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ゴブリンの王国外伝  作者: 春野隠者
五風十雨の平穏
10/61

海峡の戦い

 アルロデナ歴11年に勃発したこの戦いは、アルロデナの正規軍ギ・ヂー・ユーブの(レギオル)及びその同盟国ハノンナキアと、後の新興国家アルガシャールの初めての戦いである。

 海戦の火ぶたが切られて果敢に攻めるのは、海の英雄ロズレイリー・マーティ・ガースに率いられた海賊団。七つの海を制覇した、と勇名を馳せる彼らの総数は、旗艦ロードマリーを含めておよそ80隻。潮を知り、風を知り抜いた、海の男たちである。

 対するアルロデナは、大陸争覇戦で名を轟かせた4個軍団の一つ格下とされているレギオル。ただし、率いるのは歴戦の将軍たるギ・ヂー・ユーブである。黒衣の宰相プエル・シンフォルアの弟子にして、亜人たるゴブリンの中で、最も柔軟かつ整然たるレギオルは彼の手足のように動く。

 同盟国ハノンナキアの方は、軍船を仕立てて戦に臨むがその質は参加国中、最も低い。それどころか、その士気に関してもあまりに高いとは言えない。国の存亡の危機とはいえ、敵対するロズレイリーの威名は、こと海の上ではこれ以上ないほどに鳴り響いていたのだ。

 ロズレイリーには数合わせ程度の認識しか持たれなかったが、それは正解であったろう。技量に劣り、士気の低い兵など、邪魔以外のなにものでもない。

 だが、ギ・ヂーはその数の力を過小評価していない。それに、海戦を経験したことのないアルロデナでは、貴重な戦力であるのも確かだ。だからこそ、ギ・ヂーは彼らを使えるように対処する。

 まず士気の面だが、相手よりも必ず多くの兵力を揃え海峡の戦いに臨む。その数およそ150隻。2倍近い軍船を集めたうえで、さらにギ・ヂーはゴブリンの同盟者たるマーマンにも参戦を要求した。

 海の戦いにおいて、ギ・ヂーはじめゴブリンは素人である。

 素人であるからこそ、戦いの原則に忠実に兵力集中を行うのだ。奇策・奇襲を防ぐために、数の優位ぐらいはせめて獲得せねばならなかった。勝利は人を酔わせる。人間心理というものは不思議なもので、数が集まれば、気持ちが大きくなるのは人間の常だった。

 巧妙に士気を維持しつつ、アルロデナは150隻にもなる大艦隊をずらりと並べる。

 だがロズレイリーの海賊船団が、悠然と鼻先で陣形を変えるのに、アルロデナ側はそれさえ出来ないようにまごつく。それだけを見ても両者の技量の差は歴然だった。さらに海賊団の策により、海に血の道を敷き、海面を割るほどの大王烏賊を呼び寄せる。予想されたマーマン対策としてなされたそれは、マーマンを引き付けると同時に、多大な混乱をアルロデナ前衛にもたらした。

「艦隊前進!」

 しかしそれでもなおギ・ヂーは艦隊を前に進めた。

 風は北から南へ、両者の間を流れる。目の前に迫る巨大な化け物のような烏賊。練度も士気も自軍よりも上の敵。しかも戦場は相手に有利な海の上だ。

 だからこそギ・ヂーは艦隊を前に進める。

 船戦では、基本的に相手の船を沈めるか、乗り込んで制圧するかの2択である。

 相手の技量が上では、相手の船を沈めるのは不可能……とは言わないまでも、難しいだろう。であるなら、アルロデナが勝利をつかみ取る道は一つしかない。敵船に乗り移っての接近戦。たとえ半数の船を沈められようとも、同数の敵を沈めれば勝利はアルロデナのものである。

「前進、前進だ! 我らにはアルロデナがついている!」

 同盟国ハノンナキアの船団を前衛に据えて、後尾を担うのはアルロデナの素人達。ハノンナキアの提督は声を張り上げて味方を鼓舞。機動に優れるロズレイリー海賊団に向けて突き進む。

 大型艦を前面に押し立てて進むハノンナキアの艦隊は、水面をかき分けてひたすらに突き進む。船を操る水兵と乗り込んで制圧する海兵に分かれたアルロデナ・ハノンナキアの軍勢は、すぐさま敵と接触する。

 海の戦に備えてギ・ヂーは三つのものを準備した。

 陸上で鍛えた兵士に身軽な鎧。遠距離からの攻撃のための妖精族の弓兵。そして乗り移る為の橋である。船を沈める可能性のないギ・ヂーとすれば、乗り移って敵を倒す、そのことに全力を傾けるしかない。

「弓兵!」

 彼我の距離が手の届く範囲にまで到達したとき、海兵が声を上げた。監察官シュナリア・フォルニの号令で、彼女の故郷から連れてきた風の妖精族の戦士たちが、手に手に弓を持って鋭い視線を相手の船へ注ぐ。

 ギ・ヂーの陸上で鍛えた兵を海兵として各船に乗船させ、乗り移って勝負を決める。その為のやり方は十分に試行錯誤した。

「放て!」

 空を翔け、死をもたらす雨の矢が一斉に放たれる。

 だが、いかに陸上で最強の軍勢と雖も揺れる足場では思うに任せない。本来なら百発百中を誇る妖精族の弓の腕前を以てしても、その半数も当たれば良い方である。当然敵からも打ち返しが来る中、櫂を全力で漕ぐ敵船の勢いは衰えることを知らない。

 盾を射抜き、人間の体ごと船板に縫い付ける妖精族の弓手達も、船板の中に守られた水夫までも射殺すのは難しかった。号令一下あっという間に櫂をしまう敵船とすれ違う瞬間、海兵達の足の下から悲鳴が聞こえる。船体がすれ違いざまに櫂をしまうのが遅れた水夫達に、折られた櫂が襲い掛かったためだ。

 一気に船足の落ちる味方の船とは段違いに、悠然とアルロデナの艦隊の奥深くへと進んでいく海賊団。

「くっ……止まらんか!?」

 悲鳴じみた声をあげるハノンナキアの提督が振り返った瞬間、さらに追撃の艦隊が動き出していた。


◆◇◇


 ゼフィーの艦隊が血の道を海に敷いてから、次に動いたのは東海のグロンザリム。

「すり抜けろ! 奴らを海の藻屑にしてやれ!」

 構成するのは小型の快速船を中心として構成された突撃の専門部隊。

 ロズレイリーが今までいた数多の海賊と違っていたのは、彼が海賊という賊に身を(やつ)しながらも、海戦というものに深い造詣を持っていた点と、展望を持っていた点である。

 彼らは海賊である。海賊とは、海に跋扈し、商船を襲いあるいは護衛して、金品を巻き上げる者たちの総称であった。その意味で彼らは軍隊ではないのだ。

 その彼らが一端(いっぱし)にも軍船と対等に渡り合い、群島諸国を平然と侵略して海戦で勝ち抜けるのは、ロズレイリーの大胆な改革がものをいっている。それは海戦における戦術の創設である。

「グロンザリム艦隊突撃を開始」

 船の形は戦船として一般的な三段階層のガレー船、船足を重視した三角帆と快速ガレー船とに分かれていたが、普段は混在し衝撃力をもたせるだけだったそれを、例えるなら盾と剣に整え直したのだ。

 衝撃力は戦船が受け持ち、決定的な機会に剣となるべき快速ガレー船が相手の陣形を切り刻む。その剣がグロンザリム艦隊。

 事務的な副官の声に、ロズレイリーは頷いてその突撃を見守った。

 まるで雨の水が染み込むように、アルロデナの戦列を食い破り侵入していく。戦船に比して小型で快速を誇るガレー船を主体に構成されたロズレイリーの剣は、戦船の間をすり抜け、あっという間に戦列を食い破ってしまったのだ。

「敵戦列崩壊。仕掛けますか?」

「……」

 副官の問いに、沈黙を持って応じるロズレイリーは、眼前に広がる光景と己の胸騒ぎに戸惑っていた。確かに敵の最前線は乱れに乱れている。ハノンナキアを中心に構成されたであろうその軍船の戸惑うさまは、今まで破ってきた他の群島諸国とそん色ないものだ。

 本来なら、ここで後備のエルバンディアの艦隊を突撃させて、蹂躙すればいいはずだ。なのに、湧き上がるその戸惑いは、彼に危機を告げていた。

 小型の快速ガレー船の船首の喫水下にとりつけてある衝角をもって、敵の横腹に穴をあけ、自沈させるというのが彼らの得意戦術だ。あるいは、舷側から伸びている櫂を叩き折ってもいい。櫂による人力と、風を帆に孕んだ推進力を得ることでガレー船は速力を上げる。それがなければ、その船足は大幅に落ちるはずなのだ。

 海に漂う箱となった船など、少なくとも戦では何の役にも立ちはしない。

 素晴らしい連携と、磨き抜かれた技術において、ロズレイリー海賊団はアルロデナの海軍よりも数段上を行っていた。

「大将っ! グロンザリムの足が止まります!」

 悲鳴じみたその声に、ロズレイリーは舌打ちする。どうやら、その悪い予感が的中したらしかった。


◆◆◇


「へなちょこどもめ!」

 意気揚々とハノンナキア中心の最前列を食い破ったグロンザリム艦隊は、その船首を後方に控えるアルロデナ本軍に向けた。

「はっ! なんだあいつら!」

 小馬鹿にしたような嘲笑も当然のことだった。まともに整列さえもできない軍船の群れに、船の船首の部分に梯子としか言いようのないおかしなものがついている。

 あんなものをつけていれば、海は走れないし、風に煽られて転覆するのも時間の問題だった。

「海を知らねえ馬鹿野郎どもだな! 一気に行くぞ!」

 艦隊指揮官グロンザリムも、それをみた海の男達と同様の感想を持った。彼らは誇り高き海の男であり、海で生き、海で死ぬことを何よりも誇りとする海の民である。その彼らをして、船というものは宝であり、家であり、誇りの形であった。

 優美な曲線を描く船体、風を受けて張る帆の形、100人以上もの人員を積みいれて、なお悠然と浮かぶその城のような頼もしさ。どれをとっても、彼らの誇りを満足させるものである。

 彼らの中で、船はそれをもって美しく完成されており、その景観を損なうものを本能的に嫌っていた。

 だからこそ、アルロデナの設置した梯子としか言いようのないものをみたとき、嘲笑の対象になったのだ。

「アルロデナといっても、所詮陸の国だ。沈めろ!」

 グロンザリムの号令とともに喚声ををあげて艦隊が突き進む。小型の快速ガレー船は小回りが利くため、すぐさまアルロデナの戦船の横腹に回り込むと、食いつくように衝角を船体に突き立てた。そのまま船体を後ろに引けば、海水が割れた船体から浸水して船は自然に沈む。

 身動きの取れないアルロデナの艦隊に、先頭の一隻を皮切りに次々と突撃してくる敵の快速船団。それを確認したギ・ヂー・ユーブは、手にした槍の石突で船橋の床を叩きつけると、目を見開いて声を張り上げる。

「来たぞ! 我らが意気を勇気の女神(アルテーシア)に見せつけろ!」

 旗艦のマストに揚がる三色の信号旗。打ち鳴らされる勇壮な太鼓の音と合わせて、各船の船長達がそれを目にする。

 “我らに勝利を”その簡単な意味を記した信号旗。瞬間、横腹に食いつかれた彼らは、声を大にして叫んだ。

「梯子をかけろ! 敵船に乗り込め!」

 レギオルを率いるギ・ヂー・ユーブは、三つのものを用意していた。 

 陸上で鍛えた兵士に身軽な鎧。遠距離からの攻撃のための妖精族の弓兵。そして乗り移る為の橋である。

 木材の軋む音を立てて、船首に取り付けられた梯子が向きを変える。全方向へと向きを変えられるそれを、今現在自身の船の横腹に食いついている快速船の頭上まで持っていくと、勢いに任せてそれを振り下ろす。梯子との先端には鉤状の爪があり、振り下ろされた衝撃でそれが、船体深くに食い込むようになっていたのだ。

 揺れる船の振動は、まるで天空から降り注ぐ魔法弾を思い起こさせるほどだった。だが、それに耐え、深く突き入れられた敵船の衝角を確認すると、船長達は自身も一人の兵士に戻って、剣を掲げ敵船に乗り込んでいった。

 悲鳴を上げたのは、突撃をした快速ガレー船の乗組員である。

「馬鹿な、奴ら船をなんだと思ってやがる!」

 戦船を囮にして、敵を切り殺すことに心血を注いだその作戦は、突撃した方に甚大な被害を与える結果を生んだ。乗り込んでくるのは、大陸最強の兵士である。梯子の一撃を避けたとしても、船に突撃した瞬間、三段階層のガレー船の船縁から、盾と槍を掲げて船に向かって飛び込んでくるのだ。

 剣が折れれば爪で戦い、爪が剥がれれば牙で戦い、牙も折れれば、組み付いてでも戦う。それが大陸を制覇したゴブリンという亜人の評価であり、その評価に違わぬ働きをこの時のレギオルは果たした。群島諸国という小さな枠内しか知らない彼らに、ゴブリンの王の下、悪鬼羅刹と人間諸国を震え上がらせたゴブリンの兵士達の相手は、荷が重すぎた。

 いかに七つの海を制覇したといっても、それは海賊同士での戦いである。

 船内に乗り込まれ、接近戦となったならば、その強さはアルロデナが圧倒したのだ。

「どうなってやがるっ!」

 ロズレイリーの剣と評されるグロンザリムが、突撃した途端に動きを止める味方艦の姿を見て狼狽するのも無理はない。

「敵を包囲し、殲滅せよ!」

 対するギ・ヂー・ユーブは受けた損害をものともせず、敵の殲滅を優先させた。

 いかにたどたどしくとも、操る水夫達に任せているのだから、徐々にではあるが突撃してきたグロンザリムを包囲すべく翼を伸ばし始める。

「くそっ!」

 舌打ち交じりにグロンザリムが周囲を見渡せば、快速船で構成された自らの艦隊の半ばが、船内に乗り移られ近接船を強いられているらしかった。

 交戦は自殺行為に思えた。ならば、この戦場を離脱するしかないが、包囲を縮められつつあるこの状況ではそれも難しい。

「かしら、大将だ!」

 背に冷や汗を流すグロンザリムの耳に聞こえたのは、そんな歓声だった。

 グロンザリムがハノンンアキの先陣を突破して、その戦列を通り抜けた直後、ロズレイリーは言いようのない胸騒ぎを感じ取って、突撃の命令を出していた。

 しかも、全艦隊を引き連れての突撃である。

 敵の殲滅のためにとっておいた予備兵力のエルバンディア艦隊、工作のためにいったん離脱していたゼフィー艦隊。そして彼自身の直属艦隊を率いて、一糸乱れぬ突撃を敢行してみせたのだ。

 よくいっても海賊上がりでしかない彼らをそこまでまとめあげることができたのは、ひとえに彼自身の力量。海の英雄ロズレイリー・マーティ・ガースというただ一人の男の魅力によるものだった。

「全艦、ロードマリーを追え!」

 先頭に立つ艦は、幸運の船として名高い彼の旗艦“ロードマリー”。

 生き残りたいもの、彼に恩義を感じるもの、あるいは野心を抱くもの。その全てを引き連れてロズレイリーは乱れたハノンナキアの戦列を破壊した。

 大型の戦船で構成されたその突撃は、だが巧妙に敵の船をすり抜け、ハノンナキアの櫂を悠然と叩き壊しながら、翼を広げ始めたアルロデナの艦隊に向けて突き進む。

 一糸乱れぬ櫂の漕ぎ手。十分に風をはらんだ帆による推進力は、同じ船かと見紛うばかりの速度をロズレイリー艦隊に与え、翼の先端を叩くとグロンザリム艦隊と合流する。

「な、なにを……大将!?」

 驚いたのはグロンザリムだった。

 いま彼がいるのは死地である。そんな場所に大将たるロズレイリーがやってくる。それはみすみす敵にその首を差し出す行為に他ならない。絶句してそれ以上言葉もないグロンザリムに、旗艦ロードマリーに信号旗があがる。

「た、助すけに来たってのか……この俺をっ!」

 悔しさと嬉しさに握りしめた艦橋をいっそう強く握りしめたグロンザリム。

 “我に続け”そう記された信号旗の頼もしさに、味方の艦からも歓声があがる。士気あがるロズレイリー海賊団だったが、その状況は決して好転したわけではない。ギ・ヂー・ユーブは冷静かつ慎重だった。包囲のために広げる翼はそのままに、戦列を突破されたハノンナキアの艦隊を反転させて蓋とする。

「弓兵!」

 妖精族の弓兵に命じてその攻撃をさらに激しくさせるとともに、包囲を完成させようとしていた。

「大将……このままでは」

 若き北の女王エルバンディアが、自らの戦船で小さく呟いた時、旗艦ロードマリーの信号旗が、悠然と翻った。

 “──進路北西”

 それは包囲をしようと翼を伸ばす右の付け根。敵の旗艦のすぐ横を通り抜けて離脱しようとする大胆な方針に、掲げられた信号旗を見た海賊達は震えた。

「ふははは! さすが大将! さすがロズレイリー! そうでなくちゃぁな!」

 真っ先にそういって船を動かしたのは、血濡れのゼフィー。

 それにつられるように、各艦隊も自然と戦列を整えると、ロズレイリーの指し示す一点に向かって、猛然と速力を上げ始めた。

 猛然と突撃してくるロズレイリーの艦隊を見ても、アルロデナの艦隊に怖気づくようなものは一人もいなかった。むしろ、ギ・ヂー・ユーブをはじめ、待ち構えてすらいた。骨を切らせて肉を断つ、それが作戦の趣旨である以上、無傷で勝利を得られるなどとは毛ほども思っていない。

「敵の船にぶち当てろ!」

 真正面から迎え撃つ覚悟を決めたアルロデナの中央と、敵が離脱の気配を見せたことにより、広げていた翼をたたみ始めた両翼。

「このまま逃げられてなるものか、追え!」

 背を向ける敵に船に向けて、追いすがろうとするハノンナキアの艦隊。

 海峡の戦いの最終局面を迎えるというその時、突然として海はその動きを止めたのだ。

 今まで順調に動いていたはずの船が、突如として動きを止める。

「ぬ?」

 総司令官たるギ・ヂーが見上げるマストの先には、力なく垂れ下がった帆があり、各船長達が見下ろした海は、潮の流れがいつの間にか変わっていた。

「なんだ、いったい何が起きた!?」

 怒鳴りあう艦橋の上の様子など、耳にも目にも入らず、ギ・ヂーは悠然と迫りくる敵旗艦を睨み付ける。

「おのれ、読んでいたな……!?」

 一方の海賊達もいきなり上がる船足とはちきれんばかりに風をはらむ帆の動きに戸惑っていた。だが、それもすぐに歓声に代わる。彼らにはいるのだ。奇跡を起こす男。海に愛された英雄が。

「さぁ、機だ」

 ひとり悠然と頬を釣り上げたロズレイリーは、そう呟いて副官に指示を出す。

「よろしいのですか?」

 問いかけるその声に、腕を組んだままロズレイリーは頷いた。

「ああ」

 掲げられた信号旗に、もはや逆らうものはいなかった。

 足の止まったアルロデナの艦隊をすり抜けて、ロズレイリー海賊団は悠然と戦場を離脱。

 ここに海峡の戦いと呼ばれた海戦は終わった。

 アルロデナ・ハノンナキア連合軍は損傷艦艇こそ多かったが、ロズレイリー率いる海賊団を敗走させた。だが、ロズレイリー海賊団もまた、与えた損害ならば2倍近い敵船団を向こうに回し3倍近い損害を与えるという成果をもたらす。

 互いに勝利を喧伝したこの戦いは、次なる群島諸国本土での戦いの前哨戦でしかなかったのだ。

 

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