夢使いとアクム
若葉は信じられない光景を目にした。
毎朝そうしているように、一緒に登校するため幼馴染の和斗の家へ彼をむかえに行ったまではよかった。
が「おはよう」と言って、玄関をあけたのはいつもの和斗ではなかった。
地味な黒髪は明るい金色へ。
健康的な肌色は、やたら真っ白な肌へ。
黒色の瞳は、サイダーのような淡い水色へ。
いつもの学生服は、夜の色をしたマントへ。
しかも、魔法がつかえそうな背の高い杖まで持っている。
「何!?その格好!もしかして寝ぼけてるの?」
いつも無口でぼーっとしていることが多い和斗のことだ。十分ありえる。
若葉の言葉に、和斗は表情に影をおとした。
「寝ぼけてるのはそっちだろ・・?」
「は?」
「可哀そうな奴だな・・オレが目を覚まさせてあげるよ」
和斗は彼らしくない冷たい笑みを口元に浮かべる。そして、杖をまっすぐ若葉に向けた。
*
時と場所は変わって・・
誰か、は夜の街並みが見渡せる高いビルの上に立っていた。
キラキラとした光が映り込む瞳を、誰かはすっと細める。
「またどこかでアクムがうまれたみたい」
それは独り言のように見えたが、違った。
誰かの隣にフワリと姿を現した青年が、それにこたえる。
「そんなことはどうでもいいでしょ?
それよりムギ!手に持っているものは何だい?」
誰か─・・ムギという名の女性は、手に持っている薄くて小さい道具に視線を落とすと
「これは、スマートホン。人間が情報と見たり、交換したり、保存したり・・それから、えーと、自分から情報を発信することもできるとても優れた道具ね」
「僕が言ってるのは、そーいうことじゃなくてね」
「何?じゃぁ、どういうこと??」
「だーかーらー、これ以上、人間に興味を持ったり関わろうとしたりするのは、止めてほしいって言ってるんだよ」
青年はムギの顏を覗き込み、眉間にしわを寄せる。そして、掌を差し出すと
「それは僕があずかっておくからさ!」
が、その掌はムギの掌に弾き返された。
「いったぁ!」
痛がる青年をよそに、ムギはスマートホンを掌で丁寧に包み込み微笑んだ。
「・・これがあれば、もっと人間を知ることができるわ」
*
(どうして朝からこんなことに・・・)
若葉は結局、一人でいつもの通学路を歩いていた。
和斗とは明らかに、一緒に登校できる状況ではない。
あの杖を向けられて苛立った自分は、思わずそれを和斗から取り上げたのだ。
そして、後ろへ放り投げ「はやく学校行かないと、遅刻するから!」と思わず叫んでしまった。
「はぁー・・・」
(ほんと、意味わからない)
今、自分の髪のはしっこはチリチリと焦げてしまっている。
そうなったのは、もちろん和斗のせい。
若葉の発言に怒りを覚えたらしい和斗は、その杖でマホウを使い若葉を攻撃してきた。
(ほんと、信じられないっ・・意味、分からないっ・・)
幼稚園からの付き合いの和斗は、当たり前だが、普通の人間だ。
それなのに・・マホウが使えるなんて・・・絶対にありえないはず、なのに。
目の前で杖を使い、変な光で攻撃してきた和斗を見てしまった若葉は、その当たり前を疑い始めた。
(まさか・・・人間じゃないの?)
ずっと隠して生きてきたの?
そんなマンガみたいなことが本当にあるの・・?
校門を通り過ぎた時「おはよう」と言って、後方からきた友人の結実が若葉の隣に並んだ。
若葉はいつもと同じように、「おはよー」と返しておく。
「あれ~、今日は和斗くんいないのー?」
結実は毎朝、若葉が和斗の家に迎えに行っていることを知っている。
・・・今日、和斗がいないことが気にならないはずがない。
「うん、風邪ひいたから今日は休みだって!」
(さすがに本当のこと、言えるわけないしっ・・)
仮に行ったとしても、信じてくれないだろう。
「ふぅん。そうなんだー」
「・・・」
「あれからもうすぐ1年だけど・・・和斗くん、まだダメそう?」
結実は少し訊きにくそうに、そう言った。
「うん・・・でも、仕方ないと思う・・2人、仲良かったし」
もしかしたら、結実は和斗が休む理由を風邪ではないと思ったのかもしれない。
それもそうだ。
若葉が迎えに行かないと、和斗はちゃんと学校にきてくれるかも危うい。
・・・心配しすぎかもしれないが、和斗は大切な友人が亡くなってから・・・大きく変わった。悪い方向に。
その時、後方から「おはよう」と呟く声がきこえた。
聞き覚えのある声に、振り向くとそこにはいつもの学生服を着た和斗がたっている。
いつもそうだが、少し不機嫌そうだ。
「え・・・和斗・・」
「若葉~和斗くん、普通に学校きてんじゃん」
「・・・」
(今朝のは何だったの・・・!?)
とききたかったが、さすがにここではきけない。
すると和斗は、何も言わないまま若葉の横を通り過ぎ、校舎へ向かう学生たちの中へ姿を消した。
そして、昼休み・・・。
今朝のことが気になって全く授業に身が入らなかった若葉は、そのことを後悔しつつ弁当を机の上に広げる。
いつものように若葉の隣の席に弁当を持ってきた結実は、そこへ腰を下ろし
「あ~お腹空いたぁー・・・若葉、どうしたの?浮かない顏してるけど」
「な・・何でもないから」
若葉はそう見えるよう、慌てて弁当のおかずを口へ運ぶ。
しばらくすると、スマートホンをいじっていた結実が、そのスクリーンを若葉に見せてきた。
「見てみてーこのサイト、ちょー怪しくない?」
「んー・・?」
若葉は、ごはんを口に運びながら、結実のスマホのスクリーンに目線を動かす。
結実は時々、いろんなゲームができるサイトだとか、お得に服が買えるサイトだとかを紹介してくれる。
今回もそのたぐいだろう。
最初に目に留まったのは、「あなたのお悩み解決します!」の文字。
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若葉は思わず苦笑する。
「夢の中って・・」
「ね、ちょーあやしいでしょ?」
「うん」
もちろん、若葉もそう思った。
けれど・・・誰にもいえない悩み、がある若葉にとっては、少しだけ気になってしまう。
(ほんとに、こーいうサイトに頼らないと、誰にも相談できないよなっ)
和斗のこと、彼が変な格好をして、マホウを使ったこと。
ネットでもどこでもいいから、誰かに相談したい・・・。
「結実・・一応、そのサイトのURL教えてくれない?」
若葉が思い切ってそう言うと、案の定、結実は「まじ?」と言って、目を丸くする。そして、若葉の方に身を乗り出すと
「何―?何か悩みがあるなら、あたしが相談にのるよ!?」
「大丈夫・・・!そういうのじゃないからっ・・ただ、面白そうなサイトだから、よく見てみたいなーって思って」
「ふぅん?じゃぁ送るねー」
結実はスマホを操作すると、すぐにURL付きのメールを若葉のスマホに送ってくれた。
若葉はそのサイトが自分のスマホでも閲覧できることを確認すると、結実に「ありがとう」と言って取りあえずサイトを閉じる。
「──・・」
(家に帰ったら、やってみよう・・)
*
「ヨル!みて!・・・きたわ!」
ムギはスマホの画面を覗き込み、そう叫んだ。
「え、うそでしょ・・・こんな悪趣味なサイトを利用する人間がいるなんて」
青年─ヨルは、ムギの隣からしぶい顏でムギの手に持つスマホを覗き込んだ。
そのスクリーンには、三ツ森若葉という名前と、その他こちらがフォームに入力するよう指定した、住所や日付などが表示されていた。
*
若葉は操作していたスマホを枕元に置くと、ベッドにもぐりこんだ。
完全に信用したわけではないが、やはり和斗のことを相談できる場所がほしかった。
だから・・・少しの望みにかけてみよう、そう思った。
(早速、今日の夜って指定したけど・・・)
若葉はベッドの中で、目を閉じる。
本当に会えるのだろうか。夢使いムギ、に。
♪~♪~
聞きなれたメロディがきこえる。
メールの着信音だ。
・・・誰からだろう。
いつの間にか手に持っているスマートホンを操作して、メールを開く。
そこに書かれてある文字は・・
☆・・─・・☆・・─・・☆・・─・・☆
サイトのご利用ありがとうございます!
今からそちらに伺うので、しばらくお待ちください
夢使いムギ
☆・・─・・☆・・─・・☆・・─・・☆
「!・・・」
気付くと若葉は、全く知らない場所に立っていた。
上も下も分からないような真っ白の空間。
その空間には、大きな鎖がいたるところに絡みついている。
「えぇ?ここって・・」
明らかに、現実味がない空間だ。
「っ・・・もしかして、ここって」
(夢の・・・)
「あなたが三ツ森若葉さん?」
「!」
その声に振り返ると、高校生ぐらいの女の子が、連なる鎖の上に立っている姿が目に入った。
彼女は、そこから若葉の目の前にフワリと降りてくると、微笑む。
真っ白の長い髪に、シンプルな紺色のワンピース。
瞳の色は・・・人間味のない金色だ。
「サイトを使ってくれてありがとう、若葉さん。とっても嬉しかったわ!
慣れない人間の道具を使ってサイトを作るのは、なかなか大変だったから、苦労したかいがあったってことね」
彼女は満足そうに笑みを浮かべる。
その首には、金色の鎖でスマートホンがぶら下がっているのが分かった。
「は・・・?」
明らかに普通、ではないこの状況・・・。
──・・・そうか、あのサイトは本当だった。
信じがたいこの状況だが、和斗のことがあった後だったので、自然と受け入れてしまう自分がいた。
「じゃ、あなたって夢使いのムギで、ここは夢の中ってこと?」
「っ・・・そうよ!」
ムギはとても嬉しそうにそう言って、若葉の手を握ってくる。
その肌は異様に白く、彼女はやはり人間ではないと実感した。
「あ・・でも、正確には、ここは夢の中じゃなくて、夢が始まる前の場所・・あたしたちは、”待合室”って呼んでるわ」
「そう・・なんだ」
「えぇっ」
ムギは、若葉から手を離すと
「若葉さん、早速だけどあなたの悩み、きかせてくれないかしら?
この夢使いムギが、ちゃちゃっと解決してしまうから!」
「・・・」
本当に大丈夫か?そう思ったが、ここで黙っていてもどうにもならない。
この人間ではないらしいムギのことを信じてみよう。
「幼馴染の子が・・突然、変な姿になって・・・しかも、マホウまで使ってきてさ!
えーっと、分かる?現実ではマホウを使えるヒトなんて、絶対いないわけで・・・」
若葉は、必死にそう言葉を並べていく。
信じてもらえるだろうか・・・いくらムギがヒトじゃなくても、それが心配だった。
ムギは少しだけ難しい顏をして、顎に指をあてた。
「少しだけ、心当たりがあるわ」
「え・・」
「・・・その子”アクム”につかれているかもしれないわね。アクムにつかれると、人間らしさを失ったり、無意識に現実を壊そうしたりとするらしいから」
「!?─・・・何それ」
現実味のない内容に、若葉は唖然とする。
するとムギは、空間に絡みついている鎖のうちの一つに手をかけた。
「アクムに取りつかれて騒ぎを起こした人間は、割といるのよ?
けれど、大きく騒がれる前に処理されてしまうから、その事実を知らない人間がほとんどみたいっ」
ムギはそう言いつつ、鎖をもぎり取り、顏の大きさぐらいするそれにかぶりつく。そして、まるでクッキーを食べるように口をもぐもぐさせた。
ムギの思わぬ行為に、若葉は唖然とする。
「若葉さん、どうかしたの?」
かたまっている若葉を見て、ムギは首をかしげる。
「だって!鎖、食べてるしっ・・」
「そんなに驚くことかしら?
あなたたちが毎日、食事をとることと同じことをしているだけよ」
ムギは再び鎖にかぶりつく。
「へぇー・・・その鎖が、ごはんなんだ」
「そう、このキオクの鎖、があたしたちのごはんなの。
ヒトのキオクを常に増え続けているから、いつだって食べ放題よ!」
ムギは鎖を食べ続け、彼女の手にあった鎖はあっと言う間になくなってしまう。
「キオクって・・ここ、わたしの夢の中なわけだし・・もしかして、わたしのキオクなの?食べたの!」
若葉は一瞬、焦る。
大切なキオクを食べられてしまったら・・・困るどころの話ではない。
「え、そうよ?」
「・・・」
「ふふっ大丈夫よ。大切なキオクは食べないから。
食べるのは、いらないキオクだけ。
そうね、若葉さん、生まれてから今までのこと全て覚えて、いるわけじゃないでしょう?」
「確かに・・」
「あー美味しかった!あ、見て!今、キオクが夢に変わるわ」
「!」
ムギは大きく周囲を見渡す。
若葉もつられて見渡すと、真っ白な空間の所々に穴があいており、それはゆっくりと溶けて行っているようだった。そして、その代わりに現れたのは若葉のよく知る光景。
教室の中だ。
今、若葉とムギは、生徒であふれている教室の中に立っていた。
不自然なぐらいに、いつもの教室だ。
若葉はドギマギしながらも、
「ここ、うちのクラス!!でも、夢の中なんだよね?」
「・・・すごい!本当に同じ服を着た人間がたくさんいるわ!
ここが、学校という場所ね、本でみたとおりだわ!」
「え・・・」
ムギは若葉のことはお構いなしに、とても興奮した様子で、教室内を歩き回る。
生徒たちの顏を覗き込んだり、机の上のものを勝手にいじったり・・・なんだかとても楽しそうだ。
「・・・はぁー」
声をかける気も失せてしまったので、若葉は教室内を見渡してみた。
・・・本当にいつもの教室と変わりない風景だ。
(でも、夢の中・・なんだよね)
「──・・?」
少しだけ、違和感があるような気もする・・・が、それが何なのか若葉には分からなかった。
「あ・・」
(和斗、夢の中でも本読んでる・・・)
若葉は窓際の一番後ろの席に座る和斗に近付いた。
それでも和斗は、本を読むことに集中してこちらを見ることもしない。
(って言うか・・わたしやムギの存在って、ここでは認識されないのかな)
多分、そうだろう。
その証拠に、容姿が変わっていて目立つ行動をしているムギを、クラスのみんなは気にもしていない。
「!・・」
あることに気付いてしまって、若葉はゾクリとした。
和斗が集中して読んでいる本・・・そこに、全く文字がかかれていないのだ。
「若葉さん」
「!え、何?」
ムギがいつの間にか、若葉の隣に立っていたことに再びビクリとする。
「この子がアクムにつかれた子ね?」
「・・・うん」
「お名前はなんていうの?」
「和斗・・」
するとムギは、いつの間にか手に持っているメモ用紙のようなものにペンを走らせた。
「カズトさん・・・ね!分かったわ」
次に若葉は、首にかかっているスマホを持ち、和斗のことを写真に撮る。
「何やってるの?」
「カズトさんの名前と顏を覚えないと、彼の夢の中へ行けないから」
ムギは撮れた写真を満足げに眺めながらそう言った。
(・・・夢の中って写メれるんだ)
若葉はそんなことを思いながら、
「今度は和斗の夢の中に行くんだね?」
「えぇ、アクムをはらうにはその方法が一番だから」
ムギは微笑む。
「・・・」
すると、ムギは口元から笑みを消し真剣な様子で若葉を見た。
「若葉さん、あなたも一緒にこない?」
「!」
「夢はヒトの心を映す鏡・・・
和斗さんのことをよく知っているあなたなら、きっと大きな助けになってくれると思うの。
危険がないとは言い切れないから、強制はできないけど」
「──・・・」
思わぬムギの発言に、若葉は固まる。
正直、ヒトではないムギにできないことなんてないと思っていた。
というか、いくら和斗のことをよく知っている自分が彼の夢の中へ行ったとしても・・出来ることはあるのだろうか。
あくまで自分は、普通の人間なのに。
「若葉さん、和斗さんのアクムをはらいたい?」
「・・・当たり前じゃん。だから、サイトにメールしたんだし」
若葉は思わず力強くそう返す。
ムギは微笑んだ。
「そう、ならっ・・・」
「でも、わたしには無理だよっ・・わたしは普通の人間なんだし、行ったとしても何もできることないしっ・・・」
ムギは口元から笑みを消すと
「どうしてそう決めつけるの?行ってみなくちゃ、分からないわ」
「いや、それぐらいのこと行かなくても分かるから。
・・・ムギはそういうことに慣れてるんでしょ?だから、わたしなんか行かなくても大丈夫だよっ・・逆に行ったら足手まといになっちゃいそうだし」
「・・・」
ムギは若葉の発言がとても不服そうだった。
金の瞳をすっと細め、若葉を見る。
「・・・分からないわ」
「・・え?」
「あなたは本当に和斗さんのことを救いたいと思っているの?」
その時、若葉の視界がすっと薄らぎ・・教室内の雑音も遠くなる。
「!・・」
若葉は目を覚ました。
見慣れた自室の天井が見える。
ここは普段と変わらない、ベッドの中だった。
(夢か・・・いや、でも・・──)
若葉は枕元においてあるスマホに手を伸ばした。
そこに映し出されているのは、ムギのサイト。
(ただの夢じゃないんだよね・・?)
若葉はゆっくりと体を起こした。
普段と変わらない、平穏な朝。
だからこそ、ただの夢ではないと信じることが完全にはできなかった。
*
ここは人間界とは、また別の世界。
白で統一された部屋にいるムギは、二人掛けぐらいのソファに腰掛け、「うーん」と唸った。
「う~ん・・・分からないわ」
すると、ムギの目の前に、ムギのワンピースと同じ色のジャケットとズボンを身に着けた青年─ヨルが姿を現した。
「さっきから、うんうん唸ってるけど、一体どうしたんだい?」
ムギはそれに顏を上げると
「あ、ヨル・・あたし、よく分からなくなっちゃったの」
ヨルは少々面倒くさそうに、ため息をつく。
「一体何が?」
「若葉さんに和斗さんを助けるために夢の中へ行こうと誘ったら、断られてしまったのよ・・一体、どうして・・」
「はぁ!?人間を誘ったの?夢の中に一緒に行こうって?」
ヨルは突然、声を上げ、目を見開く。
ムギはそれに「えぇそうよ」と返した。
ヨルはいつも以上の大きなため息をつくと、
「何で君はいつもそうなのかなぁ・・っていうか、放っておけばいいんだよ!
アクムにつかれた人間の処理なんて、僕らの仕事じゃないでしょ」
「うーん・・でも、折角、あたしのサイトを利用してくれたのだし」
「そんなの気まぐれだよ、気まぐれ!」
「・・・」
ムギはヨルの言葉に納得できなかった。
だからもう少し・・探りを入れてみよう、そう決めた。
ムギは首にかけたままにしてあるスマートホンを操作すると、若葉の夢の中で撮った画像を確認する。
「ムギ、そろそろ次の仕事の時間だから、行くよ?」
ヨルはムギに背を向け、そそくさと部屋を後にする。
ムギもスマートホンから手を離すと、慌ててヨルの後に続いた。
*
そして、人間界では・・・
あんな変な夢をみた後だったが、若葉はいつものように学校へ向かっていた。
5月の青空と、朝の新鮮な空気だけは、いつもと変わりなく心地よい。
(確かに、あのサイトを利用して変な夢みたわけだけどっ・・)
「やっぱり、ただの夢なんだよねー」
そう考えるのが、普通だと思った。
そのサイトもただの偽物で、誰かのお遊び。
──だったら、和斗のこともそうあってほしい。
彼が変な姿になって、変なマホウを使ったのもきっと・・自分の勘違い。
現実の出来事じゃない。
「・・・」
(今日も和斗の家によってこう・・)
昨日は一人で登校してきたが、今日もそうとは限らないわけだし。
幼馴染として、今の和斗のことを放っておくことはしたくなかった。
*
和斗は、自室のベッドに横になり、薄暗い天井を眺めていた。
朝が来てもう起きる時刻だということは知っていたが、思うように体は動いてくれない。
(今日も朝がきたな・・)
当たり前かもしれないが、決してそうとは言い切れないと和斗は思う。
だって、当たり前なことなんて現実には存在しない。
当たり前は、自分が勝手にそう思っているだけで成り立っているんだ。
その証拠に当たり前だと思っていた圭の存在は、自分の世界から消えた。
そして今は、いないことが当たり前になってしまっている。
和斗はそう思えてしまう自分が、嫌いだし、許せなかった。
その時、玄関のチャイムが鳴る。
(若葉か・・)
今、家には和斗一人なので、でれる人は自分しかいない。というか、若葉は和斗の迎えにきてくれたのだから、もちろん自分が行くべきなのだが・・・。
「はぁ・・・」
(行きたくない・・)
圭を含めた自分たち3人は、幼馴染という奴で昔から仲がよかった。
圭が亡くなったこと、若葉はどう思っているのだろう。
少なくとも自分からみたら、1年たった今ではそのことをまるで忘れてしまっているように見える。
(あんなに仲良かったのに・・・若葉にとって圭は、そんなもんだったのか?)
何で普通に学校に行って笑っていられるんだ?
何でこの世界がまだ好きでいられるんだ?
分からない。
それとも、自分が変なのだろうか。
圭の死は、世界を大きく狂わせた。
大切な人が消えても笑っていなくちゃいけない世界、なんて、当たり前が保障されない世界なんて・・・
(消えてしまえばいい・・)
そんな感情さえ、こみ上げてくる。
・・・玄関のチャイム音がひっきりなしに鳴り、うるさくなってきた。
このまま放置するのも、ストレスなので和斗はしぶしぶベッドから立ち上がる。
その時、誰かに後方から腕を掴まれた。
『あんたの感情は別に間違っちゃいねーよ』
「!」
ビクリとして振り返ると、そこには・・誰もいなかった。
「っ──・・・またか!一体、何なんだよ・・」
少し前からこういうことが、たまにあった。
頭に響く知らない声に、誰かがそばにいる気配。
『この世界が狂ってるって気付いたのは、あんたぐらいだよ。ほんとバカだよなぁ他の奴らは』
「っ・・・うるさい!オレに話しかけるなっ」
和斗はそう叫んで自室を飛び出す。
『なぁ、和斗。こんな世界、壊しちまわないかー?今のあんたになら、出来る』
「うるさい!うるさいっ・・!」
耳をふさいでも、その声は和斗の頭の中に入り込んでくる。
それを無視して、和斗は階段を駆け下りた。
その時、大きく足を滑らせるが・・・彼の体は空中で一回転し、見事に一階の床に足をついた。
「──・・・」
若葉は和斗の家の玄関の前で、軽くため息をついた。
(でないなー)
チャイムを鳴らしてから、10分ぐらいはたつと思うが和斗は姿を現してくれない。
若葉はスマートホンで、現在の時刻を確認する。
AM08:05
「!・・そろそろ行かないと」
さすがに家に勝手にあがるのは気が引けるので、今日のところは和斗のことは諦めて学校に向かおう。遅刻はしたくないし。
そう思ってこの場から離れようとした時、突然、玄関の戸が開いた。
「!和斗、おはよう」
「・・・」
そこには無表情の和斗が立っている。
制服を着ているし、学校に行くつもりはあるようなので、若葉はほっとする。
「行こうっ早くしないと遅れちゃうよ」
若葉はそう言って、踵を返そうとするが
「・・・行くってどこに?」
和斗の言葉に、思わず動きをとめた。
「何言ってるの?学校に決まってるじゃん!」
半ば叫ぶように、若葉はそう言った。
「学校か・・・オレには関係ない場所だな」
「は・・?関係なくないし!早く行こうよ!」
「・・・」
それでも和斗は、表情を崩さずその場に立ち尽くしている。
若葉はそんな和斗が、少し怖かった。
いつもと同じように見えなくもないが・・・どこか違う。
きっとそれは・・・目、だ。
(和斗の目ってこんなに鋭かったっけ・・?)
すると、和斗はやんわりと微笑む。
「そんなことより、若葉、どっか遊びに行こう」
「は?」
和斗は、若葉の手を強く取ると駆け出した。
「ちょっとっ・・和斗!離してよ!」
若葉がそう叫んでも、和斗はまるできいている様子なく、若葉の手を引いたまま走り続けている。
その足取りは、普段の彼とはまったく違う。まるで、スポーツ選手みたいだ。
それに、違うのはそれだけじゃない。
──・・・あの真面目な和斗が、学校をさぼって遊びに行こう、だなんて・・・おかしい。考えられない。
信号で立ち止まったすきに、若葉は和斗の手を振り払った。
「今日の和斗・・・ってか、この前の朝から何か変だよ?一体、どうしたの!?」
和斗は、一瞬、驚いたようだが、すぐに真顔になると、
「──・・・おかしいのは、お前たちだろ?
若葉は気付かないのかよ?世界の違和感に」
「──・・・」
そう言われて、一瞬、圭の姿が頭の隅にチラつく。
けれど・・・無視した。
「っ・・分からないよ!」
「そうか・・・残念だな」
・・・すると、和斗の体に淡い光が帯び始める。
それは和斗の全身を包み込むと、すぐにぱっと弾けて彼の体から離れた。
そこに現れたのは、この前の朝、若葉がみた和斗の姿だ。
金色の髪に、白い肌、サイダー色の瞳。
それに、夜色のマントを羽織っている。
「!─・・」
若葉はその光景に、息をのむ。
・・・やっぱり、夢じゃなかった。これは、現実だ。
「なら、若葉もこっち側にくればいい。
そうしたら、気付けるはずだから」
和斗はそう言うのと同時に、若葉の腕の掴み強く引きよせる。
「!ちょっと・・なにする・・」
「すぐ終わるから」
すると、和斗は若葉の両方のこめかみに掌を押し当てた。
「!!・・」
一瞬、視界が揺らめいたかと思うと、若葉の感情でない、何かが頭の中に流れ込んでくる。
「っ──・・」
暗くて、身動きがとれなくて・・・一人ぼっち。
深い深い闇の中に、沈んでいくような感情。
思わず、泣きそうになる。
その時、和斗と若葉の間を、何かが勢いよく通過した。
「!」
和斗は素早く若葉から離れ、それをギリギリで避ける。
若葉がはっとすると、すぐ横に立つ青年の姿が目に留まった。
紺色の髪に、黒のジャケットとズボン。それに、背の高い大きな白い鎌まで持っている。
─・・・明らかに、普通の人ではない、若葉はそう思った。
「ヨル、惜しかったわ!もう一回よ!」
「!」
どこかできいた声がしたかと思うと、鎌を持った青年─ヨルの後方に姿を現したのは、ムギだった。
「うそ・・」
そう、夢の中で会った夢使いのムギ、間違いなく彼女だ。
改めてムギの姿を確認すると、腰まで届く真っ白な髪と金の瞳はこの世界では明らかに浮いている。
「ムギに言われなくても分かってるよ!」
ヨルはそう叫ぶようにして言うと、再び鎌を和斗むかって振り上げた。
「!」
若葉はそれにはっとする。
あんな大きな鎌で切られたら、和斗の体はひとたまりもない。
「ちょっと待って・・」
若葉がそう言ったのとほぼ同時に、和斗は手に現した杖でヨルの鎌を受け止めた。
若葉が和斗の素早すぎる動きに目を疑っていると、ムギがヨルの後方から叫んだ。
「大丈夫よ、若葉さん!スイマの鎌は、ヒトを眠らせるだけだから!」
「!?・・・スイマって・・このヒトのこと・・!?」
次から次へと起こる事態に、頭がついていかなかった。
「えぇ、もちろんそうよ!ヨルって呼んであげて」
「──・・」
若葉は和斗と対戦中のスイマ・・・ヨルを一瞥する。
すると、目があった。
「ムギが勝手なこと言ってるけど、僕は人間と関わりあうつもりはないからね!?」
ヨルは半ば、若葉を睨むようにしてそう言った。
どうやら最初から自分は、嫌われているらしい。やはり、あまりいい気はしなかった。
すると、和斗の杖がヨルの鎌を弾き返す。
「わあっ・・!!」
「夢使いとスイマだな?邪魔するなよ!」
和斗はそう言うと、杖の先端をヨルにまっすぐ向け、そう叫んだ。
「大丈夫よ、和斗さん。手遅れになる前に、私たちがあなたのアクムをはらってあげるわ!」
「ちょっとムギ!少しは応戦してよ!?」
「危ないから離れてましょう、若葉さん!」
「えぇ!まさかのシカト?あんまりだよ!」
ヨルの叫びは気にする様子なく、ムギは若葉の手を取り、二人から距離をとった。
和斗は杖から光の筋をだし、ヨルはそれを鎌で上手い具合に弾いている。
「・・・」
「大丈夫よ、ヨルはああ見えてけっこう強いから」
若葉が不安そうにしているのに気付いたのか、ムギは微笑みながら若葉の顏を覗き込んでくる。
「いや・・・わたしが不安なのは、そのことじゃなくて」
・・・和斗にこめかみをおさえられた時に流れてきた、暗くて深い感情。
きっとあれは・・・いや、絶対に、あれは和斗の心、だ。それは、自分が今まで感じたことのないような、心、だった。
昔から一緒にいる和斗が・・・自分の全くしらないものを背負っていたことを初めて知った。
「わたしのせいなのかな・・・和斗がアクムにつかれたの」
若葉が思わずそう言葉をこぼすと、ムギは
「あなたがそう思うのなら、もしかしたらそうかもしれないわ」
「・・・」
「アクムはヒトの弱い心を狙うから・・そのような心が和斗さんにあると、若葉さんは思ったのよね」
「─・・うん」
するとムギはその金色の瞳で、若葉のことを食い入るように見る。
その瞳は今までになく、真剣だった。
「ねぇ、若葉さん。どんなに親しい相手でも、完全に心を理解することはできないわ。
だから、知っていると自惚れないで。ちゃんと知ろうとしてあげて。そうしないと大変なことになってしまうから」
「──っ・・だって」
ムギの言葉に言い返したくなったが、何も言えなかった。
だってその通りだ。
ヒトではないムギに言われてしまったことが、悔しくて、今まで和斗のために何もできなかった自分が嫌で、泣きそうになる。
「ムギはヒトのことをムダに知ろうとしているからね!少なくとも君たちよりは!」
ヨルは二人の会話を聞いていたらしく、そう言うとその鎌で和斗の体を大きく切り裂いた。
それと同時に、和斗の足元はふらつき・・彼は、地面に崩れるようにして倒れた。
「和斗っ・・」
若葉が和斗の方へ駆け寄ると、鎌で切られた部分から、光の粒がキラキラとあふれ出していることが分かった。
しゃがみ込んで和斗の様子をよくよく伺ってみると、彼からは微かな寝息がきこえてくる。
「よかった・・やっぱり、寝てるだけなんだね」
若葉は、ほっと胸をなでおろす。
「だから、言ったじゃない~。
あ、ヨル、ありがとう。ほんと、助かったわ」
ムギも若葉の隣に駆け寄ると、隣に立つヨルに満面の笑顔を向ける。
「はいはい」
ヨルの返事は、そっけなかったが、その表情は少しだけ嬉しそうだった。
若葉は、すっかり姿が変わってしまった和斗を見下ろしながら、思わずにはいられなかった。
(もう・・怖いなんて、言ってられない)
「ねぇ、ムギ。わたしが和斗の夢の中に行けば・・和斗、もとに戻るんだよね?」
恐る恐るそう訊いてみた。
ムギはそれに大きく頷く。
「えぇ、その可能性は大きいわ!」
ムギの瞳は、キラキラと輝き嬉しそうだった。
きっとムギと一緒なら、大丈夫だ。若葉はそう信じることができた。
「じゃぁ、わたし、行くねっ・・和斗の夢の中」
「えぇっ」
ムギはまた大きく頷く。
「ちょっとムギ、やめなよっ・・ヒトを夢の中に連れて行くなんて、そんなことしてもっ」
「行きましょう、若葉さん」
ムギはその白い手を若葉に差し出す。
「うんっ」
そして若葉は、その手を思いっきり握り返した。
それと同時に、景色は大きく歪み、そこに何があるのか分からなくなってくる。
・・・少しずつ歪みがおさまってきたかと思うと、見覚えのある景色が広がった。
真っ白な空間に大きな鎖が絡み合う・・夢の待合室、だ。
・・・その鎖の上に、ムギが立っている姿が見える。
ムギは目の前に連なる鎖の一つをもぎ取ると、その場にしゃがみ込みその鎖にかぶりついた。
「ちょっと待ってね。キオクの処理をしないと夢は創れないの」
「・・・うん」
ムギは鎖に次々とかぶりつき、口をもぐもぐさせる。
・・・何だか、とても美味しそうだ。
ムギは鎖を食べ終えたのとほぼ同時に、真っ白な空間は少しずつ溶けだしていく。
「!・・」
その代わりに現れた景色は、西洋風の街並み。
きれいな青空に、レンガ造りの建物。カラフルな花が植えられ、行きかう人々も多く、とても活気がある。
「ここどこ?」
若葉は思わず、そう叫んだ。
「夢の中よ!」
ムギは笑顔でそう返す。
若葉は苦笑して「だよねー」と呟きながら、辺りを見渡す。
正直、夢の中という実感はなかなかできない。
(でも、夢の中なんだよね、うん)
隣に立っているムギは、若葉に微笑みかけると、
「和斗さんに関係する何かが、この街にあるはずよ。探してみて」
「・・分かった」
若葉は頷くと、ゆっくりと足を踏み出した。
やはり、ここでは自分の存在は周りに認識されていないらしく・・・そう言う面では、ありがたい。
大きな石像の裏側や、いろいろなお店の中、気の裏側など、若葉は散策してみる。
「うーん・・」
(和斗に関することって一体・・・)
その時、視界の先にある店のドアがカランコロンと開き、中から2人の青年がでてきた。
「!あ・・」
一人は、アクムにつかれた姿と同じ服を着た和斗、もう一人は・・・
(圭っ・・・)
一年前に亡くなった、圭だった。
圭も和斗と似た、ファンタジーの世界に馴染むような格好(まるで剣士みたいだ)をしている。
2人は楽しそうに話しながら、街中を歩いていった。
「・・・圭!和斗!」
若葉は思わずそう叫ぶと、二人のもとへ駆け寄るが、二人はこちらを見向きもしない。
「ねぇ、圭・・和斗!」
「若葉さん」
ムギが後方から若葉の肩を掴み、その動きをさえぎった。
「大丈夫。分かってるから・・」
若葉は力強くそう返して、二人の後ろ姿に視線を投げつつ再び歩き続ける。
「・・・」
(取りあえず、ついてってみよう・・)
そう思い、二人の後をついていくと、彼らは街を外れ、森の方へ歩みを進めていく。
和斗の持っている地図らしきものを見ながら、進んでいるので2人はどうやら何かを探しているようだ。
「・・・」
若葉はあることに気付く。
(っていうかこの世界って・・昔、3人でよくやってたゲームにそっくりだ・・)
和斗や圭の服も、自分たちがすきだったキャラクターそのもの。
そうこうしているうちに、辺りは茜色にだんだんと染まってくる。
2人の姿を見失わないよう、若葉はより2人に近付く。
とその時
「うあぁぁ!!」
「!」
圭の叫び声が響いた。
若葉はその光景を見て、はっとする。
崖になっていることに気付かなかったらしい圭が、そこから体ごと落ちそうになっていた。
それを和斗が腕一本で、支えている。
「ムギ!・・助けに行かないとっ」
若葉がとっさにそう叫び、駆け出そうとすると、ムギは真剣みのある表情で
「若葉さん、そんなことしても意味ないわ。だって・・」
「っ・・意味なくなんかない!わたしなら、和斗のために何かできるって言ったじゃん!」
若葉は無我夢中で駆け出すと、和斗が支えている圭の腕に手を添えた。
しかし、それは空を掴む。
「っ──・・」
確かにそこにあるのに、圭の手に触れることもできないし、和斗の助けをすることもできない。
「っ・・何でっ・・」
「カズト、もういいから離せ!」
「い、いやだ・・!!」
和斗と圭の手は小刻みに震えており、今にも離れてしまいそうだ。
その時・・圭の手が、和斗の手から滑り落ちる。
「!!」
圭の姿は、崖の底へ見えなくなってしまった。
「っ──・・圭!・・・う・・ぅ」
和斗はうずくまり、大きく体を震わせる。
「っ何やってんだオレはっ・・オレのせいだ・・」
その光景を見て、いつの間にか若葉の目からも涙が零れ落ちる。
やはりここは和斗の夢の中・・・いや、心の中の世界なのだと思った。
だって、あの時の和斗と全く同じだ。
圭が亡くなった直後の和斗。
その時和斗は、圭が交通事故にあったのを自分のせいにしていた。
忘れ物を学校まで取りに行かせた自分が悪い、と。
自分が余計なことを言わなければ、圭は死なずに済んだと。
「オレのせいだっ・・オレのせいで圭はっ・・」
「和斗のせいじゃないよ!」
うずくまり、泣きわめく和斗に若葉はそう叫ぶように言った。
あの時は、怖くて言えなかった言葉が、今はすんなりと言えることに若葉は驚いた。
自分はとても臆病ものなのだ。和斗の心と本当に向き合おうとしていなかった。
「っ・・・」
和斗の背中に手を置こうとしても、それは空を切ってしまう。
きっとこの声も和斗にとどいていない。
これでは同じだ。現実世界と。
「違うわ!若葉さん!」
「!!」
その声にはっとしてみると、ムギがどこか嬉しそうに微笑んで立っている姿が目に入った。
そしてムギは、指を空に向かって弾く。
「!・・」
すると、若葉の全身が淡い光に包まれた。
それはすぐに弾けて消えると、若葉の服は全く別のものに変化する。
裾がふわりと広がった桃色のドレスに、腰まで届く水色の髪。
昔、よく3人でやっていたゲームのキャラクターそのものだ。
若葉は理解できた。
今自分はこの世界の住人になれたのだ。
──・・・若葉は、思いっきり和斗を抱きしめた。
「和斗のせいじゃないし、誰のせいでもない・・・だからもう、苦しまないでよっ・・」
「・・・─若葉」
「・・・」
「──・・・」
和斗の手が若葉の肩に触れる・・が、その手は若葉のことを勢いよく引き離した。
「!!」
「そんなこと、無理に決まってるだろ!?
オレはっ・・・お前たちのように笑っていられない!」
和斗は、立ち上がると、杖をまっすぐ若葉に向ける。
「でていけよ!オレの世界から!」
「──・・・やだ」
若葉は和斗の杖の先端を両手でつかむ。
すると、掴んだ部分が急激に冷え、そこから見る見るうちに氷が広がっていく。
氷は、和斗の杖全体を包み込みそれを砕き割った。
「仕方ないじゃん!!生きてるんだから!」
「!─・・・」
「わたしだって、あんな悲しいことがあったのに、笑ってるなんて残酷だと思うっ・・ほんと、サイテーだと思う・・でも、仕方ないじゃん・・
生きていれば、笑わなくちゃいけないし、泣かなくちゃいけないし・・苦しまなくちゃいけない・・それはわたしも和斗も同じでしょ?」
「・・・──」
「苦しくても、笑わなくちゃいけないときってたくさんある・・・それが今なんだよ、きっと・・・」
すると、周囲の景色がだんだんと変化していく。
若葉は和斗と共に、いつもの教室にいた。
窓は茜色に染まり、遠くからは運動部の掛け声や合唱部の歌声が微かに聞こえてくる。
服装も・・元通りの制服になっている。
現実に戻ってきたのだ。
「若葉・・・圭のこと、忘れたわけじゃなかったんだな・・?」
和斗は、ポツリとそう言葉を零した。
「・・・当たり前じゃん。それからも忘れるつもりなんてないし」
「あぁ、分かってる。若葉が圭のこと忘れてないことも、なんとなくは分かってた」
「は?」
和斗は制服の胸ポケットから、定期入れを取り出すと、そこに裏返しにしてある写真を取り出した。そして、表に返す。
それは入学式の時に、3人、校門で撮ってもらった写真。
真新しい制服と、幸せそうな微笑み。
「若葉、一緒に圭の墓参り行かないか・・?」
和斗は震える声で、そう言った。
「!・・・」
その言葉は、和斗の口から初めて聞いたものだった。
・・そして、それは若葉の口からも発したことのない言葉だった。
言いたくても、ずっと言えなかった。
「うん、行こう・・」
若葉も必死になってそう返す。
(あぁ・・そうか・・)
自分は、圭の死と向き合うことを恐れていた。
それは、圭の死と真正面から向き合って、苦しんでいる和斗を恐れることに繋がった。
だから、和斗の本当の心が分からなかった。
和斗は、小さく微笑み、頷いた。
若葉もそれに微笑みを返す。
──・・・なんだかとても、安心できた。
「無事、アクムは終わったみたいね!」
ムギは教室の横にある木の枝に腰掛け、二人の様子を眺めていた。
「って言うかあの二人、現実世界に戻ってきたこと気付いてるの?」
隣に座るヨルは、「どうせ気付いてないでしょ」と付け加え、ため息をつく。
「別にどっちでもいいと思うわ!2人が幸せならば」
「・・・えぇ~」
ムギは足をぶらぶらさせながら、ニッコリと笑う。
ヨルは不服そうにしながら、
「ほんと人間って面倒な生き物だよねー?ムギ。
こんな生きにくい現実でしか生活できないのも哀れで仕方ないというか・・・
今回の件も2人が人間だから、こーも面倒な事態に発展したわけで・・」
「そうね」
「それでも人間になりたいの?ムギ」
ヨルはムギの顏を覗き込む。
「いくら人間のことを知っても、そんなこと・・・」
「やってみなくちゃ、分からないわ!それに楽しみでしょう?次はどんなヒトがわたしのサイトを利用してくれるか」
ムギはすっと立ち上がると、力強くそう返した。
そして、首にかけてあるスマートホンを手に取り、利用者からのメールがきていないかチェックしようとする。
とその時、ムギの足元に黒く光る星のようなものが勢いよく突き刺さった。
ムギがはっとして見上げると、そこには、アクム、がいた。
真っ黒な髪と服をまとう彼は、先ほど飛ばしたらしい黒星を手の周りでもてあそんでいる。そして、ムギを見下ろし、口元をつり上げた。
「もうすぐで、仲間を増やせるところだったのになァーったく」
「アクムさん、お願いだから、こんなことするのはもう止めてほしいの!」
ムギの言葉に、アクムは鼻で笑う。
「ふん、嫌だねぇ」
そして、手の周りの星をムギに向かって放った。
すると、ヨルはムギの前に素早く移動し手に持つ鎌で星を弾き返す。
「アクム!!これ以上、僕たちの邪魔、しないでくれない?」
「・・うーん、そうだなぁ」
アクムはわざと考えるような仕草をすると、フワリとムギの目の前に降りてくる。
「ムギがオレのこと好きになってくれたら、諦めてあげてもいいよぉ。お前、なかなか可愛いし」
そして顏を、ムギの顏に近付ける。
ムギはそんなアクムをじっと見て
「分かったわ。でもわたし、あなたのいいところ知らないの・・教えてくれたら、好きになれる可能性があるかもしれ・・」
「ちょっと、ムギ!そんなことあるわけないでしょ!?ほら、早くそいつから離れて!!」
ヨルは即座にアクムから、ムギを引き離す。
アクムはその様子を見て「ははっ」と笑った。
「保護者つきのお嬢様には、なかなか近付けないかー。
まぁいいやぁーまたくるよ!」
アクムはにこやかにそう言うと、姿をかき消してしまった。
「二度と来るなー!!」
ヨルはそう叫ぶと、すぐにムギの方へ振り向く。
「ムギ、大丈夫だった?」
「ヨル、ありがとう、たまには頼りになるのね」
「当たり前でしょ?・・・え、たまにはって」
・・・ムギはにっこりと笑った。
*
圭のお墓参りが済んだ若葉と和斗は、駅まで続く田舎道を2人で歩いていた。
2人の間に会話はなく、辺りもとても静かだ。
物思いにふけっていると、和斗が口を開く。
「夢って不思議だよな・・」
思わず、ドキリとした。
「うん、そうだよね!」
若葉はとっさに、そう返す。
「オレ、ずっと同じアクムばかりみててさ、正直つらかった」
「──・・・」
「今思えば、あのアクム、普通じゃないよなー・・
起きてからも、ずっと目が覚めない感じがしたし・・」
和斗は困ったように笑いながら、そう言葉を並べる。
若葉も笑顔で
「そう、だったんだ!」
「・・・若葉が助けにきてくれたんだろう?お蔭で目が覚めたよ、ありがとう」
「──・・・・ううん」
和斗がどこまで本当のことを知っているのか、分からない。
もしかしたら、全て知っているのかもしれない・・・けれど、どちらでもよかった。
「仕方ないよなー・・・生きてるんだし」
和斗はそう言いつつ、空を見る。
夕焼け色を映したその瞳には、うっすらと涙がたまっていた。
「・・・」
若葉もつられて空を見る。
いつも帰り道とは違う、涙で滲んだ空がそこに見えた。
圭は今、どこにいるのだろう。
いつかは会える、のだろうか。
目の当たりにした現実は、とても悲しくて残酷だ。
でも、それを受け入れることができたと同時に、新しい何かが始まったと若葉は感じていた。
それは、悲しみだったり優しさだったり勇気だったり。分からないけれど、確かに自分たちは一歩一歩前へ進んでいる。いや、進んでいくしかできなんだ。
(圭・・・)
わたしは、あなたのことをちゃんと覚えている。きっと、10年後も20年後も・・・最期の時が来るその日まで、忘れることはないだろう。
だから、その日まで、あなたと共にすごした穏やかな時間は、心の奥にそっと大切に大切に・・・しまっておくね。
end