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女神の器  作者: よろず
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暗いです。

 志保は暗闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに進んでいた。

 目からは涙が止めどなく溢れ、口からは嗚咽が漏れ続ける。早く解放されたい。志保はそれだけを望んで、暗く足場の悪い中を進んだ。


 どこから狂っていたのだろう。考えても思い当たる事が多過ぎて、もうよくわからない。

 毎晩のように泣き叫ぶ母の声を聞く事に疲れ果てた時。

 勉強とバイトを必死に頑張っていたのに、父の転職や浮気でお金が足りない事が分かって夢を諦めてしまった時。

 それとも、自分で働いてお金を貯めてから入った学校で、初めての彼の手を取ってしまった時。

 どれもそうであって、そうでないような気がする。

 志保は、その初めての彼と七年付き合い、結婚して一時は幸せを手にしていたのだ。あの時は幸せだった。そんな事を思っても、もうそれは終わった。

 籍を入れ、半年も経たずに志保の父と同じように彼は浮気をして、志保を捨てたのだ。彼の地元について行き、そこで仕事を始めていた志保は、地方独特の雰囲気の職場にも馴染めなかった。離婚が決まり、仕事も辞めた。

 離婚しても、志保には行き場が無かった。元々両親とは不仲で実家にも居場所が無く、それ故に多少の問題に目を瞑り、同棲していた彼とずるずる続いて結婚までしたのだ。

 仕事もない、居場所も、帰る場所もない私は、どこに行けば良い?

 志保はボロボロに泣きながら、ただ解放を願った。楽になりたかった。もう、苦しいのは嫌だ。

 だから志保は離婚届けを出してすぐ、全ての整理をしてこの場所へ来た。志保に繋がるものはもう何も残していない。

 子供が欲しくて貯めていた志保の全財産と旦那から手に入れた慰謝料、そして遺書。これだけが後日実家の母に届くようにしてある。届く頃には、もう志保はいない。埋葬も葬式もしなくて良いように、消えるのだ。


 懐中電灯の明かりを頼りに辿り付いたその場所は、幸せだった時に旦那と観光に来た景勝地。

 落ちたら死んじゃうよね、と笑っていたのを思い出して、ここに来た。

 断崖絶壁の端に立って、懐中電灯を消す。海は真っ暗。だけれどこれで全て終われる。居もしない誰かに助けを乞う日々が、終わる。


『いらないのなら、私はその身体が欲しい。私に、くださいませんか?』


 あと一歩という所で声が聞こえた。綺麗で優しく若い女の声。

 そういう名所だ。幽霊かと志保は考えた。だから笑って答える。


「私はいらない。欲しいなら私が死んだ後に好きにして。」


 そして一歩を踏み出した。




 死とは、ふわふわ不思議な感覚がするものだと志保は思った。冷たい水の感覚も、痛みも感じない。まだ意識があるのは、三途の川を渡る為かとぼんやり考える。


「貴女は死んでいないわ。死んでしまったら、身体も死んでしまう。だから協力して欲しいの。」


 さっきの女の声がした。

 目を開けた志保の前には、長く緩やかな金髪を背中に垂らし、若葉色の輝く瞳をした美女が立っていた。

 日本なのに、何故外国人の幽霊なんだろうと志保はぼんやり考えた。それにしても、死んでいないとはどういう事か。


「貴女をイヴァンダルに送るわ。それで私は力を使い果たしてしまうけれど、ノアを頼って。そして力を集めるの。そしたら私は、貴女の身体を貰える。」


 幽霊が言う事がよくわからない。困っているのならば、どうせいらない命。人助けしてからでも良いかもしれない。そう考えて、志保は頷いた。




 何かに引っ張られるような感覚がして、気が付いた時には、志保の体は固い地面に横たわっていた。

 草と土の匂いに、少し潮の香り。

 目を開けたそこは、木漏れ日が降り注ぐ林の中だった。確実に、さっきの景勝地とは違う場所だ。


『志保。この先の港街にノアがいるわ。』


 頭の中に声が響き、志保は少し驚く。


「えーっと、この声は、さっきの人?」


 キョロキョロ周りを見回しても、誰もいない。声は直接頭に聞こえている。


『そうよ。私はセレスティア。ティアと呼んで。』

「はぁ。……ティア、それで私は、ノアに会えば良いの?」

『案内するわ!ノアに会って、ティアが約束を果たす為に来たと伝えて!貴女は私の器。器に力を満たす為に、イヴァンダルに散っている私の力を志保の体に吸収するの。そうすれば、貴女も私も望みが叶う。』


 なるほどね、と呟き志保は立ち上がった。頭の中で響くティアの声を聞きながら歩き出す。

 林を出て見えたのは、丘の下に広がるレンガ造りの建物が並ぶ港街。海鳥が空を飛び、蒼い海が太陽の光を受けて煌めいている。


「綺麗な場所。」


 爽やかな潮風を吸い込み、志保は丘を下ってセレス商会へと向かった。

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