初依頼
「準備はできた?」
「ああ、出来たぞ」
家の中でマリーが尋ねた。
街へ出る準備。これからいよいよ依頼を請けに街にでるのだ。
「場所はこの間行った、プロメシアよ。イメージして」
マリーに言われプロメシアの街並みを想像しながらファラクが魔法陣を描く。今では滑らかに動くその指の動きを見ながら、改めてマリーは成長の速度に驚かされた。
魔法陣へと触れ、光が解き放たれる。
次に目を開ければプロメシア。
潮の香りが鼻をくすぐり。賑やかな街が二人を出迎える。
マリーが声を掛け、二人は再びギルド、オルフェウスへと足を運ぶ。
ギルドへと入るとエヴァンが書面を見ながら羽根ペンを走らせ、シンディが傍で見ている。
「あ、マリーさん、ファラクさん」
助かったと顔に安堵が広がるエヴァン。
「ごめんね、暫く活動してなくて」
「いえ、それで今後良くなる事を思えば仕方がありません」
エヴァンがこなしていたのは依頼で請けた売上計算だ。エヴァンは戦闘は出来ないがこうした依頼を請け、少しでもとギルドに貢献している。とはいえ実質はエヴァンとシンディの生活費の意味合いが強いが。
「今日から私も復帰するし、ファラクも参加してくれるわ」
「それはありがたいですね、それでは幾つか依頼があるので受けて貰えますか?」
「ええ、これね」
マリーが壁に張り出されたいくつかの依頼書を剥がすと、テーブルに座る。
「やっぱり割の良い依頼はすくないわね」
「そうですね、弱小ギルドに入る依頼はそれくらいです」
マリーは依頼を見て肩を落とす。
「どんな依頼があるんだ?」
これから受ける依頼にファラクが興味を持った。
「そうね、薬草採取、狩り、失せ物探し。とこれは農耕の手伝いね。他も似たようなもの。これは試練の塔に入れるのはまだ先になりそう」
「勝手には入れないのか?」
不思議に思ったファラクの問いにエヴァンが下がった眼鏡を正し答えた。
「今のギルドランクじゃ入れないですね」
ギルドを作る事は難しくない、それゆえ一攫千金を夢見た若者達はパーティを組んでギルドを作り、徐々に大きくしていく。だが乱立するギルド全てが試練の塔へと向かえば低階層は人で溢れかえる、その上死亡率も格段に跳ね上がる。そのため一定の功績を残したギルドで無ければ試練の塔へと入れない仕組みになっている。試練の塔へと入れるようになり、そして生きて生還できるようになる者が在籍している事、それがギルド存亡の第一段階だ。
「ではまだその部分に達していない事になるのか」
「今では……ですね。昔は違いましたけど、今はギルドの在籍人数、依頼の成功数、失敗数、捌いた数。そういったもので審議が掛かってギルドランクが最低まで落ちました」
「じゃあまずは依頼を捌いていけばいいんだな?」
「そうです、直接依頼がなくても、依頼を全て捌けばギルド運営委員会から別の案件が回されてきて依頼が補充されたりもします。といっても実質マリーさんとファラクさんの二人だとその量でも手にあまるかも知れませんが」
現状を憂い、エヴァンがため息をつく。
「話は分かった。それじゃあ早速依頼をこなしていこう。マリー、俺はどれを受ければいい?」
「取りあえず全部こなして行けばいいわ。ファラクは私より筋力があるから、なるべく力仕事をこなして欲しいわね」
「マリーより力がある? ファラクさんは魔人ですか?」
「いいえ、ファラクはまだ人種のままだけどもう私より筋力は強いわ」
(というよりほぼ全て負けてるけど)
器用以外全てファラクが上、だが最早ファラクの異常性を見てきたマリーは不思議と悔しさは感じなかった。
「それは期待が大きいですね。それならまずは畑仕事からどうですか? なかなか筋力も必要ですから。マリーは薬草採取がいいでしょう。一緒に狩りもして来れば同時に捌けます」
「そうね、そうするわ」「分かった」
ギルドマスターのエヴァンの意見を採用し、二人は依頼を受ける。
「ファラクさん、カードを出してください」
エヴァンに言われるままカードを出し渡した。
エヴァンが受付台と思われるカウンターへと入って行き。テーブルを埋め尽くす程の巨大な魔石結晶。ファラクからすれば何に使うかも分からないそれにエヴァンはカードをはめると何やら指を動かす。五分程そうやって指を動かすとカードを剥がし渡された。
「これでファラクさんは正式に内のギルドへと加入しました、それと畑の依頼も打ち込んでおいたので確認してみてください」
ファラクがカードへと魔力を通すと文字が浮き出てくる、文字を読めるようになったファラクは今度は自らの目でそれを確認できた。
ファラク 人種 所属国:アルクール 所属ギルド:オルフェウス
魔石:白- 筋力緑+ 耐久:黄色 魔力:黒+ 神経:緑 器用:黄色
ギフト:世界竜
経験:料理:白+ 剣術:黄
受注依頼:畑の手伝い(三日)
「その依頼は三日間の拘束があります。それで三日と注釈が入っている筈です」
「入ってるな、仕事が終わったらどうすれば良い?」
「仕事が終われば依頼主が依頼終了の証明書を渡してくれます。金銭はその時点で受け取る必要はありません。後日ギルドへと支払われた分の内取り分をファラクさんへ支給となります」
「分かった、他に何かあるか?」
「依頼主を尋ねたらカードを見せてください。名前と所属ギルドを知らせる必要があります」
同じ依頼を複数のギルドへと出す者は多い。受けるかどうか分からないからだ。実際にカードに刻み込む事で依頼が受注され、その際同様にギルドに設置されている魔具を通してどこのギルドの誰が受注したか判断し、重複受領を防ぐ。
「他にはないか? 何処へ行けばいい?」
「依頼主は街の南西に住んでる方ですね。ここです」
エヴァンが国内の地図を広げ位置を指さす。
じっとみるファラク。
「地図持って行きますか?」
「いや、頭に入れた。大丈夫だ」
「そうですか、それじゃあお願いしますね」
「ああ、行ってくる」
「ちょっとまってファラク」
「どうした?」
「カード、ちょっと起動させて」
「やったぞ」
目の前に浮き上がる文字を見ながらマリーが横につき、操作していく。
「ここを指でなぞって」
マリーに言われるまま浮かび上がる文字の評価値やギフト名をなぞると文字が消える。
「指でなぞると見せないようにできるのよ、もう一度同じ所をなぞると現れるわ」
何度か表示、消すを繰り返すファラク。
「ファラクの力やギフトは異常だからね。他の人には見せないようにして」
ファラクをかがませ、こそっと耳打ちするマリー
頷くと今度こそとファラクはギルドを出て依頼主の元へと向かう。
初めての依頼に高揚する自分を感じながらファラクはギルドを出て行った。
頭に入れた地図を頼りにファラクが街を歩いて行く。まだ早朝のこの時間、鳥のさえずりが耳に優しく、開店し始めた喫茶店からはパンを焼く良いにおいが漂ってくる。カードの中にはマリーから与えられた食事代が入っている。食欲に弱いファラクはやや誘惑を受けつつも振り払って目的地へと歩いて行く。美味しそうな匂いが匂う度に足が止ったが……それはとにかくさほど時間は掛からず目的地へとついた。
ドアノックハンドルでドアを叩き、暫くすると扉が開く。
「どちらさんで?」
腰がやや折れ曲がった老人が、ファラクを訝かしげにみる。
「依頼を請けてきた。畑仕事を手伝おう」
ファラクがカードを起動し、名前と所属を見せながら答えた。
「おお、やっと受けて貰えたのか。ありがたい」
畑仕事や雑務といった仕事はギルド内では人気がない。冒険者になるような者は皆血気盛んな者が多く、試練の塔に入る依頼や、魔物の討伐を好む傾向がある。その為依頼を出しても受ける者が少ないのが現状だ。
「ああ、だが、畑仕事は初めてだ。ご教授頼む」
腰を折りファラクが一礼する。
「いやいや、冒険者の方ですからな、初めての方も珍しくありません。こちらへ」
老人が壁に立てかけてあった鍬を手に取り杖代わりに歩きだす。
「ここの畑を耕して欲しいのです。今見本を見せますからの」
老人が畑に立つと真っ平らな地面に鍬を振り穴を穿つ。
鍬で土を起こし、横に土を手前に運ぶ。それを何度か繰り返し、畝を作っていく。
「この畝を何列も作って行きます。なるべく段差を高く。等間隔に作るのが良いですな」
老人が何度めかの鍬を振り、息を荒くしながらファラクへと告げた。
「分かった、それじゃあやってみる。その鍬と言ったな。それは何処にある?」
「あの納屋にありますがこれを使えば良いですぞ」
「いや、ご老人、それで体を支えていただろう、取ってくるから気にするな」
「ええ、ええ、分かりました」
気遣いを述べる冒険者など珍しいと老人は顔を綻ばせる。
「さて、じゃあやるか」
鍬を手にし、ファラクが振り下ろした。
最初は力が強すぎ、次は弱すぎた。徐々に力を調整し、ファラク自身どう振れば疲れが減るか、どうすればより早くできるか考えながら鍬を振るう。
十度程鍬を振ればほぼ一般の者と同様に触れるようになっていた。
この調子なら大丈夫だろうとファラクが老人を促し家で休んでいるように言うと老人が家へと戻っていく。
ファラクは一心に鍬を振る。
より早く、より効率よく。
そして三〇分程鍬を振った時気付いた。
これは……
そう思ったファラクは畝を作るべき一列を正面に構え指を動かす。
それはマリーの家に置いて有った生活魔法大全に載っていた魔法。土木や建築を研究した者が作った魔法であった。マリーは必要ではないので覚えていないらしいが、ファラクはほぼ全てを覚えていた。
ファラクが魔法を発動すると、畝を作るかのように一直線に土が抉れ畝を作っていく。
本来は水路を作る為の魔法らしいが、ファラクの想像通り丁度良く土が段になっている。
「うん、これなら後は土をならせばいけるんじゃないか?」
そう判断すると立て続けに魔法を放ち何本もの畝を作っていく。
おおよその畝を作り出した後、ファラクは鍬を使って畝の形を整えていく。太陽が天に昇りきる前にはそれも終わり老人が作った畝と似たようなものができあがった。
「これで大丈夫か? ご老人に聞いて見るか」
ファラクが老人の家を再びノックする。
「どうしましたか?」
「一応終わったと思うんだが見て貰えるか?」
その言葉に老人が訝しむ。
畑の規模と老人の経験がそんなにすぐ終わる筈はないと告げている。少なくとも三日はかかると踏みその日数で申請していたのだ。
謀ってるのか、そう少し不安になる、性の悪いものだとまともな仕事をせずに終わったと言い張るものもいるのだ。
だが、ファラクの顔を覗くが屈託のないその笑顔はだまそうとしているようには見えない。
「ど……どうやってつくったのです?」
目を見開いて驚く老人の目の前には綺麗に整地された畑が広がっていた。
「ああ、水路を作る魔法を応用してその後形を整えた」
土木系の専門職が使う魔法を老人が覚えている訳はなかった。それもそれなりに魔力が必要なので使えるか定かではなかったが。
老人が畑に入りできあがった畝に手を入れ土をチェックする。
「ちゃんとできております。まさか半日でできるとは」
老人が顔を綻ばる。早いにこした事はない。
「分かった、じゃあこれで終了か?」
「ええ、お待ちください。依頼終了の証明書をお渡しますから」
老人が家へとはいり、戻ってくると一枚の紙を渡された。
「これが証明書です。ギルド名はオルフェウスさんでしたね。まさかこんなに早く終わるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「ああ、また何かあれば宜しく頼む」
老人の笑顔に胸が暖かくなりながら、ファラクはギルドへと戻った。
戻ってみるとそこにいたのはエヴァン一人、マリーやシンディは依頼へ行ったのだろう。
「どうしたんですか? ファラクさん? まさか失敗……?」
三日間の拘束にもかかわらず、あまりに早いお帰りにエヴァンの顔が青くなる。これ以上ギルドの面目がつぶれるのは拙い。
「いや、終わったぞ?」
そんな胸中を知らずファラクがあっけらかんと答えた。ほれ、っと完了証明をエヴァンへと渡す。
「た……確かに。びっくりしましたよ」
「ああ、ご老人も驚いてたな」
三日が半日なのだからそれはそうである。
「何にしてもよかったです。この仕事は拘束期間も長い分結構な金額でしたから」
エヴァンの頭は金でいっぱいのようだ。
「ああ、それで時間もあるしもう一つ受ける、何がいいか選んで貰えるか?」
「ええ、これはどうですか?」
「薪を作るのか?」
「はい、冬に備えて薪を備蓄しておく為の依頼ですね、乾燥させるために今のうちに切り倒して保存しておくんですよ」
「薪ならこの間作った。できると思う」
「なら大丈夫そうですね」
エヴァンに依頼を受領して貰い、場所を確認すると再びギルドを出る。
お昼時の時間となったのでファラクは露天で串焼きを購入し、初めてのお買い物も済ますとほくほく顔で串肉を食べながら向かう。
依頼主に会い、案内されたのは森。
それでは薪ができたら呼んでください、と立ち去ろうとする依頼主を「すぐ済むから」と止める。
手頃な木を見つけると、倒れて散乱するであろう場所に薪を積む為の押し車を用意しファラクが剣を抜く。
剣で木を切り倒し、倒れて来る隙に剣で薪を作っていく離れ業を披露して依頼主の度肝を抜かしその依頼も完了となった。
冬を過ごせる分で良いのと、押し車が用意してあったお陰で運搬にも問題はなかったのだ。