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一卵性の双子

 


「好きな相手の失恋話を聞いた時?」



 いつもの昼休み。私は相変わらず屋上で彼と微妙な距離をとりながら話をしていた。なんとなく、ずっと海斗と話してたことが気になって、彼に問いかけてみた。「好きな人の失恋話を聞いたら、夏樹なら何て言うのだろう」と。彼はそれを聞くなり「妙にリアルな質問だね」と顔をしかめた。



 「一緒になって暗くなるんじゃね?上手い慰め方なんか思いつかないし、出てきたってわざとらしくなるだけだし。あいつ気ぃ利かないし、落ちた時には傍にいても邪魔になるだけかも」



 卵焼きを口に運びながら兄弟を情け容赦なく批判する彼に反論しようとして、やめた。私と夏樹はもうお友達で、私が夏樹をかばう理由はもうない。



 「ばっさり切ったね」と感想だけを述べると「双子だから。ある意味誰よりも知ってる」と冷めた口調で言う彼に今更「そうだった」と納得してしまった。



最初の一瞬だけ見間違ったものの、夏樹と彼は全然違う。例えば冬路君はいつも冷めたような涼しい顔をして口数も少ないし一人の時間を好んでいるように見えるのに対し、夏樹は常にじっとしていなくて、表情がコロコロ変わり、大勢の友達と騒いでいることが多い。






 のどかな昼休みを送っていた私達のいる屋上に向って、騒がしい足音が近づいて来た。彼は一瞬箸を止めたが、やがて何にもなかったように箸を動かし、不満そうな顔でひじきの煮物を口に投げ入れた。近づいてきた騒がしい足音が止まり、そうかと思うと屋上の扉が乱暴に開けられた。





 「…夏樹!」

 「クラスの奴等に愛美がここだって聞いて」




息を切らしながらも夏樹の目は私から動かなかった。私を見つめるその強い瞳に何故か心がぎゅうっと締め付けられた。

気づくと日向で弁当を広げていた冬路君の姿はいつの間にかにか見えなくなっていた。



 「俺、やっぱり愛美が好きだ!」




迷いの無い瞳で夏樹はまっすぐ私を見つめた。真剣な目につかまって身動きが取れない。その感覚を私は心地良いとさえ、どこかで思っている。




 「私今、新しい彼氏と付き合ってるの」



 だからと言って私はあっさり夏樹とよりを戻す訳にはいかない。意地になっているんじゃない。あの押しつぶされるような重圧を再び繰り返したくはなかった。



だから私は知らない。この息苦しい胸なんて。夏樹から体を反らして出た自分の声がどこか遠くに感じた。



 「分かった。急にごめんな」



 私には海斗がいる。夏樹はいらない。もう、夏樹の隣にいることは出来ない。

私は海斗を選んだから。寂しそうに笑う顔が見えたのに、その顔はどこかスッキリとしていて、胸に残った。 








 「愛美、何かあった?」


 海斗が私の目を覗き込んできた。日曜日の午後、私は海斗と一緒にファミレスにいた。

気づけば子供連れの家族の騒がしい声が耳に入ってきた。ついさっきまで見ていた映画も、そういえばボーッとしていてよく覚えていない。



 「ちょっと、学校大変でさ。それだけ」

 「マジで?だるぃよなぁ」



 愛想笑いで誤魔化すと海斗は納得したらしく笑った。笑って何事も無かったようにさっきまで見てきた映画の話をした。私はよく覚えてもいないその内容に中途半端に相槌を打つ。海斗は私のウソに気付かない。



 夏樹だったらきっと誤魔化せない。海斗と同じように話題を反らしていたかもしれない。だけど絶対に私を見てる。時折隠せない曇った瞳で心配そうに私を見つめていた。そうして悲しそうに微笑むんだ。







 「…今日は厄日だ」



 昼休み、いつものように屋上への階段を上っていると彼を見つけた。ところが彼は常に低めのテンションを更に低くして階段を下りる途中だった。

気のせいか、少し足元がおぼつかない。



 「…屋上、行かないの?」

 「珍しく使用中だった。しかも、長い」



 どうやら昼休み限定の日光浴が出来なくなってしまったらしく彼はご機嫌斜めだった。落ち込む彼をなんとかなだめて、校庭に連れ出した。私個人としては、この立っているだけでも熱い季節に校庭なんてありえないことだけど、彼と一緒ならば仕方が無い。



 「砂埃が舞うし、危険だし、低いし」

 「仕方が無いでしょう。屋上ではカップルが出来るかもしれない大事なときだったんだから!」



 昼休みにも部活に励む生徒達を横目に彼はまだ日光浴の場所が不満らしくブツブツ言っている。確かに安全が保証されそうな場所じゃない。私達は花壇の傍のベンチに座り、一見仲の良いカップルのように弁当を広げた。近くで見たらその勘違いに気付くだろうけど。彼は私ではなく、屋上を熱い視線で見上げるばかりで私達はそれぞれベンチの端っこに座っていた。



 「…サッカー部か?よくやるなぁ。この熱い中で外に出るなんて」

 「あんたもね!」



 砂埃に加え汗だくな連中を“異様”扱いするが彼自身もその同類だということを教えてやった。私の言葉に、彼は「そうだろうか?」と言いたそうな顔で彼等を見つめた。

 ゴールに向かって蹴り飛ばされていくボールが校庭の砂をくっつけて汚れていく。ゴールに向かい、邪魔をする人を次々交わしグングンとつき進むサッカー少年は少年達に負けず劣らずのスピードで走ってきた少女が滑り込むように足を入れてボールの進行方向を変えたことで、心底悔しそうな顔をしていた。しかしそのボールは勢いあまってこちらに向かってきた。



「よけろ!」



 声と同時に突き飛ばされたせいで制服のスカートが砂埃で汚れただけで済んだが、私の前に立ちはだかった彼は腹にボールがぶつかって倒れた。



 「ちょっ、ちょっと冬路君?」

 「…痛い」



 私はてっきり、彼は私を守ろうと盾になってくれたのだと思った。しかし彼は隣で倒れている。サーカーボールにやられて。慌ててこちらに謝罪をしに大勢でかけつけてきたサッかー少年達に彼を保健室まで運んでもらった。




 どこから聞きつけたのか慌てて保健室に駆けつけてきた夏樹の前で先程の見事なスライディングを見せた少女が手を合わせた。



 「ごめん夏樹!私がバカみたいにボールに突っ込んで冬路ぶっ倒した!」

 「明日香のせいじゃねぇよ。多分、避けられないと思ったから自分で当たりに行ったんだ」

 「……そうだと思う。冬路だし」



 どうやら二人は顔馴染みらしく、静かに眠る冬路君の傍で親しげに話していた。その後荷物を持って来ると少女が出ていくと昼休み中の先生もいない保健室は私と夏樹の二人きりになった。



 「ごめんね。冬路君、私を庇ってボールに当たったの。今日、校庭で一緒にお昼食べてて」



 自分の言葉が妙に言い訳がましく聞こえてか細くなっていく。私の言葉を聞いた夏樹が眉を潜めた。



 「冬路、飯ならいつも立ち入り禁止の屋上で食ってるんだけど」

 「…今日はたまたま先客がいて…その、入れる雰囲気じゃなかったの」



 久々に交わした夏樹との会話はとてもたどたどしくて、不自然だった。



 「最近、私も屋上によく行ってて、冬路君といること多いから…」



 自分が何を言っているのかよく分からなくなったが、その混乱は夏樹も同じらしく、私のどうだっていい話にただ相槌をうっていた。


  






  

 「長谷川さんに、言っておきたいことがあるんだ」


 よく晴れた日だった。「やっぱり校庭は危ない」と一人で納得した彼は今日も満足気に屋上で日向ぼっこをしながらお弁当を広げていた。


 「なに?」


 突然の切り出しに少々驚いたものの、彼の切り出しはいつも突然なので、最近はいい加減慣れてしまった。彼はいつになく真剣な眼差しで空を見上げ、そのままの瞳で私を見た。


 「俺と夏樹は、違う人間だ」

 「何今更!知ってるけど?」



 そういうと彼は「そうか」と妙に納得した様子だったが、彼の話はまだ終わってはいなかった。突然何を言われるかと思えばとこちらは拍子抜けしたというのに。




 「俺達は一卵性だし、外見なら見分けがつかない。やろうと思えばもっと似せられるかもしれない。今はお互い別々の友達とかも多いけど、昔は食べ物の好みや好きなことも昔は似てた。なのに俺達ひとつだけ、決定的に違うものがある」



 彼等二人を知ってしまった今、私には以前よりも彼等が似ているとは思えない。彼の言うように簡単に見分けが付かなくなることも、あまり想像が出来ない。それでも気になって、思わず身を乗り出して先を促した。彼等の決定的な相違点。



 「何?」

 「好みのタイプ」 

 「はぁっ?」

 「本当だ。これだけは初恋以外に被ったことないんだ」



 ……決定的ではないんじゃないか。と内心思いながら「初恋」のワードになって彼を見つめた。



 「初恋の人って?」

 「そこも聞くの?」

 「当然でしょ。自分から話ふっといて中途半端にするの?」


 思い切りため息をしながら「そうなると思っていた」とでも言いたげな顔で空を見上げた彼はやっぱり眩しさに目を細めた。



 「姉貴。今もう家出て、ちゃんと彼氏もいて、大学行ってるんだけど昔から小さくてお人形みたいなんだ。小さい頃さ、ガキながらに<自分が守ってやんなきゃ>って思ったんだ。同じこと考えて取り合ってよくケンカして。……んで結局、姉貴は俺達よりもよっぽど強いことに気付かされて幼い初恋は終わったの」



 そこまでいっきに言ってから照れくさそうに「こんな話誰かに話したこと無かったのに」と照れ笑いする姿が夏樹と被って慌てた。



 「ま、いっか。長谷川さんとは良い友達になれそうだし」


 無邪気に微笑みを見せる顔がやけに胸にグサリと突き刺さって抜けなかった。


 「良い友達でいたいから、余計かもしれないけど…長谷川さんは今も、夏樹を好きなんじゃないか?」


 驚いて彼を見つめると彼は何も言わずに私を見つめ返した。その瞳の中にいっそ吸い込まれてしまえたらと、ばかげたことを思う。

 私には、海斗がいる。

 それでも私の中には、夏樹がいる。


 「長谷川さんが毎日ここに通うのは、俺の中の夏樹に会いに来てるんじやないのかな?」

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