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終わりゆく世界に、君の面影を追う。  作者: 千秋 颯@6/18「一途に溺愛されて~」アンソロ発売!


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第1話

 崩れ落ちたビル群。

 人気のない荒廃した土地にバックパックを背負った男性が佇んでいる。


「もし、お兄さん」


 瓦礫の影から、老人が彼に声を掛けた。


「そちらへ向かうのかい。知っておるだろうが、そっちは本当に危ないんだ。悪いことは言わんから、やめときなさい」


 老人の忠告は、男にとって想定内のものだったのだろう。

 彼は少し目を丸くしてから微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、どうしても行きたくて」


 穏やかにはにかむ彼の足元には、一匹の猫の姿がある。

 甘えるように足にすり寄る猫をしゃがんで撫でながら、男は無邪気に笑った。


「知りたい事があるんです――東京に」



***



 進歩しすぎた科学。

 身に余る脅威を振りかざす人々。

 矮小な存在では対抗できない天災。


 それらが同時期に猛威を奮った結果、世界の寿命はあっという間に縮まった。

 地面は一部が激しく隆起し、かと思えば別の個所では大きな地割れや陥没が発生し、まともに歩く事すら一苦労。

 土には有毒な化学物質が浸透して作物が一切育たない。


 頻繁に降る黒い酸性雨は生命を害し、時間を掛けて建物を削っていった。

 巨大地震により大半が崩壊した世界中の建物は、いずれこの雨によって姿を消すだろうと言われている。


 国や政府という存在は一切機能しなくなった。

 電気、ガス、水道も殆ど止まり、二十一世紀の水準は今を生きる人類にとって夢物語のような話だった。


 医療や化学も止まった。

 建物や設備が崩壊した事や、甚大な被害による物資の不足など原因は様々だが、この文明の退化の最も大きな要因は――人口の減少だろう。


 他者を殺す為に世界中で生まれた武器はやがて自らの国をも衰退させる要因となった。

 爆薬に込められたウイルスはバラまかれ、運よく耐性を持っていた者以外の命を奪っていった。

 勿論、国の体勢を立て直すことが出来たかもしれない技術者達の数も大幅に減った。


 これが、人類が滅亡の一途を辿る事となった要因だろう。



***



「と、いうのがざっくり百年前くらいに起きた事だと言われてる」


 とある学校の廃校舎。

 天井が崩れ、壁も所々存在しない教室の黒板に、一人の女性がチョークを叩きつける。


「へぇ」


 机や椅子が乱雑に寄せられた教室の真ん中に腰を下ろすのは十五の青年。

 名を宮田(みやた)真幸(まゆき)という。

 彼は胡坐の上で肘をつき、退屈そうに欠伸を噛み締めていた。


「こらそこ、あからさまにつまんない顔しない!」

「いや、今どき歴史の授業って」


 黒板の前、二十代前半の女性がチョークを持った手を宮田へ突き付ける。

 嗜好品もろくにない、そもそも店すら機能していないような荒廃した世界のどこで調達してきたのやら。

 彼女は元は黒かった髪をカラーシャンプーで金色に染めていた。


 佐々木(ささき)美晴(みはる)

 宮田の知人の中で最も年齢の近い女性だった。


「今だからでしょ! 電子機器もろくにない、紙も無駄に使えない。そんな時代だからこそ、伝聞が大事なんじゃん。歴史は人類のキョークンだぞ」

「今更失敗を学んで、何になるって? 手遅れじゃん。ってか、ハル姉も大した知識ない癖に」

「ぐ……っ。人が最後になけなしの知識を与えようとしているっていうのに」


 佐々木は痛いところを突かれたと言わんばかりに顔を顰める。

 彼女の傍には、至る所が無理矢理補強されたバックパックがあった。

 宮田はそれを静かに見つめながら不服そうに口を開いた。


「ねー」

「んー?」

「ホントに行くの?」


 宮田の問いに、佐々木は目を瞬かせる。

 彼女はチョークを黒板の粉受けに置くと、バックパックを軽く叩いて不敵に笑う。


「うん」

「なんでわざわざ……。ここなら病気で死ぬことはあんまりないって、皆言ってるじゃん」

「んー。確かにそうかもしんないけどさ」


 夕焼けに染まった空の明かりが、教室に差し込む。

 それを受けた佐々木の瞳は子供のように輝いていた。


「何もせずただ生きるのって、何か勿体ないなぁって思ったんだよね。こんな世界で五体満足で生まれられたんだからさ、目一杯生きてみたいなぁって」

「でも何も、東京なんて。昔栄えてた街の方が化学物質やウイルスで汚染されてるって言ったのはハル姉じゃん」

「そーなんだけど。でもそれだって自分の目で見た訳じゃないし。仮に真実だとしても、私は色んな世界を見たいよ」


 佐々木は昔から破天荒な性格で、とにかくじっとしていることが出来なかった。

 そんな彼女が決めた事。それこそが荒廃した地を旅する事。

 出発点は二人が生まれ育った街、鳥取県。

 目的地は東京――かつて最も栄えていたという日本の首都だ。


 だがこの世界には数々の危険が潜んでおり、軽率に地域を横断する事が死に直結しかねない選択である事を宮田は良く知っていた。

 だというのに、彼よりも博識な佐々木は恐れを見せるどころか、嬉々とした表情をしていた。


「だってさ、ご先祖様達は、海さえも越えて、空を飛んでまで色んな世界を見に行ったんだよ? それって、地元にはない景色を見る事に大きな魅力を感じてたって事じゃん? すっごくない? 人が空を飛ぶ方法を生み出してまで世界を見ようとしたんだよ!」


 早口で捲し立てる佐々木の様子を唖然として見ていた宮田は反論の為に開いた口を閉じた。

 目を輝かせ、形振り構わず話し続ける。この時の佐々木を止められる存在がいない事を宮田は長年の付き合いから理解していた。


「そんなの――絶対絶対面白いじゃん! 私もやりたい!」


 佐々木の楽しげな様子に反して、宮田の顔は徐々に曇っていく。

 それに気付いたのだろう。

 佐々木は宮田に近づくと彼の頭を雑に撫でた。


「なーに、寂しいの?」

「っ、違う! ばっかじゃないのって思っただけだし」

「一緒に来てもいいよ?」

「い、かないって……っ、死ぬってわかってるのに」

「ふーん?」


 頭が持っていかれる程の強さで宮田の頭を撫でた佐々木は、彼から手を離しながら何やら意味深長に口角を持ち上げた。


「みゃーたも仲間だと思うんだけどなぁ」

「ハル姉と同じにしないで」

「わっははっ、思春期かな?」


 みゃーたというのは、佐々木がつけた、宮田のあだ名だった。

 佐々木はバックパックの方まで戻ると、大きな掛け声と共にそれを背負う。


「行くの?」

「うん。じじばばは引き留めて来るだろうし、出るなら夜の内でしょ」


 教室を出ていく佐々木を宮田は追う。

 そして廃校舎を後にしたところで、佐々木は宮田の帰り道とは真逆を向く。


「……ついて来たくなった?」

「ない」


 その背中を静かに見つめていた宮田へ、佐々木が意地悪い顔で振り返る。

 宮田は彼女の問いを冷たく切り捨てた。


「そっかー!」


 佐々木はあっけらかんと笑う。

 こういうヘラヘラとした佐々木の様子は普段から。寧ろ通常運転と言えた。

 しかし、ふと彼女は声をあげて笑うのをやめる。


「じゃ、最後に年長者から一つだけ助言」


 微笑んではいるが、年相応の、どこか大人びた表情。

 宮田は何となく、彼女の言葉に耳を傾けるべきだと感じさせられた。


「もしこの先、やりたいと思う事が見つかったら……迷わず踏み切りなね。ここがどんな世界だろうと、自分の人生は自分だけのもの。寧ろこんな世界だからこそ、悔いがないよう全力で生きなきゃ損だからね」


 この時の彼女の言葉に、宮田は返す言葉を見つけられなかった。

 やりたい事。そんなもの、思いつきもしなかったし、生きる為に必死になるしかないこの世界で今後も見つかる気がしなかったのだ。


 だからこそ戸惑い、口を噤んでしまった。

 そんな彼を、佐々木は温かい視線で見つめている。

 そして僅かな沈黙の後。


「んじゃ、元気にやりなね、みゃーた」

「……ん」


 佐々木は別れを告げた。

 彼女は宮田に手を振り、宮田もそれに応える。


 それから佐々木は宮田に背を向けると、一度も振り返ることなく去っていった。

 一度進むと決めたら振り返らない。その姿勢は何とも彼女らしいと言えた。


 進む先に希望があると信じて疑わない、堂々たる足取りで遠ざかる背中。

 そんな彼女を眩しいと思いながらも、宮田はその姿が消えるのを立ち止まって見届ける事しか出来なかった。



***



 それから十年の月日が経ち。

 宮田は二十五になった。

 彼はまだ、生まれ育った地で生きていた。

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