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広場での出会い

 朝の小鳥たちの歌声をききながら、ファラクは依頼をこなす為、街を歩いていた。


 朝の穏やかな空気を吸い、のんびりとした足取りで昨夜の事を考える。だがそんな朝の新鮮な空気とは裏腹に、ファラクの顔は渋い。


 思い出すのは先日の事。


 盗賊退治を済ませたファラク達はその後大事な話があると、ギルドではなく、マリーの家に連れていかれた。ギルドでは話せないと。


 問題となったのはファラクが取った行動である。賞金を全額得る為、ファラクは同様に賞金を稼ぎに来た者達を排除しようとした。

 その事について夜遅くまでマリーに言い含められたわけなのだが……


 マリーの話を理解できなかったのだ。


 人を傷付ける事は良い事ではなく、力を振るって良い事もその時々によると。何度も何度もマリーに説明され、最終的には首を縦に振った。だがそれは頭で理解しているに過ぎない。ファラクには何故? が理解できず、「そういうものなのだな」としか捉える事ができなかった。


 マリーにもそれが分かったのか、彼女は何度も説明し困ったような表情となり。ついにはファラクに一定の約束事を取り付ける事にした。


 一つ。ファラクの可能な限り、相手を殺さない。

 一つ。魔石の吸収はマリーが許可するまで行わない。


 今の所、ファラクはマリーの言うことを素直に聞く、だが今後真っ白な彼がどういう価値観を持つかは分からない、その上彼が今後誰にも止められなくなるほど強くなってしまうのはまずい、そう考えたマリーはファラクの手綱を握るため、約束をさせたのだった。

 

 ファラクはマリーを害する気持ちはない、感謝すらしているのだから。それに、この世界に慣れたいと思ってもいる。


 マリーの真剣な表情と言葉を受けて。ファラクも真剣に彼女に守ると誓った。


 

 考え事をしている内にいつのまにか依頼先まで到着したファラクは依頼をこなす。怪我をした店主に代わり、精肉とカウンターを任されたファラクは、初めてこなす仕事である事を告げ、精肉と接客を横で指導を受けながらこなしていく。肉好きのファラクは「肉はこうしてできるのか」と目を輝かせながら仕事をこなしていく。最初は辿々しかった動きも例の如く恐ろしいまでの習熟速度でその日の内に精肉作業のすべてを覚え、一人で作業を任せても良いとお墨付きを貰えるまでになっていた。


 ファラクの仕事振りを気にいった店主に熟成させた肉を貰い、ほくほく顔で帰路につく。


 夕焼けになった世界を眺めながらファラクが景色を楽しみ。いつものように露天で串肉を買い、肉を頬張りながら歩く。

 街の中心を通り、広場にさしかかった頃、ファラクが自然に意識が引っ張られた。


「なんだ?」


 女性の声、『話す』といった風ではない、かといって危機感を感じるような叫びでもない。ただその声を聞いてると、


 ――妙に気持ちが浮き立つ。


 自身の新しい変化が気になり、その声の方を見る。

 一人の女性が広場の中央に佇んでいた。

 噴水の前で体を揺らしながら声を出している。

 高くなったり低くなったり。その声の抑揚が感情を揺さぶるのだろうか。


 彼女は声を途切らせる事なく旋律を奏でていく。

 ファラクが知らない感情を揺さぶる声を出し続ける。

 心のざわめきが収まらなかった。


 歌。


 ファラクにとって初めて聴くそれは、ファラクの心を、耳を掴んで離さなかった。自然ファラクは彼女が歌い終えるまで、ずっと彼女から視線を離さず手に持った肉を食べることも忘れ、ただ一身に彼女を見つめる。


 ファラクの胸の奥から未だ名前の知らない感情が浮かび上がってくる事を感じ、その動きと、彼女の声に注意を傾けている内、やがて歌が終わった。


 同時ファラクははっと我に返る。


 ――今のは一体?


 歌い終えた彼女は喉を潤す為か身につけていた水筒を取り出し口に含む。彼女の生み出したそれが気になり、ファラクは自然と彼女に近寄り尋ねていた。


「すまん、少し聞きたいんだがいいか?」

「あ、はい、なんでしょうか?」

「今のは一体何だ?」

「あ……耳障りでしたか? ごめんなさい」


 文句を言われるのだろうと勘違いしたのか、少女はびくりと体を震わせると、辿々しく声を発した。

 ファラクは首を振る。彼女が震えた時、何故か胸中に苦いものを感じた。


「ちがう、もっと聴きたいんだ。今のは一体なんなんだ?」

「歌の名前ですか?」

「歌、今のが歌と言うものか?」

「え? は、はい。歌ですけど?」


 訝かしげな声にファラクも気付く。歌を知らない事は不自然なのだろうと。


「あ、いや。歌と言うものを初めて聴いてな、さっきのが歌というのを初めて知った。良いものだな」


 彼らしくも無く、落ち着きを欠き性急に口を告いだ、彼女の訝かしげな声を聴いた瞬間。説明しなければと、考えるよりも先に声が出た自分を不思議に思いながらであった。


「そうだったんですか。気に入って貰えたならよかったです。もし良かったと思って頂ければいくらかお恵みを頂ければ嬉しいです」


 彼女の足下には「一曲5ルシカ」とかかれた紙が置かれ、隣にカードが置いてある。ファラクがそこにカードをくっつけると。ファラクのカードに5ルシカを送るかどうか表示される。迷わずファラクが実行を押し、チャリンと音が聞える。彼女のカードに5ルシカが移動した音だ。


「ありがとうございます、あなたの為に歌いますね。どんな曲が宜しいでしょうか?」


 ――なるほど、こうしてお金を払えば歌ってくれるのか。


 だがファラクは歌って貰うよりも気になったことがあった。

 笑顔で口を開いた彼女はファラクの方を向いていた。


 だがその視線はファラクを捉えてはいない。彼女の瞼は歌っている間も、そして今こうしてファラクと話している間も一度も開いていない。


「その目、どうかしたのか?」


 予想していた返答が返ってこなかった為か、彼女は瞼を閉じたままファラクの顔を見るように顔を上げた。


「私は目が見えないのです、気に障ってしまいましたか?」

「いや、そういうわけではない――リクエストだったな、俺は歌の事が全く分からないんだ。さっき歌ってたのをもう一度お願いできるか?」

 

 そういう事もあるのかとファラクの言葉。少女は気を悪くした風もなく、にっこりと微笑むと再び歌いだす。

 ファラクはその声に意識を奪われ、その歌い手である彼女を見つめていた。


 真っ白な長い髪を揺らし、歌う彼女はファラクの胸に暖かいものを落とす。美しい、そう感じているのだが、このときのファラクは気がついていなかった。


 彼女の着るそのドレスは小柄な彼女にはやや大きく、元は純白であったのだろうが所々すすけている。そして彼女の肌も泥がついている。何度かこけたのだろうか。


 そんな彼女に近づくものはいなかった。実際歌を聴いてるかどうかは分からないが、彼女の傍にはファラク一人。


 遠くにはあんなに人がいるのに。

 何故みんな聴かないんだ?


 薄汚れた彼女に対する忌避感、それに広場の大道芸にあまり意識を払っていないというのが主な理由なのだが、ファラクには分からない。


 それにしても……


 森の中で目を覚ましその景色を見た時よりも、その感動は大きく、ファラクの心は揺れ動く。


「ご満足頂けましたか?」

 歌い終えた彼女がファラクの方を向き、おずおずと訪ねた。

「あ……あぁ。凄いな」

「え?」

「なんと言おうか。そうだな、今まで生きてきて一番感動したぞ」

「そんな、大げさですよ」


 やや困惑した表情で少女は告げる。


「いや、本当だ。良ければ何度でも聴きたい」

「ありがとうございます、私は大体毎日ここで歌っていますから、良かったらまた聴きに来てくださいね」


 歌を褒められて上機嫌になったのか。彼女は微笑む。


「分かった、毎日でも聴きにくる」


 心の底からの言葉を述べ、彼女の歌声の余韻を残したまま、ファラクは家路についた。我知らず、そこから移動することに抵抗を感じながらも。


 ファラクの仮住まいとなったオルフェウスのギルドに戻るとエヴァンが声を掛けてきた。

 相変わらずギルドの中は閑散としている。シンディがソファーに寝そべりながらお絵かきしている。視力の良いファラクには見える。何やら真っ黒な頭部を持った物体が暴れている絵らしい、それ以上はファラクには解析不可能だ。シンディ恐るべし。


「今日は遅かったですね」


 シンディに注視しているとエヴァンが尋ねてきた。向き直り、答える。


「ああ、広場で歌を聴いていたんだ」

「そうでしたか」


 エヴァンに問われ、広場であった彼女をファラクは思い浮かべた。

 歌を聴いたのが初めてであったが、あれは相当なものだとファラクは感じていた。比喩なくあれだけの感動を味わったのは生まれて初めてなのだから。今思い出すだけで自身の気持ちが浮き立つのが分かった。自然と口元に笑みが浮かび、目を閉じれば彼女の美しい声の余韻が今でも耳に残ってるような気がした。


「さて、それでお仕事の方はどうでしたか?」


 エヴァンの眼鏡が光る。彼がお金の話をするといつも眼鏡が光るのだ。一種の特殊能力だろうか。


「あぁ、上手く行ってる。明日も行ってくる それと夜にできる仕事があっただろう? あれを今からやりたいんだができるか?」


「こちらからもお願いしたいくらいです、私ももっと仕事が出来ればいいのですが……」

「気にするな、体力なら有り余っている」


 それなら大丈夫ですね、とエヴァンが笑う、エヴァンの目には隈ができ、元々色白の肌がさらに白くなっている。


 無理をしている。


 ファラクの目にもそれは明らかだった。


 ファラクがマリーと共に向かった盗賊退治の賞金は全額手に入れる事ができなかったので、借金完済までの金額まで足りていないのだ。少しでも借金を埋める為にエヴァンは夜遅くまで依頼をこなしていた。ファラクもそれに習い夜も働く気でいる。


「それにしてもファラクさん、マリーと喧嘩でもしたんですか?」


 眼鏡を外し、鼻梁を指でもみほぐしながら訪ねるエヴァン。


 エヴァンがそう察したのも無理はないとファラクも思っていた。昨日の盗賊退治の一件以来、マリーが思い詰めたような表情をするのだ。


 それゆえ、ファラクと何かがあったのかと考えたが、当のファラクは何事もなく返す様子をみて当て外れたかとエヴァンは考えた。


 マリーは一人で賞金を稼ぎにいった。昨日稼いだ7500ルシカでは借金完済までは行かない。残る2500ルシカを7日以内に稼ぐ必要がる。ファラクが日に複数の依頼を請ければ何とか間に合うであろう見通しではあるが、不測の事態に備え、マリーも残る7日間を独自に動くことにしたのだ。


 ファラクは知らないがマリーはその間一人で考えを纏めようと意図していたのも理由の一つだ。


「いや、何もないさ」


 マリーに言われた通り、他の者には昨日の一件を言わないようにしている。話せばファラク自身の出自を語る事になるのは間違いない。それは今の所避けたい。


 だからファラクは素知らぬ顔でとぼける。

 演技などしたことはないファラクだが、幸いにしてエヴァンは気がつかなかったようだ。


「マリーの事ですから多分大丈夫ですけどね、狙う相手も小物ですから恐らく大丈夫でしょう」


 眼鏡をかけ直し。告げるエヴァンの言葉とは裏腹に、その表情は心配げだ。エヴァンは良くマリーを気に掛けているような気がしている。それが何を意味するのかファラクには分からないし、今の所さして興味を持っているわけではなかったが。


 そんなエヴァンは、ファラクからカードを受け取り、夜の依頼をカードに入力して行く。夜の仕事は総じて依頼料が割増しとなる。その為、今のファラク達の状況からいえば夜の依頼は外せない。


「用心棒の仕事です。酒場での荒事を解決するお仕事ですね。場所はここです」


「分かった、それじゃあ行ってくる」


 示された場所を覚え、早速とギルドを出るとファラクは再び依頼へと赴いた。


 薄暗いホールの中でファラクは一人テーブルで酒を呷っていた。

 酒場の主ポーラに依頼を受けたことを伝えるとテーブルに案内され酒を呑んでいる。彼女が言うには他の店よりも出せる依頼料が少なく、なかなか用心棒を雇う事ができなかったと。通常であればある程度の実力を見たいが為に評価値を見せる必要があり、またその見た目も重要な要素だ。


 ファラク自身の身なりや顔からは屈強そうな雰囲気は微塵もないのだが、背負ったツヴァイハンダーの為か、はたまたポーラの性格ゆえか評価値を見せずにすんだ。

 

 そうして酒を飲んだことがない告げると、呑んでみなさいとポーラに差し出されたのだ。

 からんと、氷の奏でる音が楽しく、注がれたウィスキーなる酒もファラクには美味いと感じるものであった。


「どうだい、美味いだろう?」

「ああ、美味いもんだな」

「ボトル一本くらいなら開けてもいいよ」

「いいのか?」


 この男はなんでもそうなのだ。美味いものには目がない。


「ああ、それでうちの馴染みになってくれるか、用心棒として居座って貰えるなら安いもんだよ」


「そうか、じゃあありがたく頂くとするよ」


 存外に気に入ってしまった酒をゆっくりと呑んでいるとファラクの耳に歌届く。

 思わず一人の女性の姿が思い浮かび、咄嗟に振り向く。

 だがその想像とは違う声、顔を目の当たりすると思わず肩を落とした。


 ――どうして俺は残念に感じているんだ?


 自分の感じた気持ちに説明がつかず。戸惑ってしまう。

 ふむ、と気を取り直して。ウィスキーを飲み、歌声に耳を傾ける。

 やはり歌と言うのはいいものだ。


 そう思うが少し物足りないものもある。あの少女から感じたそれよりも気持ちの動きが薄い。あの少女の歌声はファラクの胸に染み渡るかのように広がったのだが今の歌はそれほどでもない。

 それでもファラクは歌を楽しみ。酒を飲み。用心棒の仕事を無事こなすのだった。

 

 三日ほどファラクは同様の仕事をこなす。

 ここ数日のファラクの動きは全く同じだった。

 朝から肉屋で働き夜は用心棒。

 だがその間。移動をするまでの間必ず広場に赴いていた。


「今日も来てくれたんですね」

「ああ、今日も聴かせてほしい」


 ファラクが5ルシカを支払い。チャリンと音がするのを見計らい、彼女が歌う。


 夜、用心棒の仕事で時折ステージで聴くそれとはやはり違っていた。


 ――俺は彼女の歌が聴きたいんだな。


 心臓がドクンと大きく跳ねたような気がした。まるでそうだ、それが正解だ。そういうように。

 だが感情は悪いものではない、アレスと対峙した時にも心臓が大きく跳ねた事がある、だがその時に胸を突く慟哭の様な動きとは違い、胸中に暖かいものが広がる。悪いものではない。もっと味わいたい、そうファラクに思わせる何かがあった。

 

「どうでしたか?」 

「ああ、今日も君の歌を聴けて嬉しい」


「大げさですよ、でもありがとうございます、私なんかの歌を毎日聴きに来てくれるのはあなただけですよ」


「ファラク、だ」


 あなた、そう呼ばれて思わずファラクは名乗っていた。

 ファラク自身自分がどうして急に名乗ったのか定かでは無かった。普段の彼であれば考えてから言葉を発する。

 それが今回は――と言うより彼女に対しては考えるよりも前に口を告いでしまう。気がつけば名乗っていた。


 不思議な事もあるものだ。そうファラクは考えながら彼女の顔を見る。


「レーメです。ファラクさん」


 返ってきた言葉。レーメ、それが彼女の名前だと少し間を置き理解する。


 瞼を閉じたまま。だがその顔は優しげに微笑んでいる。

 その笑顔をファラクはしばし見つめる。


 まただ。

 未だ名前の知らない、胸がひりつくような感覚を得て。ファラクは自問自答を繰り返す。


 なぜか?


 やはり答えはでなかった。

 この感情はなんなのか。ファラクは自らの変化を見極る為、今暫く彼女の傍に居ようと考えていた。

 

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