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大人の彼氏



 イジメを受けて可哀想な自分を演じたい訳ではないけれど少し物足りない。



 初めは退屈しのぎに私を目の仇にしていた女達はようやく自分たちの目的を思い出し、夏樹に同情の目を向けながら労わりの態度の下に隠しきれていない下心を持って近づいていった。



 それでもやはり夏樹は相変わらず女達に力ない微笑みを返すだけで、心は今も尚私の元にある。





 一人でする娯楽はもうとっくにやり尽した。他人を気にしないで気ままなショッピングも一人きりでゆっくり紅茶を味わうカフェも、物思いにふけてみることも、今はもう全て飽きてしまった。そうして一人、慣れ親しんだ味のミルクティーに口をつけながら私はようやく気付いた。



 私は元々、一人を楽しめる性格じゃなかったことに。



 だからそのカフェで店員が正面にドカッと座ってきたのは実にタイミングが良かった。

 


 「最近よく来る子だよね。フリーなら俺と付き合わない?」

 「いいよ」




 焼けた肌に白い歯を見せて笑う店員は何の前触れもなく私の目を捉えた。


 普段ならありえないと思う状況だったが、暇を持て余していた私はすんなりとそれを受け入れた。名前も知らない男と恋愛をすることを直決した。








 昼休み、最近はよく屋上で昼食を取っている。最初は無言でニラメッコ状態だった冬路君とも最近は少しずつ話しをするようになった。最も彼は私を歓迎しているわけじゃない。



 「…暑いな」




 それは当然だろう。なんといっても冬路はこの七月の一番暑い時間帯にわざわざ屋上の日向で弁当を広げているのだから。彼の行動は私には全く理解できない。



 「そんなとこいたら当たり前だし。いつも日陰においでって言ってるのに」

 「嫌だよ」



 「日陰に行こう」と言うと冬路君は笑いながらも、断固拒否する。それで今では日陰に座った私と日向に座った彼と距離のあるまま食事を取る。

 元々一緒に食べる約束をしている訳ではないにしろ、屋上では奇妙な昼休みが繰り広げられる。



 「そんなに私と隣に座るのが嫌?」



 何となく、もう少し会話を弾ませたいという気持ちからからかったような口調でそう言うと彼はいつものように冷めた目で私を見た。



 「この場所にいることに意味があるんだ」



 その言葉に何の意味があるのだろうか。やはり私には彼を理解することは出来ない。ふと彼は目を凝らしながら光り輝く太陽の方を見つめた。白い肌に光が射す。



 「冬路君、そんなことしてると太陽に当って目が見えなくなる。危険だから止めなよ」



 慌てて彼を止めようとして言うと彼は私の言葉が聞こえないみたいにポツリと呟いた。



 「好きなんだ」

 「はぁ?」

 「屋上。大事な人との思い出があんの。もうそれしか残ってないから」




 眩しそうに太陽を仰ぐ彼の横顔は今までで一番優しくて夏樹にそっくりだった。


 一つだけ違うのは、彼は私ではない誰かを見てる。今の彼の目には私なんか入らない。それが何故か妙に腹立たしくてつい言葉が口を出た。




 「二人って同じようで違うね。夏樹はそんな笑い方しない」

 「当たり前だよ。俺は夏樹じゃない。夏樹に会いたいならクラスに戻ればいいだろう?」



 彼はまた冷たい顔に戻ってこちらを見向きもせずにしれっと言う。




 「ごめん、夏樹とは終わってる。もう新しい彼氏作っちゃったし。四つ年上で、カフェでバイトしてて、超かっこ良いの♪」



 上ずった声を自覚しながら大げさにノロケてみせた。冷たい顔をすると思っていた彼は相槌をうちながら「上手くいくと行くと良いね」なんて夏樹と同じ顔して笑うものだから、自分が妙に虚しく感じた。






 休日になると私はよく新しく出来た彼氏海斗と出掛けた。海斗は四歳年上で今までの私の常識からは離れた所にいたが、常に自分に自信があり、それを正しいこととして行動している。


 私は海斗の余裕に安心することが出来た。


 私達は知り合ったばかりでお互いをよく知らなかったが、私にとってはそんなことは大した問題ではなかった。それは「これから知っていくことが楽しい」なんてことではけしてなく、私には知らないことの方が都合が良かった。

 嫌な言い方を非難されても仕方が無いが、私にとって彼氏とは「アクセサリー」のような気軽な感覚であって欲しかった。



 一人でいるのはなんだか切ないけれど、思われ過ぎるというのも負担がかかる。夏樹と知り合って心得たことだった。





 私は海斗をよく知らないし、すごく好き、ではない。だからいい。この関係が成立できる。 






 海斗は高校を中退して、歳を誤魔化してパチンコ店から深夜のホテルマンや水商売にレストランやカフェのバイトなどさまざまな種類の仕事をしてきたという。そのせいかその辺りの男達とは違い大人びた雰囲気がある。



 まだ夏休み前で静かな海辺では早々に海の家の準備が行われていた。風を感じながら歩こうとしたが、暑さには敵わず発見した自動販売機を天の助けとばかりに飛びついた。



 「高校、なんで中退したの?」

 「出席日数足りなくて。俺名前の通り俺海好きでさ、サーフィンしてたの。良い波が出ると学校なんて行ってられねぇワケ!そんなことしてるうちに出席日数と成績が落ちこぼれて気が付けば留年。留年ってなんかかっこ悪りぃじゃん?だから辞めた」




 背伸びして買ったブラックコーヒーは口に含んだ瞬間苦くて顔をしかめたら、後ろからそれを奪われ代わりにミルクティーが差し出された。私から取り上げたコーヒーを飲みながら事も無げに話す海斗の肌は確かに浅黒くて夏の海がよく似合う。塩素のせいなのか夏樹と同じ明るい茶色に染まった髪はパサついていた。背が高い海斗の体は少し筋肉質で締まっていた。真っ白のTシャツの白さが映える。



 「愛美は何であの店に通ってたの?毎日一人みたいだったし」



 ゆっくりとミルクティーを飲んだらミルクのまろやかな甘さが体にしみわたった気がした。




 「ふられたんだ。そしたら急に何やっていいか分からなくなって、あそこのミルクティー美味しかったし、お気に入り」



 わざとしおらしく目を反らして、嘘までついた。海斗がどんな顔をするのか、どんな反応をするのか知りたかった。




 「じゃあ今度は俺がミルクティー入れてやるよ。それで立ち直れるだろ?」

 「美味しいやつだったらね♪」



 二人で噴出して笑って寄り添って、暑苦しい中手をつないでやたらとゆっくり歩いた。




 こんなとき、夏樹なら何て言うんだろう。器用に見えて不器用な夏樹は海斗みたいに上手く空気を変えることなんか出来ない。

 けれど私はその不器用な優しさに心地良さを感じて救われてきた。

 


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