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SIDE. Angelica

二話完結です

「アンゼ、あとはやっとくから座ってな」

 同期の声に顔を上げる。

「ん?まだ大丈夫だけど?」

「顔色悪過ぎて怖いんだよ。頼むから座ってて。ほら、あそこちょうど良い岩あるから」

「いやいや、休んでたらまた睨まれるか、ら、あぁ〜……」

 反論も黙殺され、数人がかりで後ろの岩場まで引きずられ、座らされた。

「休憩じゃなくて哨戒ね。全員が作業に没頭してたら危ないし。報告はちゃんとするから評価はされるよ。今日も殲滅数はアンゼが断トツってね」

「そうそう。殲滅数稼げなかった分、私たちはこれくらいやらないと」

「アンゼのお陰でホント助かってるからね〜」

 言いながらも、わたし以外の隊員たちは、さっさか作業を進めて行く。

 それでも黙って座って見ているのは、と立ちあがろうとしたわたしに、押し付けられるピッチャー。

「はい持って。飲み干すまで立つの禁止。座って哨戒してろ。隊長命令な」

 両手で支えないと落としそうな大きさのピッチャーに、なみなみと注がれた蜂蜜檸檬。喉は乾いているものの、これを一息に飲み干すのは厳しい。

 つまりしばらく座っていろと言うこと。それも、上官の命令で。

 息を吐き、蜂蜜檸檬を口にする。一口飲めば喉の渇きをより自覚して、ごくごくと喉に流し込むが、それでも一息で飲めたのは四分の一ほどだった。

 もう一度口を付けるには、しばらく時間が欲しい。

「全然、疲れてないのに」

 むすりとむくれて呟く声に、答えてくれるひとはいない。

 せめてよその隊の人間に目撃されなければ良いのだけれど、と思ったが。

「見て、また第十三魔導小隊の兵長様は休憩中よ」

「小隊長すら作業しているのに、座って優雅に休憩なんて」

「さすが姫兵長様ね」

 聞こえよがしの嫌味に、深々と溜め息を吐く。

 好きで座っているのではない。ただ、少尉である隊長の命に、兵長でしかないわたしが逆らって、軍規を乱すわけには行かないから。

 もういっそ、ピッチャーの中身をこっそり捨てて、飲み干したことにしてしまおうか。

 いや、貴重な補給飲料を、無駄にするのは許されない。

「言わせておけ。やっかみだ」

「副隊長」

「技術小隊!まだ、近付く許可は出していないはずだが?」

 岩場まで下がって来た副隊長が、囀る娘たちに言う。

「あら、休憩している兵がいるくらいだから、てっきりもう封鎖まで終わったのかと」

「封鎖作業中だ。ユリシス兵長には哨戒を任せていた。わかったら下がれ。またいつ悪魔が来るとも限らん」

「悪魔反応は消えているが?」

 差し込まれた声に、技術兵たちが色めき立つ。

「団長」

 副隊長が顔を顰める。

「殲滅は終わりました。ただ、封鎖作業中ですので警戒は必要でしょう。勝ったと思ったときが、もっとも負けやすい瞬間なのですから」

「慎重なのは悪いことではない。それが、建前でなく真実ならば」

 背の高い男、ユリシス王国悪魔対策軍第三旅団の若き団長マキシム・パウロ大佐が、わたしを睨む。

「相変わらず、小隊を私物化か。行軍について来れない体力ならば、辞めれば良いものを」

「それは、女性蔑視と取って良い発言でしょうか、団長」

 揉め事に気付いたらしい隊長が、下がって来て反論する。

「我が第十三魔導小隊は女性のみの隊であり、確かに体力面で男性には劣ります。ですが、功績で劣った記憶はありません。違いますか?」

「第十三魔導小隊の実績は、私も認めている。今回も最速での殲滅だった。ほかが中隊ごとの進軍のなか、唯一の小隊単位での進軍でありながらだ」

「であれば、辞めれば良いなどと言う言葉は、不適切では?それとも、女ばかりの隊が良い成績を納めることにご不満でも?」

 低位貴族出身の女性でありながら実力で少尉の位を勝ち取った隊長は、団長相手にも怯まない。いや。

「そんなことは、ない。性別に関係なく、実績は評価されるべきだ」

 階級がずっと下の相手に反論されても、怒りもせずに団長は答える。誰にでも優しく、部下の言葉に真摯に耳を傾ける穏やかな人格者。それが、この団長の評価だ。

「きみたちは良くやっている。ただ、私は」

 そんな"誰にでも"にも、例外はあって。

「優秀なきみたちの足を引き、活躍を妨げ、そのくせ功績を掠め取る者が許せないだけだ」

 冷え切った視線が、わたしに向けられる。

 隊長が庇うように、わたしの前に立った。

「なんのお話でしょう。我が隊にそんな、不届者がいるとお考えですか?」

「封鎖作業もせずに休んでいる隊員など、足手まといだろう」

「あら」

 ころころと笑うのは、隊長と一緒に下がって来ていた第十三魔導小隊唯一の専任治癒兵。

「それを言うならわたくしなんて、みなさまが戦っているあいだずっと休憩しているようなものですけれど、足手まといなのかしら?」

「治癒兵には、治癒兵の役目が」

「ユリウス兵長は役目を果たしていないとでも?」

 視線を厳しくした治癒兵、侯爵家出身のセレナ・フェリチータ上等兵に見返されて、団長がたじろぐ。

「今日もユリウス兵長は殲滅数一位。それも二位と倍以上の差を付けてです。だからこそ穢れの中毒を心配した隊長が、こうして作業に加わらず哨戒しながらの休息を命じた。彼女はそれに従っただけ。なにか、文句がおありかしら?」

 団長も侯爵家の出身ではあるが、同じ侯爵位でも家格の差はある。ここ二代ほどのの功績で爵位を上げただけのパウロ家では、建国から侯爵位を守り続けるフェリチータ家には、とても敵わない。

 たとえ、軍での階級は団長がはるかに上であろうと、宰相の地位も持つ現侯爵の、溺愛する孫娘であるセレナには、迂闊に逆らえないのだ。

 階級社会の面倒さにげんなりしつつ、ピッチャーに口を付ける。やっと半分飲めた。

 だから、休憩なんて取りたくなかったのに。

「その、殲滅数が真実であるなら、なにも文句は」

「ならば、このお話は終わりですわね。ユリウス兵長は、真実大量の悪魔を殲滅したのですから!」

 ぱん!と手を叩いたセレナが、わたしの胸ポケットからスキットルを取る。

「証拠が必要ならどうぞ?いま、わたくしが取った以外は、ずっとユリウス兵長がポケットに入れていたものですわ」

「待ってセレナ、まだ出し切ってない」

「あらごめんなすって?」

 セレナが新しいスキットルを、わたしの胸ポケットに戻す。

「つまりそれがすべてと思われると、過小評価なのね。アンゼ、これで何割かしら?」

「えー?わかんないけど、半分くらいじゃない?」

「まあ適当。ですって団長。今日のユリウス兵長の功績の半分です」

 スキットルを団長に押し付けて、セレナは首を傾げる。

「それにしても、団長ってお暇なのですね?まだ、殲滅の終わっていない中隊もあるようですのに、いつまでここで油を売っているおつもりですの?」

 うわ怖。生粋のお嬢様の上流階級仕草めっちゃ怖。

 団長も怖かった、のかは定かでないが。スキットルを握り締めて立ち去る。技術兵たちは、浮き足立ってそれに追従した。なにしに来たんだ、結局。

 完全に立ち去るのを待ってから、セレナが口を開く。

「相変わらず馬鹿のひとつ覚えみたいにアンゼを目の敵にしやがってからに、あの糞坊々(クソボンボン)が」

「セレナお口が悪いよ」

 もうちょっと少なくても良かったんじゃないかと、まだ半分残るピッチャーを眺めつつ言う。

「隊長、副隊長も、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「迷惑なものか。アンゼは隊長命令に従っただけだ。責めるならアタシ。アンゼを責めるのは筋違いだ」

「わたしは休まなくても平気なので、次は休憩なしにして貰えると助かります」

 封鎖作業が終わったらしい面々が寄って来て、生暖かい目でわたしを見る。

「その顔色で言われても、説得力ないのよね」

「ほんとほんと。今にも死にそうな顔してる」

「普段との落差が激し過ぎて、見逃すのは無理だって」

 普段は、白粉で隈を消し、紅で血色を足しているからだ。

「すっぴんの顔色なんてみんなこんなものでしょ。魔塔の兄様や同僚の方々の方が、よほどひどい顔色だもん」

「魔塔の幽霊集団を比較対象にするようじゃ駄目だよアンゼ。あたしらは、身体が資本の戦闘職なんだから」

「そうそう。戦って体温が上がってるはずのときに、青い顔してちゃ目立つって〜」

 そんなこと言われても。

「わたしは戦闘中一歩も歩かないんだから、体温が上がるもなにもないじゃない」

 ちびちびと蜂蜜檸檬を飲みながらぼやけば、ハハッと乾いた笑いがあちこちから返る。

「それで殲滅数一位だもんね」

「しかも最速総殲滅」

「才能が憎いわあ」

「代償がエグいから欲しいとは思わないけどね、その才能」

 同期のひとりが横に座って寄りかかって来る。

「でも、お陰でわたしたちは、アンゼの魔法発動までに沸いたやつを倒すだけで済んでるから、アンゼ様様ってね」

「アンゼの功績のお陰で、だいたいいちばん予測発生数多いとこ当てられてるけどね」

「小隊なのにね!」

 褒められているのか貶されているのか、喜ばれているのか嫌がられているのか、判断に迷う言葉ばかりだが、こちらを向く目はみな優しい。良い隊で、良い仲間だ。

 だからこそわたしのせいで、団長からもほかの隊からも目を付けられているのが、申し訳なくもあるのだが。

「落ちこぼれ王女の居場所はここしかないから、残念ながら辞められませーん」

「拗ねんな拗ねんな〜」

「辞めて欲しいなんてあたしら誰も思ってないって」

「隊としての功績のおこぼれで、給料上がって助かってま〜す」

 きゃいきゃいと騒ぐ声のかしましさは、夜会に出るような娘たちとさして変わらないが、そのなかに毒がないだけで、こんなにも居心地が良い。わたしのせいで被っている不利益も、確かにあるはずなのに、彼女らがそれを恨むことはない。

「アンゼがいるお陰で、完全に女だけの魔導小隊なんて許されてるしね」

「そうそう。男の直下なんてもうまっぴらよ」

「ほかの魔導隊の女子兵からも、羨まれてるもんね〜」

 それどころか、こんな風に、必要だと言ってくれる。

 扱いにくい立場のわたしを、当たり前に、同じ仲間として受け入れてくれる。

 ここがわたしの居場所だと、心の底から思う。

 だからこそ。

 ぐいっと蜂蜜檸檬を飲んで、呟く。

「嫌いなら、さっさと婚約破棄でもなんでもすれば良いのに」

 淑女教育をすべて蹴って、悪魔退治に執心する女なんて、じゅうゼロの有責で婚約破棄出来るはずだ。たとえ、最大の欠点を隠しておいても、だ。未来の侯爵で、軍部での出世も確実、顔も性格も良いと来れば、婚約者の後釜なんていくらでも見付かる。こちらからは再三、わたしの有責で婚約破棄して構わないと、パウロ家にも本人にも伝えている。

 婚約が結ばれた、十五年前とは状況が違うのだ。

 わたしは出来損ないであることが判明していて、家を継がないはずだった彼は、亡き兄に代わって侯爵になることが決まっている。

「さっさと、解放して欲しい……」

 こちらから、婚約を破棄することは許されない。

 パウロ家にも、本人にも、なんの瑕疵もないからだ。

 十五年前、先代のパウロ侯爵がその功績への誉として、王女の降嫁を求めた。それで、結ばれた婚約。こちらから破棄すれば、王家が功績を否定したようになってしまう。

 王女はほかにもいる。まだ婚約者の決まっていない妹は、婚約を代わっても良いと言っていた。

 だが、婚約者のすげ替えだって王家の独断では出来ない。なんにせよ、パウロ家からの了承が必要なのだ。

 だと言うのに、一向に了承が貰えない。わたしとの結婚なんて、百害あって一利なしなのに。

「可哀想なアンゼ。こんな嫌がらせ、しなくても良いのにね」

 セレナがそっと、わたしを抱き締める。

「ほんと。誰にでも優しい団長様じゃないのかって話だよね」

 セレナの胸に顔を埋めて、毒吐く。

 誰にも優しい団長様は、なぜか婚約者のわたしにだけ冷たい。

 セレナの手が、わたしの頭をなでた。

「アンゼが従軍している間は、殉職の可能性があるから婚儀は先送りにすると言う、約束なのでしょう?」

「うん」

「でしたら、安心なさいな。このわたくしがいる限り、どんな怪我も穢れも、絶対に治して、軍にい続けさせてあげるわ」

「うん」

 頷いて、軍人なんて不似合いな、華奢な身体を片腕で抱き返す。

「ありがとう、セレナ」

「どういたしまして、わたくしの愛しいアンゼ」

 ぱ、と手を離したセレナが、微笑んでわたしの顔を覗き込む。

「さ、封鎖も終わったし帰りましょ。あとは技術兵に投げておけば良いわ」

「うん」

 ピッチャーの残りを飲み干して立ち上がる。

「肉食べたい、肉。帰ったら肉食べよ!山盛りで!」

「ええ。いつものお店、押さえてあるわ」

「やったー!」

 うきうきと歩き出したわたしは、背後で隊長と副隊長が交わした言葉なんて、ちっとも知らなかった。

「おー、怖。セレナの方は、団長の本心に気付いてるだろうに」

「まあ、どう考えたって、あの態度と言動の団長が有責だから、私からはなにも」

「そうだな。アレに嫁ぐよりセレナに囲われた方が、アンゼも幸せになれる気がするし」

 隊長が嗤って、首を傾げる。

「アタシとしても、私情で不当にアタシの大事な部下の功績を貶めるような男に、大事な部下を嫁がせたかないね」

 立ち去るわたしは気付かない。

 手放したくない、大事な居場所。

 その、居場所をつくる大事なひとたちが、全力で自分を、囲ってしまおうとしていることに。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます


このあと二話として団長サイドが付くのですが

なかったことにしようか迷うくらいに救いようがないので

モヤっとしたくない方はここまでで読了とすることをお勧めします

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― 新着の感想 ―
す、救いようがない。 ポンコツヒーローに甘い自覚があります。 どう挽回していくのかが楽しみなのですが、この団長はかなり厳しいような気がします。 このバレバレな男の子を、両家の大人たちはどう扱ってる…
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