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  プロローグ

 大陸全土を統一した帝国は、皇帝の後継者争いの内乱で滅びた。


 そして、ローラン王国、カザリア王国、イルバニア王国に分裂して300年が過ぎた頃……



 カザリア王国には旧帝国時代からのパロマ大学がある。


 学問の都としてのニューパロマに相応しい、国王にも屈さない独立性を重んじる立派な大学だ。


 そのパロマ大学は象牙の塔となるのを怖れ、一般の人々にも授業をオープンにしている。


 夏休みを利用して、サマースクールを開催しているが、パロマ大学で研究されている授業が気軽に聴けるので毎年盛況だ。


 今年のサマースクールの目玉は、最終日に行われるライシャワー名誉教授の『サイレーン』だ。


 ライシャワー名誉教授は旧帝国の歴史の大家としてだけでなく、旧帝国以前の幻の魔法王国シンの古文書研究の第一人者だ。


 カザリア王国のエドアルド皇太子は朝早くから大教室で、愛しいユーリ・フォン・フォレスト嬢の為に席を確保していた。


「ユーリ嬢、おはようございます!」


 旧帝国時代に『フォン・フォレストの反乱』を起こした祖先を持つユーリは、少しライシャワー名誉教授の授業を受けるのを躊躇っていたが、大教室に満杯の学生を見て、これなら自分に気づかないだろうとホッとする。


 エドアルド皇太子も、同盟国になったイルバニア王国のグレゴリウス皇太子と、付き添いのフランツ卿をユーリ嬢と共に礼儀正しく席に案内する。


「ユーリ嬢、おはようございます」


 カザリア王国では11歳で竜騎士の素質があるか調査されるが、ハロルド、ユリアン、ジェラルドは間違って素質なしとされていた。

 

 ユーリによって晩稲だったと判明した三人は、竜騎士の道が開けたのに恩義を感じていたので、グレゴリウス皇太子やフランツ卿よりも丁寧に挨拶する。

 

 ライシャワー教授が入室したので、雑談を止め、助手のアレックスが学生達にレジュメを配りはじめた。


「げげげ~! 旧帝国語だぁ~」


 旧帝国から分裂した三国は、微妙に言語も変化していた。


 旧言葉使いや、文語体の堅苦しい言い回しの多い旧帝国語のレジュメだったが、皆の不安を裏切り、ライシャワー名誉教授のユーモアたっぷりの授業は楽しかった。


「ホッとしました、旧帝国語で授業されるのかと心配しましたが、これならパロマ大学の学生以外も楽しめるでしょう」


 エドアルド皇太子はユーリ嬢も授業を楽しんでくれているかと、気を使う。


 しかし、返事が無いので訝しく思った。


 ライシャワー教授と助手のアレックスの視線を感じて、ユーリは口を噤んでいたのだ。


「私の名前は、ユーリ・キャシディということにして。

 何だか、変な感じなんですもの」


 小声で素早く言うと、何事も無かったようにレジュメを読んでいる振りをしたユーリに驚いたが、全員が従うことにする。


 昼からの講義はサイレーンだけでなく、他の伝説上の生き物達のエピソードや逸話、寓話に隠された教訓とかが、興味深く授業に取り混ぜられていて、全員がライシャワー教授に魅せられた。


 特に、エドアルドは鷹のターシュのエピソードが詳しく語られたのに興味を持った。


 ターシュと血の契約を交わしたリヒャルド皇子の居城跡は、カザリア王国の北部にあるのだ。


 ユーリも教授からの視線を感じなくなり、やはり気のせいだったのだと安心して講義を聴く。


「今日は、喋る猪サイレーン、リヒャルド皇子の鷹ターシュ、乙女の守護獣ユニコーンの伝説や、文献上の動物について講義してきたが、これらの動物は魔力を持っていたと考察している。

 伝説上の動物について残っている文献は、大多数が旧帝国時代のものであるが、稀少な旧帝国以前の古文書の残骸にサイレーン、ターシュの真名が残されているのを発見した」


 講義の最後を締めくくる教授の言葉に学生達はどよめいた。


 ライシャワー教授は黒板に「犀猪臉」「鷹玉」と大きく書いた。


「これが、サイレーン、ターシュ、それらの本質を表す真名だ。

 これにて私の講義は終わりだ、拝聴を感謝する」


 学生達はライシャワー教授の興味深い話に感謝して拍手を贈ったが、ユーリは象形文字、象意文字の漢字に近い文字で書かれた「犀猪臉」に赤い目を光らせる猪の幻を見、「鷹玉」の点の間違えにグラッと視線が歪むような気持ちの悪さを感じる。


 グレゴリウスは他の生徒達と同じく拍手していたが、隣りのユーリが具合悪そうにしているのに気づいた。


「大丈夫かい? 顔が真っ青だ」


 ユーリは視線が歪んで気持ちが悪いのに、文字の力に捕らわれて目が離せなかったが、グレゴリウスに肩をつかまれて、やっと文字から目が離せた。


「少し、熱気にあたったみたい……外の空気が吸いたいわ……」


 エドアルドはグレゴリウスと同時に異変に気づいて、外の風に当たりたがるユーリを支えて、芝生に連れて行く。


 まだ目眩は残っていたので、芝生に崩れる様に座り込んだが、教室にいた時のような胸の悪さは治まった。


「ユーリ、大丈夫? お水、飲める?」


 胸につかえてた気持ち悪さが、冷たい水で洗い流されたみたいに思えて、ユーリはホッとする。


「旧帝国語なんて久し振りだから、知恵熱でも出したのかと思ったよ」


 ユーリの顔色が良くなったのに安心したフランツは軽口を言って、まだ心配そうな二人の皇太子殿下を元気づけた。


「酷いわね! でも、知恵熱なのかも……」


 ふと、またあの間違った文字を思い出して、胸の悪さがこみ上げてくる。


「ユーリ、本当に気分が悪そうだ。

 エドアルド皇太子殿下、保健室は何処ですか? ユーリが病気だ」


 ユーリの従兄のフランツ卿が慌てるので、エドアルドも心配で胸が張り裂けそうな思いがする。


 ユーリは迷惑をかけるから、大丈夫ですと立ち上がったのが顔色は真っ青だ。


「ユーリ・フォン・フォレスト嬢、無理をされない方が良いですよ。

 貴女は真名に酔ってしまってるのですね?」


 ライシャワー教授と助手のアレックスが側に立って見ている。


「ライシャワー教授、彼女はユーリ・キャシディ嬢ですよ。

 誰かとお間違えでは?」


 ライシャワー教授の言葉に疑惑を抱いたエドアルドは、ユーリから言われてた偽名を使って誤魔化そうとする。


「皇太子殿下、いくら私が世事に疎いからといって、殿下がお連れしている令嬢の名前ぐらい知っておりますよ。

 ユーリ・フォン・フォレスト嬢、貴女は真名が読めるのですね」


 ライシャワー教授に見破られてるなら仕方がないと、ユーリは逆ギレする。


「ライシャワー教授、貴方は大間違いしてるわ。

 『鷹主』よ! 間違えた真名なんか見せられたから、視線がグニャグニャになったのよ」


 怒鳴りつけながらも、間違った文字を思い出してウッとなりかけたが、どうやってこの吐き気を止めるのかユーリは解った気がした。


「フランツ、お願いだから、私を教室に連れて行って。

 あの文字を書き直さないと、間違った文字が目に焼き付いてるの」


「間違った文字だったのですか。

 大変だ!」


 フランツが具合の悪そうなユーリを教室に連れて行くのを躊躇っていると、助手のアレックスがユーリを抱き起こして教室まで引きずるように運んだ。


 呆気にとられた一行は、ユーリ達の後を走って追いかけた。


 教室に着くと、ユーリは吐き気をこらえながら黒板の『鷹玉』の玉の字を消して『鷹主』と書き換えた。


 一瞬、鷹のターシュが金色の目をキラリと光らせてエドアルドの身体を通り抜けた。


 吐き気が収まってホッとしたユーリは、エドアルド、ライシャワー教授、アレックスが呆然としてるのに気がついた。


「エドアルド皇太子殿下! ライシャワー教授! アレックスさん!」


 ユーリは三人が自分と同じ鷹のターシュを見て、残像に捕らわれている思った。


 パシーン! 一人づつ軽く頬を平手打ちしていく。


 三人はハッと幻から解放される。


 ユーリは、黒板の「犀猪臉」「鷹主」の文字を乱暴に消した。


「こんな文字は軽々しく扱っては駄目です。

 魔力に捕らわれてしまいますよ」


 幻からは解放されても、まだ呆然としているエドアルドを心配して、ユーリは教授に噛みつく。


「あれが鷹のターシュ!

 すごく美しくて強い金色の瞳を持っていた」


 夢見心地のエドアルドを椅子に座らせると、ユーリは殴ってごめんなさいと謝る。


「エドアルド皇太子殿下は鷹のターシュの幻を見られたのですわ。

 ライシャワー教授は魔力のある文字を古文書で見つけられたのですね。

 多分、その文字はその物の本質を表す力を持っているのでしょう」 


 ユーリに真名が読めるのは、フォン・フォレスト一族が魔法王国シンの生き残りだからかと、ライシャワー教授とアレックスは疑ったが、本人にシラをきられた。


「ターシュの子孫はカザリア王国にいますわ。

 ターシュの残像が身体を通り抜けた時、そう感じましたもの」


 ターシュと血の契約を交わしたリヒャルド皇子は、カザリア王国の始祖アレクサンダー王の曾祖父にあたる。


 ターシュの真名で残像を見た、エドアルド皇太子、ライシャワー教授、アレックスはカザリア王家の血が流れていた。


 その夏休み、ライシャワー教授とアレックスはターシュ探索に費やした。



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