果たす
音がしているなら、さぞ間抜けな音だろうと思える藤堂の走る姿。泣きながら腕を大きく振っているのに、足を真上に高く上げすぎていて、足の裏全体で地面に着地している。
(ふっくく…歩いた方が早いだろ。浮けよ。)
「一生懸命走るのがいいんだから。」
(唯ーーー!ごめんよーー!えぐぅーー!!)
(スキップしてるみたいだよな。ふっくく…。)
「んー…いいの。」
(ぱっすんぱっすん鳴ってそうじゃね?ふっくく!)
「ん…んん…。」
(唯ーーー!!)
必死な藤堂の後ろを早足で追う巫子。深夜の田舎道は静かだが、たまに遠くで車の通り過ぎる音がする。
学校まで辿り着くと、見上げた先に花園子供苑が見える。
藤堂の動きはさらに激しくなり、必死で唯の元へと走り、丘を駆け上がり、とうとう正面に花園子供苑の全貌が見渡せる位置へ。
(唯…唯ーーー!)
(…お父さん……もう…用事は終わったのか?もういいのか?)
(全部終わり!ごめんよ唯ーーー!)
(泣いてんじゃねーよ…ふふ…これくらいなんてことねーよ。)
「唯ちゃん…良かったね…。」
(ここまで辿り着けて良かったよな。後半足踏みだったぞ。ふっふ…。)
小さな唯を抱きしめる父。唯は涙も見せずに笑って父を抱き返していたが、徐々に背が伸び、巫子と別れをした年頃で止まった。藤堂はそんな唯を見て何度も頷き、涙を流す。
(大きくなったんだね唯…。)
(当たり前だ…変な嘘言うんじゃねーよ。素直に言えよ。ちゃんと…別れも言えねーじゃねーか。)
(嘘じゃなかったんだ…絶対治すぞって気持ちだった…だからいっそ入院して、バッチリにしようと思ってたんだ。お父さんが思ってたより…簡単じゃないね病気は。)
(気合いで治るなら医者は要らねーや。)
(そうだね…。)
(治そうとしてたんなら…残念だったな。いいよ…仕方ねーよ。)
(唯も…残念だったね。)
(本当にな!看護師になりたかった…はぁ。来世でいいや。友達と…約束してたんだよ……。)
(ここにいるぞ唯!)
「唯ちゃん…。」
(巫子!それと…ゆう?聞いたまんまだな。イカれてやがる。)
(どこが!?)
(ふふふふ…巫子ー!)
「唯ちゃーん!」
遠慮して近寄れなかった距離を駆けて縮める。唯も巫子に向かって走り、二人の距離は近くなると、お互いに手を伸ばし、すり抜ける。
「関係ない。触れなくても変わらない。私はずっと唯ちゃんの親友だよ。」
(当然だ。先約から片付けないと気持ち悪いからさ。そういうことだ。約束守ってくれてありがとう。約束の日…今日なんだろ?)
「うん。三年後に迎えに来るだったけど、三年後にまた会おうって約束だよ。変わらない。」
(そうだな…あのおっさん連れて来てくれて助かったよ。どこにいた?)
(もうすぐ唯が帰ってくるからって、アパートで飯作りしてたよ。)
(ふふ。どっか抜けてんだ。)
(お前もな。)
(私は律儀なだけだ。)
「唯ちゃんのお父さんと同じお墓。病院の近く。」
(そっか。あんま関係なかったけど…良かった。母親が取りに来てたら最悪だからさ。)
(そっちは連絡先も知らないだろうしな。)
(だね。墓参りとかいいから。もし聞こえたら上から降りてきたくなる。)
「あ…そう?んー…。」
(いいから。まだ時間あるよな?)
(その場で消えないなら朝と一緒に消えるだろうな。成仏するのに十分なら、夜が死者を届けてくれるさ。)
(ふふ。イカれてやがる。)
(何が!?)
「へへ。唯ちゃん…木の裏でお喋りしない?」
(いいじゃん。賛成。おいおっさん!ウロウロすんなよ!?どこ行こうとしてんだよ!)
(中見たいなって思って…唯が過ごした場所だから。)
(もう人ん家なんだよ!)
(あぁ…あ…分かったよ。ふふ…大きくなって。)
(そこにいろ!)
(はい。ふふふ。)
巫子と唯は、手を繋ぐようにお互いへ手を伸ばし、笑顔で二人の世界である木の裏で腰を下ろした。
唯の高校生活や、三年後に会ったら何をしたかったか。目覚の話や、天国はどんな場所なのか。会えなかった時間で語ることは思ったよりも少なく、会えている今をただ慈しむばかり。
そしてもうすぐ朝を迎えそうな、薄明るい朝日を受け入れる準備ができた空を見上げて、唯と巫子はどちらともなく立ち上がる。お喋りを続けながら、少し近寄ってきている父の横に唯が立つと、父は唯の肩にしっかりと手を乗せた。
(ありがとう巫子。会えて良かった。またねは言わない。じゃあな…天国でのんびりしないで、早めに生まれ変わるよ。)
「分かった…唯ちゃん、ありがとう。初めて会った日から、唯ちゃんが大好きだった。お家みたいにあったかい空気…大好きなお家だった。どこに行っても、唯ちゃんの幸せを願うよ。」
(うん。私も同じだ…安心してた。巫子がいる部屋が大好きだった。優しい空気の巫子が最初から大好きだったよ…じゃあな、巫子。じゃあな、ゆう。)
(じゃあな。)
「じゃあね…行ってらっしゃい。」
(行ってきます。)
(ありがとうございました巫子さん、ゆうくん。)
(振り落とされないようにしっかり掴んどけよおっさん。うっかり地獄に行かないようにな。)
(うん!一緒に行こう!)
(うん……あ…ふふふ。安心だ…もう何も心配いらない。)
唯は巫子と幽霊くんの後ろを見て微笑むと、巫子に手を振る。三年前に別れをした時よりも、ずっと晴れやかな笑顔を見せた唯は、朝日に照らされながら、父と共に安らかな顔で目を閉じ、光に包まれて消えていった。
巫子は最後まで笑顔で手を振り続けていたが、唯が消えると膝から崩れ落ちた。
「う…うぅ……うわぁーーん!うわぁーーん!!」
(ああああ!だだだ…えっ…と…大丈夫だよ!天国行った!冥福を祈れ!)
「そうだね!えぐっ…唯ちゃん!ありがとう!」
巫子の冥福の祈りは、きっと空へと届いただろう。朝日が昇りきるまで祈りを捧げ、木の裏に行くと、巫子は腰を下ろさず空を見上げた。
「ずっと気になってた。ずっと隠してた。自分で言ったんだもん…。」
(何のことだ?)
「触れても、触れなくても関係ない。生きてるか死んでるかは友情には関係ない。」
(そういう関係だったらの話だ。生きてるからって誰にでも何か困ってねーかって聞いて回らないからな。人間はおかしいやつが大半だ。死んでたら余計おかしくなってる。)
「私が何が言いたいか分かってそう。」
(許さないからな。)
「家の近くの公園の子…廃墟で家族を待ってるワンちゃん…。」
(なーい!)
「何かを待ってる人たち…何かがしたかった人たち…。」
(未練や恨みだよ。怨念だけの存在もある。)
「うん…ちょっと分かる。そういう人には近寄りたくないよ…でも……好きでそうなったんじゃない。」
(イカれてんのか!!)
「見えてて良かった!唯ちゃんをずっとここで待たせなくて良かった!だから決めた!見える私にしかできないことをする!成仏のお手伝いする!悲しい声を毎日聞きながら耳を塞ぐのはやめる!」
(お手伝いはしなくていいの!!自分の問題だから!!)
「ふんすふんす!」
(何の知識もねーんだからさ!!お寺さんだって関わっていいようなもんじゃないって言ってたろ!?無闇に話しかけんなって!)
「無闇にしないようにする。お寺さんは対策をしてた。教えてくれた。だから対策をする!」
(そこだけにしよう!対策だけ!)
「ふんすふんす!」
(巫子!!)
鼻息を荒げ、両手を握りしめて気合いを入れる巫子。幽霊くんの必死な説得は虚しく、巫子の目に闘志に燃えていた。
「巫子!」
「あ!目覚さん!」
「心配で早く来ちまった。正解だったな。おはよう巫子。」
「おはよう…全然寝てない。」
「じゃあ帰って寝よう。唯も天国で寝てるだろうし、あんまり喋りかけたら眠れないぞ。」
「そうだね。唯ちゃん…じゃあね。」
「じゃあな唯…向こうでも元気にやれよ。」
(聞いてるのか巫子ーー!!)
「朝は静かにしないとねー。ご飯食べないとねー。」
「食べないとなー?ふふふ。途中でどっか寄るか。」
「ラーメンがいい!」
「って言ったら地元だな。」
「うん!帰ろう目覚さん!」
「よーし!出発!」
「おー!」
(おーーーい!!)
目覚は巫子をおんぶして、笑顔で丘を駆け降りた。
車の中では唯との思い出や、唯が天国でどんなことをするのかを笑いながら語り合い、にんにくを乗せた豚骨ラーメンと、餃子とニラ玉と白米を二人で平らげる。
家に戻ると、いつものように完璧な所作の間堂に出迎えられた。巫子は真っ直ぐ部屋に戻り、深い眠りに落ちた。
立てていた予定が全て消えた春休みは、消えることのない友情と、消えないだろう寂しさもあり、巫子にとって忘れられない春休みの思い出になった。
翌日からは補助輪の取れた自転車で、公民館や図書館、休みの日でも開いている学校の勉学室で霊の本を読んではノートにメモをとる。
(やっぱり学校が一番詳しいな。ただ除霊方法となるとな…。)
「お寺さんに相談した方がいいかな…。」
(教えるわけねーだろ。僧侶は修行なり学校なり行ってんの。子どもが簡単にできるもんでもねーし、大人は危険だって分かることをさせようとしねーよ。)
「危険だからこそだよ…ちゃんと教えないと。」
(うーーん…話しかけない、関わらないって言われるよ。)
「言いそう…。」
(寺だって忙しいんだから相手されるかも分からないぞ。)
「違うの。林の祠にいたお寺さんのこと。」
(あぁ…あの人だって言ってたろ?自分の家にいるのなら対策を教えるって。見るな話しかけるなってさ。普通の寺で破魔矢とかお守り買っておくのは?)
「嫌…幽霊くんが勘違いされるかもしれない。お経でどっか飛ばされたり…。」
(僧侶が全員見えるわけじゃねーよ。見える人に相談した方がいいんだろうけどさ…俺は一人の時は寺も散歩してたし、経を読んでる近くにいたけど平気だったよ。)
「平気でいいのかな…。」
(いいよ。ふふ。)
「いつか……幽霊くんも……私が見送りたい。」
(えー…。)
「だって…私もいつか死ぬから…私はすぐに成仏するでしょ?」
(しそうだな。ふふ。あー…いや、うーん…追々考えようぜ。まだまだいいよ。)
「そうだね…幽霊くんの名前はなんだろう。」
(何でもいいんだよな…未練のない人生が未練みてーなのもあると思う。何かしなきゃとも思わない。引っ張られる感じもない。)
「未練のない人生か。達成した人生…そんなに上手くいく?」
(いかねーよな。)
「だよね。公園の子はどうなのかな…寂しいとか…約束とか…。」
(そっちの方だろうな。だから本当にやめた方がいい。離れてくれなくなったらどうすんだよ。)
「幽霊ちゃんって呼んで一緒に遊んでみようか。ふふ。」
(馬鹿なんだから!!)
「ふふふ。」
誰もいない勉学室に巫子の声だけが静かに響く。幽霊くんは自分の手を見つめて僅かな光を出しては消して、気合を入れるように拳を握ると、巫子と一緒に本をしっかり読んでいる。




