SIDE. Maxim
なぜかついて来ていた技術兵に、持ち場に戻るよう指示を出してから、簡易的に作られた作戦本部に戻る。
天幕に入って息を吐いた俺に、専属の参謀の視線が刺さった。
「……言いたいことがあるなら、言うと良い」
椅子に腰を落としつつ言う。
「僕が言わなくても、ご自身で重々承知では?」
俺が怒らないからと、参謀の言葉には遠慮がない。
「そうだな。言う通りだ」
「その聞き分け」
言わなくてもと言ったくせに、言うらしい。
「どうして婚約者様の前では出せないのですか?」
「俺が聞きたいそんなことは……!」
「よりによって、絶望的に好意に鈍い方相手でああも天邪鬼を発揮していたら、一生想いなんて伝わりませんよ。実際、言われているのでしょう、婚約者すげ替えの準備は、いつでも出来ているって」
そうだとも。
面と向かって言われたことはないながら、肉筆の手紙で、『自分は侯爵夫人に相応しくないので、婚約を破棄して欲しい。王族との婚姻が必要であれば、妹が代わりに嫁ぐと言っているから、遠慮なく破棄するように』と伝えられている。
それが、彼女が肉筆で俺に送って来た唯一の手紙なのだから、笑えないし破り捨てられもしない。
「確実に、あなたから嫌われていると考えていますよ、アンゼリカ姫は」
「気安く名前を呼ばないで貰えるか。俺の婚約者だ」
「あなたが認めればすぐにでも破棄される婚約ですがね。あちらは破棄したくて仕方がないご様子ですし」
参謀が首を振る。
「王女殿下も優しい方です。『あなたを愛している。危険な仕事を辞めて、結婚して欲しい』と素直に伝えれば、受け入れてくれたかもしれませんよ。こじれにこじれたいまとなっては、言ったとて信じても受け入れても貰えないでしょうが」
「参謀ならなにか策を考えて欲しいものだ」
「いくら策を考えても、策通りに動いて貰えないなら意味がないのですよ」
ことこれに関しては、参謀も容赦がない。
「誰にでも優しいくせに自分にだけ厳しく冷たい男に、誰が嫁ぎたいと?そうでなくてもフェリチータの寵児が敵で、勝ち目が薄いって言うのに」
「セレナ・フェリチータか」
吹けば飛びそうに儚げな容姿の治癒兵を思い出して、眉を寄せる。
俺の最愛の婚約者、アンゼリカ・ユリウス王女の、幼馴染を名乗る女だ。
アンゼリカ姫はあの女を親友と思っているようだが、あの女がアンゼリカ姫を見る目は、どう考えても親友に向けるものではない。
「ええ。そもそも姫が従軍した時点で、かのご令嬢の差金でしょうから。王家も侯爵家も、姫はすぐ戦えなくなると踏んでいたから、従軍も、従軍中の婚儀の先送りも認めたのでしょう?」
その通りだ。
アンゼリカ姫の能力的に、長く戦場に立ち続けられはしない、すぐに穢れに呑まれて戦線離脱すると、予測しての従軍許可だった。
だが、蓋を開けてみればこれだ。
「もって数ヶ月と言う予測だった。それがどうだ。今年で五年目だ。なぜ、姫はいまだ戦場にいる?」
悪魔の殲滅のし方、それ自体は、単純なものだ。身体のどこかにある芯石、それを抜き取るか壊すかしてしまえば、身体を保てず形ない魔力と穢れとして霧散する。
言うは易しで、その、芯石を抜き取るのが難しいのだが、物理的にでも魔導でも、抜くか壊すかで良い。だから、剣や魔導で悪魔を殲滅出来るのだ。穢れを浴びることにはなるが、生きものの外皮は穢れを通さない。怪我で外皮に欠損があったり、大量に吸い込んだりしなければ、穢れを浴びても深刻な中毒に陥ったりはしない。
しかし、アンゼリカ姫の場合は違う。
「今日も、あんなに青い顔をされて。そこまで無理をして姫が戦場に立たれる必要が、どこにある」
『大喰い』と呼ばれる稀少な魔導。一気に悪魔を倒せる代わりに、重い代償のある力だ。
『大喰い』を発動すると、指定した範囲の悪魔をすべて殲滅することが出来る。術者の胎に、指定範囲の芯石がすべて取り込まれるからだ。だが、『大喰い』の名前の通り大喰らいなその能力は、芯石だけでなくその周辺の穢れや魔力も一緒に取り込んでしまう。結果として、術者は大量の芯石と穢れを、身体に取り込むことになる。
穢れはもちろん、芯石も、身体に入れば害だ。
ゆえに、『大喰い』持ちの魔導士が、長く悪魔を殲滅し続けられることはない。芯石と穢れの、毒を抜かねば死ぬからだ。
第十三魔導小隊が報告する、アンゼリカ姫の功績。あれを本当にすべて姫が殲滅しているならば、姫はとっくに穢れの中毒に陥っているはずなのだ。
「姫が戦場に立ち続けるのは、婚約破棄を望んでいるからだと思いますが」
参謀は本当に容赦がない。
「立ち続けられているのは、フェリチータの寵児のせいですよ。あなたが受け取ったスキットルは、装着者の体内から芯石を抜き取る魔導具です。それから、姫が飲んでいた飲料、あれも、穢れを除去するための特殊な飲料ですね。どちらも、セレナ・フェリチータ主導で、姫のために開発されたものです」
「そんな報告、上がっていないが」
「すべて、セレナ・フェリチータの私物だからですね。軍備ではありませんし、費用も計上されていないので、あなたに報告は上がりません。わざとでしょうが」
フェリチータ家があえて隠しているので、僕も調べるのは苦労しましたと、参謀が首を振る。
「聖歌を聴かせて聖水で育てた檸檬と、聖花から集められた蜂蜜を、聖樹の樹液で割った、とんでもない代物でした。あのピッチャー一杯分買う金があれば、平民は一生働かずに暮らせますよ」
「だが、すぐに浄化出来るわけではないのだろう。真っ青な顔をされていた。隈もあんなにはっきり浮かんで。姫に苦しい思いなど、させたくはないのに」
「それを」
参謀の呆れた視線が刺さる。
「なぜ素直に姫に伝えられないのかと言う話ですよ。同じ、従軍をやめて欲しいと言う願いでも、身を削って戦っているから心配だと伝えるのと、足手まといだから辞めろと言うのでは、受ける印象が全く異なります。あなたの伝え方では、姫を邪魔に思って排除しようとしているようにしか見えません」
冷たい声で参謀は告げる。
「姫の本質を知っている第十三魔導小隊が守っているからまだ良いですが、団長であるあなたが姫を目の敵にしているように見えるせいで、団内での姫の立場はひどく悪い。あからさまに軽んじたり罵倒する兵まで出ていますよ?」
「国のために前線で戦う姫が、軽んじられるいわれなどないだろう」
「あなたが、そのいわれになっているのです。誰にでも優しい団長様が、あそこまで冷たく扱うなんて、なにか大きな瑕疵のある人間に違いないと、姫を直接知らない兵まで、姫の心象を下げています」
すべて、あなたのせいですよ。
ぐ、と詰まって、顔を覆う。
「そんな、つもりでは」
「つもりはなくとも、実際その状況で、団内での姫の評価は、働きもせず手柄だけ横取りしている穀潰しです。命を削って姫が上げている功績が、あなたのせいでなきものにされています」
それ、と、参謀が俺の手元を指差した。セレナ・フェリチータに押し付けられたスキットルは、握ったまま未だ俺の手の中にあった。
「何体分、入っているのですか?芯石」
「開けてみなければわからないが」
視線で促されて、スキットルの蓋を開ける。適当な盆の上でひっくり返せば、ざらざらとこぼれ落ちた真っ黒な粒が、器の上に小山を使った。
「『大喰い』は、芯石を圧縮出来ると聞いていましたが、ここまでとは」
参謀が感心したように言うあいだも、スキットルからこぼれる芯石は尽きない。
「欠片ではなく、一粒が一個の芯石なのか?」
「見た限りではそのようですよ」
「いったい、何体分の芯石なんだ」
やっと尽きたときには、盆からあふれそうな量の黒い粒が、山を作っていた。
「少なくとも、千は超えていますね。下手したら万単位では?」
「これを、姫がおひとりで?」
「これで半分ほどと言っていたように記憶していますよ」
普通は死ぬ。こんな量の芯石を、身の内に収まれば。
「やはり、辞めさせなければ」
「……罷免しますか?なんの罪もない姫を?」
「怒っているのか」
「まさか」
参謀は肩をすくめるが、冷え切った目をしていた。
「僕としては、感謝しているので、姫に。第十三魔導小隊は確実かつ速やかに悪魔を殲滅して歪を封鎖してくれます。大量発生予測箇所を割り当ててもです。負傷者も少ない。作戦参謀としては、この上なくありがたい存在ですよ。そして、あなたのせいで功績を疑われている姫こそ、第十三魔導小隊の強さの要です。姫がいなくなれば、第三旅団は今以上に、悪魔対策に苦慮することになるでしょうね」
「姫を、戦わせ続けろと?」
「いいえ」
きっぱりとした答えだった。
「ただ、そこまで功績のある兵を、私情で貶める上官のことを、心の底から愚かで、救いようのない屑だと思っているだけです。おそらく、第十三魔導小隊の隊長は、バチクソに怒っていると思いますよ。あの方は、そう言うの大嫌いですから」
客観的に考えてみてはいかがですか?
「客観的に」
「ええ。ここではない別の旅団の話として。一騎当千の働きをする兵がいるのに、旅団の団長はその兵を嫌っていて、その兵の功績はすべて周りから横取りしたもので、本人は働きもしない穀潰しだと吹聴している。兵本人を知らない者は、団長が言うならそうなのだろうと、その兵のことを穀潰しだと思い、そのように扱う。懸命に戦って、一騎当千の働きをしてくれている兵だと言うのに。さあ、どう思いますか?」
「……許されることではないな」
しかり、と参謀は頷く。
「あなたが姫にやっていることですよ。軍から離れさせるにしても、姫を不当に貶めた者として、あなたは姫の名誉回復をすべきかと。でなければ、あなたは正真正銘の屑です。団長の器ではない」
まあ、と参謀は首を振った。
「もう手遅れのような気もしますが。いまさらあなたが意見を翻したところで、団長まで姫の権力に屈したと思われるだけかもしれませんから」
個人的な意見を言わせて頂けるならばと、参謀が息を吐く。
「あなたが姫を幸せに出来るとは思えません。姫のためを思うなら一刻も早く、あなたの有責で婚約を破棄して、自由にして差し上げるべきかと。それがあなたに出来る、唯一の罪滅ぼしです」
立ち上がり、参謀の胸ぐらを掴む。
「怒る権利が、あなたにおありとでも?」
無言で、手を離した。
「それが嫌なら、大勢の前で額突いて謝罪して、慈悲を乞うてみては?お優しい姫であれば、それで許してくれるかもしれません」
ただ、と参謀は続ける。
「姫が許してくれたとしても、フェリチータの寵児まで許してくれるとは限りませんので、あなたの有責での婚約破棄に追い込まれる可能性が高いですが」
「婚約は」
たとえ婚約を破棄したとしても、姫が次の婚約者を得ることはないだろう。未婚のまま、修道女にでもなることを望むのではないかと思う。
だとしても。
自分以外の男が、姫の婚約者になる可能性が、わずかにでもあるならば。
「破棄しない」
「姫自身が、破棄を望んでいるのに、ですか?あなたと結婚すれば、姫が確実に不幸になるとわかっていても?」
言葉は出せなかった。
参謀が息を吐き、俺から目を背ける。
「それが、あなたの本質ですよ。どこまでも自己中心的で、執着心も独占欲も強い。あなたが周りに優しいのは、相手に関心がないからです。関心がある相手にはこうだ。優しくなんて、出来ない。ほんとうに、あなたは」
振り向いた目は、侮蔑がありありと浮かんでいた。
「誰にでも優しいくせに、姫にだけは、とことん冷たい」
2年に渡って拙いお話をお読み頂きありがとうございました
って、この投稿のタイミングなら2話だけの連載でも言えるなって思ったのですよね
我ながら救いようのない屑を書きました
読んだことを後悔されていないかが心配です
このまま屑街道を突っ走って欲しい気持ちと
更生して欲しい気持ちと
姫から縁を切られてドン底まで行って欲しい気持ちが
イーブンで存在するので
この先はご想像にお任せします




