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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
継承者戦争
17/61

序章≪災厄の走狗、平和の守護者≫

 情勢は極めて不穏であった。ギ・グー・ベルベナの反乱は、その報せが真実か否かを問わず、衝撃とともに大陸全土を駆け巡る。

 王歴にして二十年の暮れである。王都レヴェア・スーの人々は新年の祝いのために家々に飾り付けをし、来る年を迎えるべく各人の持ち得る限りの豪勢な食事を用意しようとしている最中であった。

 妖精族の計画した都市は、その規模と年月において人間族の公共事業に勝る。気の長くなるような遠大な計画と、植物の成長まで計画に含めた彼らの都市計画はレヴェア・スーの各所で見られた。

 四阿一つ作るにしても、その屋根を支える柱は成長の最中にある木を使う。屋根は蔦をびっしりと張り巡らせ、支柱となる木々の枝が、腕を伸ばすように四方から中央に向かっていた。

 季節に合わせて色とりどりの花が頭上を覆うように周到に配置され、石作のテーブルと椅子にはその冷たさを和らげるために、テーブルクロスと敷布が用意されていた。新年を祝う季節と言っても雪が降り積もることは無い王都では、風雨と害獣に気を付けてさえいれば良かったのだ。

 反乱の報せは、当然ながら西から東にかけて広がったが、わけてもその情報を早期に獲得したのは、東の果てにあるはずの隣国アルガシャールだった。

 反アルロデナを標榜する彼等にしてみれば、大国の情報を探るのは当然であり、建国以来十余年の歳月をかけた諜報活動の最大の成果であると言っても過言ではない。

 これをアルロデナ側が潰せなかったのかと言えば、そんなことはなかった。プエルの組織し、エルクスのソフィアが運営する情報網は、未だに健在であり、アルガシャール側の組織規模まで掴み、内部に工作員を送り込むことにも成功していた。

 ただ、潰すのではなく利用しようと企んでいた所に今回の反乱である。いずれは、偽の情報を決定的な場面で掴ませて、壊滅を企んでいた彼等にしてみれば、痛恨の失敗である。

 事実、黒衣の王国宰相プエルは、アランサイン及びザイルドゥークの一部に、動員をかけようとしていた。治安部隊として活躍するファンズエルではなく、今後の統治を考えればフェルドゥークでもない辺りプエルの苦心が偲ばれる。

 発動されることの無かった対アルガシャール攻略戦は、強襲揚陸からの殲滅戦を企図しており、ギ・ガー・ラークス以下東部の海軍も合わせて総勢三万に迫る大規模作戦だった。

 アルガシャールは、その意味でかなりの幸運に恵まれていた。もし、ギ・グー・ベルベナの反乱が後半年遅れていたならば、彼等の命運は尽きていたはずだ。

 だが、事実として運命は彼等に微笑んだ。

 アルガシャールは、その知らせを受けて即座に動員を開始。群島に散らばる兵士を掻き集めるとともに、アルロデナの侵攻を長年阻んできた海上戦力をも召集した。

 海の英雄ロズレイリー率いる海賊達はギ・グー・ベルベナの反乱の報に接するや、その活動を一気に加速させる。沿岸部への襲撃のみならず、港湾都市への攻撃、海上交通の要である商船への略奪。

 東部の注目を一気に引きつけるとともに、群島諸国最後の国ハノンナキア近海に我が物顔で、出没しだしたのだ。

 こうなると、商船は海賊を恐れて船が出せない。わざわざ、虎が口を開けて待っている中へ飛び込むのは勇気ではなく無謀だった。

 彼等の活躍に、頭を悩ませたのはプエルだったが、心底怒りを爆発させたのは、東部を預かるガノン・ラトッシュである。折角復興の進んできた東部の治安を悪化させられるのは、彼にとって我慢ならなかったのだ。

 東征以降、経済の力でアルロデナの中心となった三人。すなわち、西都の総督ヨーシュ、ギルド総支配人ミーア、そしてガノンである。

 彼もまた、最優秀とされるほどの官僚であると同時に一流と言って良い総督だった。

 私費を投じて増設した海軍を召集し、臨戦態勢を整えるとともに、東部に駐在する兵力を掻き集める。人間を中心とした兵力とは別に、武者修行の途中のオークや、ゴブリン。

 さらには、冒険者に緊急招集をかけて戦力を掻き集めると、宰相プエルへ簡明極まる報告書を送った。

「奴ら、ぶち殺す!」

 失言多き天才と言われたガノンの、ただ一言書かれた書簡にプエルは、眉をひそめただけだった。人間あまりにも怒りが大きいと言葉が出なくなるものらしい。

 そう内心だけで苦笑したプエルが、想像力を働かせて思い描いたのは、怒りの声とともに執務机を乱打するガノンの姿だった。そして彼女の想像力は、彼女の元へ書簡が届く頃にはすでに現実のものとなっていた。

 怒り狂うガノンを嘲うかのように、海賊達の横行はとまらない。それどころか、一層激しさを増して跳梁跋扈する有様であった。歯ぎしりしながら耐えるしかないガノンの誤算は、やはりギ・グー・ベルベナの反乱である。

 念入りに作られた対アルガシャールの戦略に、建国以来の大英雄の反乱は加味されていなかった。結果として、本来アルロデナ側の最大の利点であるはずのゴブリン及びオーク兵力が、彼の予想以上に集まらなかったのだ。

 それだけでなく、援軍として計算できた四将軍らの戦力も当てに出来ない。フェルドゥークが一丸となって反乱を起こしたなら、アランサインとザイルドゥーク、下手をすればファンズエルまでつぎ込んでも、早期に鎮圧出来るかわからないと考えられた。

 本来攻勢に強いはずのゴブリン達を見事に統率し、粘り強い戦いで全軍崩壊の危機を救ったことなど、数え上げればきりが無い。そればかりか、逆転の攻勢には必ず彼等の力があったと言っても過言ではない。

 それが、ギ・グー・ベルベナであり、彼の率いるフェルドゥークである。ゴブリン達が大陸を制覇した、その屋台骨たるべきもの達なのだ。

 積極的な攻勢に出られないガノンは、守勢に転じるしかなかったのである。


◆◇◆


 東部ではガノンとアルガシャールが火花を散らす中、大陸中央部でも火種は、燻っていた。

 渦中の国は、シュシュヌ教国と、シーラド王国である。アルロデナの属国と言う立場は、同じでもその成り立ちは大きく違う。

 聖女戦役に際して、早くにアルロデナに寝返り、隣国を併呑したシーラド王国。対して、シュシュヌ教国は戦姫ブランシェ・リリノイエの名で、最後まで戦い抜き草原の覇者の地位から引きずり落とされた国だった。

 扱いに差が出来ていて当然だったが、シュシュヌ教国はその底力を発揮して、待遇の改善から自国の発展までアルロデナに追いつけ追い越せとばかりに、急速に経済発展を遂げていた。

 長らく大陸中央部で、草原の覇者であったシュシュヌ教国は歌劇を中心とした大衆娯楽の先進地であった。ゴブリンの支配を恐れて当初文化人や、国王に近かった者達も、その居場所を現在のシュシュヌ教国へと移していたのだ。

 また、その成り立ちからして、新生シュシュヌ教国は王家直轄地を元にして成立している。高い生産基盤は元々約束されたようなものだった。

 反対にシーラド王国は、元々が小国であるが故に悪戦苦闘しながらの発展であった。当然シーラド王国は、面白くない。

 戦を仕掛けるのは、ゴブリンの王存命時代に封じられている。周りを全てアルロデナか、その同盟に囲まれているシーラド王国は、領土的に発展の余地がなかった。

 そればかりか、併呑した国の民と元々シーラド王国の民の軋轢が急速に治安を悪化させるに至って、首脳部は強引にでも、国内をまとめる手段に打ってでざるを得なかった。

「シュシュヌ教国は、我が国に対して煽動を行い混乱をもたらそうとしている!」

 国内向けに発表されたその布告に従って、シーラド王国は、軍を警戒態勢へと移行させた。軍事的緊張を利用して、国内の引き締めを図った彼等の目論見は半ば成功する。

 表面的にしても国内で燻っていた対立の火は、収まったのだ。なにせ、シュシュヌ教国は争っていた彼等の共通の敵だった。

 彼等の目論見が半ばしか成功しなかったのは、悪意をもってシュシュヌ教国への反感が広がるのを見守っていたシーラド王国の首脳部の思惑を越えて、その火が広がってしまったのだった。

 軍部の下級兵士、青年貴族、貧しい農民までもその敵意は広がって行った。税金が重いのも、商売が失敗するのも、天候不順による作物の不出来まで、全ての責任はシュシュヌ教国にある。

 その声はプエルの張り巡らせた諜報網にも引っかかり、彼女を呆れさせた。

「シーラド王国に自制を求めましょう」

 報告を受け取った彼女の言葉は、直ちに実行に移されたが、わずかばかり遅かった。

 ──シュシュヌ教国、国王逝去。

 プエルも、シュシュヌ教国の者達も、果てはシーラド王国の首脳部までも、なぜこのタイミングでと耳を疑い、そして直ちに暗殺を考えなければならなかった。

「その死に不審は?」

 届けられた報告に、聞き返したプエルは、無言のうちに首を横に振る使者に唇を噛んだ。

「……失礼しました。改めて、お悔やみを」

 彼女は引き下がったが、これで両国の対立は加速していく。彼女の予想したその上を行く速度での両国の関係悪化は、大陸中央部に不穏の種を残したままだった。

 アルロデナが自制を求めているから、まだ何とか戦を回避しているものの、いつ暴発してもおかしくはなかった。

 そうして徐々に降り積もった不満の油に、ギ・グー・ベルベナの反乱と言う火種が落とされた。

 彼等の緊張の原因は、起きるかどうかではない。どこで、どう始まるか、と言う段階に既に移っていた。


◇◆◇


 プエルに従ってアルロデナ全域に、エルクスと名付けられた巨大な諜報網を作り上げたのは、ソフィアである。エルクスが未だ一クランであった頃から所属していた彼女は、貧困層の出身者だった。

 成長した彼女は諜報組織としてのエルクスを運営する傍ら、彼女は孤児院を経営し始める。アルロデナ全域に複数存在したそれらの運営資金は、プエルから渡された物だったが、プエルにしてみればそれは、今までの活動に対する正当な報酬との認識だった。

 しかし提示された金額を見て、ソフィアは考えた。

 ──大陸は平和になった。だが、平和は作り出すよりも維持することの方がよほどに、難しい。

 プエルよりも、なお人の欲望というものに敏感な彼女は、それを使ってどうアルロデナの平和に貢献するかということを考えざるをえなかった。

 自身の大事な者を奪い続けた、憎むべき戦乱。

 それを自らの手で終わらせた自負があるからこそ、彼女は戦乱を厭う。臨東(ガルム・スー)を拠点として活動を続ける彼女が孤児院を情報組織の末端に加える決意をしたのは、他に選択肢がないという理由もあった。

 戦乱で深く傷ついたアルロデナを復興させるため、プエル風に言えば、王の偉業を後世に残すために、その経済的復興は大陸全土にとって急務だった。

「私には、責務があります。人々が二度と再び戦乱を望まぬように、乱世が昔語りになるような永遠の国を、この手で作り上げねばならないのです」

 そう語ったプエルの覚悟をソフィアだけは知っていた。静寂の月と二つ名で語られるように、月光の中で二つ輝く姉妹月を見上げて語る彼女は、ソフィアから見れば悲痛とすら見えた。

 だからこそソフィアは、与えられた報酬をその為の手段に回す。商会に繋ぎを忘れず、孤児院から新たな人材を組織に補てん・拡充していく。 

 戦乱と援助を得て成り上がったアルロデナ系商会を始めとして、複数の情報網を持つ彼女にしてみれば、そんな孤児院も大事な情報源の一つであるとともに、そこで育った子供等は諜報網を支える人材だった。

「ソフィア姉さん」

 呼ばれて振り向いた彼女は、顔を綻ばして笑顔になる。

「ヴェリンじゃないの! 元気そうじゃない!」

「ええ、姉さんもお変わりなく!」

 小柄なソフィアが見上げるばかりの長身痩躯。ひょろりとした体格に、垂れ目で優しげな風貌と赤茶色の髪を持つどこにでもいる青年だった。

「少しは仕事に慣れた?」

「いやぁ、いつも叱られてばかりで」

 苦笑する青年に、ソフィアは慈愛に満ちた笑みを返す。

「そう? なら、久しぶりだし、何か奢るわよ? 仕事に疲れた青年にね」

「そんな、良いですよ」

 口ではそう言いながらも、満更でもないのか強く拒絶しない青年を引きずるようにして、ソフィアは目当ての店に入る。

 どこにでもある風景のようだが、その裏で音を発しないようにして最低限の会話がなされる。身振りと手振りを交えた暗号の遣り取り。

 ──東は?

 符丁と視線でソフィアが問えば、ヴェリンと呼ばれた青年も同じ手段で答える。

 ──海賊達が港湾都市ナザラを襲撃。火災発生により避難民多数。支援を求む。次は進路から見て南側のシロス。

「ここは、大陸中の野菜が集まってね。どうせ肉ばっかり食べているんでしょ?」

 テーブルに腰掛ける二人の前に、運ばれてくる温められたお茶。木製のジョッキに入れられそれは、最近流行りだしたシュシュヌ教国産の飲み物だった。

「珍しいですね」

 興味深そうに、濃い緑色のお茶を眺めるヴェリン。

「でしょう? 最近の流行らしいわ。ハマ商会から仕入れをしているらしいし、確かなものでしょ?」

 頬に人差し指を当て、笑うソフィア。その指先の動きが頬から宙を指す。

 ──分かった。次は、ハマ商会を探れ。

「どこのです?」

 疑問に首を傾げるヴェリン。

 ──なぜ?

 ハマ商会は、アルロデナ系商会であり、ここ十余年で著しい成長をとげてきた商会だった。

「シュシュヌ教国のは高いから、他のらしいわ。確か東の方の」

 ──魔都の商館長だ。

 眼を細めたソフィアに、ヴェリンは首をすくめた。

「……へぇ」

 他愛ない会話を終えて彼等は別れる。彼らがこんな回りくどい方法を取るのは、彼らを覗う視線に当然気が付いていたが、それを確認するまでもなく、当然のことと知った上で彼らは別れた。

 ガノン・ラトッシュが支配者として君臨するお膝元。その足元で、情報が漏れているという。

 難しい仕事になると考えて、ヴェリンは笑った。孤児だった彼を育ててくれたのは、ソフィアだ。成長と共に彼はソフィアを手伝うようになり、そして今に至るのだ。

「あらぁ」

 頭をかいて左右を覗う。

「どうもガルム・スーの道は難しいなぁ。こっちが近いと思ったのに」

 間抜けな青年を演じる彼の背後に、複数の足音を感じて彼は振り向いた。

「へへへ……」

 薄ら笑みを浮かべた浮浪者然とした男達が六人。瞬時に、戦力差を見て取った彼は、眉をしかめた。

「碌でもないなぁ」

 ぼんやりと呟かれた言葉はどこか緊張感を欠き、それが男達を刺激した。

「おい」

 以前受けた訓練のおかげか、一言だけでヴェリンを囲い込むような態勢をとるのは、彼らが前の戦役の従軍者だったからだろうと、ヴェリンはのんびりと考えた。

「悪いな、兄ちゃん」

 包囲して武器を弄ぶ彼らのリーダーらしき人物は、口元に嗜虐の笑みを浮かべて勝利宣言をする。

「あの女もすぐ後を追わせてやるからな」

「へぇー……」

 あの女──ソフィアのことが彼らの口の端に上った瞬間、ヴェリンの口元にも笑みが浮かぶ。それは、いままでどこかのんびりとしたような間の抜けた青年の笑みではない。

 これ以上なく酷薄な、まるでずっと暗闇に潜んで獲物を待ち続ける狩人の笑みだった。

「あの人はねぇ、忙しい人なんだ」

 一歩ヴェリンが前に出る。

 それだけでその場の雰囲気が凍り付く。

「あの人の邪魔は、させるわけにはいかないなぁ」

「ざっけんな!」

 振り上げられる長剣をかわして懐に入ると、顔面に対しての掌底。怯んだ相手の武器を奪い取り、背後から斬りかかってくる敵の剣を受ける。力任せに振り下ろされた剣の力に逆らわず、体重を逃がして剣の軌道から右へ逃れる。

 左から迫る敵に対しては、体勢を崩した敵を盾にして、その攻撃を封じると右から迫る敵の腕に斬りつける。骨までは届かないが痛みを与えることには成功した攻撃に、敵は悲鳴を上げて武器を取り落とす。

「らぁ!」

 背後から聞こえる声に、瞬時に距離を考え地面に倒れ込むように避ける。

 直後彼の背中のあった位置を、風鳴り音とともに長剣が通り過ぎた。即座に地面から立ち上がると同時に長剣を大上段に振り上げた相手の腹に蹴りを叩きこむ。

 鉄でつま先を補強されたブーツでの最短距離を走った前蹴りは、鳩尾を強襲し相手から戦意とそれ以後の動きを奪う。同時にせりあがって来た吐しゃ物が敵の口から洩れた。

 膝から崩れ落ちる敵の頭を、止めとばかりに蹴り飛ばし、迫って来ていた敵の足元に転がす。左右から迫ってきていた敵がそれだけで一瞬動きが鈍り、時間差が出来る。

 対処を優先させたのは右の敵。

 短剣を腰だめに構えて低い姿勢で突っ込んで来る。

 一直線に突っ込んで来る鼻先に長剣を突き出す、と同時にフルーレのように長剣を突き出すと、慌てて止まる敵の動きの乱れに付け込んで、踏み込んだ足を基軸とした左の回し蹴り。

 顎の骨を砕くほどの速度と威力で振るわれたその一撃は、意識を根こそぎ奪い取り、即座に反転して左から迫って来た敵に、今度は地面に着いた左を脚を起点にして後ろ回し蹴りを見舞う。

 あばら骨を数本へし折ったその一撃に苦悶の声を上げる敵に頓着せず、背後から迫って来た一撃に対処する。

 背後を振り返ると同時に突き出された長剣から身を反らし、続けて振るわれる長剣から身を反らすように、体勢を崩し地面に手を突く。

 それを好機と見て取った敵が、左右から迫る。

 地面に手を突いた態勢からでは、立て直すまでに時間がかかり過ぎる。さりとて、地面に逃れるにしても追撃は、左右から迫る刃の脅威に対処できはしない。

 ならば、勝利は確実。

 そう確信した敵の攻撃を、ヴェリンは跳ね飛ばす。

 地面に手を突いた状態から、さらにもう片方の手も地面について両手で体を支えると、必然的に振り上げられた足によって、迫る二人の襲撃者を薙ぎ払ったのだ。

 まるで撓る鞭のように回転する彼の足技は、舞踏のようにも見える華麗さだった。

 全員を倒し終えて息を吐く。

「碌でもないなぁ」

 酷薄な笑みを顔に張り付け、全員息があることを確かめると、意識のある者から尋問していく。

 情報は、何よりも優先されるべきものだった。

 労力に見合わない情報かもしれないが、それが結果的にソフィアの役に立つなら、彼はそれを厭うものではなかった。

 全てを成し終えて裏路地から出ると、彼は大通りに向かう。すぐさま近くを通りかかった不機嫌そうな衛士と傷だらけのゴブリンに率いられた衛士達に声をかけた。

「あの、そこの裏路地で喧嘩があったみたいですよ」

 不機嫌そうな衛士は、隣のゴブリンに視線を向ける。

「まったくバカどもが、それじゃちょっと行くかギーさん」

「わかッた」

 半ばゴブリン達で形成されたその衛士の集団は、傷だからのゴブリンの声に合わせて抜剣すると、裏路地へ隊列を組んで進んでいく。

 職務に忠実な彼らを、今やガルム・スーの誰もが敵だとは思っていないのだろう。善良なる市民達からの声援すら受けて衛士隊は、喧嘩の仲裁に向けて動き出していた。

 人込みに紛れる様にしてヴェリンはその場を去る。

 平和の守護者達は、確実に今日の平和を守っていた。


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