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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
五風十雨の平穏
14/61

自由都市の騎士

 ゲルミオン州北部自由都市の季節は四つに分けられる。長く降り積もる雪の冬、若葉芽吹き花咲き乱れる春、梢に深緑が色付き、照り付ける太陽の日差しが降り注ぐ夏。そして収穫の秋である。

 北部自由都市を治めるのは、リィリィ・オルレーア。オルレーアの魔剣、空を斬る者(ヴァシナンテ)を従えてアルロデナの大争覇戦を生き残り、領地領民に安寧をもたらした若き名君である。

 アルロデナの支配体系は、ゴブリンの王が提唱した“分割して統治せよ(エル・ラ・ヴェレッセ)ただし風通しは良く(デル・ダ・ジスタ)”を基本としているため、地域によりその格差が大きい。

 アルロデナ直轄領として治められる地域もあれば、旧エルレーン王国のように間接統治に終始する場合もある。属国という括りのシーラド王国もあるいは間接統治の部類に入って良いかもしれない。

 その中で自由都市とは、その領域内の自治を許され独自の制度、独自の税制をもって統治を許された地域を指す。間接統治と何が違うのかといえば、自由都市の領主は、アルロデナの王にのみ忠誠を誓い、宰相などに忠誠を誓う必要がないことが挙げられる。

 直轄地とは、宰相プエルを頂点とする宰相府が直接政治を見る地域である。

 また間接統治とはアルロデナから総督が派遣され、その領域の支配を任せられるのが常だ。西都の総督ヨーシュ・ファガルミアや魔都シャルディの総督ガノン・ラトッシュなどがその例に挙がる。また総督の下には何名かの代官が存在し、広い領域を統治する手助けをするのが通常である。

 彼らは宰相が任命し、宰相の下に属するために王と宰相に忠誠を誓わねばならなかった。彼らはアルロデナが定めた税制、裁判、法の下にその地域の政治を司り、ある程度の裁量権を宰相から与えられて地方にあった政治を展開している。

 一方の自由都市はある一定の税金をアルロデナに収めれば、それ以外は領主の裁量という形になっている。公共事業である道路の整備も、街道の補修も、宿屋の設置も全ては自前で成し遂げねばならないのだ。かつてゲルミオン州は、一致団結してゴブリンの軍勢に反抗し、フェルドゥークの暴風によってやっと鎮まったという経緯がある。

 そのために、自由都市として存在している区域とアルロデナ直轄地、果ては間接統治地域とがかなり入り組んだ形で形成されていた。

 離反を防ぎ、一致団結するのを防ぐ為にゴブリンによる入植なども行われたこの地域は、近隣に臨東(ガルム・スー)が存在し、南には西都という大都市に挟まれていることからも、交通の要衝であるばかりでなく、その治安の維持をどうするのかという問題が、王歴10年前後には指摘されるようになっていた。

「で、それが私のところに来たというわけか」

 品の良い調度品で設えられた執務室で、宰相府からの使者に対してリィリィは形の良い眉を潜めて問い返した。

「まぁ、そうですね」

 対面する席に座るのは、西都の主ヨーシュ・ファガルミア。西域一帯に影響力を及ぼす稀代の英傑にして、百戦錬磨の政治家である。その彼が、宰相プエルの使者として、わざわざ北部自由都市の領主リィリィを訪ねてきた。

「貴方には恩義がありますから、受けたいところですが……」

「無論今すぐ、というわけではありません。兵の編成から時間が必要でしょう」

「え、ええ」

 微笑を崩さないヨーシュの言葉に、リィリィは眉を潜めざるを得ない。現状街道の不安は確かに存在する。だがそれが、さしたる問題として浮上しているのかと言われれば、それには疑問符がつくのが彼女の認識だった。

 理由は入植したゴブリン達だ。

 入植したゴブリン達の仕事といえば、当然ながら武張ったものになる。南方ゴブリンの雄ギ・グー・ベルべナが推し進める政策に従ってアルロデナ各地にゴブリンの入植地が存在した。

 彼らがいるからこそ、街道そのものは非常に安全なはず、その認識があるからこそリィリィはヨーシュの提案に首を傾げざるを得なかったのだ。

「それはそうと、祭りですか?」

 問いかけるヨーシュの視線の先では、いつも以上の賑わいを見せる自由都市の景色が広がっている。

「ええ、収穫祭です」

「なるほど」

 細めた目で頷きながら、彼は言葉を継ぐ。

「これは忙しい処にお邪魔してしまったようですね。冬には観光が盛んと聞いていましたので、その前にと思ったのですが」

「いえ、そんなことは決して」

 事実、オルレーア領自由都市では冬にかけて観光業が盛んになる。ギルドの総支配人ヘルエン・ミーアが提案し、リィリィが推奨した西都の富裕層を狙った旅行は思いのほか好調で、自由都市の税収を助けてくれている。

 そしてそれは、リィリィがレシア・フェル・ジール奪還の際に冒険者ギルドに協力した見返りとして、ヨーシュからヘルエン・ミーアを派遣されたことに端を発するのだ。

 恩義がある、というのはこのことを指していた。

「予定を変更して、少し祭りを見物しても?」

「え、ええ。それはもちろん」

「宿はとってありますので、ご心配なく。では」

 優雅さすらともなってヨーシュは退出する。

 その姿を見送ってリィリィは深いため息をついた。ヨーシュ・ファガルミアは、第一級の功臣であるのは間違いない。武でアルロデナを支えるのがゴブリン達なら、政で支えるのがヨーシュを筆頭とした文官達なのだ。

 その彼が、ゴブリンが入植した街道の警備を依頼してきている。

「……両輪は揃わねば前へ進むことが難しい。それがわからぬ人ではないだろうに」

 武官と文官それぞれが己の職責を果たしてこそ、大争覇戦争を勝利で飾ることができたのだ。あの偉大な王のカリスマあってのこととはいえ、それだけで大争覇戦争を勝利することは難しかっただろう。

 協調こそが大切だと、リィリィは思う。だが、彼女の立場から一方的にヨーシュを責めるのはお門違いといっていい。あるいは、彼女には見えないものがヨーシュを始めとする文官達には見えているのか。

 優秀さを競うなら、確実にヨーシュに軍配が挙がることを知っているだけに彼女は苦悩する。

 そしてもう一つヨーシュからの提案に簡単に頷けない理由は、ヨーシュとヘルエン・ミーアの対立である。といっても火花を散らすというわけではなく、静かな戦いといってもいいものだ。

 友人であるヘルエン・ミーアを応援する彼女としては、ヨーシュに活躍してもらっては何かと困る。ヘルエン・ミーアがヨーシュを超えようと必死で努力しているのを知っているから、なおさらということもあるだが……。

 リィリィが悩む中、領主館の外では祭りの準備が着々と進んでいた。

 自由都市は領主の屋敷を中心に西側と北側に農村部が広がり、南側と東に都市部が広がる作りになっている。これは大都市である西都とガルム・スーの影響がある。都市計画など立てられるのはごく一部の知識人だけなのだ。ゆえに、この当時の領主としては普通にリィリィは自然な形で発展するのに任せていた。

 アルロデナから続く街道は、領主館にまで続いている。これはリィリィが優秀だからというよりも、ヘルエン・ミーアからの友情の証といったところだ。物事には優先順位があり、その必要性が同じであるなら後は者をいうのがコネであったりするのが社会というものだ。

 比較的発展する東と南だが、問題を孕んでいるのもまた事実。商業区を設けることによって、そこでの商売を自由化しているリィリィにとって、この商業区は税収を生む金の卵である。ある一定の金額を払えばどこでも商売をして良いとしているこの区画には、大都市では売れ残りそうな貴金属や採れたての農産物、生活必需品などが並ぶ。

 ゆえに、もし万が一街道に危険が迫るようならそれは自由都市にとっての死活問題なのだ。

 自由都市の兵力供給に関しては大きく問題はない。

 アルロデナが大陸を制覇してから盗賊、夜盗の類は激減しているし魔獣の被害程度で収まっている。弓と矢の軍(ファンズエル)は、多種族からなる構成を生かしてどの地域においても成果を挙げている。

 治安維持程度なら今の兵力を減少させても、大きく変化はないとリィリィ自身は思っていた。

 では、ゴブリンを雇ってという話になるとそれは財布が許さない。観光業の隆盛とそれに伴う各種利益のおかげでやっと一息をついている状態なのが自由都市の実情なのだ。

 結局のところ、リィリィ一人の力では、良案が浮かびそうもなく考えを保留にしておくしかなかった。


◆◇◇


 自由都市は領主を筆頭としながらも、その下を構成する上級階級が存在する。人口が5000を超えようとしてる都市は、既に領主一人で裁ける量を超えているのだ。上級市民(ノヴェリア)と呼ばれる彼らは、都市への貢献と義務を引き受ける代わりにその運営に口を出せる地位を得ていた。

 私財を投じて街道を敷設した商人や、農村部での名主、領主の主催する上水道の整備に尽力した区画の代表など、自ら身を切って町への貢献をなした者達によって構成されるそのノヴェリアは、議会という形で市民の意見を領主に差し出していた。

 領主からの諮問機関の役割も兼ねる彼らは、相応の実力と世情に通じた実力の持ち主らであり、領主も無視ができる相手ではなかった。その彼らの会議に、ヨーシュ・ファガルミアは出席していた。

「では、そのお話は宰相様直々の?」

 多分に畏怖の色を含んだ質問の声に、ヨーシュは穏やかに頷いた。

「ええ」

 ざわめきが支配するその会議で、彼らが静まるのを待ってヨーシュは口を開いた。

「もし、この宰相府の提案を受け入れてくださるなら、相応の見返りはお約束します。西都総督ヨーシュ・ファガルミアの名と宰相プエル・シンフォルアの名に賭けまして」

 戦乱の中で生き延びてきた彼らノヴェリア達は、いずれも相応の曲者実力者ぞろいだった。その彼らが、驚愕とともに目を見開く。

「領主様は、この案にご賛成なのでしょうか?」

 農村部の名主の言葉に、ヨーシュは首を振った。

「説明は致しましたが、賛成とまでは」

「それは……」

 再びざわめく彼らを、見据えてヨーシュは今度は口元を笑みの形に歪めた。

「僕と宰相の名前はそこまで軽くない、と思いますが?」

「……脅されているのですか?」

 ノヴェリアの一人が恐怖に青白くなった顔でそう問いかけるが、ヨーシュは不敵に微笑むまま、首を振る。

「事実を申し上げているだけです。今ここで手を打たねば、手遅れになると我らは考えておりますので」

「手遅れ、とは?」

「これ以上は、ご勘弁を。国の機密に関わります故……どこに耳があるか知れない」

「そんな!」

 声を荒げる者達を前に、ヨーシュはなお余裕を失わない。

「ご存じないですか? 自由への飛翔の羽は無数にあり、赫月が照らすのは闇の神(ヴェルドナ)の翼の中でさえ、と」

 それは黒き太陽の王国(アルロデナ)の抱える諜報機関の名前。暗殺なども平然と行ったとされる噂ばかりは、世情に通じた彼らの耳にも届いている。

「それでは、皆さまに幸運があらんことを」

 いまだざわめきが支配する会議を後に、ヨーシュは割り当てられた宿に戻る。待ち構えていた愛人兼護衛兼秘書のセレナに問いただされた。

「どうでした?」

「さて、手は打ったけれどね」

 ヨーシュから外套を受け取ると、丁寧に壁に掛けながらセレナは戸惑いがちに口を開く。

「あの、その本当に……プエル姉様の言うようなことが?」

「……ゴブリンの全てが信頼に値うものか、疑問に思っている。僕もそう思っています」

 俯くセレナの髪を労わるようにヨーシュは撫でた。それは衝撃などというものではない。この大陸を制覇したゴブリン達に、その戦友が不信感を持っていると言ったのだ。

 ──貴女の思い人に伝えてください。足元を固めなさい、と。

 ひどく悲しげな顔をして命じたプエルの横顔がセレナの脳裏に浮かんでは消える。

「人間だって、全てが信頼できるわけじゃない。むしろのゴブリン達の方が信頼ができるとは僕も思う、だがね……」

 優しい声を出すヨーシュだったが、苦々しい感情がその声の裏側にはある。

 剣聖ギ・ゴー・アマツキとは今でも友であると思っているし、稀にではあるが文のやり取りもある。だがそれを差し引いても、油断はできない。もし、将軍級のゴブリンの一人が反旗を翻したならば、一体どれだけの手勢が彼らに付き従って反旗を翻すのか。

「なんにせよ、言えるのは一つです」

「はい?」

「あの王様は、死んでからも僕に仕事を押し付ける」

 ため息を吐くヨーシュの冗談に、セレナはやっと笑顔を取り戻した。

「それはそうと、収穫祭があるそうです。どうです?」

「護衛としては、人込みは不安ですが……」

「ですが?」

「貴方の思い人からすれば、是非!」

 弾けるような純粋無垢な笑みに、ヨーシュも優しく頷いた。


○○●


 リィリィを悩ませていた街道警備の問題は、ノヴェリア達からの提案で一つの決着を見ることになる。

「是非、よろしくお願いします」

「諸君がそう言ってくれるのはうれしいが……」

 街道警備の必要性を、ノヴェリア達から意見具申されたリィリィは渋い顔をして悩む。

「実は、臨東(ガルム・スー)からの同様の陳情がありまして」

「ガルム・スーから?」

 驚きに聞き返すリィリィは、その内容を聞くにつけ、街道警備の必要性をさらに強く感じた。

「文官では、ゴブリン達を抑えられないのか……」

「申訳もない、と先方も仰っていましたが……」

 何よりも武を尊ぶ。特にベルベナ領のゴブリン達はその傾向が強かったが、その彼らが如何に計算ができ、都市を治める功績をあげているとはいえ、代官などに素直に従うわけもなかった。

 ガルム・スー警備のゴブリン達は、過去にゴブリンの王から命令を受けたという理由から、比較的従順であり、自分達の都市の代表である代官の命令に対して、従わない入植した新参者達のことをあまりよく思ってはいない。

 ゴブリン同士の中でさえそれだった。

 リィリィのように、『魔剣ヴァシナンテの所持者』、『緋色の乙女』などという勇名鳴り響く領主の方が稀なのだ。

「……よろしい。引き受けよう」

 しばらく悩んだリィリィだったが、彼らの陳情を受け入れる形で警備の任務を引き受ける。

 正確には、ゴブリンとの折衝役というのが正確なところだ。

「では、収穫祭の開催の時に」

「そうだな」

 ノヴェリアの提案にリィリィも頷く。数多くの人が集まる場所で発表した方が、情報の伝播効果が見込める。慶事として発表することで、いらぬ摩擦も減るだろうとの計算に、領主としての彼女も頷く。

 内諾を得たノヴェリアはすぐにヨーシュに知らされることになり、ヨーシュの手からリィリィに護民官(トゥリブヌス)の役職を新設して、贈ることを約束。

「大仰な名前ですね」

 眉を顰めるリィリィに、ヨーシュは肩を竦めた。

「民の安寧を願う、その意を込めたそうです」

 収穫祭の時に発表されたそれは、自由都市の更なる発展を安全の面から保証するものであると集まった民に理解され、慶事として近隣に鳴り響いた。

 収穫祭の終わりを契機に、入植したゴブリン達の下に赴いたリィリィは、まずゴブリン達に護民官に就任したことを知らせる。

「この度、宰相閣下の依頼により護民官の職位に就いたリィリィ・オルレーアである。ついては、街道警備に兵士の差出を」

 丁寧に整備をしていた大戦時代の鎧に、白の外套を身に着けた彼女は、聖騎士と呼ばれたあの頃のままの姿である。緋色の髪を後ろで一つに束ね、鋭い眼光も健在の緋色の乙女。

 余計な文言は無用とばかりに、本題だけを切り出すリィリィ。同行したガルム・スーの代官などは、ひやひやしながらその様子を見守っていた。人間族相手にやれば、無礼千万と火に油を注ぐ物言いだった。

「……御意は確かに承り申した。が、我ら無骨者、言の葉だけでは」

「よろしい」

 細めた視線はそのままに、不敵にリィリィは笑う。

「殺しはしない。私の下に就くのが不満なものは、掛かって来なさい」

 リィリィの言葉に、ゴブリン達の中から腕に自信の有るもの達が前に出てくる。その数30程もいるだろうか。

「面倒ですから、一度にお相手しましょう」

 彼女の挑発に、ゴブリンらは表面は平然と、だが内心は己の積み重ねた修練に自信の有るものほど、腸を煮えくり返して一斉に彼女を囲む。

「しからば──」

「来なさい」

 その言葉が終わらぬか終わらぬうちに、一斉に仕掛けたのはゴブリンの若手。四周、前後左右から襲い掛かる彼らの刃は、真剣である。刃引きすらされていないそれで切り付けられれば命はない。

 如何に激発していようとも、その連携はゴブリンの王が与え、偉大なるギ・グー・ベルベナが鍛えた必殺のもの。並みの手練れなら、一撃を防ぐ間に他の刃が体を刺し貫くはずの必殺の間合いだった。

 だが、その必殺の間合いの中に一陣の風が吹き抜ける。わずかに揺らめいた白の外套。

 その内側で抜き放たれるのは、オルレーア家に代々引き継がれし魔剣空を斬る者(ヴァシナンテ)。鋸状の刀身は、意志を持つが如くにその真価を発揮し、空を泳ぐ蛇のようにその刀身を幾重にも伸ばしていく。

 鞭のようにしなやかに、剣の切れ味を保持したその剣を蛇腹剣と呼ぶ。

「ぐ、む……」

 一度に襲い掛かったゴブリン達が、一閃のうちに吹き飛ばされる。それぞれ、必要最小限の傷をつけられた彼らは、目を剥いた。手加減されたことが、分かったからだ。彼女が本気なら、今の一撃で全員が首を刎ねられていた。

 じり、と間合いを詰めるのは次の4人のゴブリン。手には槍を、斧、長剣に盾とそれぞれに工夫をして蛇腹剣ヴァシナンテを防ぐ工夫をした彼らの一斉攻撃も、再びの一閃により完膚なきまでに叩き潰される。

 槍の間合いは蛇腹剣の前に意味をなさず、重量に勝る斧も、手繰る蛇腹剣の重心に押し負けて弾き飛ばされる。では盾はどうかといえば──。

「──斬鉄」

 筆頭将軍ギ・ガー・ラークスの槍さえ切り裂いた剣士の一つの到達点。斬鉄のスキルの前に、無残に鋼鉄製の盾が切り裂かれる。

「どうしました? まさか終わりではないでしょう?」

 静かに立つ彼女の姿に、ゴブリン達は赤い雪が舞うのを幻視する。かつて剣の蛮族雪鬼(ユグシバ)達に、悪魔と呼ばれた緋色の乙女の視線は、血で染め上げた氷雪よりもなお冷たく彼らを見下ろしていた。

「お、おそれいりました」

 平伏する彼らを一瞥し、彼女は声を張り上げる。

「以後、この入植地は私に従ってもらう!」

「は、ははっ!」

 彼らを一喝して従わせると、ガルム・スー及び自由都市、さらには直轄領の兵士と共に街道警備の任務を与える。その後、複雑に入り組んだゲルミオン州の治安はリィリィに従ったゴブリン達の活躍もあり、劇的な向上を見せる。

 管轄の異なる領地にまで捜査の手を広げられる護民官の権利は大きく、リィリィに与えられた権限の大きさを伺わせるが、彼女自身は常に謙虚な騎士としての姿勢を守った。

 その活躍は、演劇となって広く伝えられ、ゲルミオン州において『緋色の乙女』の名声は、不動のものとなった。

護民官の名前は偉大なる千年帝国ローマからです。職権は全く違いますが。

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