文化の花をつけていた。
だが、当然儲かると知れれば人が集まり競争が生まれる。競争が生まれれば、勝者と敗者が生まれるのもまた必然であった。
著しい経済の発展は、それに伴う貧民の存在を生み出さずにはおかなかったのだ。
本来なら、貧民窟にも一定の秩序と治安を保証する為に、裏社会を仕切るレッドムーンなどが出張って来るはずであったが、旧エルレーン王国地域はほとんどそれがなかった。
迷宮都市に近く、競争から落後したものは冒険者という命がけの仕事が用意されていたこと、同じ組織を浸透させるなら、迷宮都市トートウキに直接支部を作った方が速いという判断により、旧エルレーン地域は、後回しにされてきた経緯がある。
また、宰相エルバータ以来その治安の良さは、宰相プエルも認めるところであり、それが急激に悪化し暴徒発生に至るなど、考えも及ばぬことであったのだ。つまり、アルロデナの中の優等生であったはずの旧エルレーン王国地域は、プエル始めアルロデナの上層部が気づかぬ内に、いつの間にか不穏の種がまかれ、暴動と言う花が開いていたのだ。
暴徒の主力となったのは、国がなくなり食っていけなくなった元軍人、武官達とレッドムーンに追い落とされた博徒、貧民達だった。
東征に伴うランセーグ地域の小国の併合は、数多の屍の山を築いたが、それで軍人達が全員死に絶えたわけではない。一国としてみればわずかな数でも、それが何十と在ればその数は膨大になる。
アルロデナは、降伏した小国の軍部の人間をほとんど再雇用しなかった。
ゴブリンの王存命時代から、主力は常にゴブリンであったためだ。人間の部隊として草原の覇者シュシュヌの魔導騎兵、ブラディニア女皇国の赤備え、フェルドゥークの戦奴隷などがあったが、それとて全体からみれば主力はゴブリンとするしかない。
何よりアルロデナの成立が、人間族以外の復権という側面が強い以上、そうなるのは仕方なかった。大陸を制覇しつつあった人間族の覇権に待ったをかけたのがゴブリンの王であり、そのカリスマに従ったのは当然ながら出身種族たるゴブリンが圧倒的であった。
ゴブリンの王に絶対の忠誠を誓っていたゴブリン達に比して、祖国を滅ぼされた兵士、何より東部最大の版図を誇ったアーティガンドには、人間の勇者の存在があり、人間の兵士を十全に使うことが躊躇われたという事情があるにせよ、ゴブリンの王は人間の兵士をあまり徴用しなかった。
それがために、再び軍に戻ることもできず落ちぶれた軍部の人間はかなりの数に上った。ランセーグ地方の多くの小国の場合、専従の兵士を揃えていたことも軍部から大量の失業者を出すことにつながった。
ランセーグに乱立した小国は、生き残りをかけて鎬を削る中で、臨時雇用の農民兵よりも忠誠心豊かで質の高い専業の兵士に活路を見出していたのだ。その為、彼らは一旦祖国が失われると、その忠誠心と雇用先の行き着く先を再び探し出さねばならなかった。
幸運にもアルロデナの中にその忠誠心と雇用を見つけることが出来た兵士は少数であり、大多数は野に埋没するしかないのが現状であったのだ。
彼らが流れ込んだのは復興の只中である大陸東部、そして冒険者の活躍する大陸南部であったのは、当然の成り行きであった。
だが、当然向き不向きはあるもので、兵士として優秀と冒険者としての優秀は違う。上手く自分自身に折り合いをつけ、冒険者として生きて行く者はいたが、東部で裏社会に身を落とし、博徒の用心棒となる者や、南部においても冒険者崩れとなって盗賊稼業に手を染める者などが後を絶たなかった。
「再び、人間の世界を!」
そんな彼らにとって、いつの頃からか流行り始めたその言葉は、魅力的に過ぎた。彼らは覚えているのだ。
自らが世界の主役であった頃を。
神に愛され、人間同士で戦う余裕すらあったあの頃を。老境だった兵士は、ほとんど残っていない。壮年だった兵士は老境に差し掛かり、多くは命を散らした。だが、若年だった兵士は、残っていた。
祖国防衛の夢に燃え、ゴブリンとの戦いに情熱と青春を捧げた彼らは、残っているのだ。
友の屍を踏みしめて生まれた平和になじめず、親兄弟の敗死の果てにたどり着いた平和の空気は、砂利を噛み締めるようだった。
世界各地に埋もれた大争覇戦争最後の火種。百花繚乱に咲き乱れた乱世の最後の残り火。
彼らを結びつけたのが、シーラド王国宰相補ジョシュア・シューレイド。彼らを率い、その信望を集めるのは、ユアン・エル・ファーラン。
徹底してゴブリンに敵対し、国を滅ぼされてもなおゴブリンに抗い続けた彼らにとっての反逆の英雄の名前である。
東部にていち早くゴブリンの隆盛を抑え込もうとした鉄腕の騎士の愛弟子にして、最後までゴブリンの王を苦しめた不屈の英雄嵐の騎士を支えた最後の騎士。
東方教会の定める聖騎士にして、古き武の名門、東部十三家の後継者。
東征最大の激戦、天冥会戦の生き残りにして、群島諸国統一の立役者。
既に壮年となった彼の勇名は、群島諸国の戦いを通じて各地の反アルロデナ勢力の間に広がり、ゴブリンの将軍に対抗できる唯一の人間側の指揮官として、希望と共に語られた。
世界を制覇したゴブリン達に抗い続けたその生涯が語られる度、ユアン・エル・ファーランの声望は高まっていった。
「再び、人間の世界をっ!」
ある者は、東部で。
ある者は、南部で。
ある者は、海を隔てた群島で。
彼らは声を上げたのだ。反逆の声を、築き上げられた平和をまやかしと断じて、彼らは立ち上がったのだ。
「世界を支配するゴブリンどもに、鉄槌を! 奪われた世界を、取り戻せ!」
乱世の残り火は、ギ・グー・ベルベナの反乱という暴風に乗り、大陸全土で火を噴いた。




