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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
五風十雨の平穏
13/61

未踏への挑戦

 未だアルロデナがその勢いを西方、暗黒の森に留めていた頃、今ではレヴェア・スーと名前を変えたアルロデナの首都は、草原の覇者シュシュヌ教国の首都であった。二代に渡って大国の首都であるレヴェア・スーは、その威容を草原の中に誇示している。

 ギルドの総本山があり、東西をつなぐ貿易の中心地として栄えたそこは、かつて有名無名の血盟(クラン)が集う場所であった。大争覇戦を戦い抜いて、尚その威勢を誇るのは、誇り高き血族(レオンハート)戦乙女の短剣(ヴァルキュリア)赫月(レッドムーン)さらには互助組織として、自由への飛翔(エルクス)

 そのいずれも、アルロデナの成立にいくらなりと貢献してきた血盟だ。

 大争覇戦後に、ギルドの実権を握ったのは麗しき沈黙(ミルフェット)ヘルエン・ミーアであった。彼女はヨーシュ・ファガルミアから受け継いだギルドの機構をそのままに、その本部をレヴェア・スーに移転させると、かつての人間が作ったギルドの戦略を受け継ぐ。

 すなわち、全土への支部の設置と報酬制度による仕事の斡旋である。ただ、アルロデナのギルドは、どちらかといえば魔物の盗伐よりも、公共工事の受注に重点を置いていた。

 なにせ、魔物とされていたゴブリンが作った国こそアルロデナである。魔物の盗伐など、大っぴらにやるには、さすがに憚られた。

 大きく公共事業による人員の差出に舵を切ったギルドだったが、それでも冒険者達の活躍する機会がなくなるわけではない。その一つが、辺境領域の調査だった。

 辺境への開拓を進める中で、その先遣として調査を行う上で最も有名な血盟が、飛燕(スワロー)血盟。

 かつて連合血盟ブランディカ率いる赤の王(レッドキング)と同盟を結び、間接的にではあるが、アルロデナに敵対した血盟である。しかし、アルロデナの首脳陣が賢明だったのは、直接敵対したものでなければ、全土を制覇した後でも罪に問うようなことはしなかったことだ。

 飛燕の血盟を始めとして、迷宮都市トートウキらに拠点を置く血盟なども、ほとんど手を付けずに戦後に残したのは、これらの血盟が治安の維持や職業として一定の受け皿になっていることを、宰相プエルがよくよく知っていたからに他ならない。

 その飛燕の血盟に、いま一つの依頼が舞い込んでいた。

「……護衛?」

「なんでも、ギルドからの指名だそうだよ」

 話を聞かされた交渉担当のコティが、いつもの通りにへらっと笑って受けた依頼の概要を話す。アルロデナが誕生して以来、旧ギルドは壊滅したといっていい。最後の戦いの後、アーティガンドに残っていたのはほとんど廃墟のみだったのだから当たり前だ。

 人もいなければ依頼も発生せず、では当然ながらギルドも発生することはない。そこで間髪入れずに支店を各所に配置したヘルエン・ミーアの先見には驚くべきものがあった。時期を捉えたその手腕は、彼女の経営手腕の確かさと相まって、今や大陸全土に旧ギルドを凌ぐほどの展開を見せている。

 旧ギルドを頼りに働いていた者達を雇用する形で存続させた支部乗っ取りは、順調に今のギルドの発展に繋がっている。

 そこでの繋がりは、必然的に旧ギルドの人脈も引き継ぐことになっていたのだ。

「ふむ」

 難しい顔で腕を組んだのは、ベテランのガロード。重装備とその恵まれた肉体で前衛を引っ張るその手腕の確かさから、頼りにされる男である。

「あたしはどうもやだなぁ」

 旋風のマティナと呼ばれた彼女は、アルロデナが大陸を制覇してからどうも冒険者ギルドの依頼に及び腰だった。以前は積極的に魔物狩りをしていただけに、複雑な気分だったのだろう。

 机に突っ伏しながら、気分が乗らない~と言ってぐずっている。小さな子供でもあるまいに、と呆れられる視線を受けながらも、マティナは一切それに構わず頭を上げようとはしない。

「といっても、報酬は破格だしねぇ。コティさんは受けてもいいかなと思うんだけど?」

 次いでコティが視線を向けるのは、この血盟の中心であるルルイド・エルドグリン。恐らく冒険者の間では最も有名な一人に数えられる彼は、常に変わらぬ静かな微笑をもって彼女の視線を受け止めた。

「受けよう」

 目を細めて決断するルルイドの答えに、ガロードは丁度良いとばかりに質問をぶつける。

「理由を聞いても?」

 形は違えど、コティもマティナもルルイドの答えに聞き耳を立てる。

「ここまでアルロデナは、僕らを排除できたにも関わらず、それをしていない」

 一拍を置いて全員を見つめるルルイドは、全員の視線が自身に向いているのを確認すると続きを口にする。

「差し出された手を振り払う必要ない。だろう?」

「まぁ、そういうことなら……」

 渋々ながらも賛成に回るマティナ。

「うんうん、そういうことだね!」

「他者からの好意を無碍にするのは、確かに気分が良くない」

 ガロードも頷くと、結論を見た彼らの話し合いは一転して酒盛りの場となる。

「さあさ、そうと決まればお食事だよ。コティさんはもうお腹が空いて仕方なかったのだ!」

 ぱんぱん、と手を鳴らすと彼女は満面の笑みで給仕を呼んで食事を注文する。

「とりあえず、ぜんぶ!」

 彼女の注文の仕方に驚く者はいない。皆馴れたもので、思い思いに運ばれた食事に手を伸ばしている。アルロデナの公共事業の影響は、酒場のメニューにまで大きく影響を与えていた。彼らの手にするエールはほんのりと冷やされており、一昔前は当たり前に入っていた虫などは存在しない。

 小さな酒場にまでエールが出回れば、価格競争になるが、当然供給元があるからには他のことでも差異をつけねばならない。そうしなければ客足は他に奪われるのだ。

 その延長線上に品質管理という概念が出てくる。

 西都発祥のこの発想は、瞬く間に大陸に広がっていった。貨幣経済の発展に伴って商人同士のネットワークは著しい発展を遂げていた。

 今では、いかに質の高いエールを出すか……すなわち冷たく美味しいエールを出せるか、というのが一種のステータスにもなっている。評判は客を呼び、客は金を落とす。その循環を作り出すことこそ、酒場の常識を変えていくものだった。

 そして彼ら飛燕の血盟が滞在している宿兼酒場は、有名すぎるほど有名な酒場であった。

 一定の水準以上になっている酒場は、ギルド公認というお墨付きがもらえる。評判を呼ぶ、ということではかなりの効果があるそのお墨付きを、最初に修得した酒場であった。

 珍味とされている魔獣ゆで卵(ノウスリ)の薄切りを、口に含むとエールとともに喉の奥に流し込む。キツイ匂いと苦みで倦厭されるはずのノウスリが、エールと一緒に飲み干すことで不思議な甘みを出すのが酒飲み(イヴリンス)達の常識であった。

 ぐい、っと音がするほど一気にそれを飲み干して、マティナはぷはーっと酒臭い息を吐き出した。

 隣ではガロードが、鶏の丸焼き(ガルノンス)を豪快に手で千切って口に運ぶ。食用油を丁寧に塗り付けて長い時間をかけて炙ったガルノンスは、ほのかに焦げ目の付いた表面を割ると、肉汁があふれ出す。岩塩で僅かに味付けしただけのそれを、ガロードの固い顎でもって豪快に噛み切る。

 味付けは岩塩だけだというのに、丸焼きにすることによって凝縮されたうまみが、口の中で湯気とともに弾けるようだった。

 豪快に食べるガロードの隣では、やはりコティが魚料理に手を伸ばしていた。

 遠浅小魚(シシャール)の唐揚げ、新鮮な角牛魚(エーガル)の刺身、川泥魚(アジス)の煮付け。それらに加えスライスしたパンを時折食べながら、せわしなくフォークを突き立てる。口いっぱいにそれらを頬張る姿は、まるでリスのようだったが、いつもの光景であり誰も突っ込んだりしない。

 一方リーダーたるルルイドは、やはり上品に紅麦麺(スパゲト)を食べていた。

 このスパゲトというのは、最近になって群島諸国からもたらされた食品である。小麦粉を練って細く伸ばしたものを茹でることによって完成する。そこに様々なソースをかけて食べるのだが、スプーンとフォークを使わないと非常に手が汚れるため、一部上流階級の食べ物として認知されているものである。

 コティの、『とりあえず、ぜんぶ』という発言によって、店にあるメニュー全てを出した店主は決して悪くない。普通ならだれも手を付けないか、ベトベトに汚れて店主に文句をつけるかのどちらかであっただろうが、ルルイドはスプーンとフォークを上品に使いこなし、スパゲトを食べる。

 三十代半ばに差し掛かるはずのルルイドは、未だ十代か二十代前半に見えるから不思議だった。麺に絡みつくスープをスプーンで掬うと、口元に運ぶ。音すら立てないその動作だけで、貴族や成り上がりの商人などは、席を共にするのを嫌がるだろう。

 フォークをくるくると回し、絡み付く麺をスープとともに食べる。濃厚な紅果実の風味が口いっぱいに広がり、それを邪魔しないように噛み切る麺がぷちっと音を立てるようであった。

「さすが、ギルド公認」

「うんうん、コティさんの目に狂いはないのだよ」

「おにいさん!、エール追加でぇ~!」

「おお、まだ飲むのか。さすがマティナだな! 兄ちゃん、俺にも追加だ!」

「うるさいわね、別にいいでしょ。あ、あら。ありがとう。景気づけよ、景気づけ!」

 運ばれてきたエールを給仕に礼を言いつつ、再び一気に飲み干すマティナは、酒臭い息を吐く。頬には朱が差し、目は酩酊に泳ぎだしていた。

「……それでギルドからの依頼ってのは何なのよ?」

 不満を酒で飲み下し、やっと心の整理がついたのかマティナが切り出す。

「護衛よ、ゴブリンのね」

「ふむ」

 ガロードは太い顎で疑問符を頭上に浮かべる。

 護衛が必要、あのゴブリンが?

 事情を知るコティを除く全員の脳裏に、その疑問がよぎるが、苦笑を浮かべながらコティは続きを口にした。

「護衛するのは、アルロデナの比較的高い地位にいるのかしらね? なんでも宰相プエルから直接の依頼だとか」

「なぜ、疑問形?」

「いや、実は先の大戦にもほとんど参加してないらしくてね」

 彼らがゴブリンと言って思い浮かべるのは、猛々しい武人達だ。剣聖ギ・ゴー・アマツキ、筆頭将軍ギ・ガー・ラークスらを中心とした最前線で戦う猛者。あるいはギ・グー・ベルベナでもいい。多くの配下を従え、それを十全に操る将軍達。

 そのようなゴブリン達が護衛を必要とすると聞いて、疑問に首をかしげたが、どうやら彼らの想像外のゴブリンが護衛を必要としているらしい。

「その、なんで俺達なんだ?」

 再び最初の疑問にぶつかるガロードの言葉に、コティは再び苦笑する。

「なんというか、私達が専門家だから、らしいよ」

 コティの言葉にまた彼らは唸る。

 丁寧にスパゲドを食べ終わったルルイドは、果実酒を飲み干してから、唸る彼らに口を開いた。

「なんにせよ、依頼人に会ってからだね」

 再び騒がしい会食が始まり、夜も更ける前まで、飛燕の血盟の賑やかな晩餐は続いた。


●○○


 飛燕の血盟の面々が翌日指定された場所で出会ったのは三匹のゴブリンだった。

「よろしく頼むぞ」

「頼む!」

「高名な冒険者と聞いている」

 口々に勝手なことを喋るゴブリン達は、頷きながら飛燕の血盟の面々を見渡す。彼らはそれぞれ、ギ・アー、ギ・イー、ギ・ウーと名乗っていた。

 なんでもかなりの古参ゴブリンではあるのだが、そこまで争覇戦争で活躍することもなく、終戦を迎えてしまったらしい。深淵の砦の警護と各街道の警備、そして暗黒の森の中での新兵達の隊長とそれぞれの役職についていたものの、外への好奇心が抑えきれずついに宰相プエルに願い出て、旅行をすることになったのだ。

 最前線で活躍するギ・ガーらも彼らの地味な活躍のおかげで後方をほとんど気にすることなく、大争覇戦を戦いぬけたことを知っているがゆえに、強く引き止めることをしなかった。むしろ、ギ・グーなどは、負い目があるかのように積極的にそれをプエルに上申したりもしている。

 王の傍で戦う事こそ彼らの誉れであった大争覇戦において、ラ・ギルミ・フィシガの更に後方で地味な活躍に終始した彼らは文字通り縁の下でアルロデナの屋台骨を支えていたのだ。

 華々しい活躍ができなかった彼らのたっての願いを将軍級ゴブリン達ですらも、無視はできなかったのだ。

 宰相プエルからギルドの総支配人ヘルエン・ミーアに直接依頼されたのは、彼らの護衛であった。その為に必要な資金は全てアルロデナが持つ、とまで言い切ったプエルの決意にヘルエン・ミーアも同意し、ギルドの中で、最もそれに適した者達を見繕ったのだ。

「まず、序文はこうだな」

「おう、我らが冒険記だ」

「うんうん」

 楽しげに三人で語り合うゴブリン達は、用意された船に乗り込む。飛燕の血盟のメンバーは、思っていたのと全く違うゴブリン達の到来に、互いに微苦笑を浮かべた顔を見合わせ、ゴブリン達に続いて船に乗り込んでいった。

 のちに、彼らの書いた冒険記は、大ベストセラーとなる。当時第一級の冒険者である飛燕の血盟の装備や用意している道具までも詳しく描いたそれは、冒険者の書として整理され、未踏の地を踏む者達の必携書とまで言われるに至った。

「「「王の言葉に従い、我ら世界の果てを見聞せん!!」」」

 かつてゴブリンの王が掲げた野望の言葉。世界の果てまでも、我らの旗を──。その言葉を、ギ・アー達は、そう受け取った。軍団を送り込むか、送り込まないかそれは宰相プエルや将軍級ゴブリン達が判断すれば良い。

 ただ、純粋に彼らは見てみたかったのだ。

 誰も見たことのない世界を、誰も食したことのない食べ物を……。

 小さな、まことに小さなゴブリン達の冒険は今まさに始まろうとしていた。

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