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高村冬路



 妙にフワフワした気持ちで、気をつけなければ宙に浮いてしまいそうだった。独り身になった私は思う存分一人を満喫していた。



 夏樹を振ったという後ろめたささえ、今の私には絶好のスパイスだった。



 時折物好きな女達が秘かに後ろ指を指し私のことを非難したが、そんなことどうだって良かった。私は彼女たちが本当は夏樹を手放した私に対して深く感謝していることを知っていた。


 「私を非難することよりも早く夏樹を大げさに慰めに行かないと、また他の誰かに取られてしまうわよ」


 とそっと親切に教えてあげたい気にさえなった。



 それでも私はもう一つ大事なことを知っていた。



 いくら彼女達が着飾り、無い知恵を振り絞って考えた慰めの言葉をかけようとも、夏樹の心は未だに私に向いていること。



 何もかもが愉快だった。陰口を叩く女達に微笑んで、同情の意を表した。








 「おはよう」



 教室に入ってきた夏樹は明らかに沈んでいて、声をかけるのもためらう程だった。夏樹に向けられた幾つかの同情めいた視線を確認しながら素知らぬふりをして声をかけた。



 「ギリギリセーフ♪寝坊した?」

 「……あぁ、ちょっと」



 私と目を合わせた夏樹は一瞬フリーズして戸惑った表情をした。

 いつものように返事を返そうと努力する仕種が見て取れたが言うまでもなく失敗に終わった。伏し目がちになる表情がいつものキラキラした表情とは正反対の暗さを思わせる。

 哀愁が漂う夏樹を遠くから見つめながら溜息をつく女達の敵意を剥き出しにした目とクラスの無言の好奇心の目が同時に突き刺さる。



 「今日は水泳部あるんでしょ?思いっきり泳いだら眠気スッキリするって」

 「ありがとう。大丈夫だから」



 感心など無いふりして会話に聞き耳を澄ます奴等が私を睨む。鈍感な夏樹はその様子に気付くことはない。私に、周りにばれまいと必死に平気なふりをしてみせてみせようとする。それはあまりに痛々しくて誰もが口を摘むいでしまう。



 「なら良かった♪」

 「ありがとな愛美」



 力なく微笑む夏樹からそっと目を反らす。夏樹を嫌いなわけじゃないし、恨みがあるははずもないけど…私のせいで弱りきった夏樹を見ているのは嫌じゃなかった。いつものように、人だかりの中心にいて明るく笑う彼とは別人のような夏樹の姿を。





 飽きない女達の非難と好奇心の視線を受けながら教室で昼食を取るのにうんざりして場所を移動することにした。一人でパンを片手にふらついたが適当な場所が見つからず立ち入り禁止の寂れた屋上に上がる。扉を開けると熱い太陽と気持ちの良い風が私の体を包んだ。




 「誰?」



 声がした方を見上げるとどうやら先客がいたらしく、男子生徒が弁当を広げてこちらを見ていた。



 「夏樹?」



 光が眩しくて顔がよく見えない。男子生徒の顔を確かめようと近づいていった私は思わず大きな声を上げてしまった。

 しかしそれは間違いだったと、彼の表情を見て間も無く分かった。一卵性双生児は顔ばかりか声も似ているとは面倒だ。



 「夏樹探しに来たの?ここにはいないけど」

 「声だけ聞いたから夏樹かと思った」



 夏樹と同じ顔が平然と冷たく私を見止めると、ニッと挑戦的な笑みを作った。顔や形がいくら一緒でも、二人は違う。夏樹は私にこんな顔を見せない。



 「…ああ、長谷川さんか」

 「お昼の間だけお邪魔して良い?」

 「いつもは一人でいたい時間だけど、良いよご自由に」  



 噂話は女子生徒ばかりか男子生徒まで興味を示すので瞬く間に話が広まって、夏樹の一卵性双生児である、高村冬路(トウジ)君の耳にも私と夏樹が別れたという情報は入っているはずだった。もっとも、彼の耳に直截入っていなかったとしても、あの夏樹を見れば「何かあった」と察するだろう。


 しかし彼は何も聞かなかった。何も聞かずに、まるで私なんか初めから見えていないみたいに黙々と弁当を食べていた。でも、彼には私がちゃんと見えている。時折感情の無いような目で私を見るのに、目が合うと他人行儀の営業スマイルを向ける。けれど何も言わない。



 夏樹と同じ顔で、夏樹とは違う表情で私を見る。

 彼は夏樹じゃない。夏樹の双子の弟である高村冬路勲だ。

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