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人?竜?神?

「……だれ?」


 不機嫌そうな声が響いた。


 出てきたのは深く、長い藍色の髪をもった妙齢の女性。

 普段の理知的なその眼は不機嫌そうに据わり、寝起きだったのだろうか、はたまたそれが素なのか、その藍色の髪も所どころ跳ねている。

 

 そんな彼女はアリシアと視線を絡ませると、その目をぱちくりさせ目元を揺るめる。


「アリシアじゃない、久しぶりね……後ろの人は?」


 一転して落ちついた声でアリシアへと笑顔を向ける。


「うん、ちょっとね。家から飛び出てきちゃったんだけど……色々あって。この人、私を助けてくれたの、この人も家にいれてくれるかな?」

「よく分からないけど、いいわよ?」


 どうぞ、とマリーが扉を開けたまま中へ戻っていくと、アリシアが中に踏み入る。だがファラクが中に入らない。ただキョロキョロと扉の前で周りを見渡している。


「こっち」


 ファラクの手を引いて中に入るように促し、二人でソファーに座った。


「で? あなた名前は?」

「彼、言葉が分からないみたいなの。通訳の魔法を使って貰える?」


 そういってアリシアがマリーへとここまでの経緯を話す。因みにファラクが裸であったのは伏せられている。それを告げるのはアリシア自身が恥ずかしかった。


「言葉が分からないのに一緒にいたの? ……まぁ話は後ね」


 そっとファラクの頭の上に手を置き、マリーが魔法陣を描いた。


「言葉は分かる?」


 マリーの言葉を聞いてファラクがきょとんと、目を丸くした。


「あれ? まだ分からないのかな?」

「そんな筈はないと思けど」


 訝しげに二人が顔を見合わせていると、ファラクが口を開いた。


「何故急に言葉が分かるようになったんだ?」


 それがファラクと、人との初めての会話であった。不思議そうにも、嬉しそうにもその声は響いた。


 言葉が通じてアリシアがほっとする。これでようやく会話ができる。


「魔法で言葉が通じるようにしたの」

「魔法……?」


 魔法と言う言葉を聞いてファラクが首をかしげ、聞き返した。

 その様子を見てアリシアとマリーが顔を見合わせる。まさか、


「魔法も知らないの?」


 侮蔑という意味ではない、純粋に魔法を知らないと言うことが信じれなかったのだ。


「うむ、分からん」


 どうした事か、と二人は再び顔を見合わせた、今度はマリーが、


「まず紹介しておくわ。私はマリアンヌ。親しい人はマリーと呼ぶわ。この子はアリシアよ。あなたの名前は?」


「ファラク、だ」


 ようやく名前が分かったとアリシアが顔を綻ばせた。


「そう、ファラクさん、アリシアを助けくれたそうね。ありがとう。それで森の中で何をしていたの?」


 テトラの森周辺で別の言葉を持った種族はいない。どこから来たのか気になる所ではある。


 特にテトラの森深くには大昔の遺跡があり、もしや他国の考古学者か何かだろうか、等も考えていたが。


「気がついたらあそこにいた」


 要領を得ない答えに二人が顔を見合わせた。


「ファラクさんはどこの国から来たの?」


 アリシアが首を傾げて尋ねる。


「国とはなんだ?」


 尋ね返された。全く以て分からない、もしや記憶喪失なのか? なんて事まで考えてしまう。


「えっと、ファラクさん。森にいる前はどこに居ました?」

「世界の下だ」


「「は?」」


 耳を疑う答えが返ってきた。


「えっと、ごめんなさい、ファラクさん――その世界の下って?」

「アイオロスに言われて『世界』を背負っていた」


 ファラクにとっては当たり前の事、だが二人にとっては突拍子もなく、また理解できる事でもなかった。


「ごめんなさい、ファラクさん。色々と質問してしまって失礼かもしれないですけど……そのアイオロスさんと、世界を背負うというのは?」


 ファラクも分かっていないという事に気がついた。友人の名を出した所で分かる訳はないのだろうと、少しばかりずれた理解ではあった。


「アイオロスは俺の友であり神だ、確か途中から古代神になったと言っていたな。世界というのは、そのままこの世界だ。アイオロスに言われ、俺はこの世界を背負っていたんだがな、別の仕事が終わり何か褒美をくれるというので人になりたいと願ったんだ」


 二人はもう何度目になるか、顔を見合わせる。お互い目をぱちくりとさせている。


(神の一人と言うこと? でもアイオロスなんて神様は聞いた事もないし……古代神? 今の神様よりも前の世代と言うこと?)


「ファラクさんは……神人なの?」


 想像通りならとマリーが尋ねる、『上』ではなく『下』と言ったのが気になるが、古い神人なら今の世界について知らなくてもおかしくはないかもしれない。


 神人などこの地上層に現れる事は少なく、顔を見る者など滅多にはいない、だからこそ二人は驚いている。


 驚嘆を胸に、二人は息をのみ、ファラクをみた。


「いや、俺は竜だ、ん? だったになるのかな?」


 人になったのだからな、と疑問を挟む。そんな事を尋ねられてもマリーとアリシアに分かる訳はない。


「そ……それで世界の下というのは?」


 必死にさまざまな可能性を考えながら、マリーがさらに質問を続ける。それに知らないものなのだな、とファラクが続けた。


「言葉通り世界の下だ。俺は一番下で世界を支え、ジャハンを消滅させる為に腹の中に入れていた。あとは俺の上にダンテ、セロ、バハムト、クジャ、アンヘルが順に乗って『世界』を支えている、俺の元の体はまだそこにある筈だ」


 大昔に説明された事を思い出しながら、ファラクはぼんやりと天井を眺めながら応えた。


 この地よりもさらに下層。そんな話は知らない。


 神人より上位の者が住むという天上界なら分かるが、下層など聞いた事はなかった。


 話が本当なら、とんでも無い者と関わり合いになってしまった。と少々二人は視線で会話を交わす。


 世界を支えているなんて話は分からないが、ファラクは神人よりも立場が上の者である可能性がある。なら失礼な事は出来ない。そして分からない以上、世界の話については保留にせざるを得なかった。


「えっとそれじゃあ、ファラクさん。アリシアを助けてくれたって事だし、お礼もかねてしばらく泊まっていくといいわ。一度食事にしましょうか、アリシアも疲れてるみたいだし、今日はゆっくり休みましょう」


 その言葉にファラクの目が輝く。食事を覚えたばかりのファラクには何よりも嬉しい言葉だ。


 そして二人が驚くのはこの後もまだまだ続く。


 ナイフやフォークといった食器を使わず手で食べようとするファラクを止めたり、風呂の入り方を教えたり。人を始めたファラクには分からない事が多く、まさか『眠る』という行為を知らず、疲れで寝入ったアリシアを起こしてしまい、咎めたマリーが『睡眠』を説明してファラク初めての睡眠に付き添う事になってしまう、なんて事もあった。


 初めてであるらしい睡眠をとるファラクを見ながらマリーはこれからどうしようと一人考えていたのだった。



 ◇◆◇


 

 日が昇り朝と言うには少し遅くなった頃、ファラクの睡眠を妨害。いや、気持ちよく起してくれたのは、肉の焼ける香ばしい匂いだった。


 昨日初めて食べた肉なるものはファラクの好みにピンポイントで刺激したらしく、匂いが漂ってくると共にがぱっと起きて鼻をならした。


 すんすん、と匂いに連れられてファラクはふらふらと匂いの方へ、そこでは、アリシアが料理をしている所だった。


「おはよう、ファラクさん」


 そのシルクの様な髪を後ろで束ね、エプロンを着るその姿。顔に浮かべる笑顔は多くの男を虜にしてしまっている程なのだが、人間初心者のファラクには分からない、野生児に近いファラクには、より引きつけるものがあるのだから。


 肉だ。


 その匂いが女性を求める本能を完全に追いやっていた。

 おはようの意味を理解していないファラクにアリシアが『挨拶』の概念を教え込み二人で遅めの朝食を取る。


「マリーがいないようだけど彼女は?」


 尋ねているがマリーに興味を持っているのでは無いと分かる、視線が肉から離れず肉を食べる手が止らないのだから丸わかりだ。


「部屋に行ってみたんだけどいなかったの、そのうち戻ってくると思う」


 分かった、ファラクが答え、アリシアはそのがっつ食いするファラクを、にこにこと眺めていた。


「ファラクさん、少し話があるんだけどいいかな?」


 昼も過ぎた頃、アリシアはファラクへと様々な事を教え込んでいく事にした、特に情操教育が主だ、裸のままアリシアの前に出てきた事といい、彼が何者であろうと世の中を知らな過ぎるのは問題であった。中身は子供のようなものかも知れないが見た目はアリシアよりも歳上に見える。


 そうして時間を過している内に、マリーが戻って来た。


「おかえりなさい」


 アリシアに挨拶を返し、マリーが手に持った本を広げ、テーブルに置いた。


「プロメシアの図書館でファラクさんの事が載っている本が見つかったわ」


「宣託語録」と書かれたその本はたまに降りてくる神人達の話を集めたもの。


 ファラクの事が書かれている部分を開き、テーブルの上に置くと話はじめた。


 それは世界の成り立ちについて書かれた部分であった。


「竜神、世界を背負った竜、ファラク。世界を支え続け、無限の魔力でマナを供給し、6つの冥府を持つ巨竜」


「そうだったのか」


 驚くアリシアの横でファラクが一人そんな事もしていたのかと自分の事にもかかわらず呟いた。


「ちょっと調べてみて驚いたわ。もちろんそれがファラクさん本人かどうかというのもあるけど……ファラクさん」


「うん? なんだ?」

「これを」


 マリーが一枚のカードを取り出すとファラクに渡す。


「そのカードに魔力を通してみて」

「どうすればいいんだ?」


 魔力について何もしらないファラクにマリーが教える。


「生き物は皆右胸に魔石を持ってるの。そこから魔力が生まれる。体を通ってカードまで流れていくようにイメージして」


 言われただけですぐ分かったのか、言葉を受けてすぐ、カードが一度光った。


「そのカードがファラクさんの身分証明にもなるわ。まだ所属はないけど公的な機関で登録すれば住所や他、所属もそれで判断できるようになるの。後は金銭の受け渡しもそのカードになるから無くさないようにね。それでここからが大事なのだけど、ファラクさん。カードを見せてもらってもいい?」


 本来であればプライバシーに関係する事なのだが、ファラクに説明する為にも必要な事であった。若干の興味もあったが。


「……これは」

「こんな事ってあるんだ……」


 食い入るように二人がカードを見る。何をしているのかわからないファラクは、不思議そうに二人を見た。


「何をしてるんだ?」

「……これを見て」


 カードを見せてくる。


 ファラク 人種 魔石:白- 筋力:緑+ 耐久:黄+ 魔力:黒+ 神経:緑 器用:黄 ギフト:世界竜 経験:


 だが文字の読めないファラクには何が書いてあるのか分からず首をひねる。文字を見るのも初めてなのだから。

 

 それに二人が気付き、マリーが話し始めた。


「まず、ファラクさん。魔石ってわかる?」


 分からないと答えるとすぐに説明してくれた。


「魔石とはすべての生き物が持つ魔力を生み出す器官みたいなもの。心臓の反対。右胸にあるの」


 ファラクの右胸を指さしマリーが続ける。


「この魔石には全部で7色あるわ」


 白、黄、緑、青、紫、黒、そして赤。


「それぞれ魔石を一定量、吸収する事で色が変わるの」

「ファラクさん、森で渡した石、今もってるかな?」


 わかりやすいだろうと、アリシアが口を挟む。


「これか?」


 そういってファラクが、アリシアに渡された結晶を取り出す。


「ええ、それが魔石。それを砕いて飲む事で力を吸収していくことができるの。魔石を吸収していけば、自分の体の中にある魔石の色が変わり、能力が強くなるわ。最初は白。それがさっき話した順に、最終的には黒へ」


 赤は例外だけど、とマリーが付け加え続ける。


 色に因み、カードに記載された評価値と呼ばれる自分の実力を反映させた六つ。筋力は力の強さを表し、耐久は体の丈夫さ、神経は反射神経の鋭さ。魔力はそのまま魔力の保有量。そして指や手足の精密さを生む器用。


 それらが、白から黒まで。+、-を加えた合計十八段階で分けられる。


「うん、それで? 何を驚いてたんだ?」

「驚かない方がおかしいんだけどね」


 思わず苦笑いを浮かべるマリー。


 ファラクの魔石は白-、これは殆ど魔石を吸収していない事を意味している。ファラク自身吸収した事がないのだから当たり前なのだが……


 因みに、一般の者が魔石を手に入れる事はあまりない。


 吸収する以外にも、例えばこのカードのように魔石を加工して作れる物がある、それだけ需要があるのだ。だが魔石の供給は少ない。魔石を得る手段は一般的に魔物や動物の狩りから得る事が殆どなのだが、危険と隣り合わせの彼らは力の吸収に使うからだ。


 そのため、一般の市場で流れる事は少なく、主な魔物の狩場となる迷宮では取得した魔石を一部提供する事が義務となっている。


 それを踏まえた上で、とアリシアが自分のカードを取り出して見せるとともに自分の評価値を説明した。


 アリシア・テーネロイア 人種 魔石白 筋力:白 耐久:白 魔力:黄 神経:白 器用:白+ ギフト:ヒーラー 経験:治療術:黄+

 

「これでもアリシアは優秀な方なの、ギフトのおかげというのもあるけれど、一般的に魔力を吸収していない者が白から抜け出る事はない、せいぜい自分の素養の強い一つが黄色になるかどうか」


 ついでに、とマリーが続けた。


「魔石を黒まで変える事でさらに成長できるのよ。人族なら魔人と呼ばれる種族に、私は魔人になりたてなんだけどそれでも一番伸びた魔力が青の-、他は黄ランク代よ。つまりあなたはまったく魔石を吸収してないのに能力評価は緑ランクのものまである。魔力にいたっては黒……」


(世界にマナを供給していた竜……魔力が黒の評価を受けるのも当然なの……かな?)


 マリー自身は知らないがカード自体は神が作り上げたシステム、神の評価値さえ計れるカードの黒+という評価は神をも超えている。無限の魔力を世界へ供給していたファラクだからこそであろうが。


 当然人の身で評価値黒が叩きだされたのは人類初の事である。誰も知らない事ではあったが。


「この世界竜ってギフトから考えてもやっぱりそうなんでしょうね…」


 もはや目の前にいる男が本に載っているファラクだと疑う余地はなくなっていた。二人が顔を見合わせてため息をつく。


「ふむ、それでそのギフトというのは?」


 ファラクは人になったのだからと真剣に聞いている。


「それなりに珍しいものなのだけど、ギフトは生まれつき持って生まれた才能のようなものよ。私なら魔女、アリシアならヒーラー、とその人の今後の成長性や、特殊な力や才能を発現するものもあるわ」


 世界竜なんてギフト他にないでしょうけど……などとマリーは思う。


(おそらくこのギフトで初期の能力が人間離れしてるんでしょうね……)


 あまりにも常識外れなその能力は未だまっさら、未開拓な状態で魔人へ成長したマリーを超える。その能力は魔人の中でも上位の者くらいだろうか。ただでさえ高い能力が今後開拓すればどれだけの力をもってしまうのか。さらにいえば世界竜のギフトだ。おそらく人に転生したゆえ能力として大きく下がっているのだろうが、その世界竜などと仰々しいギフトが単に能力があがるだけのギフトではないだろうと思っている。


 口には出さず。マリーは説明を続けた。


「後は経験ね。経験は自分の今までとった行動の蓄積でいろいろな能力を覚えていくの。アリシアの治療術も治療を何度もこなして覚えたものよ。治療術の効果があがるのと魔力があがるわ。それでアリシアの魔力は黄まで上がってる」

 

 おおよそ必要な事を話し、マリーが最後に尋ねた。


「それでファラクさんは今後どうするつもりかしら? アリシアを助けてくれた事もあるから私たちに手伝える事があれば力を貸すわ」


 だが実際のところマリーには逆に手伝ってほしいと思っている事がある。竜神を利用しようという気持ちはない。だが後々の事を考えれば友好的な関係を築いておくに越した事はない。そういう心づもりも多少はある。


 ファラクの答えは単純だった。


「俺は世界を見たい。今まで背負ってきた世界を。そのために人になったのだからな」


 アリシアがその言葉に微笑んだ。ここ数日一緒にいてファラクがほんの些細な事で顔を綻ばせるのを何度もみていた。だからこそそれが心からの言葉だと理解できる。


「じゃあファラクさん、明日は街に行こ。カードの住民登録もしないとだし、ファラクさんにも楽しんで貰えると思うから」


 アリシアがにこやかに提案した。


 街の説明をするアリシアにファラクがおぉ!っと目を輝かせて期待の眼差しを送り。微笑み合う二人をマリーはじっとみていたのだった。


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