芽園高校の朝
話は2日前にさかのぼる。
一颯が通う芽園高等学校は普通の進学校。勉強面だけでなくウェポン開発、研究にも力を注いでいる。
ウェポンとは超能力の呼称。
基本的に先天性で、限られた人間が固有のウェポンを扱う。
ウェポンについては研究が進められているが、実のところ解明されていない事も多い。
高校2年生になったばかりの少年、福塔一颯もウェポンを所持しており、現在は芽園校内をスタスタと歩いていた。
「えーっと、2-Aの教室はどこなんだ?」
教室に入ったのは校長の話があった昨日の始業式だけで、 ボーッとしていた一颯は場所が分からないという問題を抱えていた。
チャイムが鳴った時点で教室に入っていなければ遅刻になってしまう。
「新学年早々それはまずい」と急ぎ足で廊下の角を曲がったその瞬間、重い衝撃を全身で感じた。
他人との体の接触。宙を舞い、といえば話を盛りすぎだが一颯は地面に叩きつけられた。
「痛って。あ、すいません。急いでたもんで……ってなんだ茜か」
「なんだとはなによ。 人にぶつかっといて!」
廊下の曲がり角に女子生徒の声が響く。
「わ、わるかった……けど女子とぶつかって俺だけが倒れるのはおかしいだろ」
普通こういう場面では女の子が転倒してしまい、男が手を差し伸べるといったところだ。
「何が言いたいのよ」
「いや別に。昔に比べて体がガッチリしてるな、と思って」
「う、うるさいわね! そっちが貧弱なのよ!」
そう言って彼女の蹴りが一颯の左スネにヒット。
「痛ってぇ!」
一颯とぶつかった、というか一方的に吹っ飛ばした女子生徒は一颯の幼馴染で同じ中学校出身。火曳茜。
活発、勝気、スポーツ少女という何ともアクティブなスペック。
高めの位置で纏められた紅色のポニーテールが廊下の窓から入ってくる風にフワフワと揺れる。本人曰く地毛。
キラリと光る八重歯がチャームポイントで容姿端麗。
あとは性格をなんとかしたら普通にモテる。と一颯は思う。
「どんな身体つきしてるんだ」
聞こえない程度の負け惜しみを言いながら立ち上がる。
「ところで何してんのよアンタ」
「教室探してたんだよ」
「アンタ自分の教室も分からないワケ? バカなの?」
「昨日は流されるがまま教室に入ったからな」
「何偉そうに言ってんのよ。体も弱けりゃ頭も弱いのね」
「な、なんだと。もう一回言ってみろ!」
「何偉そうに言ってんのよ。体も弱けりゃ頭も弱いのね。体鍛えなさい」
「増えてる⁉︎」
言い返す言葉を頭で検索している男子生徒に追い打ちをかける。
「同じクラスだし、なんなら連れてってあげましょうかぁ?」
「くっ、誰が屈するもんか」
「一生見つからないまま彷徨って白骨化すればいいのよ」
「そこまでバカじゃねぇよ!」
「遅刻すればいいのよ」
「リアルに脅しにきたな」
サッサと折れて素直になればいいものをプライドを守るべく、一颯は頼らない。
「ったく。普通に教室を教えてくれれば良いものを……ん?」
一颯は視界に通りすがりの女子生徒を捉える。
「あっ、ソコの君。よかったら教室の場所教えてくんない?」
地獄に仏と軽い足取りで女子生徒に近づく一颯。の足に合わせて茜は足をヒョイと出す。
「え、ちょっと何すん――」
茜のつま先に引っ掛かる。そりゃそうだ。つまずく様にだした足なのだから。
前のめりに倒れつつある。逆の足で地面を突くが、バランスが取れない。
全体重が前方に、通りかかった女子生徒の方に向かっていく。
「うわわわ。もうムリだぁぁ」
顔から壁に激突。しかし一颯に痛みはない。
なぜなら一颯はコンクリートの壁ではなく、女子生徒の胸元に突っ込んだからだ。
2秒程、時が止まった様に感じた。
女子生徒は顔を真っ赤に染め、悲鳴を上げながら全速力でその場から離れた。もう姿は見えない。
チラリと茜を見る。
「あの……教室の場所を教えて頂いてもよろしいでしょうか、茜さん」
「アンタねぇ……」
「え?」
「朝っぱら何してんのよ! 通りすがりの女子生徒にセクハラ⁉︎ ふざけんじゃないわよ!」
ボォっと火が生まれる音がする。
「わ、分かったから熱いって!」
熱い、というのは比喩でも何でもない。実際にこの辺の温度が上がった。
その原因は茜の掌のメラメラと燃える火球。
この女子生徒――火曳茜のウェポンは火炎。
炎を生み出し、操作する能力。
「ま、待て。総合的に見れば確かに俺が悪い。言い逃れはできない!」
「自信満々に何言ってんのよ」
「だがしかし、足を引っ掛けなければこんな事態が起きなかったのも事実!」
「な、何よ! どうせ、女子の胸に飛び込めてラッキー。とか思ってるんでしょ」
「ぐ……」
「否定しなさいよ!」
ユラユラと茜の掌で炎が揺れる。
ちょうどマッチ棒の燃えている部分を大きくした感じだ。
「こ、校内でのウェポン使用は禁止だぞっ」
「セクハラなんて校外でも禁止よ」
「ぐ……」
「芽園のミラクルと呼ばれているアナタでも、この至近距離からの攻撃に奇跡なんて起きるのかしらねぇ」
「校舎燃やす気かコイツ」
一颯の黒髪が赤く見えるほど接近し、茜はニヤニヤと笑みを浮かべている。
一颯が脳内で火傷の治療法を考えていた時、キーンコーンカーンコーンと聞き覚えのある音がその場にいる2人の耳に届いた。
「え?」
シュボっと火が消えた音がする。
「時間……忘れてた」