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肉、肉、肉



 ファラクは依頼完了の証明を受け取り、帰路へと着く途中。食欲に負け、串焼きを買う。


「いらっしゃい、ってお昼の人じゃない。また食べるの?」


 ファラクの顔を覚えていたらしく串焼き露天のお姉さんが声をかけて来た。


「ああ、肉とは素晴らしいものだからな」


 腕を組み、しきりにうんうん頷くファラクの様子から心底肉に対する熱い想いを感じる。

 肉一つに底まで大げさに頷く男は珍しい……というより他にいないだろう。


「あはは、気に入って貰えたなら良かったよ、この辺りじゃ見ないけど移ってきたのかな?」

 

 ファラクのような訳の分からない客にも嫌そうな顔なく対応している。優しい女性なのだろう。


「そうだ、オルフェウスのギルドに入った」

「冒険者に見えないけど、そんな剣も吊してるしそうなんだろうね。気に入って貰えたなら贔屓にしてよ」

「毎日でも食べたい位だ」

「嬉しいね、それじゃあ今後の為にも一本おまけしてあげる」


 店員のサービスに気をよくし、また来ようとファラクは決め、支払いを済ました。手に串肉が入った袋を抱えながら、大ぶりな肉に齧りつく。


 そのまま歩いると声が聞えてきた。


「止めてぇ!」


 聞き覚えのある声が耳に入る。


 うん? この声は?


 気になって声のした方へ歩き路地を曲がる。

 そこにはやはり見覚えのある顔が映る。

 周りにいた者を差し置き、ファラクはもぐもぐと肉を咀嚼しながらも尋ねた。


「んぐ……シンディ。どうしたんだ?」


 見れば周りには武器を腰に身につけた男達が四人。

 一見するとだれがどう見ても、幼い子供を大人達がよってたかって悪さをしようとしているのだが、そこはファラク。未だに人から危害を加えられるという経験も無ければ見るからに悪そうな男に囲まれた事もない彼には何をしているのか分からなかった。ただただ彼は肉の旨みに舌鼓を打っていた。頭お花畑である。


 だが、シンディはファラクの顔を見て助けを求めるように走り寄り。ファラクの後ろへと周り込む。


「なんだお前?」


 四人いる男の内一人がシンディの様子を見てファラクへと話しかけた。


「ファラクだ」


 名前を尋ねられたのかと思い、平然と答える。その合間も肉を食べる手は止っていない。幸せそうだ。視線も肉に釘付けである。状況を見て欲しいものだ。


「名前じゃねぇ、どこの所属だよ」

「オルフェウスだ」


 怯えるシンディ。肉を食べ幸せに浸るファラク。男がファラクの答えに人の悪い笑みを浮かべる。


「へぇ、オルフェウスさんの所か、ならあんたも無関係じゃないなぁ」

「そうなのか」


 肉にほぼ八割ほど意識を奪われているファラクはぞんざいに返す。


「ああ、ならお前も無関係じゃないな、借した金を返して貰おうか」

「そうか、借りたものは返さないと行けないらしいな」 


 むぐむぐ、ごくん。


 その場の緊張感等まるで気にせず、ファラクは串焼きを食べ終わると次の串へと手を伸す。


 大変幸せそうである。


「食うのを止めろ!」


 ファラクの対応に激怒した男が手に抱えていた袋をはじき飛ばした。


 あ……


「お前も一員だろう。お前が一万ルシカきっちり耳を揃えて払えば誰も文句はない」


 実際の所返すべき金額にかなりの上乗せがされているのだが、そこはこの者達のやり方、悪びれもせず当初の10倍ほどの金額をファラクへとふっかける。勿論払えないのなら暴力を使って脅すだけだ。


「おい……聞いてんのか?」


 ファラクは呆然と道ばたに散乱した肉串を見ている。


 そしてシンディが怯えて後ずさった。犬系獣人であるシンディは匂いで危険を察知する事ができる。ともすればそれは逞しい男を伴侶にすべく、獣人ならず人にも備わったフェロモンを嗅ぎつける能力に似ているのかもしれないが、濃密な匂いがファラクから発せられたのだ。


「聞いてるのかって――」


 男がファラクの襟元を掴みかかると様子の変化に気付いた。

 一転して重厚な空気を纏いだしたファラクに気づき冷や汗が吹き出し、足が震える。


(こいつはヤバイ)


 借金の返済を暴力でもって促すその男は人種ではあるが魔石も吸収し、それなりに体も鍛えている。そして荒事の中に生きるがゆえ、人の力量には敏感だ。


 まず自分では勝てないであろうと瞬時に予測し、それでも舐められないように、暴力沙汰にならないように先を続ける。


「お前、借金を返してくれるんだろうな?」


 手を離し一歩ひくも、男は力を込めて述べた。


「肉……」

「は?」

「おまえ達はなるほど、お金を返して欲しいというのは分かった――」


 ファラクの背中から禍々しいオーラが放たれた、

 ような気がした。

 そして続けた。

 


「――だが折角の肉を台無しにするのとは話が違うだろう。肉と料理人と俺に謝れ!」


 肉を台無しにされ、人生初めての怒りを覚えたファラクは、目が鋭くつり上がり、強烈な迄の殺気を放っている。


「あ……あぁそいつはすまなかったな」

「あ……兄貴!」


 男の弟分達から声がかかる。彼らは何があっても謝ってはだめなのだ。自らに非があるとは認めてはいけないと教え込まれているのだから。


「黙ってろ!」


 こいつを相手にするのは拙い、そして『肉に謝れ』その言葉がこの男には近づいてはいけないと頭の中で警鐘がなる。そんな訳の分からない事をいうのだ、頭のねじが一本や二本は平気で抜けていそうである。


「オルフェウスさんの所に十日後、顔を出すからな。それまでに金を用意しておけ」


 冷たい汗を感じつつも強がりの言葉。

 そそくさと立ち去ろうとすると、


「まて」


 呼び止められた。


「な……なんだ。まだ何かあるのか?」

「謝ったのは俺にだけだ。まだ肉と料理人さんに謝っていない」


 ずかずかと男まで近づき首を掴むとそのままファラクが持ち上げる。


 その様子に男は驚き。子分達はどよめき。シンディが目を丸くした。


「さぁあやまるんだ」


 地に足がついていない……文字通り。

 ぷらんぷらんと足がゆれ、


「す……すみませんでした」


 男のプライドがこわれた。


 謝るしか無かった。何せ黙っていると徐々に手に力がこもり、びきびきと首がもぎ取れるかと思う程力が込められてきたからだ。


「ついておいで、シンディ」


 肉に謝り半ば放心気味の男を掴んだまま、ファラクはシンディを連れて先程の露天へ向かう。


 どよめく人々、何事だ?

 辺りの者はその男を見た。

 首根っこを掴み歩くファラクの表情は真剣だ。

 首を掴まれた男は最早茫然自失。


 そのままシンディが着いていき。男の子分達は驚愕に我を忘れその場に残った。

 

「さぁ、あやまるんだ」

「ど……どうしたんだい?」

「に……肉を台無しにしてすいませんしたぁ!」


 何が起こったのか分からない露天のお姉さんは戸惑い、男は再び謝罪をする。


 うむ、っとファラクがやりきった顔でうなずくと、


「肉串四本」


 肉を追加した。


「あ……あやまったんだからもういいだろう?」

「何を言っている? ちゃんと弁償と言うのをするんだろう?」

「おま……残りは二本だっただろう……でしたよね?」


 頼んだ本数が増えているのだそれは怒る。


「ん? お礼というのは倍返しというのだろう?」


 マリーの書斎にあった『仁義なき獣人達』の小説を思いだしファラクはさも当然のように言った。


 宙ぶらりんの男は関わった不幸を嘆き。財布を取り出したのだった。


 

 ◇◆◇ 



「どうした、食え? 美味いぞ」


 ファラクは一転してにこやかに肉をほおばっている。幸せそうだ。


 シンディはファラクと串肉を交互に見る。

 恐いとも思ったが、守って貰い、肉まで奢ってもらい、笑顔を向けるファラクが自分を害さないと気付くと嬉しくなり肉に齧り付いた。


「どうだ、美味いだろう?」

「うん!」


 手が自然とファラクに伸び、その手を掴んだ。

 二人で仲良く手を繋ぎながらギルドへと帰った。


 椅子に腰をおろしファラクはエヴァンとマリーに顔を向ける。


「それでその借金をまず返さないといけないわけか?」

「ええ、お恥ずかしい話ですが」

「まさかそこまで悪化していたなんてね、ごめんね私から誘っておいて」

「別にいいさ、ギルドに貢献すればマリーもアリシアも喜ぶんだろうしな」

「ありがとう……」


 騙すような形になってしまった事を深くわび、マリーは項垂れる。


「それでお金が必要という事は分かったが、どれくらい必要なんだ? 

「一万ルシカです。借りたのは千ルシカだったんですが借金が膨らみ、一万ルシカになりました」

「それはどれくらいなんだ?」

「ファラクのツヴァイハンダーが千五百ルシカだったわ。大体千五百から二千ルシカくらいあれば贅沢せずに一月生活出来る位ね」

「ファラクさんが今日受けた依頼だと、畑仕事が四百ルシカ、薪作りの方が百五十ルシカですね」


 エヴァンが補足で説明を追加した。


「そうか、十日後に来ると言っていたが」

「はっきり言うと十日でそれだけ用意するのは絶望的ね」

「ふむ、なかなか難しい状況なんだな」


 三人の難しい顔を見てシンディが不安そうな顔をする。 


「大丈夫よ」


 マリーが安心させる為に頭を撫で、その様子をみながらファラクが口を開いた。


「一気にお金を稼げる方法はないのか?」

「討伐依頼や、試練の塔に行ければいいのですが今の所そんな依頼もありませんね、それでもメンバーに入るお金なのでギルドのお金はそれほど大きくはありません」


 ギルドは言ってみれば仲介所。国に定められた規則に則り、ギルドに残るのは依頼料の内三割程と定められている。


「なら借金を返すまでは俺の取り分は無しでいい、ああ。食事代は欲しいが」


「それは勿論です、ですがいいのですか?」

「ああ、今はそっちが優先だろう?」

「私もそれでいいわ」

「……ありがとうございます」

「それでどうするか、マリー、何か方法はないのか?」


 マリーが考えこみ、一つの方法を示唆した。


「依頼が無くてもできる事はあるわ」

「ふむ、それは?」

「賞金首を倒して報奨金を得るの。魔物や野党、賞金首になった者を倒せば国から報償がでるわ。それに倒したギルドと名前が挙がるから上手くいけば依頼も増えるかもしれない。ただ……」

「ただ?」

「危険が大きいのよ。賞金首になる程の者は皆強いものばかりだし野党であれば罠を利用してくる者もいる」

「ちょっと待ってください」


 エヴァンが話しを止め、ギルドカウンターへと向かうといくつかの紙を持って戻ってきた。


「これが今の賞金首ですね」


 エヴァンが一枚一枚、テーブルの上へと賞金リストを置いて行く。


「これは?」


 内一枚を手に取りファラクが尋ねた。これだけで返しきれるだろうと。


「ギムリン盗賊団の首領ね」

「ああ、こいつだけでいけるんじゃないか?」


 そこに書かれた一万五千ルシカと書かれている。お金を返してあまりある。


「それはそうだけど危険よ、首領のギムリンは魔人の中ランク程度の力と言われているわ」


 事実ならマリーよりも強く、ファラクならば大丈夫であろうが、ファラクはまだ戦闘経験等ない、足下をすくわれる可能性も高い。


「だけど今の所大きな賞金首はそれだけのようだぞ」


 他の賞金額を見てファラクが告げる。十日以内に間に合わせるにはそれくらいしかない。


「そうね……分かったわ、でも無茶はしないこと」

「ああ、それじゃあ明日早速行こう」

「ええ」



 一緒に行くつもりではあったが、ファラクの中で一緒に行くことが決定されていたことに仲間として認めて貰えているようで嬉しくなった。


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