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あれから志保は、三日三晩ベッドから出してもらえず、出る事も出来なかった。その間、機嫌の良いカールが食事を部屋に運び、甲斐甲斐しく志保の世話をしている。
ノアはというと、隣に部屋を取り、志保の子が出来るのを本を読みながらただ待った。
「あんな話、いつの間にしてたんだ?」
ベッドの上で、カールが運んだ食事を食べている志保を眺め、カールは首を傾げる。いつの間に三人の中で話が纏まったのかが、気になっていた。
「私が引きこもりしてる時にね、ティアがノアに相談したのよ。このままだとティアとノアみたいに、私とカールを引き離す事になるって。そんなのは嫌って。」
それは、志保が目を覚まさなくなってすぐの事だった。あの滝壺でカールが滝に打たれている間に、ティアが言ったのだ。
『ノア、貴方と早く共に過ごしたい。けれどこのままだとカールに、貴方と同じ思いをさせてしまうわ。』
悲しそうに目を伏せる最愛の人をノアは優しい眼差しで見つめて頬を撫で、額に口付けた。
『そうは言うがティア、他に方法が無ければ仕方ない。諦めてもらうより他無いのではないか?』
ノアにとっては、ティアが全てだった。ティアさえいれば、世界が滅ぶ事も厭わない。だから、己の育てた息子同然の存在だとしても、ティアより優先度は格段に下なのだ。
『それに、私志保とお友達になったの。だから、志保がまた希望を持ってくれるのなら、一緒に生きられるのなら、そうしたいわ。だから、ね?愛しい貴方。貴方も考えてみてくれないかしら?』
『貴女がそう望むのであれば、望み通りにしよう。愛しいセレスティア。』
そうして再び眠りに就いた志保の身体を、ノアは愛しげに腕に抱いた。
ティアにはそう言ったが、ノアには考える気は毛程も無かった。五千年待った愛しい人に後少しで手が届く。他の人間など関係ないと考えていたのだ。だから、ティアが気に病まないように、カールに諦める提案をした。
諦めず、目を覚まさない志保の世話を甲斐甲斐しく続け、何度も呼び掛け、悲しそうに志保の身体を腕に抱くカールの姿をティアが酷く嘆いた。そしてティアは言ったのだ。このまま自分だけ幸せにはなれないと。
ノアもティアが悲しむのは本意ではない。側にいれば良いだけでなく、ティアが幸せに笑っていなければ意味が無かった。ティアの為に、ノアは志保の子を待つ事に決めた。志保の子として産まれれば、ティアが望んだ、志保を友として共に生きるという願いも叶うからだ。
ノアの提案を聞いたティアはすぐさま、眠り続け拒絶し続ける志保へと話し掛けた。
ずっと、志保の中で共に全てを見て来たティアは知っていたのだ。志保がカールに惹かれている事を。そして、ティアを理由にそれを拒絶している事を。
ティアは、カールが志保に語り掛けた言葉を全て伝え、もし再会した時に、志保の生きる理由になってくれると言うならば信じ、受け入れてやれと志保に言った。
そして志保は、ティアに勇気を貰い、現実に帰って来た。
「なら、死神が痺れを切らす前に早く子を作らないとな。」
話を聞き終え、志保の食べ終わった皿をベッドから退けたカールは、志保を押し倒した。ニヤリと笑って口付けを落としてくるカールの額を志保が叩く。
「死神って、ティアがいなければ私はとっくに死んでいたのよ?」
「まぁそうだが…なら百歩譲ってそっちは女神でも、ノアは死神だ。あいつはそういう奴だ。」
「どういう奴よ?」
「女神の為なら、平気で死神になる野郎だ。」
「あら、でもあなたの育ての親でしょう?」
「だから知ってる事もある。なぁ、もう話は良いだろ?」
「でもカール、私いろんな意味でお腹いっぱいだわ。お酒も飲みたい。」
「あんたの命が保証されたら、また好きなワイン浴びるように飲ませてやる。」
「本当?約束よ?」
「あぁ。約束する。だから…愛している。シホ。」
「たくさん愛してちょうだい。私の生きる理由さん?」
「任せておけ。」
数ヶ月後、ダーウィンに戻ったボスが身重の女連れだった事にセレス商会の面々は驚愕した。
これまで、面倒だから女は商売女で十分だと言っていたあのボスが、黒髪黒眼のその女性の世話を甲斐甲斐しく焼き。更にはベタベタに惚れている様子だった事に誰もが驚き、空から槍が降るのではないかと恐怖した。女が子を産んでから更に甘さを増すボスの様子に、商会は一時恐慌状態に陥るまでの大騒ぎとなったのだ。
酒好きの女とボス。そして女が産んだ子にべったり貼り付き世話を焼く銀髪の男。この四人がセレス商会本部の七不思議の一つとなるのは、更に先のお話。




