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巫子ちゃんと幽霊くん  作者: 青空里雨


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9/18

悪夢


巫子はその日に見た夢を語ると、リビングの空気がすっと静まり返った。

間堂は席を立ち、どこからかファイルを持ってくると、テーブルに置いて広げた。



「石が御神体で、土地神として祀られていた寺はこちらです。」


「…なるほど。この土地は昔、大きな山があったんだ。その山が災害で土砂崩れになったときに、元々御神体として祀られてた大きな岩が土砂崩れから村を守った。岩は割れてしまったが、岩の欠片を御神体として今の世代までずっと大切に崇めてきた。」


「んー…。」


「なんということを…と思いますが、少女を殺して笑いながらキャンプをするような者なら、罪の意識はないのでしょう。自分が苦しむことを罪と呼ぶ。愚かなことです。」


(捕まれよな。)


「罪を悔い改める機会を逃したのです。死後に必ず自分の行いが返ってきます。」


「地獄…。」


「爺ちゃんの知り合いに、地獄に迷い込んで帰ってきたって人がいるってよ。入り口ですぐにな。鬼のようには見えなかったと言っていたな。人のようだけど、絶対に人ではない方だったと。景色は暗くてよく見えなかったとは言っていたが、生き物や植物は何も見えなかったらしい。」


「たまーにそんな話は聞きますね。」


「地獄の力を借りようとする邪教もある。ああいうのは絶対に駄目だ。そんな術があっても手を出すなよ?」


「うん。地獄の神様は忙しいよ。」


「だろうな。考えるだけで嫌になる。」


「大忙しでしょうな。ほほほ。それで、岩が盗まれた記事は下にあります。」


「五十二年前か…。」


「目覚さんはあの公園の子を知ってた?」


「公園で遊ばなかったからな…どれかを特別気にすることもないし。」


「公園に子どもの霊がいることは珍しくもありませんから。土地神が、少女の怨念を抑えているのかもしれませんな。または山に埋まっていた浄化石になっていたか。長年、山の力を吸った岩にはある話ですが、欠片となっているなら、寺で集めた祈りの力を蓄えている分しか残っていないかもしれません。」


「だから、手を引いたら外に出られるってことになんのかもな。」


(お父さんお母さんな…迎えにきてほしいのか?弟みてーに家族になりたかったとか…日常で虐待して、子ども殺して笑うような犯罪者に倫理観は育てられねーよ。)


「周囲から見ても違和感は出るものです。」


「大罪をしたやつの空気も滲み出るもんだ。顔にもな。特に笑顔に恐怖を感じるってよ。」


「幽霊くんの親はどういう方でしたかな?」


(知らね。)


「会話の流れで自然に口から出るのではと思いましたが、失敗しました。ほほ。」


(知らねーもんは口から出ねーよ。)


「んー…。」


「寺の和尚に話をしてみましょう。御神体の回収は和尚にそのまま渡すとして、箱ですね。箱ごと寺に持って行き、供養をしてもらう試しはしてもらいましょうか。」


「それがいい。力の源が消えれば、呪いも消える。公園の中にいたらできない呪いなんだろう。」


(山に埋まってたんなら、根を張ってこそ力を持つ石なんじゃねーのか?この場所を守るってさ。もう埋まってんのを移動させていいもんなのか?公園で子どもたちを守ってんじゃねーの?)


「「あーー…。」」


「んー…。」


「そうですね…欠片では土地ごと守る力はないでしょうから…あの公園はいつも人がいて、嫌な噂も聞きません。」


「それも和尚に相談か…間堂が知ってるよな?」


「将棋友達です。ほほ。では早速。」


「巫子はここにいよう。公園に行くことにもなるから。」


「分かった。」



間堂は立ち上がり、そのまま家を後にした。



「まだ…生きてるかな。弟くんは…あの両親の元で幸せになったのかな。」


「どうだかな…やりきれない思いを持ってるのが霊なんだよ。」


「無理にでも…成仏させることはできるの?」


「悪霊相手ならそういうのもある。ただ、近寄らせない、関わらせないお呪いの方がいい。失敗したら最悪だ。それか一時的に力を失わせるだけで、また戻ることもある。」


(間堂の水晶は清浄な空気がした。あれが効くなら悪霊だろ。)


「公園を出れば悪霊として呪具が使えるかもな。成仏とは違う。」


「そうじゃない…。」


「子を持つ親としては、私も穏便にしたい。子を思う親としては消してしまいたい。」


(消せばいいだろ!呪ってんだぞ!)


「失敗したら…私にある呪いも消えないんじゃ…。」


「そうだな。」


(あーー…。)


「悪霊であれ、善良な霊であれ、何か未練や誓いや残る理由がある。依代があったり、土地や家、山だったり、力のある場所、あるいは穢れの強い場所に縛られることもある。怨念が怨念を呼ぶ。」


(じゃあ石を一緒に埋めたから成仏できなかったってこともあるんじゃねーか?足に絡みついてたんだよな?)


「うん。」


「あるよな…ただ、悪夢にまで霊障を及ぼす恨みが何もなく晴れて成仏してたと思うより、そのまま悪霊になってた可能性の方が高い。箱を浄化する呪具を使えば、悪霊なら留まれなくなって、どっかに逃げようする。その逃げ道を塞ぐための囲いもあるし、動けないように擬似の依代の上で足止めする呪具もある。穢れを祓う呪具と一緒に閉じ込めて消えるまで待つんだ。」


「悪霊じゃない幽霊さんなら?」


「相性が悪けりゃいなくなる。世界には光が苦手な天使もいんだろ。呪い人形とかに使うやつだよ。」


(あぁ。)


「あの箱…何が入ってるんだろうね。」


(何も入ってねーんじゃねーか?何か買ってもらえてるとも思えねーし。それを大切にしてんのもな。)


「子どもには何か宝物があるもんだ。」


「目覚さんもあった?」


「あったよ。ガチャガチャのレアキャラマスコット。巫子は?」


「私はぬいぐるみかな。いつも一緒に寝てる。」


「ふふ。そうか。幽霊野郎もあったんじゃねーか?」


(知らね。)


「どこの馬の骨なんだテメーは。」


(さぁな。)


「幽霊くんは花園子供苑にいたときに、しょっちゅう山を見てたよね。」


(変なの来ないか見張ってただけだよ。)


「あの辺は大丈夫だ。犬神神社だろ?あそこは神職もたまに通ってる場所だから。基本は無人だけどな。修行場所としてもたまに霊能者も行くってよ。滝に当たったり、山登って祠に供え物すんだよ。」


「大切な山なんだね。嫌な感じはしたことない。犬の声がしたの。」


「神使だか眷属だかって言われてるな。侵入者を阻むってことだろうな。祠を守ってんだ。」


「へぇ…。」


「巫子ちゃーーん!あーーそぼ!!」


(中学生になってもそんなんすんのかよ!!)



すぐそばの窓の外から聞こえた少年の声に顔を向ける。

大滝少年と、少しだけ大きくなった黒い子犬が窓から覗いて笑っている。歯は無事に生え揃っている。

大滝少年は絶対公園に行くだろうということで、目覚が車を出し動物園に連れて行く。地元の動物園は小さいが、規模を広げずに丁寧に世話ができるだけを育てている、大滝の親族がやる保護の場所だ。潰れた動物園や牧場、家畜の世話ができなくなった一般人からも引き取っている。



「ヤギだ!見て巫子ちゃん!」


「ヤギさん真っ白。綺麗にしてるね。」


「ヤギは草を食べるから、雑草が大変な場所にはいいんだって。草むしりもいらないし、お金かからないって。でも、近くにヤギを診てくれる病院があるのを最初に見つけるの。運べないから。」


「重いもんね。大滝くんは、知らない女の子が困ってたらどうする?」


「どうしたのって聞く。」


「親に捨てられて…親が悪い人で、捨てられたのを悲しんで、親に対して怒ってたら?家がないの。」


「学校に相談できる番号あったよね。そこに電話する。」


「んー…夢の話。」


「夢の話か。」


「夢の中の子はお化けなの。捨てた親を憎んでる。」


「悪い人に悪いことされたら怒るよね。供養するしかないんじゃない?存在の認識と、自分に向けられる優しさ。それを供養って形にしてもらえる場所。」


(まぁな…。)


「拾って…そこから離したら悪霊になって呪われるなら?」


「じゃあそこに通って供養になるね。ここにいますよって祠とかお家になるもの作る。悪霊になるまでの嫌な感情になった人に、もう嫌な思いしてほしくないよね。」


「そうだね…無理に成仏みたいのは選択にある?」


「そこにいられたら困るならあるだろうね。そのままでよくても、お供物とか供養になることをするかな。」


(グルルル!ガルルルル!)


(あれは無理だからやめとけ犬。虎だ。)


(ガルルルル!)


「夢の話なのにありがとう大滝くん。」


「何の話でもいいよ?あはは!あ!虎!」


「もし…大滝くんが呪われたらどうする?」


「呪いも逃げるくらい元気に過ごす。闇は光に消えるよ。呪いは自然にできる影じゃないからね。」


「大滝くんパワーだ。」


「元気!!」


(キャイーーン!!)


(ふっくく!虎こえーんだろ!?ビビったんだろお前!やーい!子犬ー!)


(グルァ!!ワンワンワンワン!!)


(ふっくくくく!)


「んー…大滝くんはどんな夢見る?」


「たまーに同じ夢見るよ。黒い子犬と遊ぶの。」


「可愛い?」


「可愛い。黒豆って名前。」


「黒豆くんか。いい名前。」


(ワン!)


「黒豆がその女の子だとしたら、僕は呪いなんて気にしない。絶対に一緒に帰って、ずっと一緒にいる。僕が悪い人になるなら食べていいって言う。だから僕と一緒にいてって約束するよ。知らない女の子ならそこまでしないけどね。特別な約束。」


(ワン!)


「うん…そういう約束したい相手はいるよね。」


「いるね。僕は一緒にいてほしい黒豆と、知らない女の子ではやり方は違う。通って供養がいいかな。自分でしっかり線引きとか、こうって決めることは大事だよ。」


「そうか…何も考えないで、どうしたの?って聞いちゃった。」


「普通そうだよ。どうしたのか分からない状況なら、聞いてから考えるよ。迷子なら親に迎えに来てもらった方がいいから番号聞く。」


「あー…うん。」


(本当にな。いきなり連れ出して、どこに行こうとしてたんだか。)


「んー…。」


「そろそろ昼飯にしよう大滝、巫子。」


「フードコート!ポテト!巫子ちゃん何食べる!?」


「元気いっぱいになるガッツリご飯!」


「いっぱい食べよう!それで悪夢が吉夢になるよ!あはは!」


(元気で解決か…確かに大事なとこだな。暗い顔してたから。)



大滝に元気を分けてもらえたような時間の中で、巫子の頭の中には唯の笑顔がよぎり、決意を固めた。

見ないふりはしない。ただ、その方法は考えなくてはならないのだと身を持って経験した。


その夜。夢の中で、遠い場所にいる少女が、暗闇の中で巫子をひたすら見つめていた。

声も出せず、どす黒く渦巻く怨念に呑まれたような、苦しい圧迫感に目を覚ました。

呪具の枕が強制的に悪夢を祓ってくれたのだが、眠るたびに少女の距離は近付いていく。

精神を蝕む悪夢。これに耐えられるか、あるいは数珠の効果が切れるか。効果が切れたとき、悪霊となった少女は巫子を使って何をしようとするのか。

恐怖として迫る少女。しかし、巫子にはその怨念が全て悲しみに見えた。起きるたび、頬を伝う涙が流れ落ちていた。



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