悪夢デリバリー
夢を運ぶ会社『ディープドリームデリバリー』。
しかし最近始めたという【悪夢】の配送には何やら怪しい“裏”があるようだ……。
こんばんはー、ディープドリームデリバリーです。
今晩の夢をお持ちしました。
今から始まりますので、そのまま朝まで眠って頂いて大丈夫っす。
それでは、良い夢を。
またのご利用お待ちしてまーす。失礼しまーす。
眠る人間の頭の中に夢を配送するサービスを行っている会社、『ディープドリームデリバリー』。
社長は会社名を略して“Dデリ”と呼ばせたがっているが、微妙に言いにくいため世の中では専ら“夢デリ”という名前で定着している。
夢の注文は様々だ。
推しとデートしたい、空を飛びたい、猫になりたい、宇宙に行きたい、故人に逢いたい……。
夢デリには夢を作る技術者たちがいて、注文が入ればその注文通りの夢を作り、夜にバイトが依頼主の夢の中に入りそれを置いて行く、という作業になる。
勿論、誰かを殺したい、好きな人の裸を見たい、などの人道に反した夢は注文不可だ。
それに一つ一つの夢はかなり高額の為、誰もが気軽に注文出来るという訳ではない。
しかし年間通して注文は引っ切りなしに来るので、会社としては大成功だろう。
だが最近、欲を出した社長が『裏』の取り引きを始めた。
なんと、【悪夢】を売り始めたのだ。
悪夢の価格は通常の夢の3倍にも関わらず、注文は月に数件入る。
「売ってるこの会社もヤバいですけど、高い金払って悪夢を買うって、どんな神経なんすかね?」
夢デリバイトの俺が先輩に聞いた。
「さぁね。世の中には普通に生活してると見せかけて、寝ても覚めても死ぬほど絶望したい人が割といるって事じゃない?」
ただのドMだよ、と先輩は付け足す。
「俺もMだけど気持ち分かんないっすわ。」
俺が真剣な顔で悩んでいると、先輩は苦笑した。
「今野君みたいな人には一生分からないよ。
悩みとかないでしょ。」
周りにいた他のバイトたちも、うんうんと先輩に同意した。
え、俺ってそんな風に思われてたの?心外だ。
「でも悪夢って作るの難しいらしくて、内容お任せコースしかないんだって。」
先輩はこの会社にそれなりに長く勤めているから情報通だ。
「それ買う意味あります?
普通に夢見てるのと同じじゃないっすか。」
俺が言うと先輩は周りに聞こえないよう俺に耳打ちをした。
「うちの会社が作る悪夢、“意思”があるんだって。」
イシ?
「だから依頼主の夢に入れば、その依頼主が一番恐ろしいと思う悪夢を見せてくれるらしいよ。」
俺が驚いて先輩の顔を見ると、先輩は「やばいよね?」と笑った。
「しかもバイトも、悪夢を運んだらすぐに夢から醒めないと悪夢に呑み込まれちゃって目覚めなくなるんだって。」
先輩が言うには、悪夢デリバリーが商品化される前、実験の段階で実は何回か事故があったらしい。
内々で処理され、表には出てない情報らしいが。
「……俺、今日悪夢運ぶの初めてなのにそんな話聞きたくなかったっす。」
俺がしょげていると、先輩は笑いながら俺を慰めた。
「大丈夫大丈夫。
いつも通りに運べば問題なし!」
「はぁ………。」
何だかんだでもう悪夢を運ぶ時間が来てしまい、俺は盛大にため息をつく。
不安な気持ちのままデリバリー専用のベッドに横たわり、頭に器具を装着すると、もう既に俺の他にも何人かが夢を運ぶために同じようにベッドに並んでいた。
いつもは顔を合わせることがない白衣を着た技術者が俺を見下ろしながら言った。
「今夜初めて悪夢を運ぶ今野君ですね。
悪夢を置いたらすぐに夢から醒めることを忘れないでください。余計な事はしないように。」
脅すような事言わないでくれ。
めちゃめちゃ怖いんだから。
「あの、悪夢って他の夢と違うんですか?」
“悪夢には意思がある”と言ってた先輩の言葉が気になり、俺つい遠回しに技術者に聞いてしまう。
技術者は少し目を細めて言った。
「特に違いはありません。
貴方はいつも通り夢を置いたら腕の装置で此方に帰って来て頂ければ、何の問題ないです。」
コイツの目を見れば分かる。
──嘘つき野郎め。
俺は夢の中にダイブした。
注文番号にリンクし、俺の意識は依頼主の夢へと入り込む。
目を開けると其処は、いつも夢を運ぶ時と同じ、薄いピンク色の雲で覆われたような不思議な風景だった。
俺は手持ちの瓶を床に置く。
そしてお決まりの定型文を言った。
「こんばんはー、ディープドリームデリバリーです。
今晩の夢……悪夢をお持ちしました。
今から始まりますので、そのまま朝まで眠って頂いて大丈夫っす。
それでは、良い夢を。
またのご利用お待ちしてまーす。失礼しまーす。」
俺は瓶のフタを開けた。
これで中から白い煙が出て広がり始めるのを見届けたら仕事は終わり。
いつもはバイトが帰った後に煙が依頼主の夢に充満して、注文の夢を見させる仕組みになっていた。
しかし今回瓶から出て来たのは黒い煙だった。
へぇ、悪夢って黒いのか。
俺はいつもの夢と違う事に少し驚いたが、驚いてる場合じゃない。帰らないと。
俺が腕に付いてる機械を操作し始めた瞬間、
『───こんばんは。』
声が、した。
心臓がドックン、と大きく鳴る。
恐る恐る腕から顔を上げると、黒い煙は広がらず、俺の目の前でゆらゆらと揺れていた。
喋った。夢が。
“悪夢には意思がある。”
頭の中で先輩の言葉が繰り返された。
俺が慌てて目覚めようと再び操作に取り掛かろうとした瞬間、悪夢が俺の首と腕を押さえ付けた。
『そんなに急がなくても。
少しお話ししませんか?』
悪夢は煙のくせに紳士ぶった喋り方をした。
いや、俺は早く起きたいんだよ。
ていうか悪夢が広がらないと依頼主からクレームが来ちゃうじゃん。
あれ?ちょっと待って。
悪夢に呑み込まれたら目覚めなくなるって先輩言ってなかったっけ?
俺の背中に冷や汗が流れた。
一定時間バイトが依頼主の夢から帰って来なかったら、外部から強制的に起こされる筈だ。
しかし、起こされる気配は今のところない。
焦る俺の気配を察したのか、悪夢が嗤う。
『貴方は起こされませんよ。
これは“実験”ですから。依頼主はいません。』
「じっ……け、ん…?」
首を掴まれて上手く喋れない俺に、悪夢は愉しそうに近付く。
『そうです。より良い悪夢を作るための、実験。
貴方は今回、その実験のモルモットになったのです。』
耳元で囁かれる真実に背筋がゾワリとした。
『なに、貴方の夢の中に入らせてもらい、貴方が壊れるまで悪夢を見せ続けるだけです。
あとは技術者たちが結果を見て私を改良してくれます。』
なんて事ないように説明する悪夢に俺は焦る。
「いや、お…前は改良、されて、も……俺、は、どう、なる?」
悪夢は無いはずの首をわざとらしく捻る。
『さぁ?今迄のモルモットは精神崩壊や植物人間……あ、死ぬ人もいましたね。』
嗚呼、聞かなきゃ良かった。
大丈夫、最初は手加減しますから、と言いながら悪夢が無遠慮に俺の口から入り込んで来た。
胃カメラを飲み込むような不快な感覚に吐き気を催し生理的な涙が浮かぶが、腕も首も掴まれて抵抗できない。
意識が霞んでいく。脳が支配されていく。
そして───悪夢が、始まった。
『ギャァァァァァァァァァァァァッッ!?』
耳をつんざくような叫び声が響き渡った。
俺の、頭の中から。
「……なんだ、思ったより…大した事ないっすね。」
ゲホッと咳き込みながら言う俺に悪夢が叫ぶ。
『何なんだ貴様ッ!何故!?』
『何故貴様の夢の中はこんなにも恐ろしい!?』
悪夢が見せるよりも恐ろしく逃れられない悪夢。
俺はそれを毎晩見ていた。
いや、自ら望んで見ていた。
もっと堕ちたくて。
もっと自分を傷付けたくて。
(世の中には普通に生活してると見せかけて、寝ても覚めても死ぬほど絶望したい人が割といるって事じゃない?)
俺は先輩の言葉を思い出す。
「さぁ?俺はただのドMっすよ。」
俺は笑いながら腕の機械を操作して、目覚めた。
まず覚醒した俺に驚く技術者を一発殴ろう。
んでこのバイトは、もう辞めよう。
嗚呼、また夜が来る。また夢を見る。
【悪夢】であるはずの私は、あの男の頭の中に取り込まれたままだった。
あの男が夢を見る。
私が与えるよりも禍々しく恐ろしい悪夢を。
毎夜、毎夜、毎夜、毎夜、毎夜。
いつまで続く、いつまでも続く。
あの男が死ぬまで続く。
あの男が死ねば私も死ぬ。
私がこんな目に遭う筈がない。
こんな事が起こる筈ない。
これが現実である筈がない。
そう、私はきっと、悪い夢を見ているのだろう。
〈終〉




