エピローグ
ターシュが王宮の庭に住み着いて、20年以上が過ぎた。
ユーリに失恋してぐだぐだだったエドアルドも、ローラン王国との戦争で鉱山を取り戻し、ジェーンと結婚し、スチュワート王子を得たし、王位を継いでいた。
エドアルド国王はターシュの子孫を残したいと、王宮の鷹匠に綺麗な雌鷹を集めさせていたが、どうも上手くいかなかった。
ターシュは気儘で滅多にエドアルドの肩に止まってくれないが、落ち込んだ時は慰めてくれた。
ジェーン王妃が待望の第二子を流産した時は、落ち込んだエドアルドの肩に止まって、めそめそと愚痴をこぼすのも我慢してくれた。
その後、ジェーン王妃が離宮に籠もり、孤独に負けてペネロペという歌姫にのめり込んだ時は叱りとばされた。
『愛人を持つのはエドアルドの勝手だ!
しかし、友達のハロルド、ジェラルド、ユリアンまで遠ざける程の馬鹿王だとは思わなかった!
ペネロペはユーリでは無いぞ!』
初恋の人ユーリと同じ金髪に緑色の瞳に幻想を抱き、ジェーン王妃に冷たくされた分のめり込んだ。
自分でも馬鹿なことをしているのが解っていたから、ハロルド達の非難する目が堪えられなくて遠ざけたのだ。
ターシュに叱られて、イルバニア国王夫妻がスチュワート王子との縁談に王女達を同行して訪問したのをきっかけで、ペネロペを王宮から追い出し、ジェーン王妃とやり直した。
そんなターシュが自分の側に居ない!
東南諸島連合王国のショウ王子について、大海原の上を飛びたいと出て行ったのだ。
『ずっと側に居てくれると言ったじゃないか』
『帰って来る!』
そう言ったきり、ターシュは東南諸島連合王国の首都レイテに住み着いてしまった。
「いったい、いつターシュは帰って来るのだ!
ユリアンは何をしているんだ!
雛達の様子も知らせないで……単身赴任だからといって、まさかレイテで芸妓遊びばかりしているのではないだろうな」
エドアルドは何も雛達の情報を得られない駐在東南諸島連合王国大使のユリアン・フォン・シェパードを罵る。
先日、ニューパロマを訪問したショウ王子が、ターシュを同行していないので、もしや病気ではと詰問したのだが、思いがけない答えが返って来たのだ。
「ええっと、ターシュは白雪とつがいになって卵を交代で温めてます。
あっ、今頃は孵っているかも……」
「何故だ! ターシュ!」
エドアルド国王は毎年春には国内から美鷹を集めて、ターシュに子孫を残させようと努力してきたのだ。
外務大臣のハロルドや、国務大臣のジェラルドに、ターシュの雛が産まれて良かったでは無いですかと慰められたが、エドアルドはその雛が見られないと落ち込んだ。
「ユリアンからの手紙が届きましたよ」
ハロルド外務大臣は東南諸島連合王国とは鷹だけではなく、話し合わなくてはいけない案件があるのにと、毎日のように雛達の様子を知らせろと要求するのは如何なものだろうと思っている。
「あっ! 雛は三羽いるそうだ。
白雪に似た白い雛と、ターシュに似た茶色の雛が二羽……
これだけか? ユリアン!
無礼なアスラン王の鷹匠に拒まれて、数分しか会えてないだと……」
直ぐに雛達の名前を教えろと、シェパード大使に手紙を書く。
鷹馬鹿のエドアルド国王に、ハロルドとジェラルドは溜め息しかでない。
やっとユリアンから雛達の姿絵と名前が解ったとの手紙が届いた。
「ほぉ! この白い雛が真白か、そして茶色のがマルゴとメルロー」
これで機嫌が良くなると喜んでいたハロルド達だったが、手紙を持つ手がぶるぶる震えている。
「何かユリアンが不都合なことでも……」
ハロルドの問いかけに、エドアルドはハァ~と溜め息をついた。
渡されたユリアン大使の手紙を読んだハロルド外務大臣は、まぁターシュならそう言うだろうと苦笑する。
『真白は話せるのですが、ショウ王太子から離れそうにありません。
私がターシュに抗議したら、雛達を話せるか、話せないかで区別するなら、エドアルドの元に帰らないと言い出しました。
なので、雛達は好きな場所を選んで住んで良いとしか言えませんでした』
エドアルドも誇り高いターシュなら、雛達を縛り付けたりしたら怒るだろうし、話せるかどうかで区別したら二度と帰って来ないだろうと、ユリアンの判断を支持した。
「雛達が巣立ったら、ターシュは帰って来ますよ!」
エドアルドはそうだな! と頷いた。
しかし、雛達が巣立ったのにターシュは帰って来ない。
頼りないユリアンからは、どうもまた卵を温めているようだと伝えて来たのみだ。
エドアルドはこのままではターシュはアスラン王の愛鷹の白雪と離れないのではと焦った。
ユリアンだけでは埒があかないと、東南諸島連合王国の新任のバッカス外務大臣や、遣り手のフラナガン宰相に連日ターシュの帰還について問い合わせの手紙を書く。
はかばかしい返事が来ないので苛立っていたエドアルドは、ニューパロマにアスラン王が訪問しているのを知る。
「ちょうど良い! アスラン王に直接聞いてみよう」
ハロルドは外務大臣として、遣り手のアスラン王に鷹のことで喧嘩を仕掛けないで下さいと釘をさした。
外交嫌いのアスラン王を王宮に招待しても来る訳が無いので、大使館にエドアルド国王が押しかけるという珍事件が起きた。
古狸のパシャム大使も驚いたが、にこやかに応接室に通す。
「おや、エドアルド国王! こんな荒ら屋にお越し願えるとは」
エドアルドは初めてアスランに会った時から、苦手意識を持っている。
……ユーリに竜湶香の移り香を残した男だ!
ユーリがメーリングのバザールで道に迷って酔客に絡まれているのを、格好付けて100クローネ金貨を投げてやって助けたのだ……
若い頃からのライバル心を掻き立てるアスラン王の綺麗な顔にむかつく。
「ターシュが長いことお世話になっていますから、そろそろ帰って来てはどうかと思いまして……」
付き添ったハロルド外務大臣と、同室したパシャム大使は、いきなり本題を持ち出したエドアルド国王に呆れたが、アスラン王は上機嫌なままだ。
「ああ、私もそろそろターシュを帰すようにと、ショウに言ってるのです。
しかし、ターシュが白雪と離れたくないみたいで、困っているのですよ。
このままでは、居着いてしまいそうですね」
言葉だけでもエドアルドは腹が立ったが、そのしゃあしゃあとした態度に激怒した。
しかし、ハロルド外務大臣に制されて、どうにか喧嘩にはならず王宮にたどり着いた。
「マゼラン外務大臣! ユリアンだけでは心許ない。
ユリアンの息子のベンジャミンに特別任務を与えろ!
ターシュを連れて帰るのだ!」
確かにベンジャミンはユリアンよりしっかりしているが、まだ経験不足なのにとハロルドは感じたが、絆の竜騎士なのでターシュと話せないまでもニュアンスは解るだろうと派遣した。
「ああ、やられた!……アスラン王はワザとエドアルド国王を怒らせたのだ。
竜を増やす為に絆の竜騎士をレイテに派遣させたかったのだ」
ハロルド外務大臣は完敗だと嘆いたが、アスラン王は鷹揚な態度でベンジャミンに白雪をエドアルド国王に進呈すると申し出た。
ベンジャミンの騎竜が交尾飛行して、白雪とターシュがカザリア王国に来るなら、別に1回や2回減るものでもないと、エドアルド国王は上機嫌になった。
そして、待望のターシュがやっと白雪と若鷹達と雛達と共にニューパロマに帰って来る。
話せる鷹の真白がショウ王太子の側から離れたくないと言っているのは残念だが、エドアルドは2年ぶりにターシュに会えるのを楽しみにしていた。
『ターシュ! お帰り!』
やはりターシュは強くて美しいとエドアルドは見惚れる。
『これは、完敗だ! なんて綺麗な雌鷹だろう』
ターシュより小振りだが、一羽根の穢れもない雪のように白い美鷹を見て、エドアルドはレイテを離れられなかった筈だと納得する。
『私の伴侶の白雪だ!
後は真白、マルゴ、メルロー、クレセント、白花だ。
若鷹は自分で好きな場所に住む!
雛達も巣立ったら自由に住む場所を選ぶ』
真白がショウ王太子の肩に止まったのを惜しむ視線に、ターシュは宣言した。
結局、真白だけでなく、マルゴもメルローも寒いニューパロマより、暖かいレイテを選んで、ショウ王太子と帰ってしまった。
しかし、エドアルドは美しい白雪と雛達に、せっせと餌を運ぶターシュを見るだけで癒される。
「やはり王宮にはターシュがいないと駄目だなぁ」
鷹馬鹿のエドアルドを、ハロルドとジェラルドは笑った。
エドアルドはまだ雛のクレセントが話せるのに気づいてない。
ターシュはエドアルドの側にいると約束したし、白雪も自分と共にいるが、雛達には自由に空を飛んで欲しいと願っている。
『あの時、べそべそ泣き言を漏らすエドアルドに会ってなかったら……』
カザリア王国北部の冷たい風を感じてターシュは身震いした。
寒さを避けて鷹舎の中にいる白雪がピィと鳴き、ターシュは物思いに耽っている場合では無いと、食べ盛りの雛達の為に狩りへと飛び立った。