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3  ターシュ!

 それから二人は毎日ターシュを探し続けたが、影すら見つけられなかった。


 ターシュは自分を探すエドアルドの気持ちには、免疫があるので心を動かされない。


 見事な若鷹に成長したターシュは、感嘆の気持ちや、手に入れようとする人間の欲望には慣れてうんざりしていた。


 めそめそ男となじっていたが、ターシュは落ち込んだエドアルドの気持ちには弱かったのだ。


 しかし、ターシュを得ようと張り切っているエドアルドには、全く気持ちを動かされない。


『早く諦めろ! 腹が減った』


 姿を見せたら、ずっと居座りそうだと、ターシュは狩りをするのを我慢していた。


 エドアルド達が山に到着する前の、僅かな時間に低い場所を飛んでネズミを捕るぐらいだ。


 冬場は元々餌が少ないので、今朝はネズミすら狩れず、空腹に苦しんでいた。


 しかし、エドアルドの気配を感じているターシュは岩陰に隠れて身動きもしないで、早く諦めろと毒づいていた。





「全く、何処にいるんだろう?」


 ニ週間も朝から晩までターシュを捕まえようと、山岳部を脚の短い地元の馬で探し回っているエドアルドとアレックスは疲労していた。


「今日は此処までにしておきましょう。

 雪が酷くなるまえに、村に帰らないと」


 麓の町の宿屋を出て、リヒャルド皇子の居城跡付近の寒村で寝起きしている。


 たっぷりと宿泊代を払ったので、村長は冬場の臨時収入だと喜んだが、エドアルド皇太子が冬山で遭難するのではと心配もしていた。


 今日も昼過ぎから山へ雪雲が掛かったのを心配そうに眺める。


「あの山に雲がかかると、吹雪になるのだ……」


 マルスも絆の竜騎士であるエドアルドを心配しながら待っていた。


『何かあったら、エドアルドの所へ飛んで行く!』


 騎竜のマルスにも、エドアルドの失恋の痛みは治せなかった。


 マルスと一緒にいるとエドアルドは、ユーリと一緒に海水浴に行ったとか、竜騎士としての能力も高かったとか、思い出してはめそめそするのだ。


 地元の馬に乗ったエドアルドが見えてきて、村長もマルスもホッとする。


「寒かったでしょう!

 どうぞ、暖炉で暖まって下さい」


 家の中に招き入れようとした村長は、ハッと空を見上げた。


『やぁ! カイト、コリン、ジェス、ようこそ!』


 ずっと村長の家で待ってるだけのマルスは、三頭の竜を熱烈歓迎する。


 しかし、エドアルドは彼等が何をしに来たのか察して眉を顰める。


「エドアルド様、そろそろニューパロマにお帰り下さい」


 ヘンリー国王からと、教育係でもあるマゼラン卿からの手紙をハロルドはエドアルドに渡す。


 本当ならマゼラン卿の息子のハロルドだけで来ても良かったのだが、ジェラルドやユリアンもアレックスがエドアルドを利用していると怒って付いて来たのだ。




 此処では全員が泊まれないと、アレックスからエドアルド様を引き離して説得しようと、麓の町の宿屋へと向かう。


 しかし、ヘンリー国王とマゼラン卿の手紙を読んでも、エドアルドはターシュを手に入れるまでは帰らないと強情を張る。


「手に入れる? ターシュはいるのですか?

 そんな夢みたいなことを言って、現実逃避しないで下さい。

 そろそろ立ち直って貰わないと困ります」


 ジェラルドもユーリを皇太子妃にしたいと考えてはいたが、グレゴリウス皇太子と婚約したのだからキッパリと諦めるべきだと怒っていた。


「ターシュはいる! この目で見たのだ!」


 エドアルドは怒って、ターシュを見た時の状況を話し出す。


「ええっ! 本当にターシュはいるのですか?」


 驚くユリアンを、ハロルドとジェラルドは叱りつける。


「大きな鷹を見たのに過ぎないかもしれないだろう!」


「春にはカザリア王国も先年ローラン王国に取られた鉱山を取り返す為に攻め入るのですよ!

 皇太子である貴方がこんな所でふらふらしている暇は無いのです」


 国務大臣の孫のジェラルドは、祖父から即刻連れて帰れと命令を受けていた。


「だが……コンスタンスが人質になっているのに……」


 おっとりしているユリアンもローラン王国の駐在大使をしている父親が、どれほど苦労して幽閉先を探索しているかと怒り出した。


「まだコンスタンス姫の幽閉先は解ってませんが、ローラン王国が戦争している間に鉱山を取り返す計画です。

 それまでにコンスタンス姫の居場所を探ろうと、父も必死になってます。

 貴方はカザリア王国の皇太子なのですよ!」


 何時もはおっとりしているユリアンに叱られて、エドアルドも少し自分の立場を思い出す。


「ローラン王国に取られた鉱山の労働者達は過酷な目に遭っています。

 イルバニア王国との戦争に備えて、武器を増産したいのでしょうが、他国の労働者など過労死させてもゲオルク国王は何も感じないのでしょう」


 不法に占領された鉱山には、逃げ遅れた鉱山労働者もいたのだと、エドアルドも怒りを覚える。


「さぁ、ニューパロマに帰りましょう!」


 これなら連れて帰られると全員がホッとしたが、生憎の雪嵐になった。


「この雪嵐の中、夜間飛行は危険です。

 明日の朝、出発しましょう」


 ハロルド達は目的を達したと、安堵していた。




 エドアルドは宿屋の主人と宿泊の手配をしている仲間から一人離れて、窓際で真っ白な風景を眺めていた。


「さっき山も吹雪きそうだったから、早めに村へ引き返したのだ。

 ターシュ! 私達が山へ入ってからは姿も隠している。

 狩りも満足にしていないのに……」


 皇太子としてローラン王国に取られた鉱山を取り返したいと思うし、過酷な労働を強いられている労働者を解放しなくてはとも考えるが、今、この瞬間はターシュのことだけを心配した。


『マルス! 山へ行くぞ!』


 宿屋の台所から、調理前の肉の塊を持つと、マルスに飛び乗った。


「エドアルド様! 何処に行かれるのです!」


 ハロルド達は驚いて止めたが、マルスは空に舞い上がった後だ。


「追いかけるぞ!」と、慌てて鞍を自分達の竜に付ける。


 幼い時からマルスと絆を結んだエドアルドと違い、竜騎士の素質がないと11歳の時に間違った判定をされていたハロルド達は17歳から訓練しだしたばかりなので、鞍が無いと竜では飛べない。


 まして、夕暮れが迫る雪嵐の中で鞍無しで飛ぶのは、エドアルド様でも無理なのにと焦る。


 ハロルド達はマルスの鞍を持って、エドアルド様の後を追う。





 雪が顔を打つが、マルスの魔力に護られているから、目を開けられない程ではない。


『マルス、ターシュを見つけてくれ!

 もう、捕まえなくても良い!

 ターシュが生きていてくれば、それで良いのだ!』


 エドアルドはあの美しいターシュが、自分達を避ける為に狩りもしないで弱っているのではと心配した。


『ターシュ! ターシュ!

 もう、追いかけたりしない!

 この肉を食べて欲しいだけだ』


 ターシュは飢えと寒さに耐えて岩陰に隠れていたが、エドアルドの声が聞こえた。


『さっさと山を降りてくれたら、嵐が終わったら狩りをする』


 弱っていてもターシュはプライドの高い鷹の主だ。


 餌などに見向きもしない。


 しかし、エドアルドの失恋したユーリへの未練には心を動かされた。


……ユーリ! ルドルフ皇太子と結婚式を挙げさせられが、イルバニア国王が無効だと宣言したのだ。

 君は自由だよ!

 そう、ターシュも自由だ!……


 岩陰で、ターシュはユーリという女性に失恋したのだなと、泣き言にうんざりしながら聞いていた。


……今回のグレゴリウス皇太子との婚約を、きっとゲオルク国王は戦争の理由にするだろう。

 グレゴリウス皇太子を同盟を結ぶとケイロンに呼び寄せて、暗殺しようとしたのだから戦争になるのはローラン王国のせいなのだ。

 でも、きっと優しいユーリは傷ついてしまうだろう!

 ユーリ! ユーリ! 貴女はターシュと一緒だ!

 私の手に入らない夢!

 でも、手に入らなくても幸せになって欲しい……


 ぐずぐず失恋を引きずって、その初恋の相手と自分を同一視している馬鹿王子の悲しみにターシュは我慢できなかった。


 隠れていた岩陰から舞い上がると、心の泣き言をだだ漏れにしている馬鹿王子の前に矢のように向かう。

 


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