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ファラク成長記録~すくすくと成長しました~

 

「魔法は私達の魔石から生まれる魔力を利用するの。世界に満ちるマナに自らの魔力で干渉する事で様々な現象を起こすことを言うのよ」


 マリーがファラクを前にして魔法の説明を始めた。


 今朝早く、またもやファラクは料理を再現した。今度は朝食を再現したらしく、手軽に炙ったパンと卵焼き、豚肉のベーコンをかりかりに焼いたものであった。ベーコン等は火加減にも注意が必要な筈だが、見事な迄に再現されており、どうにも二人はファラクの異常さが気になり始めていた。


 それはともかく、朝食を取った後、三人で外に出るとマリーの講義が始まったのだった。


「そして指先に集めた魔力で陣を描き、マナに干渉するの。対価として自分の魔力を差し出し事でて魔法が発動するわ」


 マリーが空中で指を踊らせ、魔法陣を描いていく。


「問題なのは正確に魔法陣を描けるかどうかよ、ゆっくりでも、早くても、正確に書けていれば発動するわ」


 そのまま空中で魔法を編み上げるとマリーが最後に、手の平でその魔法陣に触れる。


 途端魔法陣の正面に火が灯る。


「これが発火の魔法。魔力を注ぎ続けている間だけ火が灯るの」

「先ほど、自分の魔力を使う、と言ったな。魔力が足らないとどうなるんだ?」


「魔法自体が発動しないわ、魔法の発動に必要なマナに干渉するだけの魔力が足りない事になるから」


 魔力の供給をやめ、火が止ると共に、宙に描いた陣が消えた。


「魔法には様々な種類がある。陣を覚えるのは大変だけど、生活魔法、攻撃魔法、治療魔法。移動魔法……他にも逆にマナを取り込んで体を強化するような身体魔法なんて言うのもあるの、高度な魔法陣程複雑になるから、描くのに時間は掛かるし描く陣で魔法や威力が変わる。器用さと記憶力は必須ね」


「さっきの宙に描いた陣か、そこから離れるとどうなる?」

「未完成なら陣が消えるわ、当然魔法は使えない。だから魔法を使う時は描き切るだけの時間が無いと駄目。設置型の魔法陣なんかならその場に残って効力を発揮したりもするけどね」


 日常生活で使う分には時間はあるが、戦闘ではそうはいかない、マリーの様に魔法に特化したギフト持ち等は後方支援が主になり時間にも余裕がある。


 だがファラクの様に筋力や耐久が先に伸びるような者は前衛型だ。かといって彼の特異性である魔力:黒+を捨て去るにはもったいない。


「じゃあファラク、先ほどの発火の魔法陣はみた?」

「ああ、見た」

「指先に魔力を集めるのはカードの時のように魔力を手、そのまま指先に集めるの。やってみて」


 ファラクは魔力を、右手の人差し指に集中すると指先が薄く光る。


「そう、そのままさっき私が描いた陣を描いてみて」


 言われるままに、ファラクは先ほどの陣を克明に思い出す。

 マリーのように指を振る。

 魔法陣がゆっくりと描かれていく。

 マリーの滑らかな指の動きと違い、辿々しくはある。 

 だが器用さの補正もかかり、精密にそれは描かれていく。

 そのまま描き上げると、魔法陣へと手の平を置いた。


 体から魔力が抜けていく感覚を得ながらファラクは眼の前に生まれた灯火を見た。


「これが魔法か」


 目の前に小さく、しかし自らが生み出した揺らめく炎を見ながらファラクは感嘆の声を漏す。


 その様子を見ながらマリーは内心驚いていた。

 灯火の魔法は生活魔法の一つとはいえ、炎を顕現させる事からそれなりに複雑な陣を描くのである。


 にもかかわらず一度見ただけで成功させる。

 魔法は一度見ただけでは覚えられない。

 それは魔法の得意なマリー然り。


 皆何度も陣を見せて貰ったり、魔法書とにらめっこを繰り返して覚えていくのが通例だ。


(やっぱり世界竜のギフトの恩恵……考えられるとすれば六つの冥府という記述かしら……?)


 料理といい魔法といい、早すぎるとマリーは思う。


 冥府とは地獄の事。人になった今、体の中に地獄を持っていると言うのは考えにくい。


 なら六つの能力でももっているのだろうか?

 マリーは頭を振って考えを消した。


 例えばマリーの持つ魔女のギフト、魔力の成長性を上げ、若干の攻撃魔法に補正がかかると言うものだ。世界竜のギフトも何か能力があるとは思うが、六つもの能力があるのは破格すぎはしないだろうか?


 そう考えた為、それ以上は考えないようにしたのだ。何よりファラクにはまだまだ覚える事が沢山あり、今考えるべきはファラクに教える事だ。


 覚えが良いのならそれに越した事はないと、マリーは頼もしさを覚え、これからの事に期待を膨らませた。


「良いわ、魔法も発動出来たし、今日から私とアリシアが使える魔法は全部覚えて貰うわ」


 ファラクに魔法を教える為、アリシアを呼び、二人がかりで魔法を教えていく。


 手本を見せ、そして実演、反復。

 二人の魔力が空っぽになるまでそれは続けられた。


 それでもファラクの魔力は尽きる事はなく、へとへとになった二人をファラクが労うため、家事全般をこなす事で、生活力もメキメキと上達させる事となった。


 

 ◇◆◇

 


 三日もすればファラクは二人の魔法の殆どを取得していた。

 ファラクの学習速度からすればもっと早く終わっていたかもしれない。


 しかし高度な魔法になればなるほど、必要な魔力は増える。

 マリーやアリシアの魔力が尽きてしまい、日をおく必要があった。


 また、その傍らで、一度覚えた魔法をスムーズに描けるようにと、ファラクは何度も魔法陣を描いていた。


 現在の器用さはマリーに劣る為、速度という点では一歩譲る。

 だが描く度に滑らかになっていく指捌きには目を見張る物がある。


 剣も扱うであろう事からマリーの指示で両手で魔法陣を描けるようにもなった。


 ファラクの性格ゆえか、出来るようになる事、新しい事を覚えていく事。それはいつしか、ファラクの楽しみの一つになっていた。


 覚えた魔法は生活魔法、治療魔法、攻撃魔法に移動魔法が主だ。

 身体魔法等は二人共取得していない為、ファラクには教えられない。


 だがファラクの身体能力では現状必要ないだろうと言うことで魔法書を購入する程でもなかった。


 そんな異常な速度で成長し、世にも馴染みつつあるファラクは、アリシアに連れられ森の中にいた。


 アリシアが「迷子になったら困るから」とついて来たのだ。


 最初出会った時、迷子ではなかったのか?


 などと空気を読まずファラクが告げると、ぽかぽかと頭を叩きながらも付いて来たのだ。 


 森に入ったのは剣を振る為、薪を集める為だ。


 マリーもアリシアも剣は使えない。


 パーティでも組めば二人は後衛になるタイプである。そんな中、剣を教えられる者などいない。


 だから、せめて振り慣れてこればまた違ったものがあるだろうと、森で薪を集めがてら剣を使うように言われたのだが……


「剣、使ったことなかったんだよね?」


 アリシアが呆気にとられながら尋ねた。


「ないな、これも楽しいな」


 アリシアへと答えを返しながらファラクは剣を袈裟斬りに振った。


 最初は確かに辿々しかった。

 枝を立て、切る練習をしたわけだが、最初は切ると言うより力に任せ、枝が吹き飛ぶだけであった。


 それが正解だと思っていたら今のようにはなっていないのだが、アリシアが「剣術が上手な人は飛ばずにちゃんと切れるの」と、そう説明するとファラクは考えながら剣を振るようになる。


 魔法の時とは違い、教えてくれる者がいない中。

 『切る』という正解を求めてファラクは剣を一度振り、また考える。


 そんな事をくり返していた。


 ファラク自身考える事が得意と言うこともあるのだろう。全くそうは見えないが。


 というより何もない場所で、一人世界を背負って来たのだ。ごくたまにある神との雑談以外、ファラクは考える事で過してきた。


 それは最早一種の癖となり、感動や感情の変化があれば積極的に身を委ねようとするが、普段の彼は熟考を重ねる。


 その結果包丁を使ってベーコンを切った事を思い出した。


 引いたり押したりする事で刃物は物を切る。

 それからは早かった。


 最初は剣が生み出す空隙へと大気が急激に戻るように、空気をかき回すかのようだった剣閃。


 それが徐々に洗練されていく。


「切る……切る」


 ぶつぶつとファラクが呟き何度も剣を振る。

 最後の剣閃はまるで、空間を切り裂いたかのように空気が真っ二つに割れた。


 掻き回すかのようだった大気の動きは剣が通ったことが嘘かのように静かに戻る。


 アリシアがその最後の剣閃に目を丸くして見ていると、ファラクが枝へと向かって剣を振った。


 今度は吹き飛ばず、地に刺さった部分が微動だにせず、枝を斜めに切り裂いた。


 そしてアリシアが「剣を使った事がなかったんだよね?」と尋ねたのだ。


 答えたファラクの顔には笑顔が浮かび充足感が見て取れた。


 途端、ファラクは踊るように剣を振る。

 楽しげに。無邪気に、しかし熟達に。


 一度切る動作を覚えれば今度は応用、様々な角度から剣を振り、突く。


 その動きに型は無い、世に広まっているアレイスト流や他の流派の動きとは違う。


 重いツヴァイハンダーを棒きれのように片手で振る筋力があってこそか、様々な角度から剣が振られる。


 アリシアは高度な剣術など見たことは無いが、その動きが洗練されていくにつれ、思わず綺麗だと、陶然と目の前の男を見ていた。


 森の中、木の葉は舞い散り、その剣舞を飾り立て演出していく。

 そんな次第に呑込まれていくアリシアの意識は剣舞を見せた本人によって引き戻された。


「よし」


 素振りに満足がいったのであろう。

 ファラクが剣を下ろすと、一本の大木の前に立つ。

 大気が震えた気がした。


 ぴりっと空気が引き締まったと思えば、ファラクが剣を振った。


 一閃。


 裂帛の一撃が大木を斜めに傾ける。


 その角度からファラクの方へと倒れて行く大木。

 呑込まれる。


 だがそうはならない。


 袈裟に切り、横に薙ぎ、唐竹に。息つく暇もなく倒れて来る木を何度も切りつける。


 瞬く間に木は本来の形を失い、次々と薪へと姿を変えていった。


 ほうっと熱い吐息を吐き、アリシアがパチパチと手を叩いて喜ぶ。


「しまった、アリシア」


 先程までの緊張を生み出した男とは思えない軽い声。木を丸々一本薪へと変え、満足そうにしていたファラクだが、思いついたように言ったのだ。


 キョロキョロと乱雑して地面に転がる薪をみている

 呼びかけられてアリシアも気がついた。


「この薪、どうやって運ぶ?」

「え~っと……どうしよう?」


 一年分ほどはあろうか、そんな大量の薪を見ながらアリシアはこれを運ぶのは骨が折れそうと嘆いた。


 結局丸一日使いファラクは薪を運んだのだった。



 

 ◇◆◇



 

 楽しい時間が過ぎるのは早いもの。

 ファラクの探求心を刺激し続け七日程が立つ。

 そんな早朝の朝。ことことと、台所では鍋一杯のお湯が音を立てている。


 ファラクが朝食を作っているのだ。

 鳥の骨からダシをとるため煮込む。

 その間に三人分の洗濯物を入れた桶に魔法陣を描き水を生み出す。


 さらに追加で魔法を使い、渦を生みだし洗っていく

 右回転、左回転。渦がぐるぐると一定間隔で逆転する。


 ファラクは既に家事全般をこなせるようになり、おおよそ人の社会も理解したであろう。


 そんなファラクは居候はいかんと家事全般をこなしている。


 マリーなどは気にせずあっけらかんとしていたが、アリシアなどは下着を洗われる事に顔を赤くして抵抗した。なぜ抵抗があるか分からない辺り、まだまだ細やかな感覚は不足してはいる。


 そんな彼は朝早くから料理を作る。

 洗濯魔法を使ったファラクは料理に戻り、スープに具を入れ、パンを焼き、ベーコンエッグを作っていく。


「おはよう。ファラク」


 いつものようにファラクの次にアリシアが起きてきた。


「おはよう、もう少しで朝食ができる。顔を洗ってくるといい」

「うん今日の朝食は?」


「レシピ書に載っていたスープを作ってみた。後はベーコンエッグにパンだ」


 七日の間に文字も覚え、簡単な書物なら読む事ができるようにもなった。目下魔法も剣も大方取得したファラクは今では本の虫だ。


「ファラクの料理美味しいもんね、楽しみ」

「それよりその寝癖を直しておいで」


 シルクの様な滑らかなその髪に癖はつきにくいのだが寝てる間に左側だけ内向きに癖がついている。ファラクが笑顔で指さし、アリシアは顔を赤くしながら洗面所へと向かっていった。


 朝食を作り終えた頃、マリーが起きてくると三人で朝食をとる。

 その後、ファラクが居間で本を広げ読書に耽っていると家の扉が開かれた。


 本から視線を外し。入り口を見ると一人の女性。

 メイド服というものなのであろう。また新しいものを見たと状況を考えずほほぅっと唸っていると、メイドは冷たい視線でファラクを射貫く。


「お嬢様はどこでしょうか?」


 冷ややかに告げるメイドを見ながらファラクは不思議に思った。


 マリーやアリシア、ギルドであった面々等は最初から好意的であったので知らなかったが、冷たい態度を取られるのはファラク初めての事である。


 それでも感覚的にあまり良いもので無い事を理解はしつつ、少しだけ育った社交性がファラクに笑顔を作らせた。


「お嬢様とは誰の事だ?」

「アリシア・テーネロイア様です、ここに居る事はもう分かっています。お嬢様を返しなさい」


 家中に響くかという声でメイドが声を荒げる。

 何事かとマリーとアリシアが居間へと来た。


 カチンっと、メイドを見て固まるアリシア。

 むっと、眉を潜めるマリー。


「アリシア様! さぁ帰りますよ」


 二人の様子などいざ知らず、メイドはずかずかと家へと入りアリシアの前に立つ。


 事情の知らないファラクは一人ぼうっと立って三人を見ている。


「いやよ、帰りたくない」


 ファラクの様子を見て取ったアリシアはそそくさとファラクの背後に回りファラクを盾にした。


 その様子にメイドが眉をひそめる。


「お嬢様、皆心配しております」

「ちょっとまって、無理強いするのはよくないわね」


 にらみ合うマリーとメイド。


 ……近い。


 話しの見えないファラクがその様子を見ながら尋ねた。


「よく分からないんだが、何がどうなっているんだ?」 


 ついで、背後に回ったアリシアを見る。


「……えっと」

「お嬢様は花嫁修業が嫌で逃げだしたのです」


 さらに眉間を寄せるも、マリーがファラクに補足した。


「アリシアは貴族なのよ、十六歳を過ぎた頃から結婚する事も多い。特に女は政略結婚が当たり前、それが嫌でアリシアは良く抜け出しているのよ」


 この地、アルクールは公国。貴族の力は強く、貴族内で次の国王を決める。だからこそ有力な貴族と縁をつけておこうと政略婚が主となる。


 特に公爵家ともなれば次期国王を輩出する可能性が大きく、テーネロイア子爵家はアリシアの類い希な美貌を利用し、公爵家に取り入ろうとしていた。


 その為、まだ十歳にも満たない頃からアリシアは早すぎる花嫁修業を押しつけられていた。


「やはりあのとき冒険者など雇ったのが間違いでしたね」

「ふん、アリシアを一生道具のように使おうとするあなた達に言われたくないわね」


 メイドの顔が苦渋に染まる。メイド自身良く思ってはいないのだろうと分かる。だが連れ帰るのが彼女の仕事。


「しかし、男と一緒に住むなど看過できません」


 分が悪いと悟ったのかメイドは矛先を変え、ファラクを見る。

 アリシアがファラクの袖を掴み強く握った。


「そこの男がいつお嬢様の美貌に負け、獣のようにお嬢様を襲うか分かりません。嫁入り前のお嬢様を傷物にされては困ります」

「ファ……ファラクはそんな事しないもん」


 拗ねるようにアリシアが答える。何しろ「もん」だ。

 だが実際の所はその可能性はあった。倫理観の定まっていないファラクは本能に身を委ねる傾向があったため、アリシアに女を感じればその行動に移っていた可能性は高い。


 幸いにしてファラクが他の事に感動し、気が逸れていた為それは起こらなかった。いまでは有る程度人の社会に馴染みつつあるので起こらない可能性は高くなっているのだが……


「アリシア様、男にそのような幻想を持ってはいけません」


 甘えるようにファラクの服を掴み、身を隠す姿をみてメイドは窘めねばと言葉を発したのだ。


 アリシア自身、今の所気持ちは定まっていない。

 だがファラクを歳の近い兄のように思っている事は自覚している。

 最初の内は子供のように思ってた。それが、物を知らないだけでファラクは理性的で普段は落ち着いている。その知識も日に日に増え、常識も身につけつつある今では立場は逆転。兄のように頼もしいと感じていた。


 アリシアと永らく共にいたメイドにはその気持ちに気付く。そしてそれがいつか恋心へと変わるのではないかと危惧させる事になった。


「やはり見逃したのは間違いでしたね」


 ぽつりと誰にも聞える事の無い声で呟き。キッとファラクを睨んだ。


 彼女はアリシアに羽根を伸ばして貰うつもりで見逃した。

 頃合いをみて、後で迎えに行けばいいだろうと。

 だが、街で男を連れて歩いていたという情報を聞きつけ駆け付けてきたのだ。


 未だアリシアは会ったことは無いが既に婚約者もいる。そんな状態で他の男に心を寄せるような事があってはならない。辛くなるだけなのだから。


「分からないが、アリシアは一度戻った方がいいのではないか?」


 話の終わりが見えないその状況をファラクが破る。ショックを受けたようにアリシアが目を見開いて固まった。


「家族というのだろう? 人にとって家族はかけがえのないものと言うことだが……」


「でもファラク、アリシアの家はただアリシアを利用してるに過ぎないのよ?」


 マリーは焦る。味方だと思っていたファラクが家に帰る事を促すのだから堪らない。


「だとしても逃げて来たのはまずいのではないか? アリシアが自由になりたいのであれば家族と話しをして堂々と家を出るべきなのでは?」


 その言葉にマリーとアリシアが俯いた。二人とも分かってはいる。だがアリシアが父親を説得できるとは思わない。

 まさか人間初心者に言われるとは思ってもみなかったが……


 彼女の父はアリシアに愛情は注いでいるが、政略結婚は当たり前だと思っている。そしてその相手が国王になればそれは彼女の幸せだと。


 その様子をメイドが見ていた。


 自らの援護をすることになったファラクを見て、メイドは彼の評価を上向きに修正していた。どうやら粗暴な無頼漢ではないと。だから彼女は一つの可能性を示唆した。それはアリシアを家に連れ帰る説得ともなる。うってつけだ。


「アリシア様の結婚は二年後、一八歳の誕生日と予定されています」

「それが何?」


 マリーがメイドを睨む。彼女がどうしてこのようなタイミングでそれを告げるか分からない。


「冒険者でも一部の者。そう……試練の塔の踏破記録を打ち破るような方であれば、貴族と同様の特権が与えられます」


 それを知る者であれば並大抵の事ではないと分かる。現在の記録は一三四階、その記録を持つのはアポロンの冒険者。


 そしてそれほどまでに力を付けた者はどこの国でも放っては置かない。各地に点在する試練の塔の記録保持者達はその近隣の国で重用されている。


「後二年の内に記録を破って見せろって?」


 それを知るマリーが胡乱な目でメイドを見る。


「それができればアリシア様の婚姻を取りやめする事も或るいは……」


 例えそれができたとしてもアリシアの婚姻を取りやめる保証など何処にもなく、さらに言えば一メイドでしかない彼女には何の権限もない。


「分かった」


 だがその意見に同意を示した者がいた。

 間を置いた後、口を開いたのはアリシア。


「ファラク、試練の塔に……挑戦してくれる?」


 アリシアがファラクを見る。

 身長差があるため上目使いとなり、その気持ちも重なり懇願するような視線となる。


 ファラクであれば、踏破記録を変えられるかもしれないと一縷の望みを告げたのだ。ファラクはマリーを見るが、彼女はファラクに委ねたようだ。口を開く様子はない。


 それを見たファラクは一度頷く。


「良いぞ」


 どれだけ難しい事か知らない。だが世話になったアリシアの望みであるなら挑戦してみるのも悪くはない。


「うん、じゃ私、家に帰るね」


 ファラクの答えに満足いったと。笑顔になり、少し寂しげであったが、メイドと共にマリーの家を出て行った。


「良かったの? 安請け合いして」


 ファラクならば出来るとは思っている。だが期限つきでそれをなせるかは分からない。


「まだ何とも言えないが、アリシアの頼みだ。やってみる」

「そうね、もっとかかると思ってたけどおおよそ依頼を受けられるまでになったと思うし。明日からは依頼を請けてみましょう」

 

 そうして次の方針を決め、二人となった家で過すのだった。

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