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女神の器  作者: よろず
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 街道として整備された道を二頭の馬が進む。

 街道の周りは見通しの良い草原が広がり、野花が揺れている。青い空には白い雲がぽっかりと浮かび、のどかな景色が広がっていた。

 先導するように前を進む黒毛の馬にはノアが跨り、ノアの後ろには野宿などで使う荷物が括り付けられている。

 ノアの後ろの栗毛の馬にはカールが、馬は始めてだと言う志保の身体を片手で支えて馬を操っている。二人の後ろにも、ノアより少ないが荷物が括り付けられていた。


 船は三日で目的の港へ着いた。その間志保は毎晩のように酒を飲み、船員と歌って騒ぎ、次の日の朝の泣き腫らした目を酒の所為だと笑った。

 ノアは志保自身には興味は無く、ティアの器として護衛するようカールに告げると自分は部屋に引っ込み本を読んでいた。

 今も、ノアはティアでないのならば共に馬に乗る気はないと言って、志保をカールに押し付けた。カールは顰め面のまま黙ってそれに従い、志保はそんな事はどうでも良いらしく、初めての乗馬に興奮していた。


「イヴァンダルって、綺麗な所ばかりね。」


 尻が痛くならないようにと横抱きにされるような姿勢でカールに身体を預けている志保が呟いた。その目は広がる草原や空を眩しげに見つめ、顔は綻んでいる。

 カールはそれに特には答えないが、志保もカールに言っている訳ではない。頭の中や、たまに声を出してティアと会話をしているその一部だった。


 しばらく街道を進むと町に着いた。そこまで大きい町ではないが、この街道を進む旅人が利用する宿場町だ。この日はそこで宿を取る事になっている。

 三人の目的地は、ダーウィンから船で渡った先の港から馬で十日程進んだ場所だとノアが説明した。志保はそれに随分遠いのだなと零したが、ティア自身が場所を知っている訳ではないようで、ノアに従うしかなかった。

 宿に部屋を取るとノアはすぐに部屋に引っ込んだ。カールは乗って来た馬に水と餌をやり、志保は側でそれを眺めたり、馬に手を伸ばして恐々と撫でたりしている。


「ねぇカール。町を歩いても良い?ノアと部屋に引っ込んでるのは息が詰まりそう。」


 カールが馬の世話を終えて立ち上がった所に、志保が声を掛けた。

 志保とノアは余り関係が上手く行っていない。それは恐らく、志保の記憶を読んだ後のノアの台詞が原因だとカールは考えている。


『くだらない人生だ。』


 ノアのその言葉に志保はただ笑うだけだったが、必要な時以外ノアに近付こうとしなくなったのは明らかだった。

 カールは志保の記憶や過去は知らない。知っているのは、ノアが五千年待ち続けた救世の女神が志保の中にいて、力を蓄えれば女神が志保の身体を乗っ取るのだという事だけだ。

 身体を自ら明け渡す酔狂な酒飲み女。それが、カールが志保に抱いている感想だ。


「ねぇカール!あの美味しそうな物は何?」


 カールも部屋に篭っている事は好まない。その為、志保の提案にのって二人は町を歩く事にした。

 町の目抜き通り。多くの店舗が並び、人が行き交うその通りで志保が指差したのは、白パンに焼いた肉と野菜を挟み、ソースを掛けて食べるこの辺りの名物だった。


「あれはガパムだ。食いたいのか?」

「食いたいわ!」


 志保はこの世界の通貨を持っていない為カールに頼むしかない。一つ溜息を吐いたカールが店へと足を向け、二つ買って一つを志保へと渡した。


「美味しい!ヨーグルトソースみたいなのが掛かってるのね?あなたのはソースの色が違うわ。味が違うの?」


 カールは志保に渡した酸っぱいソースよりも自身が手に持っている辛いソースの方が好きだった。だから女が好みそうな味の方を志保に渡したのだが、志保はカールの持つ方も食わせろと言う。食い意地の張った女だと呆れながらカールが差し出したガパムにかぶり付き、志保は満足そうに咀嚼した。


「こっちはチリソースみたい!辛うまね。ティアの時もあったの?……へー、五千年前からあるんだ?伝統料理って事ね。辛いの嫌いなんて子供みたい!」


 志保はよくティアと会話をして笑っている。独り言で笑う志保は奇妙だったが、カールにとっては、己の身体を狙っている存在と普通に会話して仲が良い様子なのが気色悪かった。


「ね、お腹が膨れたら今度はお酒よね?地酒みたいなものはないのかしら?」

「また飲むのか?」

「飲むわ!旅に美味しい料理とお酒は付き物よ!」


 毎晩酒を飲もうとする志保には呆れるが、カールも酒は好きだ。もう日も傾いて来ているし、宿に戻れば眠るだけ。カールは無言で志保の提案をのんで、目に入った店へと足を向けた。


「やだ、おじさん!それは奥さんが正しいわよ!」


 船の時同様、どんどんグラスをあけた志保はまた、店内の客と意気投合している。


「そうは言ってもねぇ、男にも男の言い分があるんだよ?」

「そうでしょうけどね、女は感情で動く生き物だから、波風立てない方がおじさんも楽でしょう?悪いと思っているならさっさと謝っちゃいなさいよ。」


 近所に住んでいるというオヤジの愚痴を聞き、アドバイスをしている志保は全く酔っている様子はないが、手に持つ何杯目かもうわからないグラスは、また空になりそうだ。


「お!シホちゃん飲むねぇ!おじさんの酒分けてやらぁ!」


 志保の空いたグラスに別のオヤジが酒を注ぎ、志保は礼を言って酒を飲む。先程から志保が飲む酒は、オヤジ達の奢りで勝手にグラスに注がれている。


「あんたもあんな可愛い嫁さんで羨ましいね!」


 志保の様子を眺めながら一人静かに酒を飲んでいたカールに、客の一人が歩み寄り肩を叩いて来た。まぁそう見えるだろうなと思っていたカールは、面倒なので特に否定も肯定もしない。


「あらおじさん!その人は旦那じゃないわよ?私の旦那はねぇ、最低野郎なの。もう別れてやったわ。スパーンとね!」

「お、てことはシホちゃんは独り身かい?こんな可愛い娘捨てるだなんて旦那は馬鹿な事したね。」

「そうよね、おじさん。もっと言ってちょうだい!」

「シホちゃんさえ良ければ俺がもらいたいくらいだよ。」

「あら、それはダメよ。私もう男はいらないもの。」

「そんな若くて何言ってんだい!まだまだこれからじゃないか?」

「そうなのかしら?でも私もう27よ?それでもまだまだ?」

「全然まだまだだ!うちの息子なんてどうだい、働き者だよ?」


 オヤジ達が口々に己の息子や親戚、近所の知り合いを紹介すると騒ぎだす。志保はそれらを笑っていなして、カールの元へ戻って来た。


「そろそろ帰る?」

「そうだな。明日も早い。」


 カールが支払いを済ませている間も志保はオヤジ達と楽しそうに会話をして、酒の礼を告げていた。


 店を出ると外はもうすっかり日が落ちて、街灯が照らす道を二人は歩く。志保の足取りはしっかりとしており、あれだけ飲んだ酒はどこに消えているのだとカールは訝しんだ。

 部屋に戻り身支度を整えると志保はまた、ベッドに横になってすぐに寝息を立てる。

 そして明け方起き出して部屋を出て行く。船の時以上に町の方が危険だ。溜息を吐いてカールはあとをつけ、宿の暗がりで泣く志保をまた見守った。

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