表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の器  作者: よろず
2/14

1

 穏やかな太陽の光が降り注ぐ港街。

 各国に支部を持つ、イヴァンダルで一番規模の大きな商会であるセレス商会の本部。その受付に、女が一人訪ねて来た。

 黒髪黒眼、奇妙な出で立ちの女は、商会のボスとの面会を乞うている。だが、女が口にするボスの名がまた奇妙だった。

 ノア。五千年前に救世の女神と共に旅をしていたと伝えられている、魔術師の男の名。イヴァンダルでも広く使われている男の名だが、女はその魔術師本人に会わせろというのだ。ティアが約束を果たす為に来たと伝えればわかるというが、ティアというのも救世の女神の愛称で、イヴァンダルではよく使われる名であった。

 受付担当がほとほと困り始めた頃に、タイミング良く戻って来たボスが声を掛けて来た。

 セレス商会のボスの名はカール。

 短く刈った金茶色の髪に鋭い翠玉の瞳をした強面の男。彼は口も悪く、あまりにも仕事が遅いとどやされてしまう。ボスにどやされる事の多い受付の男は、額に嫌な汗を浮かべながら目の前の女の事を説明した。

 眉間に皺を寄せたボスを見て、受付担当の男は恐怖に顔を引きつらせながらボスに判断を仰ぐ。


「あんたが、ティアだというのか?」


 低い声で、ボスのカールは女に問うた。だが、女は平然とした顔で首を横に振る。


「私はティアの器。あなたカールね?ティアがノアに会いたがってるの。ノアに会わせてちょうだい。」

「器?器とはどういう事だ?」

「それはノアに話すわ。いるんでしょう?三つ編み銀髪。碧の瞳の男よ。」


 どんどん不機嫌に眉を顰めるボスを受付担当は戦々恐々として見上げる。どうかこれ以上ボスの機嫌を損ねないでくれと、心の中で女に頼んだ。


「ついて来い。」


 ボスが顎で奥をしゃくり、女はボスに続いて行った。

 受付担当の男は二人の背中を見送り、ほっと息を吐き出す。

 ここセレス商会で仕事を長く続ける為には、ボスの機嫌を損ねない。余計な詮索はしない。この二つが重要だと、受付担当は知っていた。

 海鳥が飛ぶ空を見上げて、一難去ってくれた事に安堵する受付担当なのだった。



 イヴァンダルのほぼ中心に位置するウェルシュ国のダーウィンという街がセレス商会が本拠地を置く場所だ。世界各地から、物や情報がここへ集まる。

 このダーウィンという街は、救世の女神最後の地とされる場所で、セレス商会の本部があるその場所こそ、救世の女神が世界を救う為に力を使った場所だと言われている。この場所は、女神を祀る神殿にとっても聖地とされており、長年神殿から明け渡すように申し出が来ているが、代々のボス達は、決してここから本部を動かそうとはしなかった。その理由は、代々のボスに引き継がれていると実しやかに囁かれている。

 そして、商会の奥にはボスしか立ち入りを許されない場所があると言われている。確かでないのは、誰もその場所を見つけられないから。まるで魔法でも掛かっているかのように、その場所を探した者は煙に巻かれてしまうのだ。

 セレス商会の中でも奥に位置するボスの私室。カールはそこに女を招き入れた。

 女が中に入るとカールは鍵を閉める。鍵を掛けられた事に気付いていても顔色を変えない女は、キョロキョロ部屋を見回していた。


「え?何?どれ?……ここ?」


 カールが見守っていると女は何やらブツブツと独り言を言い、ツカツカ壁へと歩み寄る。そして壁の一箇所に掌を這わせ、首を傾げる動作をした。


「ダーウェル。」


 女が呟くのと同時にパキンと音が鳴り、壁の向こうに下へ降りる階段が現れた。カールは女に近付き、その中へ促す。二人が中へ入るとまた壁に戻った。


「何故わかった?」


 カールの問いに女は肩を竦める。


「ティアがそこだって。ダーウェルって、ティアとノアが仲の良かった精霊の名前なんだって。」

「そこまで知っているのなら、良いだろう。ノアの所に案内する。行くぞ。」


 暗い階段を明かりもない中で下る。すいすいと降りて行ってしまうカールに、女は少し待つか明かりは無いのかと声を掛けた。


「なんだ、器とやらは魔法は使えないのか?」

「残念ながらただの器だし、普通の人間よ。」

「使えねぇな。」


 チッと舌打ちしたカールが女の元まで戻り、荷物のように女の体を抱えた。そして再び階段を降りる。

 腹に腕を回され、片腕で脇に吊るされた状態の女は、体の力を抜いてゆらゆら揺れる様を楽しんでいるようだ。


「ねぇあなた。この階段長いのね。ずっとこの姿勢で降りるのかしら?」


 文句を言う訳ではなく、確認するように女がカールに尋ね、カールはそうだと短く返した。


「そうなの。早く着いてくれたら良いけれど、この姿勢、お腹が苦しいわ。」


 それには答えず、カールは無言で階段を降りる。するとまた、女は独り言を言い始めた。まるでそれは、誰かと会話しているようで実に奇妙だったが、カールは特に何も言わなかった。


「この先にいるの?……そう言われてもね。この姿勢、酷くないかしら。………そんなに騒いだって、もうじきよ。……大丈夫よ。ちゃんと約束は守るわ。」


 女の声だけが響く中、階段を降り切った先には一つの扉があった。なんの変哲もない木製の扉をカールはノックする。


「どうぞ。」


 カールより少し高い男の声で許可が与えられ、カールは女を抱えたままで中に入る。女はそのまま、されるに任せていた。


「ノア、ティアの器だと言う女を連れて来た。精霊の名も知っていて、結界を開けた。」


 部屋の中は、地下だというのに広く、明るかった。

 調度品は使い古されているが質が良く、複雑な模様が彫り込まれた物ばかり。明かりはランプではなく、壁にゆらゆらと不思議な明かりが漂っていた。その部屋の真ん中、ソファに腰掛け、優雅に茶を飲みながら本を読む男が一人。女を抱えて入って来たカールを見ていた。

 長い銀髪を一本の三つ編みに結い、深い海の碧の瞳を持つ男は、疑わしげな表情で女を見つめている。


「あー、もうわかった。うるさい。ちょっと待って!」


 カールの腕から床に降ろされた女は、また独り言を言って顔を顰めた。銀髪の男に向き直ると女は口を開く。


「あなたがノアね。私は斎藤志保。異世界人。ティアが体をくれって言うから、遥々異世界の日本という国から来ました。ティアが私の体を乗っ取れるようになるには、イヴァンダル?で、各地に散ってるティアの力の欠片を私に取り込まないといけないんですって。早くティアに会いたいなら、協力してくれるわよね?」


 女、志保はそう告げて、にっこりと微笑んだ。

 志保の言葉に、ノアと呼ばれた男は一時思考を巡らせ、にっこりと微笑んで志保を見上げる。


「君がティアと関わりがあると、どう証明する?ティアは今どこだ?」

「あら、あなた五千年も生きてる魔術師なんでしょう?ティアは私の、中?っていうのかしら?良くわからないけれど、今も私の頭の中でノアノア言って泣いてるわ。証明は……感じないんだったら、私の記憶を読めば良いってティアが言ってる。」


 ノアはなるほどと呟き、志保をソファに座るように促した。示されるまま志保はノアの隣に腰掛け、目を瞑る。ノアが志保の額に手を翳すとぼんやりとした光が現れ、志保は意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ