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女神の器  作者: よろず
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6

 世が明けて、カールと志保は広げていた荷を纏める。ノアはそれを眺め、馬に括り付けられた荷を確認して馬に跨った。


「ティアは次はいつ出て来られる?」


 馬上から志保を見下ろしてくるノアを志保は笑って見上げた。


「昨日のはちょっと無理矢理出て来たみたい。だからもう少し力が溜まらないと無理だって。……ノア、愛してるって、早く貴方の腕で眠りたいって、言ってる。」

「そうか。ティアには私の声も届くのか?」

「私が見た物、聞いた事、共有してるみたいよ。」

「ティア、愛している。私も早く貴女をこの腕に抱きたい。」


 柔らかな表情で志保を見つめ、ノアは愛の言葉を囁く。志保の中でティアが何かを言っているのか、志保は耳を塞ぎたそうな顔をして笑っていた。


「シホ。来い。」


 カールは馬上から手を伸ばし、志保を抱き上げ自分の前に座らせる。カールに抱えられた志保は今まで通り変わらない。朝方の口付けの事は忘れる事にしたのだろう。


「ねぇ、次の場所にはどのくらい掛かるのかしら?」


 森の中、木を避けながら進む途中で志保はカールに聞いた。ノアは今は少し先を行っている。一人よりも二人乗せている方が馬の進みも遅くなるのだ。足場が悪い道では特にそれが分かり易く現れる。ノアは気が急いているのか、ペースを落とす気はないようだった。


「森を抜ける最短の道通って三日だとよ。」

「あら、今回は早いのね?どんな所かしら?」

「神殿都市だ。世界樹がある。」

「世界樹?」

「精霊王セレスティアが産まれ落ちた木だとよ。」

「へー、なんだか大層な場所なのね。美味しいお酒とご飯はある?干し肉は飽きたわ。」


 志保の言葉に、この女はどんだけ飲兵衛なんだとカールは苦笑する。神殿都市の名物を思い浮かべて、美味い飯屋の当たりを頭の中で付けておく。


「神殿都市は、うまい野菜が多い。だから野菜料理が多いな。」

「へー、野菜好きよ!美味しいワインはある?」

「ある。」

「それは楽しみね。」


 にっこり笑う志保の今の表情は、本物の笑顔だ。痛々しいあの笑顔でない事に安堵する自分に、カールは気付いていた。




 森を抜けた先、広がった景色に志保は息を飲んだ。

 大きな白亜の神殿。その周りには蔦が絡み付き、神殿の中央からは大樹の頭が覗いて枝葉を広げている。


「綺麗。」


 青空を背にした神殿の荘厳な佇まいをうっとりと眺める志保に、カールは街の中もすごいぞと教えてやる。


 神殿都市セレスティア。女神の名を持つこの都市は、救世の女神を祀る神殿の本拠地であり聖地である。巡礼者が多く訪れるここは人の行き来も激しく、世界樹の神殿を囲むように広がる街は大きい。

 神殿の中の世界樹は、触れる事は禁止されてはいるものの一般にも公開されている為近付くのは用意だ。ただ日が傾く前には神殿の門が閉じてしまう為に、今日はもう間に合わない。

 宿屋街にあるセレス商会の宿屋に一室部屋を取り、ノアはいつも通りさっさと部屋に篭った。

 志保はカールの馬の世話を手伝い、それが終わると観光に繰り出す。


「建物全部白いのね。」


 神殿都市は、建物を白で統一するように定められている。建物の中の家具も、茶色か緑、金色だけが使用を許されていて、決まり事が多い。


「ティアの瞳と髪の色ね。」


 呟いた志保の言葉は、ティアに向けられたものだった。

 カールが選んだ酒と飯のうまい店に入り、二人は食事をする。志保はサラダを気に入ったようで、うまそうに平らげて、また酒を浴びるように飲んだ。そしてここでも店内の他の客と仲良くなり、飲めや歌えの大騒ぎをする。流石に見慣れた光景になってしまったそれに、カールは呆れつつも一人座って酒を飲む。

 気付くと、志保の隣にずっと同じ男がいる。志保のグラスが空く度に強い酒を注ぎ、肩に触れたり顔の距離が近い。あからさまに志保を狙って口説いている様子の男の姿に溜息を吐き、カールは立ち上がった。


「シホ。そろそろ帰るぞ。」


 ベタベタ志保の体に触れている男の手から志保を奪い取り、カールは男を一睨みする。口説いていた女を奪われた事に文句を付けようした男は、カールの顔を見て、表情を引きつらせて引き下がった。

 勘定を済ませて表へ出るとどれだけ強い酒を飲まされたのか、珍しく志保の足元が覚束ない。


「あんたはバカか。」


 脇に手を入れて体を支えてやりながら、カールは溜息を吐いた。そんなカールを見上げて、志保はくすくす楽しそうに笑っている。


「あの男、あんたを持ち返る気満々だったぞ。舐めるように見られてたの、わからなかったのか?」

「カールの勘違いよ。私にそんな魅力ないわ。あったら旦那は他の女を選ばないわよ。」

「ならその元旦那の目が腐ってたんじゃねぇか。」

「お世辞でも嬉しい。ありがとっ。」


 くすくす笑う志保を支えて歩くカールの顔は、不機嫌に顰められていた。

 宿に戻るといつもと同じように眠りに就き、やはり明け方起き出して志保はまた泣く。カールはそれを、拳を握り締めてただ見つめた。



 日が登り、三人は荷物と馬を宿屋に預けて神殿へ向かう。

 大きな門をくぐって中に入ったそこは祈りの為の広間になっており、中心に世界樹が聳え立つ。世界樹の周りには高い柵が張り巡らされ、柵から腕を入れても届かないようになっている。

 精霊王セレスティアが産まれ落ちた時には黄色い花を満開に咲かせたと言われる世界樹に、今は花の名残は全くない。五千年前、セレスティアが世界の為に力を全て使い果たし、イヴァンダルから姿を消して以降花は咲かなくなったのだ。


「入れないけれど、どうしたら良いのかしら?」


 柵を眺めながら志保は首を傾げた。何か策があるのだろうとノアを見やるが、ノアは笑顔で志保を見つめ返している。ティアが知っているだろうとノアのその表情が語っていた。


「そう言えば良いの?」


 頭の中でティアから答えを得た志保が口を開こうとしたのをカールが止める。


「目立って騒がれたら神殿の人間に目を付けられる。隠れてやれ。」


 助言に頷き、志保はカールに手を引かれて彼の体の影に隠れる。そして柵を両手で握り、世界樹を見上げた。


「"我は戻った。セレスの花を咲かせておくれ"。」


 志保の言葉に、世界樹は応えた。

 青々と繁った葉をざわりと揺らし、蕾が生まれ、花開く。葉を覆う程の黄色い花を咲かせた世界樹は、甘い花の香りを神殿中に漂わせ、黄色い花弁を志保の上へと惜しげも無く降らせた。

 まるで女神の再来。神官や信者、観光に訪れていた人間達が黄色い花を見上げて騒ぎ出す中、花吹雪に包まれる志保を見ていたのは、ノアとカールだけだった。


「ノア、ノア、ノア!」


 しばらく花吹雪に包まれていた志保が振り返り、震える声でノアを呼ぶ。両の手を広げた彼女に応えて、ノアは彼女を掻き抱く。


「ティア。愛しい人。愛している。待っていた。ずっと、待っていた。」


 涙を浮かべた二人は、再会の喜びと愛を囁き合う。微笑み合って抱き合い、何度も唇を重ねる二人の側では、カールが目を伏せて、佇んでいた。

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