2 リヒャルド皇子の居城跡
ごぉごぉと吹き抜ける風が、固くなった雪の上に積もったばかりの白い粉雪を巻き上げる。
リヒャルド皇子の居城跡には基礎の岩と柱の残骸が横たわっているだけだ。
カザリア王国の北部の風景は夏でも荒涼として物悲しいが、まして冬は寒々しい。
「この柱の陰にテントを張りましょう。
風を防がないと、凍死しそうです」
流石の変人アレックス講師も、吹きさらしの中では死にそうだとテントを用意していた。
風に煽られて、テントを立てるのも難航したが、どうにかこうにか立てる。
「本当にターシュは来るのだろうか?」
餌の鶏の脚を紐で括って、テントから見える位置に繋いだのを見ながら、こんな罠に引っかかるとは思えないと、エドアルドは呆れる。
アレックスは本当の餌はエドアルド皇太子の中に流れるリヒャルド皇子の血だと考えていた。
「冬場は餌も少ないですから、ターシュもお腹を空かせているかも」
何だか怪しいと、失恋のショックで落ち込んでいたエドアルドも、少しずつアレックス講師に付いてこんな所まで来たのを後悔し始めた。
騎竜のマルスがいたら、この時点でエドアルドは帰ったかもしれない。
しかし、麓の町にマルスを帰していた。
「竜などいたら、ターシュが姿を見せませんよ。
夜は鷹も飛びませんから、竜に迎えに来て貰いましょう」
夏場は此処でキャンプをしながら、山岳部まで足を延ばしたアレックスだが、冬に野宿は命取りなので竜を便利に使う。
寒さ凌ぎにウォッカを飲みながら、ぼぉっと鶏を眺めていると、エドアルドはユーリが大使館の庭で飼っていたと愚痴りだす。
「ユーリは庭で鶏を飼って、それを私の為に料理してくれたのだ。
とてもジューシーで美味しかった。
ハーブも育てて、それを与えていたから、鶏にも風味が付いていた……
ユーリ! 可愛くて、料理もできるんだ!」
アレックスはウォッカで酔ったエドアルドの愚痴に辟易とする。
「エドアルド皇太子、ユーリは皇太子妃に向いてません。
確かに魔力は強いし、そこはポイント高いですが、皇太子妃としては問題点が多すぎます」
愛しのユーリを貶されて、エドアルドは猛烈に反論し始める。
しかし、変人だが頭脳明晰なアレックスに悉く論破された。
「ユーリほど愛しい令嬢はいない!」
アレックスも感情論には勝てないと、お手上げだ。
色々と反論する為にユーリのことを思い出したエドアルドは、テントの中に座っているのが辛くなる。
「少し外を見てくる」
アレックスはべそべそとテントの中で泣かれるのは御免なので、勝手にさせる。
……頭を冷やしたら、帰って来るだろう……
此処にハロルドやジェラルドやユリアンがいたら、一緒に付いて行っただろうが、アレックスにはそんな親切心はない。
少し居城跡から離れて、エドアルドは堪えていた涙を流す。
顔に吹き付ける風が冷たいのも気にならず、失った愛しい人の面影を求めてさすらう。
『なんだ?……鬱陶しい』
見事な若鷹が、高い針葉樹の上で苛立たしそうに脚を踏み換えた。
先程から、ぐずぐずと泣き言が心の平安を揺さぶっていた。
『ユーリ!……』
微かに聞こえる叫び声に、下のリヒャルド皇子の居城跡に誰か来ているのだと、うんざりする。
『私は誰の物にもならない!』
気に入っている針葉樹の上にある巣から、ターシュは飛び立ち、もっと山の上に退避する。
「あっ! あれは……ターシュだ!」
空を見つめて涙を抑えていたエドアルドは、小さく見えた鷹の影がターシュだと気づいた。
『ターシュ! 待ってくれ!』
ターシュはこのめそめそ男が、自分の血の中に流れるリヒャルド皇子との契約の相手だと知って、全速力で山へ向かった。
『冗談じゃない! あんなのに捕まってたまるか!』
遠ざかるターシュを追いかけたが、直ぐに見失う。
しかし、ターシュがいたのだと確証を得たエドアルドは、テントへと駆け戻る。
「アレックス! ターシュだ! ターシュがいたんだ!」
アレックスと二人で山の方を眺めるが、ターシュどころか雪がどんどん降ってきて、視界は真っ白だ。
「今日は探索は無理です。
テントで竜が迎えに来るまで待ちましょう」
鶏も凍死しそうだと、アレックスはテントの中に持ち込む。
がたがたと寒さに震えながら、マルスの到着を待つ二人だが、ターシュのことで頭がいっぱいだった。