表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巫子ちゃんと幽霊くん  作者: 青空里雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/18

果たす


音がしているなら、さぞ間抜けな音だろうと思える藤堂の走る姿。泣きながら腕を大きく振っているのに、足を真上に高く上げすぎていて、足の裏全体で地面に着地している。



(ふっくく…歩いた方が早いだろ。浮けよ。)


「一生懸命走るのがいいんだから。」


(唯ーーー!ごめんよーー!えぐぅーー!!)


(スキップしてるみたいだよな。ふっくく…。)


「んー…いいの。」


(ぱっすんぱっすん鳴ってそうじゃね?ふっくく!)


「ん…んん…。」


(唯ーーー!!)



必死な藤堂の後ろを早足で追う巫子。深夜の田舎道は静かだが、たまに遠くで車の通り過ぎる音がする。

学校まで辿り着くと、見上げた先に花園子供苑が見える。

藤堂の動きはさらに激しくなり、必死で唯の元へと走り、丘を駆け上がり、とうとう正面に花園子供苑の全貌が見渡せる位置へ。



(唯…唯ーーー!)


(…お父さん……もう…用事は終わったのか?もういいのか?)


(全部終わり!ごめんよ唯ーーー!)


(泣いてんじゃねーよ…ふふ…これくらいなんてことねーよ。)


「唯ちゃん…良かったね…。」


(ここまで辿り着けて良かったよな。後半足踏みだったぞ。ふっふ…。)



小さな唯を抱きしめる父。唯は涙も見せずに笑って父を抱き返していたが、徐々に背が伸び、巫子と別れをした年頃で止まった。藤堂はそんな唯を見て何度も頷き、涙を流す。



(大きくなったんだね唯…。)


(当たり前だ…変な嘘言うんじゃねーよ。素直に言えよ。ちゃんと…別れも言えねーじゃねーか。)


(嘘じゃなかったんだ…絶対治すぞって気持ちだった…だからいっそ入院して、バッチリにしようと思ってたんだ。お父さんが思ってたより…簡単じゃないね病気は。)


(気合いで治るなら医者は要らねーや。)


(そうだね…。)


(治そうとしてたんなら…残念だったな。いいよ…仕方ねーよ。)


(唯も…残念だったね。)


(本当にな!看護師になりたかった…はぁ。来世でいいや。友達と…約束してたんだよ……。)


(ここにいるぞ唯!)


「唯ちゃん…。」


(巫子!それと…ゆう?聞いたまんまだな。イカれてやがる。)


(どこが!?)


(ふふふふ…巫子ー!)


「唯ちゃーん!」



遠慮して近寄れなかった距離を駆けて縮める。唯も巫子に向かって走り、二人の距離は近くなると、お互いに手を伸ばし、すり抜ける。



「関係ない。触れなくても変わらない。私はずっと唯ちゃんの親友だよ。」


(当然だ。先約から片付けないと気持ち悪いからさ。そういうことだ。約束守ってくれてありがとう。約束の日…今日なんだろ?)


「うん。三年後に迎えに来るだったけど、三年後にまた会おうって約束だよ。変わらない。」


(そうだな…あのおっさん連れて来てくれて助かったよ。どこにいた?)


(もうすぐ唯が帰ってくるからって、アパートで飯作りしてたよ。)


(ふふ。どっか抜けてんだ。)


(お前もな。)


(私は律儀なだけだ。)


「唯ちゃんのお父さんと同じお墓。病院の近く。」


(そっか。あんま関係なかったけど…良かった。母親が取りに来てたら最悪だからさ。)


(そっちは連絡先も知らないだろうしな。)


(だね。墓参りとかいいから。もし聞こえたら上から降りてきたくなる。)


「あ…そう?んー…。」


(いいから。まだ時間あるよな?)


(その場で消えないなら朝と一緒に消えるだろうな。成仏するのに十分なら、夜が死者を届けてくれるさ。)


(ふふ。イカれてやがる。)


(何が!?)


「へへ。唯ちゃん…木の裏でお喋りしない?」


(いいじゃん。賛成。おいおっさん!ウロウロすんなよ!?どこ行こうとしてんだよ!)


(中見たいなって思って…唯が過ごした場所だから。)


(もう人ん家なんだよ!)


(あぁ…あ…分かったよ。ふふ…大きくなって。)


(そこにいろ!)


(はい。ふふふ。)



巫子と唯は、手を繋ぐようにお互いへ手を伸ばし、笑顔で二人の世界である木の裏で腰を下ろした。

唯の高校生活や、三年後に会ったら何をしたかったか。目覚の話や、天国はどんな場所なのか。会えなかった時間で語ることは思ったよりも少なく、会えている今をただ慈しむばかり。

そしてもうすぐ朝を迎えそうな、薄明るい朝日を受け入れる準備ができた空を見上げて、唯と巫子はどちらともなく立ち上がる。お喋りを続けながら、少し近寄ってきている父の横に唯が立つと、父は唯の肩にしっかりと手を乗せた。



(ありがとう巫子。会えて良かった。またねは言わない。じゃあな…天国でのんびりしないで、早めに生まれ変わるよ。)


「分かった…唯ちゃん、ありがとう。初めて会った日から、唯ちゃんが大好きだった。お家みたいにあったかい空気…大好きなお家だった。どこに行っても、唯ちゃんの幸せを願うよ。」


(うん。私も同じだ…安心してた。巫子がいる部屋が大好きだった。優しい空気の巫子が最初から大好きだったよ…じゃあな、巫子。じゃあな、ゆう。)


(じゃあな。)


「じゃあね…行ってらっしゃい。」


(行ってきます。)


(ありがとうございました巫子さん、ゆうくん。)


(振り落とされないようにしっかり掴んどけよおっさん。うっかり地獄に行かないようにな。)


(うん!一緒に行こう!)


(うん……あ…ふふふ。安心だ…もう何も心配いらない。)



唯は巫子と幽霊くんの後ろを見て微笑むと、巫子に手を振る。三年前に別れをした時よりも、ずっと晴れやかな笑顔を見せた唯は、朝日に照らされながら、父と共に安らかな顔で目を閉じ、光に包まれて消えていった。

巫子は最後まで笑顔で手を振り続けていたが、唯が消えると膝から崩れ落ちた。



「う…うぅ……うわぁーーん!うわぁーーん!!」


(ああああ!だだだ…えっ…と…大丈夫だよ!天国行った!冥福を祈れ!)


「そうだね!えぐっ…唯ちゃん!ありがとう!」



巫子の冥福の祈りは、きっと空へと届いただろう。朝日が昇りきるまで祈りを捧げ、木の裏に行くと、巫子は腰を下ろさず空を見上げた。



「ずっと気になってた。ずっと隠してた。自分で言ったんだもん…。」


(何のことだ?)


「触れても、触れなくても関係ない。生きてるか死んでるかは友情には関係ない。」


(そういう関係だったらの話だ。生きてるからって誰にでも何か困ってねーかって聞いて回らないからな。人間はおかしいやつが大半だ。死んでたら余計おかしくなってる。)


「私が何が言いたいか分かってそう。」


(許さないからな。)


「家の近くの公園の子…廃墟で家族を待ってるワンちゃん…。」


(なーい!)


「何かを待ってる人たち…何かがしたかった人たち…。」


(未練や恨みだよ。怨念だけの存在もある。)


「うん…ちょっと分かる。そういう人には近寄りたくないよ…でも……好きでそうなったんじゃない。」


(イカれてんのか!!)


「見えてて良かった!唯ちゃんをずっとここで待たせなくて良かった!だから決めた!見える私にしかできないことをする!成仏のお手伝いする!悲しい声を毎日聞きながら耳を塞ぐのはやめる!」


(お手伝いはしなくていいの!!自分の問題だから!!)


「ふんすふんす!」


(何の知識もねーんだからさ!!お寺さんだって関わっていいようなもんじゃないって言ってたろ!?無闇に話しかけんなって!)


「無闇にしないようにする。お寺さんは対策をしてた。教えてくれた。だから対策をする!」


(そこだけにしよう!対策だけ!)


「ふんすふんす!」


(巫子!!)



鼻息を荒げ、両手を握りしめて気合いを入れる巫子。幽霊くんの必死な説得は虚しく、巫子の目に闘志に燃えていた。



「巫子!」


「あ!目覚さん!」


「心配で早く来ちまった。正解だったな。おはよう巫子。」


「おはよう…全然寝てない。」


「じゃあ帰って寝よう。唯も天国で寝てるだろうし、あんまり喋りかけたら眠れないぞ。」


「そうだね。唯ちゃん…じゃあね。」


「じゃあな唯…向こうでも元気にやれよ。」


(聞いてるのか巫子ーー!!)


「朝は静かにしないとねー。ご飯食べないとねー。」


「食べないとなー?ふふふ。途中でどっか寄るか。」


「ラーメンがいい!」


「って言ったら地元だな。」


「うん!帰ろう目覚さん!」


「よーし!出発!」


「おー!」


(おーーーい!!)



目覚は巫子をおんぶして、笑顔で丘を駆け降りた。

車の中では唯との思い出や、唯が天国でどんなことをするのかを笑いながら語り合い、にんにくを乗せた豚骨ラーメンと、餃子とニラ玉と白米を二人で平らげる。

家に戻ると、いつものように完璧な所作の間堂に出迎えられた。巫子は真っ直ぐ部屋に戻り、深い眠りに落ちた。

立てていた予定が全て消えた春休みは、消えることのない友情と、消えないだろう寂しさもあり、巫子にとって忘れられない春休みの思い出になった。


翌日からは補助輪の取れた自転車で、公民館や図書館、休みの日でも開いている学校の勉学室で霊の本を読んではノートにメモをとる。



(やっぱり学校が一番詳しいな。ただ除霊方法となるとな…。)


「お寺さんに相談した方がいいかな…。」


(教えるわけねーだろ。僧侶は修行なり学校なり行ってんの。子どもが簡単にできるもんでもねーし、大人は危険だって分かることをさせようとしねーよ。)


「危険だからこそだよ…ちゃんと教えないと。」


(うーーん…話しかけない、関わらないって言われるよ。)


「言いそう…。」


(寺だって忙しいんだから相手されるかも分からないぞ。)


「違うの。林の祠にいたお寺さんのこと。」


(あぁ…あの人だって言ってたろ?自分の家にいるのなら対策を教えるって。見るな話しかけるなってさ。普通の寺で破魔矢とかお守り買っておくのは?)


「嫌…幽霊くんが勘違いされるかもしれない。お経でどっか飛ばされたり…。」


(僧侶が全員見えるわけじゃねーよ。見える人に相談した方がいいんだろうけどさ…俺は一人の時は寺も散歩してたし、経を読んでる近くにいたけど平気だったよ。)


「平気でいいのかな…。」


(いいよ。ふふ。)


「いつか……幽霊くんも……私が見送りたい。」


(えー…。)


「だって…私もいつか死ぬから…私はすぐに成仏するでしょ?」


(しそうだな。ふふ。あー…いや、うーん…追々考えようぜ。まだまだいいよ。)


「そうだね…幽霊くんの名前はなんだろう。」


(何でもいいんだよな…未練のない人生が未練みてーなのもあると思う。何かしなきゃとも思わない。引っ張られる感じもない。)


「未練のない人生か。達成した人生…そんなに上手くいく?」


(いかねーよな。)


「だよね。公園の子はどうなのかな…寂しいとか…約束とか…。」


(そっちの方だろうな。だから本当にやめた方がいい。離れてくれなくなったらどうすんだよ。)


「幽霊ちゃんって呼んで一緒に遊んでみようか。ふふ。」


(馬鹿なんだから!!)


「ふふふ。」



誰もいない勉学室に巫子の声だけが静かに響く。幽霊くんは自分の手を見つめて僅かな光を出しては消して、気合を入れるように拳を握ると、巫子と一緒に本をしっかり読んでいる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ