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余り眠った気がしない、重たい頭を抱えてカールは体を起こした。隣のベッドには、既にノアの姿は無い。
志保を確認する為に志保の身体が眠るベッドを見やると、彼女が既に起きてベッドに腰掛けカールを見ていた。
ティアの意識がある時は触れられない。諦めて身支度をしようと視線を逸らそうとして、違和感に気が付いた。
「シホ…?」
まさかと思って表情をよく観察する。ティアが浮かべるのは、慈愛に満ちた笑み。カールを見つめる時は、痛ましげに顔を歪めるのが常だった。だが今の彼女は、真っ直ぐにカールを見ている。呆然と固まるカールに、彼女は笑った。
「カール。お腹が空いたわ。美味しい物が食べたい。」
「っ…!シホっ!!」
ベッドの上の体を掻き抱いて、カールは涙が零れるのが止められなかった。滂沱の涙を流すカールの背と頭を撫で、志保は笑う。
「やだもう。良い年の男が泣き過ぎよ。」
「誰の所為だと思ってるっ!シホ、シホ!!」
「はいはい?」
「会いたかった…。」
「うん。ごめん。」
しばらくカールの涙は止まらず、志保は笑ってカールの髪を撫でていた。
涙が収まり始め、カールがきつく抱き締めていた腕を解く。そして志保の頬を包み、口付けた。段々深くなる口付けと、確かめるように体を這う手に、志保は焦った。
「ストップ、待った、まずは話を」
「シホ、愛している。」
「ぁっ。だめ、まずその手を止めなさい!」
「このままでも話せる。」
「話せないから!!」
真っ赤で潤んだ瞳の志保の絶叫に、カールは渋々動きを止めて志保を見た。真っ赤な顔で、乱れた息と衣服を整えて志保はベッドに正座する。カールもそのままベッドの端に座らされて、二人は向き合う。
「私、疑り深いの。」
「そうか?」
「そうなの。……身近な人に、裏切られたの。もう誰も信じないって、思ってる。それにね、とっっっても、嫉妬深いわ。あなたが、もし、他の女と仲良く話してたら、私、怒る。」
俯いて視線を逸らした志保を見て、カールは口の端を上げて笑う。
俯く志保の体を抱き締めて、驚き顔を上げた志保の唇に口付け、舌を絡めた。
「だから、カール、話しをっぁ」
「あんただけだ。俺をあんなにさせるの、あんただけ。」
「ほんと?」
「あぁ。証明する。だから信じろ。」
「し、しょうめいって、待って、ぅぁんっ、待ちなさいよ!」
「もう待つのはこりごりだ。」
カールはそのまま志保のシャツを肌蹴させ、首筋から胸元へと唇と舌を這わせて下りて行く。スカートへと手が入り込んで来て、志保は真っ赤になりながら、必死にカールの手を抑えて止めた。
「言え、志保。俺のものになると。そうすれば俺は、ノアからも女神からも、あんたを連れて逃げてやる。」
「その事で、話がまだあるけど、…どうしよ、ティア、私危険っ!カール、お願い、待って!待ったら、あげるからっ」
必死の志保の抵抗にあい、カールは舌打ちして動きを止める。
「なんだ?早く言え。」
「手を抜いたら言うわ!ぅ、動くな!」
再び舌打ちして、カールは視線で志保を促す。
「そのね、逃げなくて良いのよ。ティアの力って、私の身体に溜まってるのよね。だから、その、ティアが言うには……」
志保は目を逸らし、言い淀む。それを眉間に皺を寄せたカールが急かすが、志保はどんどん顔を赤く染め、終いには部屋から逃げ出そうとした。
「シホの子に宿るのだ。」
逃げる志保をカールが捕まえ、それでも志保はまた逃げようとしてを繰り返す二人に呆れた視線を向けて、ノアが部屋に入って来た。
「ティアの力を溜めた状態のシホが子を成せば、恐らくティアはその子種に魂が宿る前に入り込める。その方法であれば、シホは死なん。」
カールに両腕を拘束され、逃げようのない志保は、ノアの言葉に困ったように笑った。
「ノアは待ってくれるんだって。五千年も待ったんだから、数年なんてあっと言う間だって。だからあなたさえ良ければ……私の生きる理由にならないかしらって。」
「なる。」
「え?即答?」
「あぁ。子作りも大歓迎だ。」
そう言って再び口付けを開始したカールを志保は止める。何度も止められ、苛立った様子のカールは不機嫌な顔で志保を見下ろした。
「まだ何かあるのか?」
呆れた声音に志保はおどおどと視線を彷徨わせる。
「だって、私、初めてじゃないわ。結婚も、その、そういう事も。それに、打たれ弱くて、すぐへこたれるし、ティアに会ってなかったら自殺してたような女よ?そんなのの生きる理由なんて、重たいじゃない。」
「それだけか?」
「え?」
「他に言いたい事は?」
急かすように見下ろされ、志保はまごつく。そんな志保をカールは押し倒し、口付ける。
「俺はあんたが欲しい。あんたを愛してる。言え、シホ。俺のものになると。」
どんどん深くなる口付けと、カールの手の動きに翻弄されながら、志保は赤い顔で頷いた。
「なるわ。カール、あなたのものに。」
志保の台詞に、カールの唇が弧を描いた。赤い顔の志保を組み敷いたまま見下ろし、熱い眼差しで志保を射る。
「もう逃がさねぇからな。」
そしてカールは本格的に動き出し、志保がまた悲鳴を上げた。
「ノアが!そこで本読んでるわ!まだ朝だし!私、とてもお腹空いてるのよ!」
「その内出てくだろ。飯も終わったら運んでやる。だから今は…もう黙れ。」
深く飲み込むような口付けで、志保は強制的に黙らされた。
ノアはそんな二人をチラリと見やり、早く女の子供を産めと言い残して部屋を出て行ったのだった。




