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女神の器  作者: よろず
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3

 帆船が風を受けて海面を走る。船の周りには、海鳥が鳴き声を上げながら並んで飛んでいた。


「すごい、綺麗。」


 甲板の上、輝く海と空を眺めながら志保が呟いた。志保の服装は、日本から着て来たジーパンにTシャツではなく、カールが用意したイヴァンダルで一般的な女の旅装に代わっている。茶色のロングスカートに白のシャツ、シャツの上には濃緑のベストを羽織り、足元はしっかりとした作りの黒いブーツ。

 志保の後ろには不機嫌に顔を歪めたカール。その横には口を笑みの形にしているノアが立っている。ノアもカールもスラックスにシャツ姿で、カールはシャツの袖を捲って太い両腕を組んでいる。二人も旅をする為の頑丈なブーツを履き、カールは腰に巻いた剣帯に剣を吊るしていた。

 記憶を読んだノアは、志保の記憶に出て来たティアの姿を見て感動に打ち震えた。そしてすぐに行動を起こす為に立ち上がる。元より、ノアは何もせずにティアをただ待っていた訳ではない。ティアの手掛かりを求め、最初の数百年はイヴァンダルを旅していたのだ。その為、ティアの力の形跡がある場所は知っていた。


「もっと簡単にパッパと集まるもんだと思ってたんだけどね。魔法でこう、パパっと。」


 船に乗る前から何度目かの台詞を志保はノアに向かって告げる。それを受けて、ノアは口を笑みの形に保ったままで何度目かになる同じ返事をした。


「私の魔力はティアに会えるまで生きる為に使っている。地道に集めるしかないのだ。」

「なんとまぁですよ、なんとまぁ。早く私を殺して下さいね。」


 にっこり笑った志保の台詞は笑えない。だがノアは笑って返す。


「そうだな。さっさと力を集めて、その体、ティアに明け渡して貰おう。」

「なら、力を合わせて頑張りましょー。」


 三人が乗るこの船は、セレス商会の物で最新型。セレス商会が雇っている魔術師によって術がかけられており、風が無くとも同じスピードで海を進む。こういった道中必要になる移動手段や宿などの手配の為と護衛も兼ねて、カールも共に行く事となった。

 本当は手形を渡すだけでも事足りるし、ノアの体術はカール以上に強い。だが商会関係はボスであるカールがいた方が話が早いのと、カールが個人的に、ノアの待ち人とノアの行く末が気になっていたから同行を申し出たのだ。


 カールは孤児だった。

 戦争で親を亡くし、盗みをしながら生きている所をノアに拾われ、育ててもらった。ノア曰く、カールの翠緑の瞳が気に入ったらしい。

 セレス商会に連れて行かれたカールは、算術や商売の事、己を護る為の剣術や体術、あらゆる事をノアから教わった。

 今はもう、見た目年齢はカールの方が上だ。歳を取らないノアは、ずっと二十代後半の容姿のまま。対してカールは32歳。それでもノアは、今でもカールにとって親のような存在だった。


「お腹が空いた!美味しいものが食べたいわ。」


 志保がカールに近付き、見上げて来た。恐らくノアよりもこういった事はカールの方が話がわかると思ったのだろう。

 カールは眉間に皺を寄せたまま、船室を顎でしゃくって歩き出した。志保はそれに続き、ノアも共について行く。

 カールが二人を(いざな)ったのは食堂だった。船の中、長旅で限られた食材でも美味い物を作れる人間が雇われ、船員達に食事を振舞っている。


「良い匂い!お酒も欲しい!」


 食堂に入って鼻をひくひくさせた志保の言葉に、カールは更に眉間の皺を深くした。


「あんたいくつなんだ?子供に飲ませる酒はねぇぞ。」

「あら!まぁ、お世辞?それとも東洋人マジックかしら?いくつに見えてるのか知らないけど、私は27歳よ。」


 志保の言葉にカールは少しだけ目を見開いて、調理場に酒と料理を頼んだ。

 ノアに食事は必要ない。たまに気が乗った時に食べたり飲んだりするぐらいだ。今は気分は乗らないらしく、志保とカールだけが食事をする。


「このスープ!ブイヤベースみたいでうま!ワインと合う!おじさん!めちゃうまだよ!!」


 志保はスープを気に入ったらしく、調理場のオヤジに感想を言って笑っている。

 ワインも最初はグラスで出してもらっていたのだが、余りにも早いペースで飲む為に今は瓶ごと志保に渡されていた。


「カールも飲もう!どうせ着くまで暇なんでしょ?」


 そう言った志保はカールの答えも待たず、調理場のオヤジからグラスを受け取って来てワインを注いで押し付けて来た。カールは黙って受け取ってそれを飲む。

 あまりに飲み続けるので、ノアは部屋に引っ込んでしまっていた。

 志保は飲めば飲むほど機嫌が良くなって、今は歌を歌っている。いつの間にか食事にやって来た船員と打ち解け、笑って歌って共に酒を飲んでいる。

 ザルなのか、いくら飲んでも志保は潰れる様子は無かった。


「妙な女だ。」


 船員達と仲良く飲んでいる志保を眺め、カールは呟いたのだった。



 酒盛りは夜遅くまで続き、危なげない足取りで志保は部屋に引き上げた。

 部屋は護衛の為に三人同じ部屋にしてある。志保にも特に異論は無い様子だった。自分用のベッドに横たわってすぐ、志保は寝息を立て始める。それを確認して、カールも自分のベッドで眠った。ノアは既にベッドの中だった。



 明け方頃、志保が起き出して部屋を出て行く気配がして、カールは目を覚ました。セレス商会の船ではあるが、多くの男が働く船だ。女一人でふらふらして危険がないとも限らない。それに、ノアの大事な女神の器だ。何かがあっては困る。そう考えたカールはベッドから起き出して志保の後を追った。

 志保が向かったのは甲板だった。空を見上げたり、海を眺めたりしながら船尾へ向かって歩いて行く。

 船尾に着くと甲板に置かれている箱の陰に入り込んで、姿を隠した。カールが離れて物陰から様子を伺っていると嗚咽が聞こえて来て、その声は辺りが明るくなるまで続いた。

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