ヤキモチ
★志保とカール
カールは、娘が産まれてから一度も娘を抱かせて貰えていなかった。
中身が救世の女神セレスティアであるのだから、カール本人もそこまで抱きたいとも、己の子であるという感覚がないというのも原因の一つではある。だが一番の原因は、ノアと志保だった。
ノアは、最愛の女がまだ赤子であろうと他の男が触れるなど言語道断という態度でべったり張り付き、志保以外にティアを抱かせようとしない。
志保も志保で、ノアが見ていない時にカールが赤子を抱いてみようとするのを阻止するのだ。
「なぁ、知ってるか?商会ではこの赤子、俺の娘じゃなくてノアの娘なんじゃないかって言われてるんだぞ。」
だから自分も赤子を一度くらいは抱いてみたいというカールに、志保はにっこり笑って首を横に振る。何故かと問えば、顔をうっすら赤くして、カールから目を逸らした。
「だって、ティアって美女なのよ?一応、あなたの子としての身体だけれど…なんだか嫌なのよ。」
カールがしつこく追求した上で、やっと答えた志保の言葉がこれだった。そんな志保の様子に、カールは口角を上げて笑い、口付ける。
「妬いてんのか?」
「そうよ。あなたがティアを抱いたら、私嫉妬するわ。」
「なら次の子は男が良いな。」
カールに抱き上げられた志保は寝室へと連れ攫われ、またベッドから起きられない日々を過ごす事となった。
彼女が酒を浴びるように飲める日は、遠い。
★カールと志保
セレス商会本部の食堂で、長年受付として務めているトールは冷や汗を掻いていた。
原因は隣に座る女。
彼女は今、恨めしそうにトールの飲んでいるグラスを見つめている。
見ているだけだと言い張るその彼女も問題ではあるが、彼女が原因でやってくる人物の方がトールにとっては大問題だった。さっさと飲んで食べてその場を離れれば良いのだが、せっかくの仕事終わりの楽しみだ。ゆっくりと味わいたい。
「シホ!」
そうこうする内に、恐れるものがやってきた。この商会のボス。カールだ。今隣に座る女性こそ、ボスが溺愛している奥方なのであった。
カールは彼女を見つけると不機嫌に顔を顰めてこちらに歩み寄ってくる。
「まさか飲んではいないよな?」
不機嫌なカールには動じず、志保は唇を尖らせて不満を示した。
「飲んでないわ。でも約束が違うじゃない。浴びる程どころか、私もう一年以上飲んでいないわ。」
「仕方ねぇだろ。我慢しろ。それより、なんで隣なんだ?」
そう。これが問題だ。ボスは異様に嫉妬深く、奥方の側に男がいるとその鋭い眼光で突き刺してくるのだ。
トールは冷や汗が背中に伝うのを感じながら、その視線を受け止める。自分は奥方に指一本触れていないのを示す為に、両手でグラスを握った。
「あら、だって隣の方がなんだか飲んでるような気分になるんだもの。」
「あんたは無自覚なのか、わざと俺に嫉妬させようとしてるのかどっちなんだ?」
溜息を吐いたボスは、奥方を椅子から抱き上げる。抱き上げられ、彼女は楽しそうにくすくすと笑った。
「私、あなたに嫉妬されるの大好きよ。」
「歪んでるな。」
「あら、歪んでるからこそ、女神の器になんてなろうとしたんじゃないかしら?」
「それもそうか。」
そんな会話を繰り広げながら食堂を後にする二人を見送る面々は、頼むから巻き込まないでくれと、表情に書いてあったのだった。
★ノアとティア
志保が妊娠してからというもの、ノアは志保から離れない。志保の腹を愛しげに撫でるノアを不機嫌に顔を顰めたカールが眺めるのは、毎日の見慣れた風景だった。
出産の時には立ち会おうとしたノアをカールが全力で止めなければならず、小さくはない傷をこさえるはめになった。
産まれた時には真っ先に抱き上げ、おしめまで替えようとする始末。だがそれは、ティアが恥ずかしがってると言って志保が止めた。おしめを替える時と志保が乳を飲ませる時以外は常にティアを抱き、夜眠る時も一緒だ。
そんなノアの幸せに暗雲が立ち込めたのは、志保とカールの間に男の子が産まれた時だった。
ティアの年子で生まれたクリスは姉のティアを慕い、ティアも弟を可愛がった。クリスの登場により、ノアはティアを独り占め出来なくなってしまったのだ。更にクリスが産まれた三年後のチャドの誕生で、ティアは弟達に夢中になってしまう。
そんなティアを黙って見守るノアなのだが、流石にキスしようとする時には邪魔をする。例え子供同士の可愛い挨拶だとしても、ノアは手を差し込んで止めるのだ。
「ノア、子供って可愛いわね。」
微笑んでいるティアに、ノアも微笑み返す。
「では、貴女の身体が成熟したら、たくさん子を成さねばならないな。」
心の中では、ティアとの邪魔をしそうな子などいらないと考えているノアだが、ティアの望みに否やは唱えない。
ただ静かに、阻止するだけだ。
★ティアと志保
「おい女神、なんの真似だ?」
カールが不機嫌に顔を顰めて見ている先では、ティアが志保の膝の上に陣取ってべったり貼り付いていた。
母と娘、普通であればなんらおかしくない光景なのだが彼らの場合は事情が違う。
「女神の居場所はノアの所だ。志保から離れろ。」
「いやよ。だってカール、今から志保を独り占めするんでしょう?私だって志保とお話ししたいわ。」
「独り占めしてたのは女神の方だろう。妻を独り占めして何が悪い。」
「それなら私だって志保の娘だもの。それにいつもノアがいるから独り占めなんて出来ないわ。」
「それはノアに抗議しろ。」
大きな溜息を吐き出し、カールは眉間に深い皺を刻む。ノアが同じ部屋にいる為に無理矢理引き剥がすのは、命の危険を感じる。かと言ってノアにどうにかしろと視線を送ってみても、ティアの望む通りにと表情で語っていた。志保は志保で、二人のやり取りを面白そうに観察している。
仕事が終わり家に帰って来て妻をこの腕に抱きたいだけなのに、何故邪魔されなければならないのか、カールはまた一つ、大きな溜息を吐いた。
「ならそのままで良い。」
カールはそのまま、ティアを膝にのせて椅子に座る志保へと覆い被さり、深く濃厚なキスを始めた。そうすると、志保がもうカールしか見えなくなる事を知っているからだ。
そんな二人に挟まれているのは、ティアも流石に居た堪れない。渋々志保の膝から下りて、ノアの所へ戻った。
「残念だったな、女神。」
口の片端を上げて笑ったカールが志保を抱き上げ、ベビーベッドで眠るクリスの頭を人撫でしてから、志保を寝室へと連れ去った。
一部始終を黙って見守っていたノアは、己の腕に戻って来たティアに口付けを落とす。
「愛しいセレスティア。貴女には私がいる。」
そうして、まだ少し不満顔のティアの頬をノアが優しく撫でるのだった。




