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女神の器  作者: よろず
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7

無理矢理警報発令。

ただ、読み飛ばすと話が繋がらなくなる可能性はあります。ご自身の判断でお願いします。

 あれからすぐ、志保はまたノアの腕の中でぐったり意識を失った。

 ノアが志保を横抱きにして、騒然となった神殿を後にし宿へ戻る。

 ベッドの上に腰掛けたノアは志保の身体を愛しげに抱き、頬や髪を撫で続ける。時折志保の額や頬にキスを落とすノアを残し、カールは静かに部屋を後にした。



 赤い夕陽が辺りを照らす頃。ぼんやり厩で馬を眺めていたカールは、背後から近付いて来る気配で、時間が大分過ぎていた事に気が付いた。

 背後からゆっくり歩いてくる小さな足音は、いつの間にか聞き慣れた女の物。掛けられる言葉も想像がつく。


「カール?お腹が空いたわ。お酒を飲みに行きましょう。」


 ゆっくり振り向いた先では、志保が変わらぬ笑顔で立っていた。


「体は、大丈夫なのか?」

「ぴんぴんしてるわ。でもティアが出てくるととてもお腹が空くの。美味しい物が食べたいわ。」


 想像通りの志保の言葉に苦く笑い、カールは立ち上がる。歩き出したカールの後ろを志保が追い掛けてついて来た。

 カールは昨夜とは違う店を選び、志保は焼いた野菜をうまそうに平らげた。そしてまた浴びるように酒を飲み、陽気に他の客と打ち解ける志保をカールは眺める。

 世界樹目当ての観光客が多いこの街では、一夜の相手を求める者も多い。その為か、また志保は獣の瞳をした二人の男に囲まれて酒をどんどん飲まされていた。そろそろ止めるかと溜息を吐いたカールは立ち上がり、志保に帰るぞと声を掛ける。不満気に声を上げた男達は、カールが一睨みで黙らせた。

 前の晩と同じように足取りが覚束なくなった志保の身体を支えて歩く。志保はまたくすくす楽しそうに笑っていた。


「あんたは、男の慰みものになりたいのか?」


 苛立つカールを志保は笑う。


「それも良いかもしれないわ。」


 そう呟いて笑った志保を乱暴に引き寄せ、カールは大通りから路地へと入り込む。そこで志保の柔らかな唇に己の唇を合わせ、息を奪い取るように舌を割り入れ絡め、吸い付いた。志保の体は壁に抑え付け、抵抗しない志保のスカートをたくし上げて手を差し入れる。柔らかな肌を(まさぐ)るように撫で、唇は顎を伝い、舌で舐めながら首筋を下りた。


「一夜なら構わない。でも本気は返さないわ。」


 熱くなり始めた息で志保が呟いた言葉で、カールは我に返った。動きを止めて、志保の顔を覗き込む。志保は、にっこり微笑んでいた。


「あんたのその表情(かお)、嫌いだ。」


 吐き捨てるように言って、カールは体を離した。志保が乱れた服を直すのを視界の端で確認し、宿に向かって歩き出す。後ろをついて来る志保の気配を感じながら、じくじくする胸の痛みには、見て見ぬ振りをした。



 明け方に、また泣くのだろう志保を追い掛ける為カールは起き出した。ドアへ向かうカールに、ノアがベッドの中で目を閉じたまま声を掛けてくる。


「あれは、ただの器だ。」


 それには答えず、カールは部屋を出た。

 志保の泣く声を聞きながらカールは壁に背を預け、日が昇り志保が泣き止むまで、そこにいた。




 出発する時の志保はまた、けろりとしていた。まるで昨夜の出来事などなかったかのように、変わらぬ態度でカールに接する。カールは眉間に深い皺を刻み、大きな溜息を一つ吐き出してから志保を馬へ引き上げた。

 次の目的地は、街道を進んだ先の山の中だとノアは告げる。また七日程掛かるというノアの言葉に、志保は遠いのねと不満を漏らした。

 ノアもカールも無言で馬を走らせ、変わらなくなった景色に退屈し始めた志保は歌を歌う。日本のバラードや恋の歌、合唱曲など思い付く限り歌う志保の声に、カールとノアは耳を傾けた。

 ティアと会話して、また景色を眺め、そして歌を歌う。そんな時間は、日が暮れる頃に新しい宿場町に着くまで続いた。


 宿の一階が食堂になっていて、そこで酒を提供していた為に今夜はそこで酒を飲む事にした。

 志保は赤ワインが好きだ。木の実をつまみにして合うような、フルーティーだが程良く渋みのある物を好んで飲む。対してカールは、ワインよりも度数の強い蒸留酒を好む。それをストレートで飲むのが好きだった。

 食事の後に志保の好みのワインをボトルで頼み、二人で座って静かに酒を飲む。宿の食堂は、泊まり客が利用する為か町の酒場より静かだった。


「シホ。このまま女神に身体渡したら、あんたはどうなるんだ?」


 カールの呟きのような問いに、志保はあっけらかんとした様子で答える。


「死ぬのよ。私の代わりにティアがこの身体の持ち主になるの。」

「それで、本当に良いのか?」

「良いのよ。私はティアに会わなければとっくに崖から身を投げて死んでいたはずなんだもの。」


 志保の答えで苦い物を奥歯で噛んでいるような表情になったカールは、グラスの酒を煽った。空になったカールのグラスに、志保が酒を注ぐ。


「ねぇ、カール。私、この旅が楽しいわ。でもそれは、終わりがあるからよ。こんな変な女の事なんて気に病まないでちょうだい。」


 そう言って笑った志保は、カールの嫌いな表情だった。

 今日はいつもより早めに部屋に引き上げて、二人はベッドに入る。明け方抜け出した志保を追うカールに、ノアは何も言わなかった。

 部屋を出てすぐある窓を跨いで出るバルコニーで、志保はまた泣いている。カールは窓を飛び越え、志保に近付いてそのまま抱き締めた。驚きで固まる志保の唇に、何度も口付ける。我に返ったように暴れ始めた志保の両手に指を絡ませ優しく口付けるカールに、志保は段々と体を預け、大人しくなった。


「だめ、やさしくしないで…縋ってしまう……」


 弱々しい志保の拒絶の言葉は、カールが口の中に飲み込んだ。

 昇った太陽がバルコニーに朝陽を届けるまでカールは志保を抱き締め、大人しく受け入れている志保へ口付けを続けた。日の光の中で泣き腫らした志保の顔を見つめ、カールは志保の頬を優しく撫でる。ぼんやりとした表情だった志保が瞳を揺らし、泣きそうに顔を歪めたと同時、カールの腕から逃げ出して部屋に駆け込んだ。

 バタンとドアが閉じる音を聞きながら、カールは己の胸の痛みと、宿った熱を自覚した。

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