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無垢の凶行

 人とし生まれ、半月程経つ。

 ファラクが目を開けると、映るのは見慣れた景色。

 ではなかった。


 些か違う風景は、ファラクの思考を一瞬奪う、とどのつまりは、マリーの家では無いと言うことだ。


「ギルドで眠ったのだったか」


 ゆっくりとソファーから身を起こし、ソファーへ座り直す、誰もいないその部屋での生活は、新たな一歩を踏み出したファラクには相応しい……のだろうか。


 寝ぼけ眼で欠伸を一つ。

 ファラクは昨夜の事を思い出していた。

 正式なギルドのメンバーとなり、動き出した訳ではあるのだが、アリシアはいなくなりマリーの家で二人っきり。


 どうもそれは外聞が悪いらしいと言う話となった。

 曰く、女に食わせて貰うのは情けない。

 曰く、女の家にお金も入れず入り浸るのは――うんたらかんたら。

 とどのつまりはヒモ、それは良くない事とエヴァンは告げた。

 そうして家が見付かるまではと、ギルドで寝泊まりする事となった。


 今は使われていない医務室のベッドやらシャワールーム。バーカウンターの裏にある調理場等、生活に必要な物は揃っているのが幸いである。


「腹が空いたな」


 ぐぅぅっと腹が吼える、もそもそとファラクは動きだし、調理場にある冷蔵魔法が施された箱――魔冷箱を開けた。


「何もない……な」


 さすがは極貧ギルド、少数精鋭の名に恥じないのである。


 見事に空っぽな箱の中をみて、ファラクはため息をつくと外へと出る。


 盗賊退治に出かけるのは夜、準備はマリーが済ますらしく出発する昼まで時間はある。


 朝っぱらのこの時間、ファラク一押し? となった肉屋はまだ開店していない。


 小鳥がさえずり、天晴の空は気持ちが弾む、朝の空気が美味い。

 どうも俺は、この天気が好きらしい。天気のえり好みができはじめ。上機嫌で空を見上げながら歩く。


 等間隔の石畳み、舗装されたその道はブーツで歩けばこつこつと音が鳴る。そんな所も些か気に入っていた。

 だが、盛大に腹の音ががなり立てる。


 項垂れた。

 何もない所で一人喜んだり、俯いたり。

 そんな様子が可笑しかったのか、

 くすくすと笑い声が聞え、ファラクがそちらを向く。視線の先には一人の女性が佇んでいた。


 ショートカットに素朴な印象。愛らしいと言えるだろう。カフェエプロンを装う姿から、背後に控えるカフェの店員と見える。


「あ、ごめんなさい! 笑ったりしちゃって」


 盛大な笑顔を向け、ファラクも返す。


「笑って貰えたのならいいさ。だが腹が空いてしまってな」


 お腹を押さえながら悲痛な面持ち。訴えは本気だ。

 この世の終わりかと、そんな顔で告げる大げさな男であった。


「じゃあ、うちで朝食を食べていきますか?」

「何かあるのか?」

「朝はカフェなので、サンドイッチと言った軽いものしかないですけど」

「十分だ、まだ外食をした事がなかったからな、楽しみだ」

「はい、私はクレアです。いらっしゃいませタレイアへ」

 

 外食をした事がない。その言葉が誤解を生んだ事にファラクは気がついていない。


 クレアが心の中で「貴族きたー! 玉の輿のチャンス!」等とガッツポーズを取るのは仕方が無かったのだろう、何せファラクの服を選んだアリシアは、歴とした貴族。選ぶ服は貴族基準。


 服装に疎い冒険者達とは大違い、全てアリシア好みに仕立て上げられていた。


 その黒皮のジャケットや、ナイフベルトの細やかな装飾、彼のやや長い黒髪と黒目、その長身と服装は外見に威厳と高級感を与え、印象は完全に金銭に余裕のある男だ。実際の本人は玉の輿に値するようなお金どころか、家すらない貧乏人なのであるが。


 当然そんな理解の齟齬に二人は気づく訳もなく、ファラクは店で食事を取る合間、クレアのアタック?に気がつくこともなく話しながら過す。


 開いたばかりのカフェ内は、まばらな客で暇であったのだろう。隙を見ては話しかけられた。勘の良い男なら気がついたのだろうが、男女の事など理解所か見聞きすらしたこと無いであろうファラクは、単なる話好きな女なのだろうと知らず知らずのうちにクレアのアタックを躱し続けていた。

 

「遅い」


 ギルドへと戻ったファラクに告げられた第一声。


「早起きとは珍しい事もある」


 怒られた。


 ――何故不機嫌になるのだろう。


 分からないが話を変えた方がいいだだろうとファラクは不機嫌なマリーから逃れる為にも、エヴァンに話を振った。


「それで盗賊退治と言うことだが、どこへ行けばいい?」

「賞金首のギムリンは南西にあるワラビネ村近辺に出没するらしいですね、その近くに拠点があるのでしょう」

「そうか、ではその辺りを探して退治すればいいんだな?」

「ええ、簡単ではありませんが、頑張ってください」

「分かった、マリー行こう」


 マリーに声をかけ、ファラクはマリーを連れて旅だった。



◇◆◇



 太陽が真上からその恩恵を与える頃、最も人が活発に動き回るであろうその時間。


 この時間であれば村人は畑仕事に精をだし、子供達が村の中で走り回り、母親達は外で洗濯をする。


 村ではそれが当たり前の風景だ。


 だがそんな時間であるにもかかわらずその村の中は閑散としている。


 盗賊達の度重なる襲撃に村は疲弊していた。

 重い空気が漂い、時折目に触れる男達の目には力がない。


 諦めているのだろう。


 盗賊は人から魔石を吸収する。殺し、奪う。名が売れる程長く活動してきた盗賊は殺した人から魔石を吸収し、尚も強くなる。村人が相手取れるものではない。


 では盗賊退治の依頼ができるか。

 答えは否だった。 


 討伐依頼、それも盗賊への依頼は依頼そのものの危険が跳ね上がる為高額であり、さして裕福でも無い村で依頼に出せるようなお金はない。


 残念な事にこの村。集落と行って差し支えがないであろう程の規模。そんな村に依頼を出せる程の蓄えはない。


 だが、ギムリン盗賊団。彼らはそれなりに有名であったのが僥倖であったのだろう。


 ――だからこうして討伐がくる事もある。私達みたいに。賞金目当ての人達がいるから。うん、きっとそれは幸運な事だと思う。盗賊達がまだ有名でもなくて……懸賞が掛かるほどでもなくて。もしそうならきっと彼らを助ける者なんて現れなかったから……

 

「これは相当だな。絶対に助けないとな」


 イリスの思考を止めたのはアレスの声だった。

 赤い髪をした男、アレスをイリスは見る。


 ――ギルド、プロメテウスの有望株。強い。正義感が強い。曲がった事が嫌い。そう聞いている。


 聞いているというのも、ギルドプロメテウスは大世帯、イリス自身アレスやその相棒であるエルダと組んだことはない。


「ええ、そうね。盗賊に虐げられている彼らを助けないと」


 答えたのはエルダ。長い金髪を揺らして。手に持った槍に力を込めてるのが分かる。


 ――本当に怒ってるんだ、そう見える。


 でもそれは本当に?


 イリスからすればこんな事は日常茶飯事。世界の何処にでも見られる事。


 二人からの憤りは本物、それは分かる。だがイリスから見れば白々しいとしか思えなかった。


 ――どうして他人の為に怒れるの?


 イリスにはそうとしか思えない、いや、常日頃のイリスであればそれもできたかもしれない。だが今のイリスにそこに気持ちを向けられるだけの余力は無い。

 

 ――今回こそ……上手くやらないとだよね。


 失敗すれば後はない。だから[依頼]ではなく[賞金狙い]なのだ。失敗してもお咎めはない。依頼の失敗。それはギルドの面目を潰す形になる。依頼の失敗が続けば干され、除名もある。そして個人情報は管理されている。依頼を何度も失敗するような者であれば他のギルドに行こうとしても一発でばれてしまう。ギルドに設置されている魔具で管理され、他の所へと登録へ行こうともその情報が邪魔をする。

 

 だからこその賞金狙い。ギルドマスターの判断を仰がずに賞金首を狙う。それはつまり身の丈に合っていなくても誰もサポートしてくれないし、失敗は死に直結する。そういう事。だがメリットもある。名声。名が売れればギルドで干される事もなく、名指しで依頼が入る事もある。元々賞金がかかる程の相手。高額な賞金。ハイリスクハイリターン。ギルド活動での最も危険な仕事の一つだ。本来であればやりたくはないが目の前にあるイリスの現実を考えるとそうもいかなかった。


 自分の進退が掛かっている、自然とイリスの使う弓を持つ手に力がはいる


 ――そう、もうこれ以上の失敗はできないんだから。じゃないと笑われちゃう……


 一人で仕事となってからは失敗続き。これではあの人に顔向けできない。今はもう隣にいないあの人が今の私を見たらどう思うんだろう……そう思うと力まずにはいられない。


「イリスも怒っているようだな。無理もない。酷いもんな」


 手に力を込める様子を察してアレスが声をかけてきた。手に力が入った理由は彼らとは違うのだが。


「う……うん。そうだね」


 ――上手く笑えてるかな?


 まだ辛い気持ちは心に残っている。その上今の自分の状況。それを考えると心に影が落ちる。


 ――いけない……気持ちを切り替えないと。今度こそ失敗できないから。


 その後の沈黙をアレス達は良い風に解釈してくれたのか。アレス主導の下で村長の家を訪ねる。


 閑散とした村の雰囲気を代表するかのように村長の顔には影がさし、その頬はこけていた。


「あなた方も盗賊退治に?」


 言葉にも、その瞳にも期待が見える。


 あなた方も。


 そう言ったのだ。村長の家には先客がいた。恐らくその二人とイリス達三人。人数が増えて可能性が高くなった。そう考えているのだろう。イリスとしても願ってもない事だ。イリスとしては仕事を成功させる。それが一番の目的だ。自分自身が参加し、成功した。それが大事な事なのだから人数が増え、成功率が上がるのなら願っても無い。


「そうだ。そこの二人もか?」


 アレスが代表して答え。三人はその一組の男女を見る。


 女性の方は強いだろう。一目見てイリスは感じた。

 恐らくは魔人。魔人になった者はそれ相応の空気を身に纏う。恐らく彼女は魔人の筈。


 ――これは期待出来そう。


 目線を右に動かす。

 女の隣。のんびりと立っている一人の男。


 男にしては長めの髪がぼさぼさに伸び、どこかのんびりした印象がある。


 ――こっちは駄目かな?

 

 隣に立つ女のような空気は微塵も感じられない。その整った顔からはどう見ても荒事を経験してきたようには見えない。柔和で険のない顔だ。


 あまり期待できなさそう。見習いか何かなんだろう、そうイリスは感じ足手纏いにだけはなって欲しくないと願う。


「なぁ、あんたら、協力しないか?」


 アレスのその言葉にエルダは頷き、声を掛けられた女性が腕を組み考え込む。男は聞いてるのか聞いていないのか、ただずっとイリスの方を見ている。まっすぐに見つめてくるその視線は少々気まずい。


「ファラク、どう思う? って何を気にしてるの?」


 魔人と思われる女が呑気な男に声を懸ける。


「ん? いや、彼女。耳が長いぞ?」

「あぁ、彼女は妖精種のエルフ族よ。耳が長いのが特徴ね」


 ほー、っと頷きながらイリスを見てくる。目をそらさず真っ直ぐに瞳を見つめられ少し気まずい。

 

 隣にいた女が白い目で男を一瞥した後、ため息をつくと、ガンっとファラクと呼ばれた男の臑を蹴った。


「痛いぞマリー」


 全く痛そうにしていなかった。割かし、というよりかなり強烈な一撃に見えたのだけど意にも介していない。鈍いんだろうか。


「痛いぞ、じゃないわよ。あまり女性をジロジロと見るものじゃないわよ」

「そうか、分からんが、分かった」

「どっちよ?」

「何故そうなのかは分からんがあまり見ては駄目な事は分かった」


 腕を組みながらうんうん、頷いている。


 ――何なのこの人達?


 訝かしげに見ているのに気がついてきたのだろう。やれやれとため息をついていた女が説明するように答えてきた。


「全く、あぁ、ごめんね。彼、あまり世間を知らないのよ。不思議ちゃんだと思えばいいわ。私はマリー、彼はファラクよ。で、ファラク。どう思うのよ?」


 世間とかそういう問題では無いような気がするが口には出さなかった。


「協力すれば賞金はどうなるんだマリー?」

「まぁ山分けね。その辺りは話し合いだけどグループで山分けになるか一人当たりで山分けになるか……」

「なら協力すれば借金が返せなくなるな、しない方がいいんじゃないか?」

「そうねぇ」


 マリーがアレス達三人を見る。


 ――この人雇い主か何か? 明らかに実力の劣る方に意見を合わせようとしている……それにしても……


 雰囲気は素人のそれ、だがファラクと紹介されたその男の瞳が少し気になった。ほんの、本当にほんの僅かに気になったに過ぎないが、深い瞳。まるで吸い込まれそうな……


 今度は自分がじっと見ていたことに気がついて、イリスは目を背けた。


 怪訝そうにファラクが首をかしげる。

 ともかく、この二人の関係は不明だが、マリーと呼ばれた彼女はファラクを主体に動くらしい。


「まぁ何にせよ、ちょっと事情があってね、ちょっと協力はできそうにないわね」


 言葉に嘆息しながらアレスが答えた。


「そうか、残念だが仕方がないな」

「ええ、競争ね。私達はもう話も聞いたし、行きましょう、ファラク」


 マリーとファラクが外へ出て行く。


「あの、大丈夫なのでしょうか?」


 取り残された4人の内、この家の持ち主である村長が不安げに声を漏す。


「大丈夫です。盗賊は私達が必ず倒しますから、それに協力関係がなくてもお互いの邪魔をしないのがギルドの不文律です」


 アレスが心配させまいと村長を元気づけるかのように告げ、エルダも頷く。


 あのマリーと名乗った女性の助力が無いのは痛いが、そもそも三人でこなそうと思っていた依頼である。特に問題があるとは思えない。


 村長から話を聞いて、イリス達は討伐のために荒野を行く。村からさらに西へと進んだ先にある廃村を占拠しているらしい。


 剣士であるアレスが先導を取り。槍使いのエルダがその後ろ。最後尾に弓を扱うイリスが続く。


 舗装はされていないが、道なりは一本道で森にはいる必要が無いのは幸いであった。先に行ったあの二人がどうしてるか分からないが先に行ったのであろう。


 一歩一歩、盗賊達に近づいていくと思うと、イリスの持つ弓に力が籠もる。


 もう失敗はできない。そう考えれば考える程イリスの気持ちを縛り、表情を硬いものへと変えていく。


 道中、アレスとエルダは魔物や獣の警戒をしながらも会話を弾ませている。そんな二人を見ながらもイリスは暗くなった気持ちを払拭できず下を向いて歩いていた。


「なぁ、大丈夫なのかお前?」


 不意にアレスが振り返りイリスへと訪ねる。


「え……あ、うん大丈夫。ごめん、心配させちゃったよね」


 イリスは表情を無理矢理に明るいものへと変え、努めて明るい声を出す。アレス達が事情を知っているわけでは無いが、道中一人元気が無いことは気がついてのだろう。エルダが何度か心配して声を掛けてくれたが、つい強がってしまう。


 なんとか気持ちを持ち直し、二人について行くと遠くに村が見えてくる。


 盗賊達のアジト。


「あれが、盗賊達のアジトだな」

「行こうアレス」 


 エルダが槍を構え、アレスが剣を抜き放つ。

 既に村が見えている。盗賊達は警戒しているだろう。

 イリスは弓を強く握り弓を構え廃村へとはいっていった。



 ◆◆◇



「なぁマリー」


 息を潜めて森から観察していたファラクは、同じように隣で隠れているマリーに声をかけた。


 マリーは答えない。苦虫を噛みつぶしたように渋面を作り、目の前で起っている出来事を見ている。


「おい、どうしたんだ?」

「あいつらと組まなくて正解だったけど……これはあまり良くないわね」

「ふむ、引っかき回されたという所なのか?」

「ええ、隠れて様子見をしようと思ってたけど……ずいぶんな自信ね……あの赤い髪の男がリーダっぽかったけど。まさかあんな風に突撃していくとは思わなかったわ」


 マリーが驚くのも無理はなかった、未だ相手の戦力も分からない内にあの三人組はなんの策も無しに突撃して行ってしまったのだから。


 彼らの雰囲気からして、ただ者では無いと言うことは分かっていた、自分と違い魔人にまではなっていないだろうが、それでも強者の雰囲気を醸し出してはいたし手に持った武器は相当なものだった。


 そんな彼らがただ正面突破を図るとは思ってもみなかった。よほど自分達の力に自信があるのだろう。性格の違いもあるのだろうが、情報もなく動くのはマリーには考えられなかった。

 

 そんなマリーとファラクは近くの森に隠れ、盗賊の数を把握しようと森に身を潜めていたのだが、後手に回った事は確かだ。


「まさか策も何もなく突っ込んでいくなんてね……」


 あの三人はただっぴろい道から歩いてきたと思えば真っ直ぐに盗賊の廃村へと足を運んでいった。そんな広い道から歩いてきたのだ。盗賊達にも簡単にばれる。当然警戒態勢が敷かれ。それを見た三人はアレスを先頭にして廃村の中心に駆けていったのだ。


「そうか、あれらが突撃したから警戒もあがるのか?」


 マリーの嫌そうな声にファラクが結論を叩き出した。


「ええ、あいつらが死んでも別に構わないけど、やりづらくなるのは確かよ」 


 厄介な事をしてくれたとため息をつくマリー。

 そんなマリーの呆れた顔を眺めながらファラクは一人考える。


 この状況で頭目を打ち倒すには。


 勿論あの三人がいくら強かろうとも、ファラク達が出し抜かねばならない。ファラク達には頭目を倒した賞金が必要なのだから。彼らがあのまま頭目を倒す事も、逆に彼らが倒され警戒態勢が引かれるのも都合が悪い。


「なら今の状況を利用するしか手は無いか?」

「というと?」


 マリー自身も考えている事はあるがファラクに続きを促す。


「あいつらが敵と戦って注意を引きつけている間に頭目をやればいいのだろう?」


 目を瞑りマリーが考える。


「そうね、それが一番かもしれない。後は頭目がどこにいるか分かればいいのだけど……」


「それは手分けして探すしかないんだろう」


 賞金首ゆえに顔が割れているのが助かった。顔も分からなければ探しようが無かったであろう。


「じゃあ彼らが暴れてる間に手分けして探しましょう。連絡の取り方はもう分かった?」


「カードに魔力を通してマリーの顔を浮かべる。だろう?」


 そういってファラクがカードを取り出す。カードの裏面には新たに刻み込まれた魔方陣が浮いている。魔法屋で刻んで貰った生活魔法の一つだ。遠く離れた者とでも会話ができるようになる優れもの、月単位の更新で魔法屋はぼろ儲けだそうだ。因みにカップルで申し込めば安くなるらしい。


「ええ、何かあればすぐに連絡を。特に頭目のギムリンは強いわ、一人で勝てるかどうか分からないからね、一人で立ち向かう事はしないように」


 マリーはファラク一人でどうにかなるかは疑問に思っている。ファラクの成長は著しいし、現状の彼の評価値は並々ならぬものがある、けれど経験は別だ。剣も魔法も、彼はまだ一度も実戦を経験していない。これが初めての戦いであるのに無茶はさせられない。幾らファラクであろうとも初めての戦いでそこまで要求する事はできない、ファラクを補助に、マリー自身がギムリンを討ち取る事を考えていた。


 ファラクとマリーが視線を交わし、頷き合うと、二人は駆けだした。

 

 ◇◆◇


 びぃぃん、と矢を放った反動で弦が震え音が耳に届く。放った矢を見ることもせず、イリスは再び矢を番える。


 目の前では絶え間なく剣戟が響き渡る、イリスの目の前ではアレスが剣を振るい、エルダが槍を持ち突き放っている。


 その前衛二人の目の前には敵が五十程。

 アレスやエルダの実力からすればたわいないものであった。


 その赤い髪の様に烈火に猛撃を加えるアレス。

 防具をものともせず、防具ごと穴を穿つかのように、槍を螺旋に捻りながら突放つエルダ。


 彼らはプロメテウスでも期待の新人。プロメテウスにはいったときからタッグを組んでいる若いこの二人が、どこでそれだけの力を付けたのかは分からない。


  だが、イリスの目からみてもかなりの腕前であると知れた。手にもつ武器も相応のものなのだろう。アレスの振るう剣で敵の剣を容易く折り、エルダの持つ槍も防具をさしたる抵抗もなく貫いている。二人の持つ武器は魔石を使った魔剣や魔槍と呼ばれるものだ。未だ魔法を起動させていない事からまだ余力があるはずだ。


 そう、この二人は強い。盗賊などものの数ではない。とある理由で失敗続きではあったが、この二人の力があれば失敗することはまずないだろう。


 イリス自身も弓の腕前はかなりのものと自負している。彼ら二人の後ろで次々と番えては放つ。速射と言われる技術。他者から見れば狙いを付けている素振りすら見せない程、イリスの速射は早い。

 アレスやエルダの後ろに回り込もうとする盗賊達の頭部を即座に射貫き、一人、また一人と打ち倒していく。


 この三人でなら行ける。


 確かな手応えを感じながらイリスは矢が尽きるまで尚も矢を射続けた。

 五十人ほどいた盗賊達が全て打ち倒されるまでそう時間は掛からなかった。いくらか逃げだしたもの達は放置し、アレスが剣を振り血糊を一息に落とす。


 「行こう、後はギムリンだけだろう」


 アレスの言葉に、エルダとイリスは頷き、三人はまとまりながら先へと進んで行く。


 廃村とはいえ、盗賊達が住める状態へと戻したのだろう。人の手である程度復旧されたその家々を一件ずつしらみつぶし。

 一つ、二つ、と家の扉を開け、中をチェックして行く。

 家の中には奴隷として捕らえられていた者もおり、彼らを解放して行く三人。


 そんな時、外で爆発音が鳴った。

 アレスが剣を抜き、一人外へでる。


 解放していた者をその場で待機させ、エルダとイリスも外へと出た。


 外へと出ると、アレスが剣を持ち、彼女達を見ていた。

 ファラクと言ったか。彼は頭目と思われるギムリンを縛り上げている所だった。


 ファラクが縄でギムリンを身動き出来ないようにその手足を縛り、立ち上がる。それを見計らったようにアレスが口を開いた。


「俺達は五十の盗賊達を倒した」


 彼が高々にそういうのは自慢をしている、というわけでは勿論ない。


 獲物が被り、実際に別々の戦果を上げている。こういった状態では戦果に応じて分け合うのが通例であった。


 だがそれに対する返答は思いもしなかったものであった。

 ファラクが……背負った剣を抜いた。

 獲物を一人締めする者はいる。


 ――この人達もそういう人達なのね……


 イリスは無謀な行動を取ろうとする男を見て、悲しくなる。

 こういった手合いは少なからずいる。主にまっとうなギルドであればそのような事はないのだが、ギルド同士の諍いを覚悟の上であればそういった行動を取る事もある。


 だったら話は簡単だ。同じ結論に至ったのであろう。アレスが口元に笑みを浮かべ、長剣を握りしめる。


 相手が悪い。少なくともここにいるアレスとエルダは一流に届くと思われるほどの技量の持ち主だ。遠からず魔人になってもおかしくはない。


 彼から魔石の成長は感じられない、どう見てもマリーのお供と行った様子であった彼が相手ならアレスが負ける道理はない。


 だがそれの思考は裏切られる事となる。


 目の前でどうみても重量感のある大剣を手にしたファラクが気がつけばアレスの目の前に肉薄していた。


 ――え……? 速い!?


 遠目で見ているイリスの目からでもそう見えたのだ。対峙したアレスからすればどれほどの速度で見えているだろうか。


 唸りを上げて上段から大剣が振り下ろされた、異常な速度で振られるその大剣をアレスが辛うじて受け流す。


 やや体勢の崩れたアレスにファラクが蹴りを放った。咄嗟に左腕で防いだアレスだったが、距離が空き、長剣の間合いから外れる。


 瞬間横薙ぎの一撃。


「調子に……のるな!」


 咄嗟にアレスが身を屈ませ避けると同時、踏み込みながら切り上げる。


 悪手であった。


 ファラクが半身で避けながら大剣を首元へ。


 ――アレスが負けた……?


 思うと同時……次の光景に咄嗟にイリスは目を瞑った。


「待ちなさい!」


 突然響き渡った声にイリスが再び目を開けた。


 そこにイリスの想像した絵は無かった。いや、すんでの所であったと言えるだろう。


 ファラクの薙いだ大剣がアレスの首元で止っている。僅かに当たっているのか、薄く血が流れているようにも見える。


 アレス、エルダ、イリスがその声の主を見た。次いでファラクが剣を下ろし、声の主へと振り返ると、さも何ともないように尋ねた。


「なんだ、どうして止めるんだ? マリー」


 心底不思議そうに、首を傾げながらだ、さっきまで凶行に及ぼうとしていた者の顔ではない、いや、大剣を構えた時でさえ、彼は特に殺気だってはいなかった。


 何の殺意もなく、彼はアレスの首を刎ねようとしていた。


「なんだって、ファラク、何をしようとしてたの?」


 彼女自身信じられないのだろう、目を見開きその声は震えている。


「何って、彼らを倒さねば借金が返せないのでは無いか? 全額でないと返せないのだろう?」

 

 ファラクの言葉にマリーは背筋に冷たいものを感じた。

 ファラクの告げる声、そこに何の意図も含まれてはいない。そもそもが生まれたての素直な男だ。


 マリーはファラクを理解していなかった事に後悔するしかなかった。

 彼は、ファラクはそれが必要であれば容易く人の命さえ奪うだろう。


 ファラクの見た目は少なくとも子供ではない、だがこの世界の事を知らない。世界を背負う竜として生きてきたからこそ、その命の重みを知らない。目的の障害になれば容易くその命を刈りにかかる、罪悪感も忌避感もなく。子供がなんの感慨もなく小さな生き物の命を奪うように。


 現に今目の前で行われかけたのだ。彼の出自、その評価値、成長の早さゆえ気がつかなかったが、彼の心は未だ人ではないまま。それはどんなに恐ろしい事だろう。 


「ファラク、駄目なのよ」


 ファラクの性質に気がついたマリーは内心の焦燥を精一杯隠しながら声を捻り出すように語る。


「そうか」


 ファラクがマリーの内心に気がついたかどうかは分からないが剣を背中に納める。


 ファラクの思想に危険なものがあるわけではない。ただ真っ直ぐに良識ある人間が除外する方法を、今の彼は凶行だとも思わず行動してしまうだけだ。彼の手綱を誤った方向へと向けないように成長させる必要がある。


「おい、どういうことだ?」


 アレスは困惑しながら声を出した。


「ごめんなさい、彼はちょっと、あまりまだ物を知らなくて、手を出したのは謝るわ」

「何か悪い事をしてしまったか。済まなかった」


 マリーの謝る様子をじっと見たファラクがアレスに向き直り、頭を下げた。その様子に。ますますアレスの顔に困惑が浮かぶ。エルダとイリスも動揺だ。有無を言わさず攻撃してきた男が今度は頭を下げている。先程まで凶行はなんだったのか、と。


 「あまり詳しくは言えないけどファラクは人の世とか常識とかまだ理解できていないの」

 「どういう――」

 「ごめんなさい、本当にあまり深く話す訳にはいかないのよ」


 アレスの言葉を遮りマリーが口を開いた。

 そうして頭を下げる。マリーが頭を下げる度、ファラクも頭を下げる。恐らく彼はまだ何が悪いのか分かっていないだろう。元々同じ人種でもなかったファラクには人が同族だと思う意識がまだ芽生えてもいなければ、そもそも世界を背負っていた竜の本能に同族愛があるのかすら分からない。


 マリー自身当たり前過ぎて気がついていなかったのだ。その齟齬に気がついたのが今であったのは運が良かったことなのだろうか。ともかく、彼の出自をこれまで以上に明かすべきではないとマリーは考えた。彼に余計な事を吹き込んで悪事でも行わせれるような者が現れれば、止めるには強大過ぎる。

 

 


 ◇◆◇


 

 イリスはカードにお金をチャージし、安堵の息をついた。

 ギムリン盗賊団を壊滅させ、アレス達と例の二人組と賞金を山分けしたのだ。

 実際にギムリンを捕まえたのは彼らであり、先の凶行を考慮に入れた結果。ギムリンを壊滅させたのはアレス達一行となり、賞金だけ山分けする事となった。賞金首を狙う事はひとえに名誉を得るのが大きな理由だ。それが得られるのならメリットは大きいと考えられる。


 これでイリスの目的は達成され猶予が出来たと言っていい。


 ――それにしても変な人達だった……


 思い出すのはファラクと名乗った男だ。全く強者の圧力を纏わないくせにやたら強い。凶行に走ったと思えば次には素直に頭を下げる。


 その力も頭の中も。イリスには理解ができなかった。どちらにしてもマリーの「詳しく話せない」の一言で、聞き出す事はできなかったのだが。


 ――だけど、まぁ目的も達成できたし。もう関わる事も無いしね。


 まさか彼と深く関わる事になるとは露にも思わずイリスは次の仕事を探すのだった。

 

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